よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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第11話

 自分一人の客室で、私はべッドに横たわっていました。

 退屈しのぎに持ってきた本も、まったく読む気になりません。

 彼がいなければ、私は退廃していく。そのことを改めて自覚しました。

 

 無人島試験。

 担任教師からその話を聞いたとき、私は参加を検討しました。

 一週間もの間、彼と離れる。そんなことをしたら、私の精神はどこかおかしくなってしまうのではないか。そう考えました。

 

 しかし、それはかないませんでした。嘱託医によるドクターストップがかかったのです。

 それどころか、この客船に乗ることすら反対される始末でした。

 

 船で行われる試験は、無人島試験のみではないといいます。

 そのため、乗船を回避した場合、彼と会えない期間は倍以上。

 私に死ねと言いたいのでしょうか?

 

 最終的に、船には嘱託医も同乗するということから、乗船は認められることになりました。 

 

 これから七日という期間を、拷問に近い状況で過ごさなければなりません。

 今日はその一日目。

 今ごろ彼は炎天下に放り出されて、試験の概要を聞かされていると思います。

 私のことを心配してくれているのが、目に浮かびます。

 

 今の私は、誰よりも弱い。

 頭の中を絶望感が支配し、身体を動かす気が起きません。

 

 孤独。

 

 私は少しでも気持ちを紛らわせるため、彼との過去を想起したのでした。

 

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 彼との出会いは、幼児の頃まで遡ります。

 

 彼の父は、所謂キャリア官僚と呼ばれる人間です。しかも学校の許認可に関わる部署の課長というものですから、私の父に何かしらの打算が働いたのでしょう。

 父は私を連れて、彼の家に行きました。そして、家族ぐるみで親睦を深めました。

 父の狙い通り、私たちは同じ幼稚園に通い、同じ学校へ進学しました。

 大人たちに仕組まれた結果、私たちは幼馴染となったのです。 

 

 最初の頃は、私は彼についてさほど興味がありませんでした。せいぜい、他の子達よりは大人びている子供という程度の認識です。

 彼は平均より優秀ではありますが、突出している才能は一つもありませんでした。

 出会った頃から、私に対して執着があることは感じていましたが、長期間観察しても能力的に光るものはありませんでした。

 

 時折優れた観察力を発揮することはありました。しかし、天才の域には到達していません。

 優れた凡人。それが、幼少期の彼に対する私の評価でした。

 

 ですが、彼はあまりにも、過剰といえるほど献身的でした。

 何が彼をそうさせたのか、理由は今でもはっきりとわかっていないのですが、とにかく彼は私のことを大事に扱ってくれます。そして、その対象は私に限定されています。あくまでも、私にとって都合のいい人間であり続けようとするのです。

 他の子より歩くのが遅い私の手を引いて、周囲に歩行の障害となるものがあれば予め取り除き、身体の調子が悪い時はおぶって長距離を歩いてくれたこともありました。

 ここまで私に尽くしてくれる人間は、世界中探しても彼しかいないでしょう。

 

 とはいえ、凡人は凡人です。

 かつての私は彼の存在を軽視しており、身の回りの事を彼が行ってくれることに違和感も問題意識も持っていませんでした。なんとも傲慢な話ですが、それを当然と思っていたのです。今では後悔していますが、当時そう考えていたのは紛れもない事実です。

 

 私が彼を見下していたことは、本人にも気づかれていたと思います。

 そして、普通の人間なら私のような者は見捨てるのが当然です。誠心誠意サポートしているのに、感謝するどころか蔑視してくるような存在など、付き合うことに何の価値もありません。その上、私は彼の側から絶縁を求めるならそれでも構わないとすら思っていました。

 所詮は有象無象の一部にすぎない存在。

 優秀な駒、程度にしか考えていなかったのです。一体何様のつもりなんでしょう?

 

 しかし、彼は弱みを握られているわけでもないのに、私の元から決して離れませんでした。

 

 だんだん懺悔のようになってきましたが、とにかく私は自分の才能に驕っていました。

 ……私を蝕む「毒」に気づかないまま、年齢を重ねていきました。

 

 私は、もっと早く知る必要がありました。

 彼の行動が当たり前ではないこと。

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自分が哺乳瓶を離せない赤子のようになっていたことを、当時の私は知らなかったのです。

 結果的に、とてつもなく大きな代償を払うことになりました。

 

 

 

 あれは、卒業を控えた今年一月のこと。

 このタイミングで、私は彼との縁を切ろうとしました。

 これからは私に関わらなくてもいいと言い放ち、距離を遠ざけました。

 その理由は、高度育成高等学校に入学を予定していたからです。私の父が運営するこの学校は、実力至上主義を掲げています。結果が全てとなるこの場所で、凡人の枠を出ない彼は生き残ることができない。彼がついてきても足を引っ張り、私の実力を十分に発揮できない可能性がある。

 卒業を契機とした決別は、彼のためでもあると思っていました。

 全てが上から目線。今思えば、何と浅はかな考えでしょうか?

 

 その結果は散々でした。

 私は自分がどれだけ悲惨なことになっているか、身をもって理解させられます。

 彼はそう思っていないでしょうが、ある意味私に対する復讐劇のようなものです。

 あの日、私は人生の汚点ともいえるような醜態を晒しました。

 

 まず、一人で満足に外を歩くことができません。

 幼少期より、彼が常に安全を確保してくれることが当然であったため、周囲の危険に対する注意力が著しく欠陥していました。私は、心疾患による先天的な弱さのみならず、本来成長の過程で得られるはずであった能力すらも得られなかったのです。

 

 家の近くで、小さな段差につまづきました。道端の小石に気づかず、杖で踏みつけバランスを崩し、転倒しました。反射の反応が弱く、手をつくことができなかったため、右腕を打撲しました。

 体育の授業では、見学中に飛んできたボールを避けられませんでした。

 学校の階段を最後まで降りることができず、転げ落ちました。

 

 低レベルすぎて、恥ずかしいという言葉しか出てきません。

 歩き出したばかりの赤子や、走ることを覚えた幼児はよく転びます。

 私は、そのレベルから上がれないまま成長期を終えようとしていることに気がつきました。

 生まれて初めて、本気で死にたいと思った瞬間でした。

 

 そして、かつてない疲労と、常に神経を張り巡らせなければならないストレスに身体が耐えきれなかったのか、最後は数年間出ていなかった心臓の発作を起こして倒れました。

 そのときに救急車を呼んでくれたのは、彼だったそうです。

 

 病院で目を覚ました時、私は泣いてしまいました。

 そんな私を、彼は何も言わずに抱きしめてくれました。

 

 この出来事で、私は「自信」という大きな武器を失いました。

 強烈な劣等感と、彼に対する依存。

 それを自覚するためには、十分すぎるものでした。

 

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 いつの間にか寝てしまっていたようです。

 時計を見ると、すでに夜八時を回っていました。

 

 何も食べる気になりません。

 お風呂に入ることすら億劫です。

 

 今日気づいたこともあります。

 私は身体的な問題を抜きにしても、彼から離れられないということ。

 あと六日間も、耐えきれる自信がありません。

 

 彼のことですから、私の身を案じてリタイアを希望しているのは間違いありません。

 自惚れでなく、これについては自信があります。

 しかし、それもあの者たちに却下されているでしょう。

 

 もっと早く、潰しておけばよかった。

 なぜ徹底的にやらなかったのか?

 自分を呪っても仕方ないとは思いつつも、腹が立ちます。

 

(早く、帰ってきてください……)

 

 頬に一粒の涙が流れました。




 実は1話より前に書いた話です。

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