皆さん、鋭くて驚きます。大体展開を先読みされてる気がする……有栖ちゃんを敵にするとこんな感じなのでしょうか。
前話の後編みたいなものなので、短めです。
帆波さんに追いついた俺たちは、内容が内容ということもあり、客室で話すことにした。
「有栖ちゃん、ごめんね。私がもっと早く割り込んでいれば……」
「全く気にしていませんよ」
申し訳なさそうな帆波さん。
ポイントで有栖ちゃんを移籍させるという話は、本気なのだろうか。
俺は、帆波さんがまさか800万もポイントを持っているとは思わなかった。
800万というのは、五月以降に五公五民ルールを全員が忠実に守っていても、まだ到達しない額である。これは、相当額の「寄付」があると見ていい。
「あと3200万、かぁ……」
帆波さんがポツリと呟いた。
ん?3200万?
「えっ、もしかして俺もって話?」
「もちろん。晴翔くんも一緒じゃなければ、意味がないよ!」
俺が一緒でなければ意味がない。その言葉を、有栖ちゃんは頷いて肯定した。
だとすると、結構ハードルは高いな。
「3200万ポイントは難しいでしょう。移籍がかなわなくとも、問題ありませんよ?」
「ううん、そうするって決めたんだ。だって、そうじゃなきゃ……今まで二人が私にしてくれたこと、何も返せないまま終わっちゃう。そんなの、私は……」
先ほどの威勢の良さとは打って変わって、不安そうな顔をする。
……こっちが本来の帆波さんかな。
「そんなこと、私は気にしません。帆波さんはよく頑張っています」
「私が気にするの。それに、私はやっぱり戸塚くんが許せないから。あんな発言、絶対に受け入れられない。大事な有栖ちゃんを傷つけるようなクラスに、いてほしくないもん」
戸塚がクソなのは間違いない。俺もいまだにムカついている。
とはいえ、奴は性格がアレなだけで、嘘はついていないと思う。実際、俺らのせいで負けた……負けさせたのは事実だ。有栖ちゃんリタイアの30ポイントがきつかったという話だって、試験のルール自体は甚だ許しがたいものだが、一個人の意見としてそこまで不自然なものでもない。
あいつの気持ちも、わずかながら理解できる部分があった。そこで、最初は黙ってやり過ごそうと思ったが……有栖ちゃんへの暴言を聞いた瞬間、俺は俺でなくなってしまったのだ。
自分のことだから正直に認めよう。俺は、あの時戸塚に対して殺意を持っていた。
頭の中に、戸塚を殺すことが選択肢の一つとして浮かんでいた。
帆波さんの声を聞かなければ、冷静な思考のまま淡々と奴の顔面を殴り続けていただろう。
それこそ、機械のように。
綾小路の言葉が、再びフラッシュバックする。
『もしお前がオレと同じ教育を受けていたら、今ごろオレを超えていたかもな』
アイツは、俺から何を感じたのだろうか?
戸塚の有栖ちゃんに対する発言は最低なものだし、何度思い返しても許せない。
しかし、俺は……俺の行動は、本当に戸塚への怒りによるものなのだろうか?
有栖ちゃんが笑ってさえいれば、それでいい。
いつの間にか、そんなことを本気で考えるようになっていた。
あの日の一件があるまで、有栖ちゃんは俺のことをあまり気にかけていなかった。
使い捨ての雑用ぐらいにしか思われていない、そう理解していた。
理不尽な扱いを受けている自覚はあったし、決して嫌ではなかったとはいえ、有栖ちゃんの冷たい態度にやるせなさを感じたことも一度や二度ではない。
だが、切ろうと思えばいつでも縁は切れたはず。
蔑ろにされても、馬鹿にするようなことを言われても、頑として離れなかったのはなぜだ?
そこまで考えた時、急に過去の記憶が蘇った。
……あぁ、思い出した。十年以上前のこと。何で忘れてたのかな?
本当は有栖ちゃんが俺を欲しているのではなく、俺が……
ようやく、全てを理解した。
だから、笑顔が奪われるのを許せない。
遠い昔に守れなかった人を、思い起こしてしまうから。
だから、彼女のためなら手段を選ばない。
行動を起こさずにいるとどうなるかを、知っているから。
誰かを守るという、自分のエゴを押し付けるため。
転生しても断ち切れなかった未練を、忘れ去るため。
この世界に来てからずっと、有栖ちゃんを利用し続けていたのだ。
俺は、最低な奴だ。
「晴翔くん?」
「大丈夫?」
二人の声で、現実に戻ってきた。
「あぁ、ごめん。戸塚を殴らずに済んだのは、帆波さんのおかげだなと思って」
「そんなこと……でも、さっきの晴翔くん、すっごくかっこよかったよ」
かっこいい?俺が?
「あなたをそんなに苦しませてしまうなんて、思っていませんでした。あの程度の侮辱は想定内であると考えていましたが、私の判断が間違っていました。ごめんなさい……」
なんで有栖ちゃんが謝ってるんだ?
俺は
こんな奴が、愛情をかけてもらってもいいのか?
「有栖ちゃん、俺……」
「もう大丈夫です。私を守ろうとしてくれて、ありがとうございます。だから、そんなに……悲しい顔をしないでください」
有栖ちゃんは、ずっと俺の手を握ってくれている。
守るべき存在は、同時に守ってもらえる存在でもあるのだろうか。
「あなたに違う一面があったとしても、私はそれを全て受け入れます。その暴力性が抑えきれないものであるならば、私に振るっていただいても構いません。それくらいの覚悟はあります」
どうして、俺なんかにそこまで言ってくれるんだ。
こんなどうしようもないクズに付き合って、もったいないと思わないのか。
……でも、何を言ってもこの子は俺と一緒にいてくれるのだろう。
仮に俺が全てを失うようなことをしても、必ず最後までそばにいてくれる安心感。
その心地よさは、麻薬のようなものだ。
「晴翔くんがどれだけ優しい子か、私もよく知ってる。だから、もう自分を責めるのはやめよっか。有栖ちゃんだって、私だって、晴翔くんのことが大好きなんだから」
帆波さんも、そこまで……二人とも優しいなぁ。
なんだか心の中が温かくなってきて、やっと俺は自分を取り戻した。
落ち着くと、途端に涙が出てきてしまった。
有栖ちゃんに抱きしめてもらいながら、俺はしばらく泣き続けていた。
前世の死因は自殺です。
メンタルがおかしくなる条件は、有栖ちゃんに何かがあった時です。入学するまでは有栖ちゃんを奪われたり貶されたりすることがなかったので、安定していました。