いくつか書き溜めがあるので、またどこかで出すかもです。
病院の待合室。
俺は一人、考えていた。
結果から言うと、有栖ちゃんは倒れた。
帰る際、校舎の階段を降り切れずに転げ落ちた。
その後足を引き摺りながら校門へ向かっている途中、身体に限界が来て倒れ伏した。
階段から落ちたのを見た段階で、なんとなく察しがついた。
最悪のパターンとして想定できていたので、それからの行動は頗る早かった。
いつでも119をコールできる状態にしていたスマホを操作し、救急車を呼んだ。
有栖ちゃんのお父さんにも連絡を入れた上で、俺は病院へついて行った。
坂柳父はひどく焦った様子でやってきて、病院の先生と話すため奥の方へ入っていった。
俺はここで待機するよう言われたので、特に何をすることもなく待っていた。
治療は無事に終わった。
看護師さんからそう聞いた直後、再び坂柳父がやってきた。
とても疲れた顔をしていたが、俺を見て少し安心しているようにも見えた。
『あの子のことを頼んだ。悔しいが、君にしかできないことなんだ』
俺にかけた言葉。その意味は、いまいちよくわからなかった。
そして看護師さんにお礼を言った後、急いでタクシーに乗っていった。
まだ仕事が終わってないのか……ご苦労様です。
そして、今に至る。
命に別状はなく、落ち着いていると聞いた。
ホッとすると同時に、俺はこれからどうすればいいのか悩むことになった。
一応、会いに行った方がいいのだろうか。
広い病棟に、俺の足音が響く。
有栖ちゃんは、今日からしばらく入院することになったらしい。
この行動が正しいのか自問自答しながら、俺は彼女の病室を目指す。
受付の女性に聞いた場所へ向かって、足早に歩き続けた。
入院用の個室の前で、俺の足がピタッと止まった。
……この中に有栖ちゃんがいる。
俺は再考する。ここは黙って去るのが正解か?
出しゃばるような行動をするのは、有栖ちゃんの意に反する。
そもそも、喜ぶどころか罵倒される可能性だってあるのだ。
身を翻して、やはり引き返そうかと思い直す。
その時、声が聞こえた、
「ま、待ってください……」
えっ?
突然のことに、つい間抜けな声が出てしまった。
俺を引き止めたのは……
「有栖ちゃん?」
こうなっては、もはや隠れる意味もない。
俺は病室に入って、有栖ちゃんの姿を見る。
真っ赤に充血した目と、流れ落ちる涙。
まさか、意識が戻ってからずっと泣き続けていたのだろうか。
怪我だらけの身体が、余計に痛々しさを際立たせている。
いつもの自信ありげな雰囲気は、微塵も感じられない。別人と言われても疑わないほどだ。
「……悪いな、様子なんか見に来られても不愉快だろう」
有栖ちゃんは俺と縁を切った。
こうやって、俺が現れては迷惑なはずだ。無事は確認できたし、帰ろうと思う。
しかし、そんな俺を有栖ちゃんは引き留めた。
「行かないで……」
「急にどうしたんだ?」
「私が全て悪かったです。許してもらえるなら、どんなことでもします。ですから……」
お願いだから、見捨てないでほしい。
涙声で懇願されて、俺の心が動く。
「わかったよ、有栖ちゃん。求められる限りは、そばにいるから」
有栖ちゃんの意図を理解して、俺は大きなため息をついた。転職ならず、か。
その選択は尊重するが……それでいいのだろうか。
「あ、ありがとうございます。晴翔くん……今までのこと、もう取り返しがつかないとわかっていますが、謝らせてください。本当にごめんなさい」
ベッドに座ったまま頭を下げる姿は辛そうで、逆に申し訳なくなってくる。
……こんな風に泣いてるところは、見たくないな。
可愛らしくて憎たらしい、あの不敵な笑みを浮かべていてほしい。
有栖ちゃんのことは、何があっても嫌いにはなれないとわかった。
冷たく突き放されてもなお、様子を気にかけている自分がいたからだ。
ここまで足が動いたということが、何よりの証明だと思う。
強い不安を覚えているのか、有栖ちゃんの身体が震えている。
ぎゅっと抱きしめて背中をさすってやると、すぐに泣き止んだ。
言葉を並べるよりも、俺の意思を伝えるにはこちらの方がいいと思った。
「よしよし、もう大丈夫だ」
「……何度振り返っても、私の行動は最低です。それでも、許していただけるのですか?」
「もちろん」
いいだろう。こうなったら、どこまでも付き合ってやる。
本当の意味で俺から卒業する日……有栖ちゃんにふさわしい人間が見つかるまで、こういう涙は二度と流させない。お互い笑ってお別れできるように、もっと頑張ろう。
「ありがとう、ございます……今日のことは一生忘れません」
少し落ち着いたようで、有栖ちゃんの目に生気が戻った。
涙も止まり、顔色も良くなってきた。
「なんか、有栖ちゃんにありがとうって言われるのくすぐったいわ」
「……あぁ。本当に、私は酷い人間ですね」
そう言って、苦笑いする有栖ちゃん。
いや、気づいてなかったのかよ。俺に対して、初めてありがとうって言ったこと。
それにしても、突然の変化にびっくりする。そんなに一人がキツかったのだろうか?
しばらく、俺は何も言わずに抱きしめ続けていた。
安心しきった様子で顔を埋める有栖ちゃんは、とても可愛かった。
時計を見ると、すでに退出しなければならない時間になっていた。
看護師さんに迷惑をかけるわけにはいかないので、帰る準備をする。
「また明日、来るから」
「学校はいいのですか?」
「休む。大事な姫様がくたばってるのに、学校なんか行けるかよ」
この時、俺は有栖ちゃんがだいぶ自分を取り戻してきたと思い込んでいた。
心にどれだけのダメージを負ったのか、間違った見積もりを立てていた。
「ありがとうございます、本当に優しいのですね。そんなあなたを、私は……」
「もう気にするなって。俺の中では、すでに終わった話だ」
次の日、まだ立ち直れていなかったことを知る。
帰った後、珍しく家にいた父にいろんな話を聞かれた。
進路はどうするのか。有栖ちゃんとどうなりたいのか。
俺は父の真剣な態度に応えるべく、正直なことを包み隠さず話した。
高度育成高等学校。とにかく、この学校には行きたくなかった。
バイト漬けでまともな青春を送ったことのない俺には、普通の高校生活に憧れがあった。
普通とかけ離れたこの高校に、俺はあまり魅力を感じていなかった。
実力至上主義なんて求めていない。全国に多数いる高校生と、同じ生活をしてみたかった。
しかし、有栖ちゃんと関係を修復した以上、残念ながらそれはかなわない。
彼女を普通の高校に行かせては、今と同じ状況がさらに三年続くことになる。
それがどれくらいの苦痛であるか俺にはわからないが、しんどいのは間違いないだろう。
『お前の意志を曲げてまで、有栖ちゃんに合わせる必要があるのか?』と父は俺に尋ねた。
俺は、彼女が俺にとって守るべき人間である以上、やむを得ないと答えた。
俺の話を聞いた父は、珍しく怒ったような素振りを見せた。
今までの有栖ちゃんの態度を、あまりよく思っていなかったのは知っている。
……それでも、引き離そうとはしなかったのだが。
怒った父は結構頑固だ。この人は、自分がこうだと思うとなかなか意見を変えてくれない。
最悪有栖ちゃんとお別れするか、俺の本当の志望校へ一緒に通うか。
それしかないかなぁ……と思っていた。
しかし、その態度は急転直下、有栖ちゃんのお父さんと電話した直後に百八十度変わった。
『晴翔、俺はお前のことを見くびっていた。いつかこうなるだろうとは思っていたが、まさかこんな形で……あぁ面白い。あちらからすれば、まさに青天の霹靂だな』
何が面白かったのかはわからないが、腹を抱えて大笑いし始めたのだ。
結局、父は俺と有栖ちゃんが同じ高校に行くことを認めた。
意外な結果というか、なんというか。これはもう仕方がない。
ダルくなったら中退してもいいという言質も取ったし、諦めよう。
俺は意識を切り替えて、進路を決めた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
翌日。
俺は朝から、病院へやってきていた。
昨日の段階では午後からでいいかと思っていたのだが、有栖ちゃんのことが気になってしまい、結局は面会時間の最初から来ることにした。
病室へ入ると、そこには虚ろな表情を浮かべた有栖ちゃんがいた。
おいおい、大丈夫か?
「あっ」
俺の姿を確認した直後、有栖ちゃんの目から涙があふれ出る。
これでは、俺が泣かせたみたいじゃないか。
ベッドの横に座ると、上半身を俺に絡ませてきた。
こんな恋人みたいなことをされるのも、初めてだ。
「おはよう」
「……晴翔くん、来てくれたのですね」
右手をつないだまま、俺をじっと見る。涙に濡れたその顔があまりにも可愛くて、つい見とれてしまった。こんなことをされては、心がドキドキしてしょうがない。
本当に、どうしちゃったんだろうか?
「手は、握ったままの方がいいか」
こくりと頷く有栖ちゃん。離そうとすると暗い顔になるから、そんな気はしてた。
どうやら、このお姫様は人の温かさをご所望らしい。
「ありがとうございます」
大したことでもないのに、感謝の言葉をもらった。
昨日の俺の言葉、まだ気にしているのだろうか?
それからずっと、有栖ちゃんと話をしていた。
意外と言えば意外だが、今まで俺たちは昔のことを振り返ったりする機会がなかった。
そう思って、あの時あんなことあったなぁなんて話題を出したのだが……
「すみませんでした。そうですね、私はそんな酷いことを……」
こんな感じなのだ。俺が過去の態度を責め立てているみたいになってしまう。
あの対応が嫌だったとか、そういう話をしているわけではないんだけど……有栖ちゃんにとっては、全てが謝らなければならないことになっているようだ。
これはダメだな。病人の負担となってはお見舞いとはいえない。
それと、話題を変える前に一つ言っておかなければ。
「有栖ちゃん。俺は過去の有栖ちゃんが嫌いだったとか、そういうことは全くないんだ。だから、今まで通りにしてくれ。感謝してくれているってことはもうわかったし、かつての振る舞いで反省すべき点があったとしても、それは有栖ちゃんの中で理解してくれれば大丈夫だから」
頼むから、そんなに気を遣わないでくれ。
こうも謝られてばかりだと、こっちも調子が狂って変な感じになる。
「今まで通り、ですか……わかりました」
やっと理解してもらえた。
それ以降は今まで通りとは言わずとも、本来の有栖ちゃんに戻った。
ようやく、このギクシャクした雰囲気を終わらせることができた。
……ん?
いつの間にか、眠ってしまっていたらしい。
頭の上に、温かい何かが置かれている感覚がある。
「起きましたか。おはようございます」
有栖ちゃんが、ずっと俺を撫でていてくれたようだ。
ちょっと恥ずかしいが、こういうのはかなり嬉しい。
……本当に、変わったなぁ。
「ごめんごめん、これじゃあ何しに来たかわからんな」
「私はあなたが来てくれたというだけで、何よりも助かっています」
また嬉しいことを言ってくれる。これはまずい。
こんなに可愛いと、いつか俺の手から離れるのが悔しくなってしまう。
外を見ると、もう暗くなっていた。
時間は……面会終了の二十時まで、あと十分もない。
ここらでお開きだ。また明日も来るし、大丈夫だろう。
帰る前、最後に聞いておきたいことがあった。
「最終確認だ。有栖ちゃんは、俺を切り捨てる選択をしなかった。つまり、この先も俺という召使いが必要だと判断した。本当にそれでいいんだな?」
「もちろんです。召使いなんて、そのような扱いはもう二度としませんが。私には、絶対に晴翔くんが必要です。あなたの支えなくしては生きられない、弱い生き物なのです」
……自分のことを弱い生き物だなんて、一生言わないと思っていた。
心が折れてしまうほど、有栖ちゃんにとってはキツい出来事だったのだろう。
いずれ立ち直るその時まで、俺は今まで以上にしっかりサポートすることを決意した。
坂柳有栖。この子は、俺にとって守り抜くべき少女なのだから。
ここで番外編を出した理由は、続きを書いている途中に4巻を再読したところ、私があの試験のルールを誤認していたことが発覚して、書き直すはめになったからです。
なんとか明後日ぐらいに一つ出せると思います。
それにしても、ああいうゲームを考案して運用できる原作者は偉大ですね。
有栖ちゃんは軽井沢のことが結構好きです。