よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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第22話

 翌日。

 

 俺は有栖ちゃんと二人で、だらだらしていた。

 明日ぐらいから、もう一つの試験があることはわかっている。あれは特に体力を使うものではないが、一時間も有栖ちゃんと離れることになる可能性があるというクソ要素がある。

 しかも一日二回。それが何日も続くのは、是非ともお断りしたい。

 

 有栖ちゃん、初日で終わらせてくれたりしないかな。

 今の状況なら、不可能ではないような気もするが……どうだろう。

 

 そもそも、同じグループだったらいい話ではある。

 グループ分けはランダムではなかったはず。配慮してくれていないだろうか?

 あまり期待はできないが、一応祈っておく。

 

 とにかく、俺は今のうちに有栖ちゃん成分を摂取しておかなければならない。

 ぎゅっと抱きしめると、柔らかさと温かさを感じる。

 いい匂い。ずっとこうしていたいぐらいだ。

 

「……私はどこにも行きませんよ?」

「そうか?」

「はい。私の定位置はずっと、あなたの隣です」

 

 言ってから少し恥ずかしくなったのか、顔を埋めてきた。

 あー可愛すぎる。こんな子と引き離されるとか、ストレスでしかない。

 今回の無人島だけでなく、有栖ちゃんと別行動となる試験は今後いくつもある。

 だんだん学校のシステムが憎くなってきた。

 

 ……いっそのこと、退学してしまうのもアリか?

 桔梗ちゃんも一緒に、三人でどこかへ転校するのもいいかもな。

 クラスの争いなどにはもう興味もなさそうだし、最近は堀北に対する感情も嫌悪から無関心へ変わってきているように見える。もはや、俺たちについてくるのは確実だ。

 

「有栖ちゃんは、もし俺が学校を辞めるって言ったらどうする?」

「一緒に辞めます。あなたの選択は、私の選択ですから」

 

 即答だった。

 まだそのつもりはないが、今後どうしても納得がいかないようなことがあれば……一つの選択肢としておきたい。

 

 

 

 俺がベッドに横たわると、有栖ちゃんも隣にくっついてきた。

 さっきからずっと密着している気がする。

 

「ところで、有栖ちゃんも軽井沢のこと知ってたんだ?」

「そうですね、何からお話ししましょうか……」

 

 昨日の軽井沢に対する反応が、気になっていた。明らかに何か知っているような感じだったし、今後の対応を考える上でも聞いておきたい。

 有栖ちゃんは一つ一つ思い出すように、俺に説明してくれた。

 

 中間テストが終わった次の日、有栖ちゃんと俺はDクラスの教室を訪れた。

 前日の夜に、清隆から有栖ちゃんの携帯へメールが来ていたからだ。

 しかし、行ってみると用件はそう大したものではなかった。

 来週買い物に付き合ってほしい。それだけのこと。

 あまりにも些細なものだったので、俺はそんな出来事があったということすら忘れていた。だがよく考えてみると、それだけのために俺たちを教室へ呼ぶというのは不自然だ。

 

「Dクラスに面白い人間がいないか、私に見てほしかったようです」

 

 そういえば、有栖ちゃんが携帯をいじっていたのを思い出した。

 あれはそのあたりの打ち合わせをしていたのか。

 

 なるほど。そこで、有栖ちゃんの目に留まったのが軽井沢だったというわけだ。

 その理由は……?

 

「一つは、恋人である平田くんに対する態度です」

 

 有栖ちゃんは指を立て、説明を始めた。

 

 当時、平田と軽井沢は恋人関係にあった。しかし、有栖ちゃんからはお互いが恋愛感情を持っているようには見えなかった。そのくせ軽井沢が見せつけているかのように振舞っていたのが、極めて不自然に感じたらしい。まるで自分が平田の庇護下にいることをアピールするかの如く、平田が好きであるということを周囲に言いふらしていたのだ。

 

「二つ目は、自分への悪口に対する反応です」

 

 軽井沢は、Dクラスの人間からあまり好かれていない。

 あの強気な振舞いからは、嫌われても問題ないと割り切っているような印象を受ける。

 ……しかし、有栖ちゃんは見逃さなかった。女子グループがコソコソと悪口を言っているとき、軽井沢はそれを複雑な表情で見ていたという。

 少なくとも、嫌われることを何とも思っていない人間の反応ではない。

 

「彼女は、対立を覚悟したような態度を取っているのにもかかわらず、自分の行動に対する周囲の反応を気にしていました。これは、明らかに矛盾していますね。そこから連想していくと、過去に人間関係で何かあったという結論に至りました」

 

 俺の記憶が正しければ、あの日Dクラスの教室にいた時間はせいぜい五分程度だ。

 たったそれだけで、ここまで読み切ることができる。理解不能としかいえない。

 

 有栖ちゃんは、清隆に自分の意見を伝えた。

 今思うと、桔梗ちゃんの情報への対価がこれだったのかもしれないな。

 

「清隆くんは、軽井沢さんをとある場所へ呼び出したようです。カメラが設置されておらず、人が滅多に来ない場所……ふふっ、そこで何をしたのかは聞いていません」

 

 俺も怖くて聞きたくない。

 清隆は軽井沢に、人目のつかない場所で「何か」をしたということだ。

 仮面を剥がし、その内面もぶっ壊し、思い通りに作り直してしまった。

 

 この二人に興味を持たれた以上、駒にされてしまうのは仕方がない。

 桔梗ちゃんのように、楽しく過ごせるかは……彼女次第だ。

 

 

 

 その日の午後。そろそろ、あいつが来る時間だ。

 客室の扉が乱暴に叩かれているのを聞いて、俺は立ち上がった。

 

「よう、龍園……当たってただろ?」

「チッ、このクソ野郎。当たってないのと変わらないだろうが」

 

 俺たちが結んだ契約。それを履行するためにやってきたのだ。

 ポイントの支払い期限として、俺は試験終了二日後を設定していた。

 

「言っておくが、お前がリーダーであることを当てたのは俺じゃないぞ」

「黙れ、異常者が」

「おいおい、そこまでヤバいことをしたつもりはないが」

「……女一人のために味方を壊滅させるような奴が、正常だと言い張る気か?笑わせるな」

 

 悪態をついているものの、その表情は愉快そうだ。

 会話しながらも、龍園は手早くポイントを送ってきた。38万ポイント。

 

 実は、俺はリタイア直前に龍園と二人で会話していた。

 自分の行動の意味、有栖ちゃんの目的、お互いの価値観……いろんなことを話した。

 結論として、俺はこいつのことが嫌いではない。むしろ、好感を持っている。

 どうしてそう思うかは分からないのだが、なんとなく感じるのだ。

 

「おい、坂柳。俺と一之瀬の対立構造を作ること。それが目的だな?」

 

 龍園はそう言って、有栖ちゃんを鋭く睨みつけた。

 

「ふふっ、どうでしょう?」

「ここまで分かりやすく動いておいて、今更とぼけるな。テメェは何がしたいんだ?」

 

 眉間にしわを寄せたまま、有栖ちゃんに迫る。

 目的はわかったが、そうする意図が理解できないらしい。

 

 有栖ちゃんは少し首をかしげたが、落ち着いた態度を崩さない。

 龍園はそれと対照的に、いら立ちを隠せない。 

 ……こうやって有栖ちゃんのいいようにされる感じも、ちょっと俺と似ているな。

 

「その方が、面白いと思いませんか?」

 

 少し間をおいてから、有栖ちゃんは質問に答えた。

 急に回答が来ると思わなかったのか、龍園は一瞬黙り込む。

 

「……はぁ?意味がわかんねぇぞ」

「一之瀬帆波という正義の味方に、龍園くんのような大悪党が挑む。その構図が面白いのです」

「ふざけるな。本気で言ってるのか?」

「全くもって真剣です。私は、たった一つの判断基準で動いています。面白いか、つまらないか。帆波さんがこのまま絶対王者として最後まで君臨するのも良いでしょう。逆に、あなたの策略によりその座を失い、絶望に打ちひしがれる姿を見るのも悪くありません」

 

 どこまでも上から目線の言葉に、龍園も言葉を失う。

 しばらく沈黙した後、一度舌打ちをして、背中を向けた。

 

「チッ……坂柳、お前のような人間とまともに会話しようと思ったのが間違いだった」

「おや、そうですか?」

 

 これ以上の会話をするつもりはないらしく、扉を開けて客室を出る。

 そのまま帰るのかと思いきや、何か言い忘れたことがあったのか、こちらを振り返った。

 

「せいぜい主人に捨てられないよう、尻尾を振り続けるんだな。テメェにはそれがお似合いだ」

 

 龍園は、()()()()()()()()()そう言った。

 

「……今の会話で、そこまで読み取られるとは思いませんでした」

 

 素直に驚いたといった様子。

 それを見た龍園は、最後の最後に彼らしい悪い笑みを見せてから去っていった。




 『ねぇ、綾小路……どうしてそんなに、優しいの?』

 とある日のこと。事が終わった後、軽井沢はオレにそう問いかけた。
 それは、お前がオレの所有物だからだ……と口に出すことはなかった。

 オレは、特別棟で軽井沢の心をへし折った。
 いじめの過去を暴き、彼女の人格を否定し、暴行を加えた。
 肉体的にも、精神的にも一人では立ち直れないほどのダメージを与えた。

 それ以降は、徹底的に甘やかした。
 ポイントの許す限り欲しい物を買い与え、思いつく限りの美辞麗句を並べ立て、少しでもオレにとって得になることをした時はこれ以上ないほど褒めちぎった。
 須藤の一件もオレと佐倉さえいれば十分解決可能なものであったが、達成感を与えるべく主体的に動かせた。当然、解決した際には全て軽井沢の功績であると称えた。

 このように他人を持ち上げるような行動は、オレにとって初めての経験であった。
 しかし、その苦労に見合った成果は得られた。
 八月に入る頃には、オレの言うことに対して一切の反抗をしなくなっていた。

 無人島試験の中で、オレは軽井沢の身勝手な行いを強く叱責した。
 彼女がどういった反応をするか、実験するためだ。
 特別棟での一件以来、オレが彼女に対して声を荒げたのは初めてのことだった。

 軽井沢はその場では取り繕ったものの、その夜に二人きりの場所へオレを呼び出し、涙を流しながら謝ってきた。
 何度も謝罪の言葉を繰り返す姿を見て、全てが成功したことを確信した。
 
 中学時代、軽井沢は悪意に晒され続けた。
 そんな彼女は、自己を肯定される喜びから逃れる事ができない。
 愛という名の快感を求めて、ひたすらオレに従い続ける駒となった。
 
 実際にやってみると、この手法は非常に効果的だということがわかった。
 一度打ちのめしてから、無償の愛を与え続ける。
 絶対に裏切らない駒を作るためには、最高のやり方だ。
 さすが坂柳であると、オレは大いに感心した。

 だが……あくまでも、それは軽井沢のように心のキズを持っている相手の話だ。
 坂柳ほどの精神力を持つ人間の心を、あいつはどうやって壊したのか。
 何をすれば、あそこまで従順にすることができるのか。
 今の段階では、オレをもってしても理解することはかなわなかった。

 やはり、お前は天才だ。
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