攻撃は一度に止まらなかった。
首都レイフォリア上空に、再び日本の『BP-3C』が数十機現れる。
「う、うわぁぁぁ!!また来たぞ!」
「鉄の飛行機械だぁぁぁぁ!!」
「いやぁぁぁぁぁぁ!!」
レイフォル本土の海岸線に位置する商業都市、工業都市の全てがこの1週間で爆撃を受けていた。日本側の爆撃はもはや蹂躙に等しく、ワイバーンの迎撃も不可能な圧倒的高高度から次々と爆弾を落としているだけだ。
一度は徹底抗戦の兆しが見えていたレイフォル国軍部も、そして蛮族相手に熱狂していた国民も、各地の都市が破壊されるのを黙って見守るしかない。
「ぐあっ!?」
「痛い!痛いぃぃぃぃぃ!!」
爆撃により民間人の男性が粉々に吹き飛ばされる。落ちてきた瓦礫により女性が押しつぶされ、地獄の苦しみの中もがき続ける。
「お母さん!お母さん!」
娘が母を助けようと瓦礫を退かそうとするが、すぐに爆弾から引火した火が瓦礫に燃え移る。
「ひ、火が!」
「助けて!助けてよぉ!」
火の手が回らないうちに助けようとする娘であるが、見かねた大人がそれを阻止して、娘を抱えて逃げさせた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!熱いぃ!熱いぃぃぃ!!」
自分の母が生きたまま炎に焼かれる光景を、娘はその目に焼き付けてしまった。
300年間無敗を誇り、一度も攻撃にさらされたことの無かったレイフォル国にとって、本土爆撃だけでも相当な衝撃だった。
「くそっ、爆弾の雨だ!逃げろぉぉぉぉ!!」
「あんなのどこへ逃げればいいんだよ!」
住民達はとにかく逃げ惑い、再びの爆撃に対してパニックに陥っていた。その住民達の列に向かって、綺麗に塗り潰す様に爆弾の雨が降り注ぐ。
爆発が彼らの命を全て刈り取り、道の両サイドの建物にまで被害を与え、中に隠れていた住民ですらも潰して殺した。
戦争の経験のある大人は皆軍で死んでいて、残る民間人も自分達の国の本土が攻撃を受けるとは思っていなかった。今までにない「攻撃される側」と言う心理が、住民たちを狼狽させていた。
しかし、この戦争は圧倒的なはずの日本側にも問題がある。つまりは、この戦争の落とし所だ。
まず、日本の通信機はレイフォルの魔導通信とは全く互換性が無い。そのため通信を用いてレイフォルが降伏宣言を出そうにも、魔法のない日本ではそれを受け取ることができないのだ。
ムーから輸入した機械式無線機もあったのだが、これは出力が弱すぎて、離れた場所から攻撃する日本側には全く届かなかった。
そもそも徹底抗戦を叫ぶ皇帝が死んでおり、それを受け入れる軍部中枢もこの世から消し去られている。
これにより、市民がいくら降伏を望んでも誰も宣言を出せないと言う状態が続いた。
圧倒的有利な状況にいる日本側としても、いつまでも降伏しない現状は許容できない。無誘導爆弾を大量に消費する『BP-3C』での爆撃により、日本国内の無誘導爆弾の在庫が枯渇しかかっていたのだ。
爆弾在庫は今後も残しておくべく、これ以上の爆撃は許容できないとされ、なんとか降伏勧告を出す方法を模索した。
そこで日本側は鹵獲した魔導通信を用いてレイフォリア全域に対して降伏勧告を出し、返答を待つ事にした。
日本のこの魔導通信機はパガンダにて鹵獲した代物であり、使用方法が未だ不明な魔導通信に関して懐疑的であった。だが、今回ばかりは日本側の無線とレイフォル国の魔導通信は全く繋がらないので致し方ない。
そして日本はレイフォリアからの回答を待ち続けた。その結果──
「降伏勧告を受け入れるだとぉ!?貴様、何を言っているか!!」
ボロボロに焼け焦げた市庁舎にて、軍の高官の生き残りと、市長が口論を起こしていた。
「そのままの意味ですよ。このままじゃ、民家も壊され、住民も次々と殺されてしまう。降伏するのが吉です」
市長は降伏を決断しており、それがダメならレイフォリアだけでも無防備都市宣言を出すことを決めていた。
だが、徹底抗戦を叫ぶ軍人がそれに真っ向から反対する。
「ニホンは、無関係な国民の家を破壊し、殺して回る様な悪魔なんだぞ!いまさら降伏など無意味だ!」
彼は、決して誇りや名誉の為に戦いたいわけではない。ニホンという敵が市民であろうと容赦なく殺戮をしているその事実が、降伏を拒ませていたのだ。
「最後まで戦わなければ我々は滅びる!戦うことを放棄してはならない!余計に殺されるではないか!」
「ではこのまま、上空からの爆弾攻撃に耐え続けるのですか?いずれ焦土になりますよ?この美しいレイフォリアが、全て」
「ぐっ……」
だが、同時に彼も美しいレイフォリアの都市が灰になることを、決して受け入れられない。このまま戦えば、レイフォリアが滅びるのは確実だった。
「少なくとも、チャンスがあるならそれにしがみつくべきです」
市長は心強く、希望を掴み取る様に言葉を放つ。
「貴方だって、市民を助けたいからそう言っているのではないのですか?」
「くっ……それは……」
その説得に、軍人の心ですら揺らいでしまう。
「お願いします。レイフォリアだけでなく、上にも掛け合って説得し、この国を救ってください」
「こんな事……こんな事が……」
こうしてレイフォリアは日本の降伏勧告を受け入れることとなり、そして他のいくつかの都市も、同じように降伏勧告を受諾したり、もしくは無防備都市宣言を出したりするなどして、日本側の攻撃を逃れる事に成功した。
その後すぐ、レイフォル国全土も降伏を受諾した。
それを確認した日本側は、首都レイフォリアに〈いずも〉を含めた海上自衛隊、アメリカ海軍の艦隊を展開させる。
海上でレイフォル政府からの降伏を受諾する調印式が行われた。
「こ、この巨大な鉄の船は……」
レイフォル政府の残党責任者である副宰相が、母艦〈いずも〉の上に立ちその巨大さに驚いていた。彼は爆撃の日には地下室にいたために、なんとか運良く生き残ったのだ。
「こんなの、勝てないではないか……なぜ我が国はこんな敵に喧嘩を売ったんだ……」
後悔と責務が重くのしかかり、彼は自分の国の犯した罪を知らないまま、甲板の上にて調印に署名した。
日本政府の方でも、降伏の受諾により今後の方針が会議で話し合われていた。思わぬ形でボコボコにし、無条件降伏を飲み込んだレイフォルをどうするかは日本側としても問題だった。
「現在のレイフォルの現状ですが、レイフォルの降伏条件が無条件となったために様々な問題が浮上しました。現地の治安について報告させていただきます」
閣僚会議にて、厳田防衛大臣が現地レイフォルの様子について、資料を交えて報告を行う。
「まず、降伏条件に軍の武装解除を求めたのは失敗でした。何せ列強国である為に陸軍の武器の数が尋常ではなく、すでに押収した武器の数が輸送艦をひっ迫させています」
資料の16ページを、と厳田防衛大臣が言うと閣僚達がそのページを見開き、関係者が口々にその武器の量について驚嘆の声を上げた。
「これは……尋常な数ではないですね……」
「ええ、流石に相手の規模が大きい」
「これらの武器は現地にて解体し処分すると決まったのですが、他の問題がつきまといます」
厳田防衛大臣が話を続ける。
「まず、レイフォル本土の奥深くにいる一部の部隊が反乱を起こし降伏を拒否したりと、現地の治安は混乱を極めています」
部下が厳田防衛大臣の言葉に合わせてプロジェクターを操作すると、レイフォルを表す地図の数箇所から赤い点がちらほらと見え始める。これが反発を起こしている部隊が立て篭もる場所だった。
これを受け、各官僚たちが頭を抱えて項垂れる。日本としてはレイフォルをさっさと降伏させて治安を維持したかったが、レイフォルという国があまりに巨大すぎて鎮圧しきれないでいた。
「現地の治安維持については、陸上自衛隊を引き続き派遣するという事で鎮圧できないでしょうか?」
解決策を練るべく、総務省の大臣が手を挙げた。
「あの土地には豊富な食料と鉱物資源があります。それを手放すのは、日本の国力維持に関わる問題です。この際ですから、現地の治安維持を兼ねて日本が統治するのはどうなのですか?」
「……鎮圧だけなら十分可能ですが、統治となると難しいですね」
統治という言葉に対して、厳田防衛大臣は無理があるという推測を出す。
「レイフォル本土は500万平方キロメートルの面積で、日本の10倍ほどです。それに対して陸自の総兵力は15万人ほど。とてもじゃありませんが、全体を統治維持できるほどの能力は陸自にはありません」
現在の日本の治安維持、そして日本本土の防衛だけでも15万人では圧倒的に足りない。それなのにさらに遠方の土地に派遣できる数というのは、本当に数千人になる可能性がある。
とてもじゃ無いが、今の陸上自衛隊にレイフォル全体を統治する能力はなかった。
「それに第一、かの土地を植民地統治するわけには……」
そしてそもそも、厳田防衛大臣としては植民地まがいの場所を作るのは、過去の歴史から判断して不利益だと思っていた。だからこそ、防衛大臣の観点から反論したのだが──
「いえ、それでも必要です」
総務大臣は、それを分かっている前提で反論した。
「まず、我が国の鉱物資源は限界を迎えています」
総務大臣は続ける。
「爆弾備蓄の問題にもつながりますが現在火薬を作るのに必要な薬品や鉱物資源が足りません。日用品にも鉱物資源は必要なので、レイフォルの鉱物は今後この世界で我々が生きていくためには必要な資源だと思います。何が何でも手に入れるべきかと」
そう、燃料食料に続いて日本国内で問題になっていたのは、鉱物資源と薬品類などの供給だ。
金属類、電子機器、火薬などの自衛隊装備に関わる資源から、国民の生命に関わる薬品や医療品など、それらが転移により失われている状況だった。
それらの供給源を見つけることなく放置していれば、装備の稼働率や医療体制の崩壊など、日本国民の生命に関わる事態が起きる。
「パガンダから奪っても足りなかった。ならばレイフォルからも奪うしかない、か……」
「そうだな……もはや我々に、日本国民を飢えさせる事は出来ん。多少恫喝してでも、敵から奪うしかないであろう」
これは日本国民の生命を守る為に、再び他人から奪うという選択肢である。それを実行すれば今度はレイフォルが飢え、最悪の場合パガンダと同じ運命を辿るかもしれない。
無論、彼らとて心が痛まない訳ではないが、パガンダの件と今回のレイフォルの件を受けて、だんだんと感覚が麻痺していた。
「しかし、先ほども言ったように陸自の人員であの面積を統治するのは……」
パガンダへの宣戦布告の影響か、辛うじて良心が残っている厳田防衛大臣は陸上自衛隊の人員を理由にそのシナリオを回避しようとする。
「……確か、レイフォルには属国や保護国が多数存在したと聞きます。それらを独立させ、レイフォル本国のみを統治する場合、どのくらい負担は減りますか?」
その言葉に反論したのは、国土交通省の幹部である。質問を受け、厳田防衛大臣に促され副防衛大臣がその言葉に答える。
「お待ちください……えっと、その場合ですと統治面積は225万平方キロメートルまで減ります」
「……確かにこの面積なら、今の陸自の能力でも可能な範囲です。相当少数な規模で各所に散らばらせることになりますが、それでよければ」
その報告に対して、今度は武田首相が意見を発した。
「……わかった。レイフォルは本土のみの統治とし、残りの属領はすべて独立させる」
「総理……?よろしいのですか?」
最終的に総理が賛同すれば確かに問題は解決するが、武田首相の迅速な決断に厳田防衛大臣は確認を取る。
「構わんよ、今は国民の保護が優先だ。ただ、今後の自衛隊の人員から兵器に至るまで、すべて見直さなければならないな」
「……わかりました。ではご命令通り、レイフォルへの治安維持任務に自衛隊を出動させます」
「頼んだ」
命令を下した武田首相であるが、その様子は活力がなさそうに見えたのを厳田は見逃さなかった。このところ彼は目に隈ができて、気力を失っている様に見える。
レイフォルからの降伏を受諾後、『おおすみ型輸送艦』が接岸し、日本の陸上自衛隊がレイフォリアへ現地入りを果たす。全面降伏を受けレイフォル国における治安維持のため、陸上自衛隊の部隊が派遣された。
レイフォリアへ現地入りした陸上自衛隊第7師団長、大内田和樹はレイフォリアの街の現状に言葉を失った。
「ここは……本当に街だったのか?」
徹底的な爆撃を受けたレイフォリアを見て、その犠牲者を想像して嫌なものを感じる。いくら相手が悪いとはいえ、これでは無差別爆撃ではないかと。
「海自の連中、よっぽど恨み溜まってたんですかね……同じ船乗り連中でしたし」
「……敵討、か」
船乗りとはいえ彼らは哨戒機の連中じゃないのかと思いつつ、大内田は町の現状を見た。ほとんどの建物は破壊しつくされ、レイフォリアの住民達の姿はない。自分たち自衛隊を怖がり、瓦礫の裏に隠れてしまうのだ。
「これが戦争の現実だ。よく目に焼き付けておけ」
「……はっ」
大内田が部下に促すと、彼は何かを含んだような口調で頷いた。
日本国内の爆弾備蓄量ってこんな爆撃できるのだろうか。