丸尾コンテニュー   作:白黒パーカー

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1話:コンテニュー

 

 

 

 あの試合が忘れられない。

 ずっと胸の奥が締め付けられ、ズキズキと痛む。全日本ジュニアテニス大会、決勝進出をかけた神田くんとの試合。

 あともう1ポイントでも取られたら負けてしまう。そんな大一番で、守りに入る余裕なんて俺にはなかった。

 

 短期決戦。それしか神田(かんだ)くんに勝つ方法が見つからなくて。

 だから、リスクを背負ってコートの際、ギリギリを狙った俺の攻撃は脚力に自信のある神田くんでさえ振り払い、

 

『アウト』

 

 そして、コートに入ることはなかった。

 

『ゲームセットア&マッチウォンバイ神田。カウント5-7、7-6、13-11』

 

 ボルテージの上がる観客たち。それとは対称的に俺の体が冷えていく 感覚に支配される。

 やけに明瞭に、無慈悲にも審判の声が耳に響いた。

 

 

 

「……俺、本当に負けたんだな」

 

 ふいに声が漏れた。

 あれから数日。ベッドで横になってぼんやりしていると、あの日の試合を思い出してしまう。勝敗は負け。どれだけ振り返っても、その結果は覆せなかった。

 

 体がどんよりと重くなる。それはきっと、疲れからきたものじゃないはずだ。

 これからのことで憂鬱になっているのだろう。

 

 神田くんとの試合を最後に、俺はプロを目指すことを諦めた。それがテニスで生活していくかを決めるための、両親との約束だったから。あの大会で優勝できなかった時点で、その未来は終わってしまったわけだ。

 

 あの厳しかった地獄のような練習も嘘のようになくなり、体力も有り余っている。

 それなのに、俺の心はどこかモヤモヤして。心の奥底でどんよりとした何かが溜まっていくような……。

 

「弱気になるな、俺! 別にプロに慣れなくてもテニスにはこれからも関わっていくんだし。なっちゃんのサポートもしていかないとッ!」

 

 頬をパンッと叩く。

 この時のために、テニスに関われる仕事がいくつあるのかを把握して覚悟を決めておいただろ。今更、悔やんでも仕方ない。

 それに俺には恋人のなっちゃんがいるのだ。大好きな彼女の支えになるのなら、それはそれで幸せなことだと思う。

 

 今でもSTCには通っているし、今回の結果のおかげでテニス関連で大学推薦も貰えたのだ。何も悪いことはない。

 

 それでいいじゃないか。

 それでいいはずだろう?

 

「なのに俺、なんで泣いてるんだろ……」

 

 やることも何もかもはっきりさせて挑んだはずなのに。もうどうにもできないってわかっているはずなのに、なんで何度目を拭っても涙が止まらないのだろう。

 悔しい。苦しい。そんな気持ちを無理やり胸の奥に押し込もうとするけど、上手くいかない。

 

 何度も何度も脳内で、あの日の試合の反省点が、課題点を上げ続けている。

 

 もし、もっと前からテニスを始めていたら、何か変わっていたのだろうか? 神田くんのあの体力に追いつくような脚力とスタミナがあれば、対等に勝負ができたのかもしれない。

 

 ……いや、それは求めすぎだ。その頃はテニスをしようなんて思わなかったはず。

 影山の存在や、なっちゃんとの出会いがあったから今の俺がいるんだ。

 

「……じゃあ、せめて俺がテニスを始めた日。あの日にプロを目指してたら……」

 

 何か変わっていたのかな?

 

 そんなありもしない妄想を口にして、ありえないと目を閉じた。

 なんだか眠い。

 まだご飯も食べてないけど、お腹が空いてないし、そんな気持ちになれない。今は本能に任せて寝てしまうか? そんなことを考えている合間に、意識が遠くなっていくのを感じた。

 

 

 

 

 

「どうだ、丸尾。解けそうか?」

 

 ん……誰か、呼んでる?

 真っ暗な世界で 、誰かの声が聞こえた気がした。

 もう朝なのか? それとも母さんが起こしに来たのかな。

 ぼんやり考え事をしていると、突然肩を強く揺すられた。

 

「丸尾? ……丸尾ッ!」

「は、はい!」

 

 急に大きな声で呼ばれて、反射的に返事をする。視界が一気にクリアになって、ってあれ?

 

「先生?」

 

 そこは教室で、目の前には数学の先生が立っていた。というか、なんで俺も制服を着ているんだ?

 

「どうしたんだ、丸尾。前に出てから急に呆然として。もしかして問題がわからなかったのか?」

「え、問題……」

 

 いきなり問題って言われても……。混乱してよく分からないままに黒板を見る。それは記憶にある、いつか問われた応用問題。

 自然とチョークに手が伸びた。

 

「なんだ解けるじゃないか。みんなも丸尾を見習って勉強しておくんだぞ」

「えー」

「さすがエーちゃんだな」

 

 問題は解けたみたいで周りの賞賛を受けるけど、内心は落ち着かない。未だに混乱している。

 さっきまで自分の部屋で寝ていたのに、気づいたら授業中の教室にいたのだ。訳が分からないに決まっている。

 ……本当に、どういうことなんだ?

 

 

「おい、どーしたんだよ。真面目なエーちゃんが授業中にぼけーっとしてるなんてよ?」

「……やっぱり見たことある」

 

 バクバクと健康を気にせずに昼飯を食べる影山を見て、やっぱり夢ではないのだと実感する。

 俺が今食べているご飯もあの時と同じようにブロックごとに分割された白米だ。

 うん、おいしい。

 ひとまず現状確認が先だな。

 

「なぁ、影山。俺たちって今、高校何年生?」

「はぁ? 何言ってんだよ」

「いいから答えて」

「……高2だけどよぉ」

 

 納得いってないような顔の影山を無視して、再度ご飯を口にする。

 やっぱりそうだ。

 何度考え直しても、ここは過去の世界。しかも、高校2年になってまだ2週間ぐらい。つまりタイムスリップだ。

 

 …………。

 って、なんで俺、過去に戻ってきてるんだよ⁉︎ 

 

 頭を抱えて内心で叫んでしまった。でも、仕方ない。ありえないことが起きてしまっているのだから、こうなるのも当然だ。

 夢か? 夢なのか?

 だけど、ほっぺを引っ張っても目が覚めないし、痛い。食べてるご飯もしっかりと味がしておいしいし、夢と言うにはリアル過ぎる。

 

 そうなると、これが現実だと認めないといけないな。

 元の時間に戻るためには、どうすればいいのだろうか?

 方法なんてわからないし、最悪戻ることもできないんじゃ……。

 これからのことを考えて、ふと、箸を動かす手が止まる。

 

「……ッ、もしかしてやり直せるのか?」

 

 焦って忘れていたが、ここがあの日だとするならば、俺はまだテニスをやっていないことになる。

 プロを目指してないどころか、テニスのことすら全く知らない。ということは、両親との約束もなかったことになる。

 自分でプロを目指すためのやり直しが、できるのだ。

 

「それなら、今日からでもSTCに所属したほうがいいのか? でも、まずは母さんに説得しないとだし、ラケットとかも用意しないと。……待てよ。そうなると今日までノートに記録してたこともなかったことになるのか。いや、でも今日は過去だし……」

「おーい、エーちゃん?」

 

 これからの計画に頭をフル回転させる。

 体が以前より鍛えられてないけど、このタイミングなら、肉体改造計画は現実的にできるのか? あぁ、今すぐにでもノートに計画を書き始めていきたい。理性と本能がガッチリと噛み合っているこの感覚。

 試合中のゾーンに入ったみたいに集中できている。

 

「虚空なんて見て、聞いてんのか? ……聞いてないし」

 

 意識が冴えていく。そこで、ふと大事なことを思い出す。

 タイムスリップして今日があの日なら、もうすぐ彼女がやって来るはず。

 自然とドアの方に目がいく。

 

「おいおい、本当にどうしたんだよ? 熱とかないよな……。保健室行くか?」

 

 俺の行動を見て、さっきからぶつぶつ呟いていた影山が、弁当を置いて俺のおでこに手をかざしてこようとする。

 大丈夫だと、言おうとして。それを止める間もなく、ガラッとドアの開く音と共に彼女が視界に入った。

 

「お? 誰⁉︎」

 

 クラスメイトの誰かの声。そんな声がどうでも良くなるくらいに心臓がドキドキしている。

 それはきっとマイクが言っていた恋愛モードに入ったからだろう。

 すごく近くて、でもこの頃はまだまだ遠かった存在がそこにいる。

 

 歩く姿は軽やかで、日を浴びたような天真爛漫さはやっぱり未来と変わらなかった。

 

「……なっちゃん」

 

 意図していなかった現実。再度、プロテニス選手を目指すキッカケを得た。

 そして、

 鷹崎奈津(たかさきなつ)。なっちゃんとの出会いが、また始まったのだ。

 

 

 

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