名前 :高城晴翔
クラス:1年A組
『評価』
学力 C
知性 B
判断力 B+
身体能力 D+
協調性 A−
『面接官からのコメント』
身体的ハンデを抱えた生徒を長年にわたってサポートし続けてきた実績は、協調性という面で高く評価できる。また、面接において社会人と見間違うほどの論理的な受け答えをしたことも特筆に値する。学力についても入学試験で平均以上の得点を記録したことから、努力次第で好成績を狙える可能性がある。能力・人格とも比較的優秀であり、今後に期待が持てる人物である。
以上のことから、Bクラスへの配属が適当であると判断した。
特記事項1:理事長の意向を反映し、当初の予定とは異なるAクラス配属とした。この変更措置は高城氏との関係などを考慮した結果であり、今後の前例としないことをここに明記する。
ルームサービスを呼び、私は二日ぶりの食事をしました。
その後は神室さんとお風呂に入り、ドライヤーで髪を乾かしてもらっています。
「アイツ、こんなことまでしてたのね。よっぽどの関係だとは思ってたけど」
「……そうですね、感謝しなければいけません」
彼と比べて手つきはぎこちないものですが、思ったほど悪くありません。
なんと、作業の手順が普段の彼と全く同じです。これだけで、かなりの安心感があります。
「有栖ちゃんメモ」がよくできているのでしょうか?
「うちのクラス、あんたのいない間にとんでもないことになってるから」
「はい。こうして神室さんがここにいることが、何よりの証明ですね」
私の髪を梳かしながら、神室さんは無人島での出来事を話し始めました。
無人島試験は、各クラスにSポイントと呼ばれる試験専用のポイントが300与えられるところから始まります。このSポイントを使用して、必要な物資を購入することになります。
試験の肝要は、残ったSポイントが最終的にクラスポイントに加算されるという点です。そこに戦略性が生まれるというわけですね。
「葛城は少しでも多くSポイントを残そうとして、龍園と契約を結んだ」
葛城くんは、Cクラスの龍園くんから物資を援助してもらう契約を結びました。
その対価は、毎月のプライベートポイント。Aクラスの全員が龍園くんに卒業まで月2万ポイントを支払うことを条件として、200Sポイント相当の物資を得ました。
「なかなか迂闊なことをしますね」
「まぁ、余裕がなかったんじゃない?」
そして、物資を運び込んだ直後に事件が起きます。
Cクラスから送られてきた物のうち、飲食物に毒が混入していたのです。
一人の女子生徒が下痢を訴えたことで、それが判明しました。
「なるほど、その契約には『援助した物資に不備があった場合』の扱いが盛り込まれていなかったというわけですね」
「そう。しかも、どれに毒が盛られてたのかなんてわからない。そもそも、毒が入ってたことを無人島でどうやって証明するのかって話。一応最初にボディチェックがあったけど、それも下着の中とかに隠されてたらわかんないだろうし」
Aクラスの絶望感たるや、計り知れないものでしょう。
毎月のポイントを奪われるというダメージを受けてまで得た物資が、使い物にならないかもしれない。考えるだけでゾクゾクします。
あぁ、面白いですね。私は元から龍園くんのことは高く評価していましたが、やはりそれを裏切らない才能の持ち主のようです。
……龍園くんの行動としては、少し違和感がありますが。
「被害者の女子生徒は?」
「体調不良によるリタイアを求めた。ずっとトイレに入りっぱなしの状態だったから、やむを得ないと思う。でも、ここで葛城がやらかした」
生徒のリタイアには、一人につき30Sポイントのペナルティが伴います。
葛城くんは、私の不参加により元から減っているSポイントがさらに失われることを良しとしませんでした。どうにか試験を続けてもらえないかと、本人を説得しようとしたのです。
気持ちは理解できます。そもそも、龍園くんと結んだ契約はSポイントの減少を抑えることが目的です。リタイアによって失点しているようではお話になりません。無駄に龍園くんへプライベートポイントを与えるだけの結果となります。
これを受け入れるのは、難しいでしょう。
しかし、葛城くんの行動は、考えうる限り最悪なものです。
「なるほど、それで完全に求心力を失って、リタイア者が続出したのですね」
「その通り……やっぱ、あんたって頭いいのね」
女子を中心に、葛城くんに対する反乱が起きました。
当然です。体調不良で苦しむ女子に無理をさせるというのは、周囲からすると非常に心証が悪いものです。そういう正常な考えができないほど、葛城くんは追い込まれていたのでしょう。
結果的に、下痢になった生徒は真嶋先生によって試験の続行が難しいと判断され、強制リタイアとなりました。それをきっかけとして、元から葛城くんを良く思っていなかった生徒たちが、次々と自己判断でリタイアし始めたのです。もはや、統率は不可能。
「クラスの全員が、龍園がここまでえげつないやり方をするとは思ってなかった」
「甘いですね。彼ならやりかねません」
そうは言ったものの、やはり違和感があります。これだけでは、龍園くんのメリットが少ないように思えるのです。嫌がらせとしては最高のやり方ですが……
いずれにしても、バラバラになり始めていたクラスに止めを刺した出来事です。
もう、Aクラスは終わりです。来週にはAクラスですらなくなっているでしょう。
この試験終了をもって、帆波さんのクラスは確実に逆転します。
彼女も晴れてAクラスの王になるのですね。
島から帰ってきたら、おめでとうございますとでも言っておきましょうか。
「神室さんが去った時点で何人ほどリタイアしていたか、わかりますか?」
「正確にはわからないけど、二十人ぐらいはいなくなってたと思う。五、六人リタイアした段階で、葛城が諦めて全ポイントを物資購入に使ったから、そこからなだれ込むように、って感じ」
私にとって最も重要な点は、ここでした。
Aクラスはこれ以上失うポイントが無いということ。
そして、今さらリタイアを止められるような人間もいない。
晴翔くんは、堂々とこの船に帰ってもいい状況になったのです。
……まさか、最初からこれを狙っていたのでしょうか?
一瞬のひらめき。久しぶりに、私は全力で思考します。
彼との記憶を呼び起こし、龍園くんの性格にスコープを当てつつ、考察を続けます。
そういえば、彼はドラッグストアで何かを……しかし、龍園くんのメリットは……もしや、リーダー当ての50ポイントが……実際は龍園くんではない?……
なるほど、そういうことですか。
私の中で点と点が結びつき、線となりました。
あぁ、あなたは……私のために、そこまでしてくれる人なのですね。
やっぱり大好きです。もう一生離れたくありません。
この仮説が正しければ、彼をただの凡人と評した私の目は節穴ということになります。
そして、おそらく戦利品としてプライベートポイントを持ち帰ってくるでしょう。
「そういえば、高城も明日にはリタイアするって言ってた。良かったじゃない」
神室さんの言葉を聞き、急に心が明るくなりました。
明日、彼に会える。そう思うだけで気持ちが昂り、身体が熱くなります。
「ふふっ、興奮がおさまりません。どうしましょう?」
「……あんた、そんな顔もするのね」
ため息をつく神室さん。呆れ果てたといった様子です。
仕方ないじゃないですか。私は今、最高に嬉しいのですから。
一通りのルーティンが終わった後、私と神室さんは同じベッドで横になりました。
「あの、ここまでしなくてもいいのですよ?」
「だって、これにそう書いてあるし。私はこのメモ通りに動くって契約だから」
二人きりで添い寝するのは、いくら同性であってもなかなかハードルが高いです。
彼は、こういった心の機微に疎すぎるのが玉に瑕です。
「……晴翔くんの代わりなんて、どこにもいないのですが」
世話をしてくれている神室さんに失礼と思いつつも、こんな言葉がこぼれます。
「知ってるけど」
私の言葉に対して、彼女は意外な反応を見せました。
「知っている、とは?」
「そのままの意味。高城のやつ、多分私なら自分の代わりができるって思い込んでるのよ。坂柳に関してアイツと同じことをするのは不可能だってことを、本人だけが気づいてない」
おや、そこまで察しているとは。これは驚きました。
神室さんは、かなり優秀な方だったようです。
「そうですね、彼が帰ってきたらそのあたりのことは説明する必要があります」
「神室なんかじゃ高城の代わりにはならないよって、あんたが言ってくれればそれでいい」
「ふふっ、わかってますよ。私もあなたのことが気に入りました」
「あっそ」
ぶっきらぼうな態度の中に、優しさが見えました。
どうして晴翔くんの言うことを聞くようになったのかは、今後聞き出す必要がありますが……
彼があえて神室さんを選んだ理由は、なんとなくわかるような気がしました。
明日帰ってくるという喜びと、誰かが隣にいるという安心感。
おかげさまで、昨日よりは落ち着いて過ごすことができました。
次は少し間隔が空きます。
といっても、一週間以内には投稿できると思います。
追記:意外と早いかも。