よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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 この作品で一番最初に書いた話です。
 長いことお蔵入りとなっていましたが、この時から設定を変えたわけではないですし、せっかく書いたものなので少し修正して載せることにしました。


番外編1

 ある日の夕方、二人きりの教室。

 

「私は天才で、あなたは凡人。他の生徒たちと同じ、有象無象にすぎません。私との能力差を目の前で見せつけられるのも、あなたにとっては苦痛だったでしょう」

 

 彼女は俺を見つめたまま、冷たい口調でそう言い放った。

 

「……ここでお別れです、晴翔くん」

 

 一応、幼馴染という関係になるだろうか。

 しかし、俺に対して情が芽生えるようなことはついぞなかったようだ。

 本当の本当に、感謝の言葉の一つもなかったな。まぁいいけどさ……

 

「今後一切、私と関わらないでください。それでは」

 

 彼女はそう言い残して、去っていった。

 静かな教室に、俺は一人残される。

 

(ついに、召使いからジョブチェンジか)

 

 思ったほど、嫌な気持ちにはならなかった。

 守るべきものと思って動いてきたが、その対象が俺を拒絶するなら仕方がない。

 

 彼女を支え続けたのは、俺の意思だ。

 幼少の頃より、できる限りの手を尽くしてきた。

 使い捨ての道具と思われている自覚もあった。

 それでも、最後まで俺の方から離れるようなことはしなかった。

 ……前世の記憶。忘れるべき暗い過去を思い出してしまうから。

 あちら側から別れを切り出してくれなければ、俺はいつまで経っても離れられなかっただろう。

 

 十年以上支えた相手に、血も涙もないような言葉をかけられた。

 さすがに思うところはあるが、状況的にはむしろ助けられたのだと感じる。

 これは、お互いが一歩踏み出すための別れである。決して悪いものではないのだ。

 

 残念ながら、俺はただの雑魚である。雑魚は雑魚らしく、普通の人生を楽しく送ろう。

 あぁ、ただ大学には行きたいな。前世は家が貧乏で行けなかったから、大学生活というものに興味はある。その目的のため、勉強は前世より真面目にやっていきたい。

 俺は今後のことを考えながら、一人残された教室をウロウロしていた。不審者か。

 

「さらば、有栖ちゃん」

 

 坂柳有栖。今日まで仕えてきた主人の名を呟き、俺は気持ちを整理した。

 

 

 

 さて、俺は有栖ちゃんの世話係だった。さっきまで。

 彼女は紛れもない天才だが、生まれつき身体が弱く、普通に生活するには身の回りの世話が必要だった。

 俺は何でもやった。さながら奴隷のような生活だった。

 平日休日問わず、有栖ちゃんの家まで行って身の回りの世話をしていた。毎朝五時起きだ。

 こんな生活は前世ならともかく、子供の身体には厳しいものがあった。睡眠を補うため、学校の授業は俺にとってのオアシスとなっていた。

 しかし、テストは前世の知識でどうにか乗り切ってきたが、居眠りばかりしていては内申点がさっぱり伸びず、常に成績は微妙だった。

 

 また、俺はいかなる時も常に有栖ちゃんのペースに合わせて歩き、周囲を警戒し、彼女の身の安全を守り続けてきた。

 心臓の発作が出そうな時はおぶってやり、場合によっては病院へ連れて行った。

 雨が降ったら自分が濡れることも厭わず傘を差し出し、身体が冷えないようにした。

 この手のエピソードは枚挙に暇がない。

 

 俺はこんなことを、十年以上もずっと続けていたのだ。

 だが、もうその必要はない。有栖ちゃん自身が、自立の道を選んだからだ。

 中堅レベルの公立高校。俺はその一般入試に向けて、受験勉強を始めることを決意した。

 

 ここで、今世における俺の家庭環境を説明しておく。

 俺の父は、国家公務員である。母親も元同僚ということで、公務員一家だ。

 父は学校の許認可に関わる部署に長く勤めているらしい。そして、有栖ちゃんのお父さんとは旧知の仲である。おそらく、あちら側が取り入ろうとアプローチしてきたのが最初だろう。

 ……いや、そういうやり方で公務員は揺らいでほしくないんだけどな。

 さすがにそれだけじゃないだろうが、とりあえず家族ぐるみの関係である。

 

 でも、それも今日までだ。

 じっくり考えると、有栖ちゃんがああ言ってきたのも理解できる。

 俺なんかでは、あまりにも釣り合わなさすぎた。あの学校でAクラスに分類されるような優秀な生徒を、自分の駒にできるほどの存在だ。俺なんかが関わっていい相手ではなかったと思う。

 

 有栖ちゃんが超絶美少女なのは事実だし、今まで一緒にいられたのはラッキーだった。

 奴隷と言っても、俺はさほど今までの生活が嫌だったわけではない。あんな可愛い子は前世含めても見たことがないし、そういう子に頼られるのは、男として素直に嬉しかった。

 さっき俺が差を見せつけられるとかなんとか言っていたけど、一度も劣等感など抱いたことはなかった。むしろ、差がありすぎるから逆に何も思わなかった。

 

 俺は、彼女の歩む道と反対方向に進むのだ。

 有栖ちゃんは俺を引き離した。ならば、俺は有栖ちゃんと違う場所へ行く。進路を決めるタイミングで、この行動は正解としか言いようがない。やはり、天才なのだろう。

 

 いずれにせよ、これで俺の手を離れる。

 高校では、原作通りならそれこそ神室真澄さんあたりが支えてくれるはず。つーか、こんな苦労してたんだな神室さん。未来のことだが、彼女の幸運を祈っておこう。

 

 

 

 翌日。

 

「朝七時……だが、遅刻ではない」

 

 何年ぶりだろうか。有栖ちゃんの準備を考えないで起床できるのは。

 たっぷり睡眠時間を取って、清々しい朝だ。

 

「晴翔、時間大丈夫!?」

「大丈夫だよ、お母さん」

 

 いつもの時間に起きてこなかったからか、心配した母が俺の部屋に来た。

 特に焦ることもなく出る準備をしてから、ゆっくり朝食を摂り、学校へと出発した。

 

 

 

 教室へ到着した俺は、驚きをもって迎えられた。

 

「あれ、坂柳さんと一緒じゃないの?」

 

 クラスの女子が、一人で登校してきた俺に声をかけてきた。

 よっぽど珍しく思ったようだ。何せ、入学以来初めてのことだからな。

 

「そうだ。生憎嫌われちまったみたいだからな」

「め、めずらしい……」

 

 厳密には違うが、そういうことにしておく。余計な面倒も起きないだろうし。

 

「有栖ちゃんは、まだ来てないんだ?」

「うん、まだ見てないよ。遅いねえ」

 

 雑談をしているうちに、朝のチャイムが鳴る。どうしたんだろうか?まさか寝坊?

 もう俺には関係ないのだが、気にはなる。

 

 結局有栖ちゃんは現れず、他の全員が着席してHRとなった。

 担任がファイルを持って入室し、一通り教室内を確認してから一言。

 

「坂柳さんは、登校時に怪我をしてしまったようで、今は保健室にいます。応急処置が済んでから、1限には出るみたいです」

 

 少しクラスがざわめいた。

 ……たぶん、どっかで転んだんだろうな。

 校門までは家の人が送ってくれるから、その先のどこか。

 校庭の段差か階段か、はたまた何もないところで転んだか。

 

 昔から、有栖ちゃんは歩行がいまいち安定しない。すぐに転んでしまうので、杖で石や点字ブロックを引っ掛けたりしないよう、俺が足元を確認していた。それでもつまづきそうな段差や障害物があれば、先回りした上で手を引いて通過した。

 急に一人になったことで、何かしらの問題が起きたのだろう。

 

 トラブルを未然に防ぐためにも、基本的に外を歩く際は俺が車道側を歩き、自転車などの接近を防いでいた。転ばないにしても、突然の出来事というのは心臓に悪い。発作につながるようなイベントはあらかじめ潰しておくのが、俺のやり方だった。

 

 でも、今思えばあれは過剰だったような気もする。

 前世のこともあって完璧を目指していたとはいえ、やりすぎだったかもしれない。

 

 有栖ちゃんも最初は転んだりして大変かもしれないが、そのうち慣れるだろう。

 彼女は、すでに俺が守る相手ではなくなったのだ。

 今さら気にしても仕方ないし、そんなことを考えるのも失礼だと思う。

 

 ……いや、本当に大丈夫か?

 若干心配になりつつも、昨日の有栖ちゃんの言いっぷりを思い出すと、余計なことをして神経を逆撫でする方が面倒だという結論に至る。とりあえず、何もしないのが正解だ。

 

 

 

 1限は体育。有栖ちゃんは、当然見学だった。

 よく見ると、右腕に擦り傷があった。それだけでなく、綺麗な顔にも打撲痕?のようなものもあった。痛そうだし、一度コケただけであんな風にはならない。何回かやっちゃったみたいだ。

 じろじろ見てたら目が合ってしまった。有栖ちゃんを敵に回すのが怖いことはよく承知しているため、俺は見て見ぬふりをして準備運動に取り掛かった。

 

「晴翔、今日は打つからな」

「そんな簡単には打てねーよ」

 

 今日はソフトボールだ。下手の横好きとはいえ、好きな種目である。

 腕を大きく一周させて、力をこめて、投げる!

 ホームベース上のいいところに球がいった。タイミングをずらされた打者のバットを掠めて、ファウルボールが……見学していた有栖ちゃんのところに飛んだ。

 

「おい!避けろ!」

 

 打者の叫びも虚しく、ボールは有栖ちゃんの身体に直撃した。

 どうやら朝に怪我した方とは逆の腕に当たったようで、幸い大事には至らなさそうだが、それでもかなり痛そうだ。

 ……えっ、マジで大丈夫?

 

「ったく、どんくせえなぁ」

 

 ボールを打った生徒が頭をかきながら、そう言った。

 わざとじゃないとはいえ、当てといてそれは理不尽だろうと思ったが、俺は黙っていた。

 

 

 

 それ以降も、今日の有栖ちゃんは不運が重なっているように見えた。

 教室では机の足に杖を引っ掛けて転んでいた。廊下でも生徒とぶつかってこけていた。数えきれないぐらい、転んでいるシーンを見た気がする。

 

 ちなみに、有栖ちゃんはクラスの生徒たちから異質な扱いを受けている。

 入学以来満点しか取ったことない天才なんだから、当たり前といえば当たり前だ。

 少なくとも嫌われてはないだろうし、最低限コミュニケーションも取れているが、一定以上に仲の良い友達はいない。明らかに特別な子供である有栖ちゃんに対し、みんな遠慮してしまってるのが大きい。また、当の本人も仲良くする気があまりないようだ。

 

 そういう状況なので、普段から会話の九割以上は俺が相手であった。

 有栖ちゃんは知性が同世代の生徒とは比べ物にならないから、そもそも気の合う生徒がいない。超ハイレベル校のトップ層で、ようやく話を合わせられるかといったところだ。

 この中学校に来たのは、俺と同じ学校に行かせようと親たちが動いたからだ。有栖ちゃんならどこへ行っても一緒だろうが、それでもさらにレベルの高いところへ行けば、コミュニケーションという面では多少マシだったかもしれない。

 今思うと、俺は馬鹿とはいえ元大人だから、フツーの中学生よりは話しやすかったのかもな。

 

 本来、有栖ちゃんは好戦的な性格だ。何か競争できるようなものもなく、並び立つ可能性がある人間すらいない環境では……本当につまらないんだと思う。

 チェス一つとっても、マトモに相手になる人間は誰一人いない。百回やって百回勝てる相手とのゲームなんて、すぐ飽きるだけで何も楽しくないだろう。

 

 とはいえ、それも卒業までの辛抱だ。

 あの高校で退屈することはないと、転生者である俺はよく知っている。

 

 有栖ちゃんは満身創痍といった感じで、ふらふらとした動きで帰り支度をしていた。

 明らかに顔色が悪いのがわかった。嫌な予感がしたので、俺は有栖ちゃんの後をつけた。

 別に、俺の方から嫌いになったわけではないからな。

 ここで何かあっては後味が悪い。捨てられた側の態度としては甘すぎるかもしれないが、なんだかんだ俺は有栖ちゃんを捨てきれなかった。

 

 結果的に、この判断は大正解だった。




 彼女の判断自体は大正解です。もう手遅れだっただけです。

 実は、最初の構想ではこのイベント無しで原作突入でした。
 主人公は無勉で受験して、入試は通る(そもそも入試の点数は入学可否に関係ない。本人は忘れてる)が、生徒評価がかなり微妙なのでDクラス配属。学校へ向かうバスを最後にAクラスの有栖ちゃんと別れたものの、知らないうちにあっちはどんどんボロボロになっていって……みたいな。
 マンネリ化してきたら、それもIFルート的に書いてみようかなぁと思っています。
 ボロ雑巾のようになってメンヘラ化する有栖ちゃんに需要があればですが。

 こんなに応援していただけるなんて、本当に思ってもみませんでした。
 皆さんありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。

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