飛雷神の最大の長所は何か? 逃げることだよ   作:余は阿呆である

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幕間 波風隼人の決意

 波風隼人は、自分が凡人だという自覚がある。

 頭はよくないし、運動能力も平均。加えて個性も水を操るというありふれたもの。

 強いて長所を上げるなら、根性があることくらいだ。

 出来ないことがあるなら、時間がかかってでも出来るようになるまで頑張る。頑張るだけで駄目なら誰かに相談する。そして「何でもっと早く相談しないんだ」「お前は非効率すぎる」「頭を使えこの脳筋が」と幼馴染みの友人に怒られる。

 幼い頃はそれが隼人の日常だった。

 要領の悪さに呆れながらも色々と世話を焼いてくれた友人には、大人になった今でも頭が上がらない。

 

 そんな隼人がヒーローになりたいという夢を持ったのは、小学五年生の頃のこと。

 旅行先でヴィラン事件に巻き込まれた際に、ヒーローに助けられたからというよくある理由だ。

 死ぬかもしれないという絶望を覆したヒーローの姿は、人の人生を一瞬で変えるだけの影響力があった。

 

 それからはがむしゃらに━━ではなく、友人に相談しながら、必要なことを効率よく頑張った。

 らしくないというのはわかっている。

 それでも絶対になりたいと思ったから、慣れないことに四苦八苦しながらも、頭を使いながら必死に技能の習得に取り組む。

 

 その努力が実ったおかげで、今がある。

 ヒーロー科のある高校の入試に合格し、在学中にライセンスを獲得。卒業後はサイドキックとして経験を積み、その際に出会った女性と男女の関係へと至り、入籍と共に独立を果たす。

 ヒーロー一辺倒なくせに、あまり活躍出来ず給金も少ないのに、文句も言わず支えてくれる妻には頭が上がらない。

 

 そして数年前、子宝にも無事恵まれた。

 名前は湊翔。隼人と妻の美夏(みなつ)の名前から取って名付けた。

 我が儘を言わず、よくお手伝いもしてくれるいい子だ。きっと妻に似たのだろうと隼人は思っている。

 妻も子も、自分にはもったいないくらいに優しくて、恵まれていると隼人はよく感じていた。

 この幸せがずっと続けばいい。いや、続かせてみせる。

 例えどんな理不尽が襲ってきたとしても、命を懸けてでも守るんだ。

 ヒーローとして、夫として、父親として。

 並々ならない思いで、隼人は強く決意していた。

 

 そして間もなく、試練は訪れた。

 湊翔に個性が発現した。転移という、世界的に見ても希少な個性。

 それも既存のワープ型とは異なる、史上初となるテレポート型だ。

 最初は喜んだ。自分のような凡人から、こんなに優秀な子が生まれてくれるなんてと。

 ヒーローが好きなようだし、きっと優秀なヒーローとなってたくさんの人を助ける存在になるんだろうと、親バカ全開でまだ見ぬ将来に期待した。

 

 期待はすぐに恐怖に変わった。

 湊翔に個性が発現して間もなく、隼人のヒーロー事務所にスーツを着こなした男が二人訪ねてきた。

 男達は、ヒーロー公安委員会を名乗った。

 

「率直に申し上げます。あなたのご子息である波風湊翔君を、我々ヒーロー公安委員会にスカウトするために参りました」

 

 語られるのは、湊翔の個性の有用性と危険性。

 そして表には公表されていない、裏の支配者の話。

 そいつは他者から個性を奪い、他者に個性を与えるというふざけた個性を持っていて、聞くだけで怖気が立つような悪行の限りを犯していた。

 例年、優秀な個性の持ち主が行方不明となる事件が世界各所で発生していて、公安委員会はそいつが犯人だと考えているらしい。

 そして湊翔は、その標的となる可能性が高いと告げられる。

 

 聞いた瞬間、目眩が隼人を襲った。

 心臓の音がやけにうるさいくせに、身体は異様な程に冷たい。全然動いてないのに全身から嫌な汗が溢れて止まらず、寝ぼけてるみたいに思考がぼやけて働かない。胃がぐちゃぐちゃになったような刺激に、吐き気までしてきた。

 

 意味がわからなかった。

 何で自分の子供が、そんな危険な目に合わないといけないのか。

 ただ日々、家族が健やかに過ごせるのならそれでよかったのに。

 世界の英雄にはなれなくても、家族の英雄になろうと決意したのに。

 何百年も世界の裏を牛耳る魑魅魍魎から息子を守れるなんて思えるほど、隼人は自信過剰にはなれない。

 隼人にはもう、何も出来ずに息子を失い、絶望する未来しか見れなかった。

 

 公安委員会の人間はそんな隼人の様子にも動じず、毅然とした態度のまま、更に告げる。

 湊翔をスカウトするのは、保護の名目もあるのだと。

 それは甘い誘惑だった。

 自分では無理でも、国なら息子を守れるんじゃないかと。

 頷いてしまいそうになるのを、歯を食いしばって耐える。

 隼人とてわかっている。

 ヒーロー公安委員会にスカウトされるという、その意味を。

 表に出せない案件に対処する仕事にとって、湊翔の個性がどれだけ都合がいいのかを。

 一度足を踏み入れたら、二度と何も知らずにいられた生活に戻ることは出来ない。

 そんな世界に、まだ四歳の息子を放り込む決断なんて、隼人には出来なかった。

 

「返事は、息子が小学校にあがるまで待って欲しい」

 

 出来たのはただの時間稼ぎ。

 公安委員会の男達は、それに了承した。

 どころか、秘密裏に護衛までしてくれるという。

 公安委員会にとっても、湊翔の個性が敵に奪われるのは厄介だからだ。

 なのに返答を待ってくれているのは温情からか、あるいは何らかの思惑があるからか。

 

 何でもよかった。

 そんなことを気にするよりも、残り少ない時間を家族と過ごす方がずっと大事だった。

 美夏にはすぐに話した。最初は納得してくれなくてかつてない程の大喧嘩をした末に、折れてくれた。

 心の中では納得なんてしてないだろう。ただ隼人の意を汲んでくれただけ。本当に出来た女性だ。

 隼人はもう、湊翔を公安委員会で預けるつもりだった。

 

 それが湊翔のためになるとは思えないが、それしか守れる方法が思い付かなかったから。

 期限の半年前には湊翔にスカウトの件を伝えるつもりでいるが、いざその時になって、伝えられる自信もなかった。

 真っ直ぐ見つめてくる息子の目は、父親のことを信じきっている目だ。そんな湊翔と目をあわせて「俺では守れないから公安にお前を預けることにした」などと言えるのだろうか。

 

 情けなかった。

 夫としても、父親としても、一人の人間としても。

 こんなにも弱い人間だったのかと、自分に失望した。

 隼人の内心とは裏腹に、湊翔の身に何かが起こることはなかった。

 公安はしっかり守ってくれているみたいだ。

 

 驚いたのは湊翔の防衛意識。その高さだ。

 公安からの報告で、個性のマーキングを複数の箇所に常につけて行動しているらしいことがわかった。

 気になって湊翔が通園したあとに湊翔の部屋に入ると、床にマーキングが刻まれていた。

 思っていたよりも息子は強かだったみたいだ。

 その事実に少しだけ安堵する。

 案外、公安に行っても上手くやっていけるんじゃないか。

 自分を正当化するための思考を一瞬でもしたことを、隼人は恥じた。

 

 

 

「父さん。お願いしたいことがあるんだ」

 

 それは、公安委員会が来てから数ヶ月経った頃のことだった。

 いつもの元気全開な様子とは異なり、とても落ち着いた口調で湊翔が話しかけてきた。

 ただ事ではないと思い居住いを正して話を聞く態勢をとる。

 その予想は当たっていた。

 

「俺を鍛えて欲しい。護身術とかじゃなくて、ヒーローになるための本気の訓練を課してくれ」

 

 言った内容が信じられず、目を見開いてしまう。

 子供にありがちな、憧れの職業を真似たいからという軽い気持ちではない。

 力強く父親の瞳を見つめるその目はどこまでも真っ直ぐで、決意に満ちていた。

 本気だ。

 まだ四歳の子供が、本気でヒーローとしての訓練を課して欲しいと望んでいる。

 

 この歳からでも、訓練を始める子供は少数ながら存在はするだろう。

 でもそれは大人側からアクションがあって成立するもののはずだ。子供側から望むことなんて普通はあり得ない。

 湊翔が生まれてから四年間、毎日顔を見てきた。

 親として未熟者なのはわかっていたから、殊更子供のことは気にかけてきたつもりだ。

 

 なのに今日、いきなり知らない顔を見せられた。

 こんな側面があるなんて、まるで知らなかった。

 息子のことを、全く理解なんてしてなかったんだ。

 ああ、本当に俺は親としてやるべきことを、何も出来てなかったんだなと痛感させられた。

 

「どうしたんだいきなり。何かあったのか?」

 

 咄嗟に出した心配の言葉は薄っぺらく、心の中で自身に失笑する。

 今さら親らしく取り繕ったところで、自分が惨めになるだけなのに。

 

 鬱になっている自覚はある。

 何よりも大切な息子の危機から始まる思考の負の連鎖は止まってくれず、もう二度と立ち直ることは出来ないんだと。

 そう思っていた。

 湊翔の言葉を聞くまでは。 

 

「早く父さんみたいな、立派なヒーローになりたいって思ったんだ」

 

 驚く隼人の目を湊翔は真っ直ぐ見つめて、自分の思いを話し始めた。

 

「個性が発現してから、ずっと思ってたんだ。父さん達から貰ったこの個性はとても凄いもので、たくさんの人を助けられる力なんだって。そう思うと、いてもたってもいられなくなるんだ。一秒でも早く、父さんみたいに誰かを助けられるヒーローになりたいって気持ちが抑えられなくなる。だから、」

 

 一拍間を置いて、湊翔は決然と言い放った。

 

「俺が本物のヒーローになるために、お願いします」

 

 そう言って頭を下げる湊翔の姿に、隼人は思わず目に滲む涙を見られないように、右手で顔を覆い俯いた。

 いつの間に、こんなに立派になったんだろう。

 

 ああ、情けない。

 息子が成長している間も、何をするでもなくウジウジと悩むだけだった自分が本当に情けない。

 今まで何をしていたんだ。

 この身は微力であっても無力ではないというのに、出来ることもせずに卑屈になっているなんて、お前はそれでもヒーローかと過去の自分に渇を入れてやりたくなる。

 だけど今は、反省も後悔も後回しだ。そんなものは後でいくらでも出来る。

 

 そんなことよりも、一生懸命に自身の想いを話してくれた息子に応えるのが先だ。

 今までの悩みなど臆面に出さず、息子が憧れてくれたヒーローとしての己を前面に出して答えた。

 

「知ってると思うが、俺は不器用だ。手加減などは苦手だが、覚悟はいいか?」

 

「はい!」

 

 元気のいい返事に、思わず笑った。

 久しぶりに心から笑えた気がする。

 あまりに嬉しくて初日から飛ばしすぎてしまった程だ。

 さすがにあれはやり過ぎた。反省しなければ。

 

「あ、父さんおはよう! 今日もよろしく!」

 

 と思っていたら、翌日には元気よく次の訓練をねだられた。これにはもう驚きを通り越して呆れたものだ。

 個性とか関係なく、あれは大物になるに違いないと思わされた。

 

 その日から湊翔は家や幼稚園でも、訓練を頼んだときのように大人びた言動をするようになった。

 

「ヒーローを目指すって決めたんだ。だからもう、子供っぽいことは卒業しようかなって」

 

 そう言う湊翔に、周囲の大人は微笑ましいものを見るような目を向けていた。

 端からは大人ぶった態度を取りたいだけの子供にしか見えないのだろうが、隼人は知っている。

 あれが湊翔の言う通り、ヒーローを目指す決意の表れなのだと。

 

 もう少し子供でいて欲しいという少しの寂寥感と、それを上回る誇らしい気持ちが胸に湧き、隼人はその気持ちの向くままに、湊翔のための行動を始めた。

 

 ヒーロー活動や湊翔の訓練の傍らで何度も公安の人間と話した。

 話せる範囲での仕事内容や、湊翔が所属した際の待遇ややらせようとしていること。湊翔の訓練へのアドバイスを貰ったり、時には付け焼き刃で交渉をすることもあった。

 たまに相手の逆鱗に触れたのか、物凄く鋭い視線を向けられることもあり、めちゃくちゃ怖かった。

 現役のヒーローが視線だけで逃げ出しそうになるくらいには怖かった。

 裏を担う人間とは皆あんなに怖いのだろうか。

 いずれ湊翔もあんな顔をするようになるのかと思うと、やっぱり公安に行って欲しくない気持ちが強くなる。散々根回ししておいて今さらな話だが。

 

 そうした諸々のおかげで、湊翔が正式なヒーローになるまでは公安の仕事はさせないという言質を取ることが出来た。

 所詮は口約束だし、完全に信用なんて出来ないが、今の隼人に出来るのはここまでだ。

 あとは自分で面倒を見れるうちに、湊翔を可能な限り鍛え上げる。

 

 公安に行っても、ちゃんとやっていけるように。

 いつか立派なヒーローになれるように。

 

 隼人は決意を胸に、今日も湊翔をしごき倒した。

 

 

 




 感情の浮き沈み激しくて頭が悪くて不器用で根性が取り柄で自己犠牲精神持ってて身内大好き

 要素だけ見ると少年漫画の主人公みたいなパパンの回でした

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