飛雷神の最大の長所は何か? 逃げることだよ 作:余は阿呆である
先を考えない勢い任せの行為だが、反省も後悔もない。
死んだら転生したって、フィクションだとありふれすぎてもう飽き飽きしてたくらいなんだけど、いざ自分が体験してみたら超新鮮だった。
具体的には出産時が。
いやもうほんと、死ぬかと思った。これから生まれるってときなのに。
なんで破水のタイミングで記憶戻るんだよ。普通ちゃんと生まれてからだろ。
母さんの腹から外に出るまでの地獄はきっと一生忘れられない。暗くて、狭くて、臭くて。早く出たいのに、身体は全然思う通りに動いてくれなくて。それが何時間も延々と続く。普通にトラウマになったわ。
こんな新鮮さ欲しくなかった。
世の赤子が生まれたときに泣くのは、クソみたいな世界に生まれたことを絶望してだとか言うけど違うね。ただ単に直前までめちゃくちゃ苦しい思いしてたから泣くんだよあれは。
体験者が言うんだ。間違いない。
俺も精神はいい大人なのにギャン泣きしたからね。
あの時は恥とか外聞とか気にしてる余裕なかったわー。まぁおかげで周囲は普通の赤子と思ってくれたわけだし、結果オーライ。
そんなわけで第二の人生を最悪のスタートで迎えた俺を待っていたのは、個性を持った人で溢れかえった世界だった。
別に個性的な人が多いとかそういう意味ではない。
この世界、どうやら元いた場所とは違って人間が超能力じみた不思議な力を使えるらしい。
その力を個性と呼んでいて、個性は一人につき一つ持っているとか。
個性の種類は千差万別で、なるほどこの名称は言い得て妙だと納得した。元々の単語と被るので造語を名付けろよという気持ちもあるが。
個性は数百年前に一人の赤子が全身光ったのが始まりで、そこからその数はどんどん増えて、今では全人類の八割が個性持ちらしい。
ちなみに、初めて見た個性は母の、口から火を吹くというもの。
生後何ヵ月かのときに、ため息と一緒に火が出てきたときは心臓が止まるかと思ったわ。
そんなとんでも世界でも更にとんでもないのが、ヒーローという存在。
別にニチアサよろしく世界を救う使命を背負った人が無償で悪と戦うとかじゃなく、普通に職業としてある。
前世の警察とレスキューと芸能人を足したような感じ。
ちゃんとライセンスを取らないといけないし、規則もかなり厳しいものが多い。
おまけに人気職業だから、ヒーロー飽和社会と呼ばれる現在では、人気がなければ売れない芸能人の如く消えていく。
華々しく見えて、なかなか業の深い世界だ。
俺が幼稚園の行き帰りで見かけてた推しのヒーローも、いつの間にか見なくなったし。
うーん、あの仮面ライダーの如く全身覆ったスーツかっこよかったんだけどなぁ。
前世ならテレビの向こうの世界に等しいヒーローだけど、実は俺にとっては結構身近だったりする。
なんと父が現役のヒーローなのだ。
本名は波風
人気ないヒーローって本当に稼ぎが少ない。幸い母さんが翻訳の仕事してるから一般家庭並には稼ぎがある。
父さんも別にサボったりせず、身体鍛えたりもちゃんとしてるんだけど……いささかヒモの気配が。
実力も結構あると思うんだけど、経営とかがてんでダメな脳筋タイプのせいで、人気の出る立ち回りとかも出来ない。
なので稼ぎは一向に増えないんだけど、同業者とかからの信頼は厚いみたいで、ちょいちょい差し入れを持って帰ってくることもある。
昔堅気な不器用ヒーローって感じで俺は結構好きだ。薄給なことを除けば。
テレビでやってたトップヒーローの年収見てめちゃくちゃ羨ましくなったからな。あの稼ぎならプライベートジェット機とか買えそう。プライベートジェット機、憧れるよね。使う機会とかないと思うけど。
まぁそんなわけで、人気のないヒーローの悲しい懐事情を幼い段階で知る俺は、特にヒーローに憧れたりはしなかった。
かっこいいとも、立派だとも思う。尊敬も応援もめっちゃする。でも自分がなりたいとは思えない。
個性は遺伝する確率が高い。
個性の発現は四歳くらいが多くて、俺はまだだがおそらく父さんか母さんの個性を受け継いだものになるだろう。
口から火を吹くか、あるいは水の操作か、はたまた稀に見るそれらをあわせたものか。
そんな個性では、例え頑張ってヒーローになれたとしても、ランキング上位になれる気が全くしない。
つまりは稼げない。
命懸けの仕事なのに薄給とか流石にごめんである。
俺は父さんのように、金とか関係なく赤の他人のために死にもの狂いで働けるような誇りなんてない。
他人のために頑張ったなら、その分の対価は欲しいと思う浅ましい人間である。
そんな俺がヒーローとしてやっていけるとはとてもではないが思えない。
時に助けた人に理不尽に責められることもあるんだぞ? ちょっとした失敗を守るべき人達が嬉々として叩くことだってある。地味だけどコツコツ頑張ってるヒーローを見下し嘲りああはなりたくないと面と向かってほざくクズもいるとか。
うん、無理。
自分がそんなこと言われたらその瞬間立場忘れてコブラツイスト決める自信しかない。
やはり俺にヒーローは無理だったのだ。
Q.E.D.終了! お疲れ様でしたー!
そうして俺こと波風
━━完。
あれ?
なんか俺の個性、火でも水でもないんだけど。
瞬間転移? 突然変異型の超レア個性? 絶対にヒーローになるべき逸材?
父さんと母さん、めっちゃ喜んで将来はトップヒーローだなとか言ってるんだけど。
今からヒーロー科通わせるために貯金頑張ろうとか話してるんだけど。
とてもヒーロー目指す気はないとか言い出せない空気なんですけど!
あ、あれー?
どうしてこうなった?
湊翔くんはヒロアカ知りません。
NARUTOも少年編までしか知らないニワカオタクです。