どうも、Aクラス最大の弱点(予定)こと高城晴翔です。
俺がAクラスであることにまだ納得がいかない。不正に対して抵抗のある教師が俺をDクラス行きにするとか、そんなことはなかったんだな。所詮、教師達も雇われてるだけの存在ってことか。権力に弱いのはそこらへんのサラリーマンと何も変わらない。
……そういえば、原作で一人退学させるためだけに変な特別試験を作るような人がいたのを思い出した。それが許されるぐらいだから、理事長権限なら一人Aクラスにねじ込む程度なんてことないのかもしれない。
俺はゆっくりと教室の扉を開けた。
教室に入ると、すでに多くの生徒たちがいた。
アニメでしか見たことのない面々。
葛城、戸塚、橋本……そして、神室さん。
こいつらと、これからクラスメイトになるのか。
そうか。
やっぱり、どいつも俺とは違うオーラがある。平均的に賢そうだし、原作でいろいろやらかしていた戸塚ですら俺からすると相当優秀に見える。まだ何もしていないのに、アウェー感がすごい。有栖ちゃんはともかく、俺は完全に場違いって感じだ。
この感じ、中学と全然変わんねーわ。
やりづらい。あまり仲良くする気も起きなかった。帰りたい気持ちがより強くなった。
きっと、自分の成績を自慢したりするんだろうな。
意識高い系の勉強会とかするんだろうな。
……今後、俺が能力的に劣ることを知ったらマウントを取ってくる人間もいるだろうな。
もちろん人格的に優れている者もいるだろうが、全員そうだとは思えない。
勘違いしている奴ってのは、決まって偉そうにするものだ。
あぁ、急にダルくなってきた。やっぱりこのクラス、俺には合わんわ。
クラス移動って2000万だっけ?有栖ちゃんも一緒なら4000万か。無理無理、終わった。
せめてDクラスだったら、多少は親近感というか、溶け込みたいという意欲や仲間意識も湧いたのかもしれないが、ここでは無理だ。
身の丈に合わない環境というのは、居心地が悪い。学力の高低で行ける高校が変わる受験システムは、レベルの高い生徒だけでなく、低い生徒にもメリットがあると痛感した。
有栖ちゃんとは隣の席になっていた。理事長様、こんなところまで細やかな配慮ありがとう。
もちろん皮肉だけど。
「……みなさん、お元気ですね」
「そうだな」
クラスメイト達が歓談する様子を見つめる。
有栖ちゃんはどう思っているんだろう?原作のように、支配欲みたいなものを出してきてるんだろうか。どうもそんな感じには見えないが。
着席してしばらくぼーっとしていると、Aクラスの担任である真嶋先生が入室してきた。なるほど、なかなかカッコの良いオッサンだ。
「おはよう。今日からこのクラスの担任を務める、真嶋智也だ」
先生の自己紹介から始まり、あとはこの学校のシステムについての説明があった。大体知っていることだが、細かい違いがあるかもしれないので、一応真面目に聞いておく。Sシステム、10万ポイント支給、外部からの遮断などなど。来月以降のポイントに言及しないことも含めて全て予想というか、原作知識通りだった。
隣の有栖ちゃんを見ると、何やら考え込んでいる様子。
この段階でどこまで察しているのだろうか?
正解に近い推測ぐらいは、既に立てていそうな気もする。
その他寮生活についてなど細かい説明が入り、真嶋先生は入学式の準備もあるからか、そそくさと退室していった。
入学式までまとまった時間がある。何もすることはないし、どうしようか?
原作はどうだったかなぁと考えながら座っていると、葛城が前に出てきた。
そのポジションを取るのは、やっぱりお前だよな。それもなんとなくわかってた。
「皆、聞いてくれ。俺は葛城康平という。皆との親睦を深めるため、今から簡単な自己紹介を行いたいと思う」
葛城が有栖ちゃんと対立することになるかは、わからない。でも、有栖ちゃんの人格をこいつが受け入れるパターンというのは、ちょっと想像ができない。逆もまた然り。
リーダー争いになるかは微妙だが、うまくはいかないだろうな。
葛城はさっそくクラスをリードしようと動いてきた。
俺としては、すでに正直息苦しいというか、めんどくさいと思ってしまった。
ここでもう一度自分に問い直す。どうしようか?
結論が出ないので、隣を見てみる。
すると、有栖ちゃんはとてもつまらなさそうにしていた。
「ははっ」
小さな笑い声が抑えられなかった。
そうだろう。俺もそう思うよ。
この辺の感性は、昔からばっちり合うよな。
すかさず俺は立ち上がり、壇上の葛城に向かって声を上げた。
「悪い、葛城。有栖ちゃん……この子のことなんだが、生まれつき身体が弱いんだ。長いことバスに乗って、休憩もせずここまで来たから、疲れてしまっている。入学式までの時間、休ませてはもらえないだろうか?」
適当に話をでっちあげると、俺を見て有栖ちゃんが微笑んだ。
返答も待たず、そのまま俺たちは退室した。
俺は、興味がないことに対してはドライなのさ。
「やはり、晴翔くんは私の感情を読むのが上手ですね」
「あからさまにダルそうだったからな。まぁ、自己紹介ぐらいバックれても大丈夫だろ。そもそも正当な理由だし」
教室を後にした俺たちは、校舎内をぶらぶらと歩き回っていた。
原作通りというか、監視カメラが多いな。死角とか、どこにあるのかさっぱりわからん。
有栖ちゃんも勘付いているのか、視線を散らしながら俺の隣を歩いている。それはいいけど前を向いてくれ。転ぶぞ。
「今月は、10万ポイントもらえるみたいですね。とりあえず、今日の夕方に必要なものを買いに行きましょうか」
あえて今月と限定する言い方で、俺を買い物に誘ってきた。
まさか、Sシステムに対してもう違和感があるのか。
やっぱこの人おかしいわ。ノーヒントでここまで行くか?普通。
「ところで、今からどうしましょう?さすがにご飯には早い時間ですし、暇を持て余してしまいました」
「そのことなんだが、実は俺に考えがあるんだ」
これから、ちょっとしたイベントを起こそうと思っていた。
自己紹介をキャンセルしたのと同時に、俺は一つの案を考えたのだ。おそらくあからさまな原作介入となるが、これには大きな目的がある。
俺が向かったのは、Dクラスの教室。
有栖ちゃんの手を引いていく。
行動の意味が理解できないのか、流石に戸惑っている様子だ。
「1年Dクラス、ですか。何があるのですか?」
「有栖ちゃんが、確実に興味を持つもの」
俺の言葉に、少し驚いたような顔をした。
有栖ちゃんがクラスに興味を持つパターンも考えてはいたが、そうじゃなかった。それが分かった以上、あんな退屈な場所にいさせておくのも可哀想だからな。
次の策がある。これは、悪いことじゃないはずだ。
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Dクラスでは、今まさに自己紹介が行われていた。すでに何人か出ていった後のようで、雰囲気は微妙だが、俺の中では悪くない。やっぱりこっちの方が良かったなぁ。
あれが平田で、あれが櫛田か。なるほど、美男美女だからすぐにわかった。
そんな中に、パッと見目立たない生徒が一人。
綾小路清隆。
「あ……」
ちょうどよく、彼の自己紹介の番が回ってきていた。
有栖ちゃんはこの一瞬で全てを理解したのか、食い入るように見つめている。
「当然、覚えているだろ?ホワイトルームのアイツ」
「忘れるわけがありません」
「だろうな」
アイツこそが、有栖ちゃんの真の幼馴染といえる男。影響されてチェスを始める程度には、大きな衝撃を与えた存在だ。俺は入学当初のこの段階で、存在を知らせたかった。
一瞬、綾小路と目が合った。俺たちが観察していることに気づいたようだ。綾小路なら、気配ぐらい察知するのは当然だとわかっているが、不気味ではある。
この時期の綾小路は、完全事なかれ主義。原作通り微妙な自己紹介を終えて、席に戻った。しかし、視線はこちらを向いたまま。怪訝な顔をして俺たちの方を見続けている。
「とりあえず、場所を変えるか」
有栖ちゃんが一息ついたのを確認してから、俺たちは校舎の外へと向かった。
これだけ怪しんでいるんだし、きっとあちらから来てくれるだろう。
今日は天気も良く、気温も快適。
外の世界から完全に切り離されるという刑務所のような場所だが、広さからかあまり閉塞感は感じない。
「やっぱ、好きなんだろ?彼のこと」
「……冗談にしても悪質ですよ。それは」
ベンチに腰掛けて、俺たちは会話を始めた。
さすがに入学式当日というのもあって、外をうろついている生徒はほとんどいない。
「いいや至って真面目だ」
「そんなわけ、」
「あるぞ。有栖ちゃんらしくないな、根拠もないのに断言するなんて」
珍しく、俺は強気に出ていた。
本当に冗談ではなく、長年温め続けてきた話だからだ。
俺はずっと前から、小学校の頃からいつか綾小路とくっついてほしいと思っていたのだ。それこそが最終目標とすら考えていた。
いや、モテ小路くんのことだから、違う人と成立するかもしれないが……とにかく、彼との関係性は原作通りであってほしかった。
ホワイトルームの彼が有栖ちゃんに与えた衝撃。これからの学校生活では、さらに彼のことをよく知ることになるだろう。それを邪魔したくない。
そうするためには、関係の深い俺が入学しないこと、つまり原作に回帰させることが最適だったのだが、それは他でもない有栖ちゃんに阻止されてしまった。
こうなった以上、俺はキューピッドというほどでもないが、仲良くさせる方向に動く方がいいと判断した。
「確かに、彼に執着しているのは認めます。彼との勝ち負けは、私の矜持に関わってきますから」
「その執着が恋か、憎悪か、憐憫か、憧れか、何から来てるのかは知らん。つーか、有栖ちゃんもわかってないんだろ?」
自覚していないのは知っている。今の段階では、むしろ敵意とかそういったものに近いと思われる。しかし、その芽は出ているはずだ。
「それは、そうですが」
「俺が言いたいのは、奴は有栖ちゃんを楽しませることができる存在だってことだ。有栖ちゃんの世界と近いところに位置する存在だ。俺とは違ってな」
天才は、天才同士で付き合ってほしい。
俺みたいなただの凡人じゃあ、有栖ちゃんとは釣り合わないんだ。
綾小路なら、将来国を支えるような人材になりつつ、有栖ちゃんの世話をすることぐらい何の問題もないだろう。長年仕えてきた姫様を任せるには最適な人材だ。
そして、見届けたら俺は静かに退場すればいい。
「違います、分かってない、本当に晴翔くんは何も……」
言い合いをしているうちに、待っていた人物が現れた。
急に現れたように見えたのでびっくりした。おそらく、気配を消していたのだろう。
綾小路は警戒を切らすことなく、俺たちから1メートルほどの場所で立ち止まった。
「初めまして、でいいのかな?綾小路清隆くん」
「……お前たちか、オレの自己紹介を覗いていたのは」
綾小路清隆。
一見普通の生徒に見えるが、俺はこいつが普通からはかけ離れた存在であることを知っている。
綾小路(刺客来るの早くないか?)