よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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 後編です。番外編は、一旦ここまでにします。
 いくつか書き溜めがあるので、またどこかで出すかもです。


番外編2

 病院の待合室。

 俺は一人、考えていた。

 

 結果から言うと、有栖ちゃんは倒れた。

 帰る際、校舎の階段を降り切れずに転げ落ちた。

 その後足を引き摺りながら校門へ向かっている途中、身体に限界が来て倒れ伏した。

 

 階段から落ちたのを見た段階で、なんとなく察しがついた。

 最悪のパターンとして想定できていたので、それからの行動は頗る早かった。

 いつでも119をコールできる状態にしていたスマホを操作し、救急車を呼んだ。

 

 有栖ちゃんのお父さんにも連絡を入れた上で、俺は病院へついて行った。

 坂柳父はひどく焦った様子でやってきて、病院の先生と話すため奥の方へ入っていった。

 俺はここで待機するよう言われたので、特に何をすることもなく待っていた。

 

 治療は無事に終わった。

 看護師さんからそう聞いた直後、再び坂柳父がやってきた。

 とても疲れた顔をしていたが、俺を見て少し安心しているようにも見えた。

 『あの子のことを頼んだ。悔しいが、君にしかできないことなんだ』

 俺にかけた言葉。その意味は、いまいちよくわからなかった。

 そして看護師さんにお礼を言った後、急いでタクシーに乗っていった。

 まだ仕事が終わってないのか……ご苦労様です。

 

 そして、今に至る。

 命に別状はなく、落ち着いていると聞いた。

 ホッとすると同時に、俺はこれからどうすればいいのか悩むことになった。

 一応、会いに行った方がいいのだろうか。

 

 

 

 広い病棟に、俺の足音が響く。

 有栖ちゃんは、今日からしばらく入院することになったらしい。

 この行動が正しいのか自問自答しながら、俺は彼女の病室を目指す。

 受付の女性に聞いた場所へ向かって、足早に歩き続けた。

 

 入院用の個室の前で、俺の足がピタッと止まった。

 ……この中に有栖ちゃんがいる。

 

 俺は再考する。ここは黙って去るのが正解か?

 出しゃばるような行動をするのは、有栖ちゃんの意に反する。

 

 そもそも、喜ぶどころか罵倒される可能性だってあるのだ。

 身を翻して、やはり引き返そうかと思い直す。

 

 その時、声が聞こえた、

 

「ま、待ってください……」

 

 えっ?

 突然のことに、つい間抜けな声が出てしまった。

 俺を引き止めたのは……

 

「有栖ちゃん?」

 

 こうなっては、もはや隠れる意味もない。

 俺は病室に入って、有栖ちゃんの姿を見る。

 

 真っ赤に充血した目と、流れ落ちる涙。

 まさか、意識が戻ってからずっと泣き続けていたのだろうか。

 怪我だらけの身体が、余計に痛々しさを際立たせている。

 いつもの自信ありげな雰囲気は、微塵も感じられない。別人と言われても疑わないほどだ。

 

「……悪いな、様子なんか見に来られても不愉快だろう」

 

 有栖ちゃんは俺と縁を切った。

 こうやって、俺が現れては迷惑なはずだ。無事は確認できたし、帰ろうと思う。

 しかし、そんな俺を有栖ちゃんは引き留めた。

 

「行かないで……」

「急にどうしたんだ?」

「私が全て悪かったです。許してもらえるなら、どんなことでもします。ですから……」

 

 お願いだから、見捨てないでほしい。

 涙声で懇願されて、俺の心が動く。

 

「わかったよ、有栖ちゃん。求められる限りは、そばにいるから」

 

 有栖ちゃんの意図を理解して、俺は大きなため息をついた。転職ならず、か。

 その選択は尊重するが……それでいいのだろうか。

 

「あ、ありがとうございます。晴翔くん……今までのこと、もう取り返しがつかないとわかっていますが、謝らせてください。本当にごめんなさい」

 

 ベッドに座ったまま頭を下げる姿は辛そうで、逆に申し訳なくなってくる。

 ……こんな風に泣いてるところは、見たくないな。

 可愛らしくて憎たらしい、あの不敵な笑みを浮かべていてほしい。

 

 有栖ちゃんのことは、何があっても嫌いにはなれないとわかった。

 冷たく突き放されてもなお、様子を気にかけている自分がいたからだ。

 ここまで足が動いたということが、何よりの証明だと思う。

 

 強い不安を覚えているのか、有栖ちゃんの身体が震えている。

 ぎゅっと抱きしめて背中をさすってやると、すぐに泣き止んだ。

 言葉を並べるよりも、俺の意思を伝えるにはこちらの方がいいと思った。

 

「よしよし、もう大丈夫だ」

「……何度振り返っても、私の行動は最低です。それでも、許していただけるのですか?」

「もちろん」

 

 いいだろう。こうなったら、どこまでも付き合ってやる。

 本当の意味で俺から卒業する日……有栖ちゃんにふさわしい人間が見つかるまで、こういう涙は二度と流させない。お互い笑ってお別れできるように、もっと頑張ろう。

 

「ありがとう、ございます……今日のことは一生忘れません」

 

 少し落ち着いたようで、有栖ちゃんの目に生気が戻った。

 涙も止まり、顔色も良くなってきた。

 

「なんか、有栖ちゃんにありがとうって言われるのくすぐったいわ」

「……あぁ。本当に、私は酷い人間ですね」

 

 そう言って、苦笑いする有栖ちゃん。

 いや、気づいてなかったのかよ。俺に対して、初めてありがとうって言ったこと。

 それにしても、突然の変化にびっくりする。そんなに一人がキツかったのだろうか?

 

 しばらく、俺は何も言わずに抱きしめ続けていた。

 安心しきった様子で顔を埋める有栖ちゃんは、とても可愛かった。

 

 

 

 時計を見ると、すでに退出しなければならない時間になっていた。

 看護師さんに迷惑をかけるわけにはいかないので、帰る準備をする。

 

「また明日、来るから」

「学校はいいのですか?」

「休む。大事な姫様がくたばってるのに、学校なんか行けるかよ」

 

 この時、俺は有栖ちゃんがだいぶ自分を取り戻してきたと思い込んでいた。

 心にどれだけのダメージを負ったのか、間違った見積もりを立てていた。

 

「ありがとうございます、本当に優しいのですね。そんなあなたを、私は……」

「もう気にするなって。俺の中では、すでに終わった話だ」

 

 次の日、まだ立ち直れていなかったことを知る。

 

 

 

 帰った後、珍しく家にいた父にいろんな話を聞かれた。

 進路はどうするのか。有栖ちゃんとどうなりたいのか。

 俺は父の真剣な態度に応えるべく、正直なことを包み隠さず話した。

 

 高度育成高等学校。とにかく、この学校には行きたくなかった。

 バイト漬けでまともな青春を送ったことのない俺には、普通の高校生活に憧れがあった。

 普通とかけ離れたこの高校に、俺はあまり魅力を感じていなかった。

 実力至上主義なんて求めていない。全国に多数いる高校生と、同じ生活をしてみたかった。

 

 しかし、有栖ちゃんと関係を修復した以上、残念ながらそれはかなわない。

 彼女を普通の高校に行かせては、今と同じ状況がさらに三年続くことになる。

 それがどれくらいの苦痛であるか俺にはわからないが、しんどいのは間違いないだろう。

 『お前の意志を曲げてまで、有栖ちゃんに合わせる必要があるのか?』と父は俺に尋ねた。

 俺は、彼女が俺にとって守るべき人間である以上、やむを得ないと答えた。

 

 俺の話を聞いた父は、珍しく怒ったような素振りを見せた。

 今までの有栖ちゃんの態度を、あまりよく思っていなかったのは知っている。

 ……それでも、引き離そうとはしなかったのだが。

 

 怒った父は結構頑固だ。この人は、自分がこうだと思うとなかなか意見を変えてくれない。

 最悪有栖ちゃんとお別れするか、俺の本当の志望校へ一緒に通うか。

 それしかないかなぁ……と思っていた。

 

 しかし、その態度は急転直下、有栖ちゃんのお父さんと電話した直後に百八十度変わった。

 『晴翔、俺はお前のことを見くびっていた。いつかこうなるだろうとは思っていたが、まさかこんな形で……あぁ面白い。あちらからすれば、まさに青天の霹靂だな』

 何が面白かったのかはわからないが、腹を抱えて大笑いし始めたのだ。

 結局、父は俺と有栖ちゃんが同じ高校に行くことを認めた。

 

 意外な結果というか、なんというか。これはもう仕方がない。

 ダルくなったら中退してもいいという言質も取ったし、諦めよう。

 俺は意識を切り替えて、進路を決めた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 翌日。

 俺は朝から、病院へやってきていた。

 昨日の段階では午後からでいいかと思っていたのだが、有栖ちゃんのことが気になってしまい、結局は面会時間の最初から来ることにした。

 

 病室へ入ると、そこには虚ろな表情を浮かべた有栖ちゃんがいた。

 おいおい、大丈夫か?

 

「あっ」

 

 俺の姿を確認した直後、有栖ちゃんの目から涙があふれ出る。

 これでは、俺が泣かせたみたいじゃないか。

 

 ベッドの横に座ると、上半身を俺に絡ませてきた。

 こんな恋人みたいなことをされるのも、初めてだ。

 

「おはよう」

「……晴翔くん、来てくれたのですね」

 

 右手をつないだまま、俺をじっと見る。涙に濡れたその顔があまりにも可愛くて、つい見とれてしまった。こんなことをされては、心がドキドキしてしょうがない。

 本当に、どうしちゃったんだろうか?

 

「手は、握ったままの方がいいか」

 

 こくりと頷く有栖ちゃん。離そうとすると暗い顔になるから、そんな気はしてた。

 どうやら、このお姫様は人の温かさをご所望らしい。

 

「ありがとうございます」

 

 大したことでもないのに、感謝の言葉をもらった。

 昨日の俺の言葉、まだ気にしているのだろうか?

 

 それからずっと、有栖ちゃんと話をしていた。

 意外と言えば意外だが、今まで俺たちは昔のことを振り返ったりする機会がなかった。

 そう思って、あの時あんなことあったなぁなんて話題を出したのだが……

 

「すみませんでした。そうですね、私はそんな酷いことを……」

 

 こんな感じなのだ。俺が過去の態度を責め立てているみたいになってしまう。

 あの対応が嫌だったとか、そういう話をしているわけではないんだけど……有栖ちゃんにとっては、全てが謝らなければならないことになっているようだ。

 これはダメだな。病人の負担となってはお見舞いとはいえない。

 

 それと、話題を変える前に一つ言っておかなければ。

 

「有栖ちゃん。俺は過去の有栖ちゃんが嫌いだったとか、そういうことは全くないんだ。だから、今まで通りにしてくれ。感謝してくれているってことはもうわかったし、かつての振る舞いで反省すべき点があったとしても、それは有栖ちゃんの中で理解してくれれば大丈夫だから」

 

 頼むから、そんなに気を遣わないでくれ。

 こうも謝られてばかりだと、こっちも調子が狂って変な感じになる。

 

「今まで通り、ですか……わかりました」

 

 やっと理解してもらえた。

 それ以降は今まで通りとは言わずとも、本来の有栖ちゃんに戻った。

 ようやく、このギクシャクした雰囲気を終わらせることができた。

 

 

 

 ……ん?

 いつの間にか、眠ってしまっていたらしい。

 頭の上に、温かい何かが置かれている感覚がある。

 

「起きましたか。おはようございます」

 

 有栖ちゃんが、ずっと俺を撫でていてくれたようだ。

 ちょっと恥ずかしいが、こういうのはかなり嬉しい。

 ……本当に、変わったなぁ。

 

「ごめんごめん、これじゃあ何しに来たかわからんな」

「私はあなたが来てくれたというだけで、何よりも助かっています」

 

 また嬉しいことを言ってくれる。これはまずい。

 こんなに可愛いと、いつか俺の手から離れるのが悔しくなってしまう。

 

 外を見ると、もう暗くなっていた。

 時間は……面会終了の二十時まで、あと十分もない。

 ここらでお開きだ。また明日も来るし、大丈夫だろう。

 

 帰る前、最後に聞いておきたいことがあった。

 

「最終確認だ。有栖ちゃんは、俺を切り捨てる選択をしなかった。つまり、この先も俺という召使いが必要だと判断した。本当にそれでいいんだな?」

「もちろんです。召使いなんて、そのような扱いはもう二度としませんが。私には、絶対に晴翔くんが必要です。あなたの支えなくしては生きられない、弱い生き物なのです」

 

 ……自分のことを弱い生き物だなんて、一生言わないと思っていた。

 心が折れてしまうほど、有栖ちゃんにとってはキツい出来事だったのだろう。

 

 いずれ立ち直るその時まで、俺は今まで以上にしっかりサポートすることを決意した。

 坂柳有栖。この子は、俺にとって守り抜くべき少女なのだから。




 ここで番外編を出した理由は、続きを書いている途中に4巻を再読したところ、私があの試験のルールを誤認していたことが発覚して、書き直すはめになったからです。
 なんとか明後日ぐらいに一つ出せると思います。
 それにしても、ああいうゲームを考案して運用できる原作者は偉大ですね。

 有栖ちゃんは軽井沢のことが結構好きです。
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