全て終わった。
冠位時間神殿は玉座を残して崩壊した。
黒の聖女は知っていた。
もう、自分の役目が終わった事を。
そして、別れの時が来た事もーーー。
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私を見て。
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全てが終わった日の夜。ジャンヌダルク・オルタは眠れずにいた。元々サーヴァントなんて睡眠を必要としないが、それが習慣となってしまっていたので、少しモヤモヤしていた。
窓の外では珍しく大雪が止んでいた。その窓から微かな光を放つ月を見上げる。
長く伸ばされた白髪に手が絡まる。
月を見上げながら、彼女は思う。
後どれくらいここにーーーカルデアに居れるのかを。サーヴァントは役割を終えるとこの世界から消滅する。それは勿論彼女も例外じゃない。このまま消滅すればもう二度と彼に逢う事は出来ないだろう。ジャンヌダルク・オルタは他の英霊と違い英霊の座に本体が存在しない。元々存在しない英霊なのだ。彼女が再び召喚される可能性は極めて低い。
だけど、不思議と後悔は無かった。
駆け抜けた日々は楽しかった。
命の危機は何度も経験した。
そのたび、全てに打ち勝ってきた。
絆は確かに存在する。
彼との間に見えないだけで、言葉を交わす度に、確かに二人の間に絆は存在する。
長い旅路の果てに手にした自由は思いのほか簡単に手放す事になりそうだ。
でも、後悔だけは絶対に無かった。
薄く照らされながら、ジャンヌダルク・オルタは目を伏せる。
この掌には無数の憎悪がある。
復讐の炎は
それでも……楽しかった。
そう思えるだけの思い出が振り返ればたくさんある。
出来る事ならいつまでもここに留まりたい。
だけど、それは出来ない。
最後になる。
そう思いながら彼女はベッドに仰向けに倒れこむ。服がはち切れそうな豊満な胸が呼吸するたびに動く。
コンコンーーーとドアがノックされる。来客が誰がなんて確認しなくても、誰が来たのかすぐにわかった。聞こえてくるのはドアの開く音。ジャンヌダルク・オルタは目を伏せたまま、近づいてくる足音に耳を傾けていた。
「世界を救ったヒーロー様が竜の魔女に何の用かしら?」
足音が止まると同時に、ジャンヌダルク・オルタはそんな言葉を吐き捨てた。
「またジャンヌはそんなこと言う」
苦笑いを浮かべる彼にジャンヌダルク・オルタは小悪魔的に笑いかける。
「ま、理由なんて大体予想がついてます」
「そっか」
「えぇ、そうです」
「座ってもいい?」
「好きにしたら?」
「じゃあ失礼して」
そう言って、彼女のマスターである藤丸立香は隣に座る。
ただ2人で、同じ月を見上げている。
それだけで幸せだった。
駆け抜けた日々も、命の危機も、楽しい事も、全部、全部この胸に残っている。
だから、後悔はない。
いずれ消えると分かっていても、後悔はない。
それだけは絶対にない。
「なぁ」
「何?」
「楽しかったな」
「……」
「今日まで本当に楽しかった」
「そう」
素っ気ない返事。
電気が消えた部屋。
窓に映るは取り戻した光。
掌の憎悪はまだ残っている。
復讐の炎もまだ消えていない。
でも、
「ねぇ、マスター」
伝えなければならない事がある。
「なに?」
屈託のない笑顔を浮かべる藤丸。
目を逸らしたまま、ジャンヌ・オルタは小さく呟いた。
「楽しかったわね」
「……うん」
「いろいろあったけど、それなりに楽しかったわ」
「うん」
「……ねぇ」
「ん?」
「わたしに、触れて」
そう言うと、藤丸はジャンヌダルク・オルタの手の甲に自信の左手を重ねた。
それと同時に、ジャンヌダルク・オルタの体が光り出し、まるで金のような美しい粒子が彼女の全身から頭上へと放たれていく。
その光景を見た藤丸は静かに目を伏せる。
時が来たのだ。
役目を終えたサーヴァントの最後がもう目の前まで来ている。
「マスター」
「……なに?」
「私を見て」
その言葉を聞いて、藤丸は目を逸らす事なく、真っ直ぐに、彼女を見つめる。
「竜の魔女をその目に焼き付けなさい」
「……」
「貴方の旅はまだ続く。きっと世界はまた危険に晒されるでしょう」
そうだ。ずっとこのまま世界が平穏である筈がない。
取り戻した光がいつまた消えるか分からないこの世界を、藤丸は生きていく。
それがいつ来るのかなんて誰にも分からない。
一〇〇年後かもしれないし、明日かもしれない。
それでも藤丸はこの世界を生きていく。
この世界を救ったヒーローとしてではなく、一人の人間として生きていく。
「その時に、隣に私が居ない事を後悔しなさい」
そう言うと同時に、ジャンヌダルク・オルタの身体が少しずつ消失していく。
手を握る藤丸の力が強くなる。
彼女はその手を振りほどき、指を絡ませてもう一度握る。
その間にも、彼女の体は消えていく。
藤丸はその様子を見守る事しかできなかった。
抗ったところで止められない。
だから、見つめる事しかできなかった。
「さよならね」
「……そうだね」
世界を救えても、この状況だけは打破できない。
始まりがあれば、当然終わりも存在する。
たとえ後わずかだとしても、この瞬間を忘れぬようにと、強く心に焼き付ける。
彼女が言ったように、その目に焼き付ける。
そして、その時はやってくる。
繋いでいた手がするりとこぼれ落ちる。
「またね。ジャンヌ」
「……または無いわ」
「そうだとしても、だよ」
「……そうね」
「またきっと逢えるよ」
「……そう思いたいならそう思ってなさい」
「じゃあそうするよ」
「勝手にしなさい」
そう言い終えると、最後に口だけを動かして言葉を紡ぎ、彼女は消滅した。
「……ずるいよ、ジャンヌ」
見上げた先には取り戻した光。
落ちていったのは共に戦場を駆け抜けた友の光。
頬を伝う一筋の涙。
最後に彼女が言った無音の言葉に返す。
ーーーまた逢いましょう。
ーーーまた必ず呼ぶよ。