無人島試験が終了して三日が経った。
生徒たちの気が緩み切っているこのタイミングで、新たな特別試験が始まる。
この三日というインターバルがずるいと思う。無人島試験直後の、何かもう一発来るんじゃないかという気持ちが薄れてきたころに、再び不意打ちのような形で始まるのだ。
俺と有栖ちゃんは、なぜか軽井沢と一緒にいた。
客室エリアで偶然鉢合わせて、顔見知りである手前無視するわけにもいかなかった。
しかし、こうして軽井沢が単独行動をしていること自体珍しい気がする。
いつもはグループの女子とつるんでいるイメージしかないのだが、これも清隆の指示なのか?
「お前の清隆は、多分こっちには来ないぞ?」
さっきDクラスの連中とデッキにいるのを見たからな。
「大きな声で言わないで。今はまだ関係を隠しておいてほしいって、清隆にお願いされてるから。そうじゃないと……」
そうじゃないと、何だろう?
「清隆のこと好きじゃないの?」
「うるさいな。好きに決まってるでしょ」
「どれくらい?」
「そんなの世界で一番……ちょっと、言わせないでよ!」
顔が真っ赤だ。その様子で関係を隠すのは無理がありそうだが……こいつ、面白いな。
こうやって話してみると、意外に嫌いじゃないタイプかもしれない。
「あいつ……」
突然、軽井沢が俺から視線を外して遠くを見つめ始めた。
俺も同じ方向を見ると、その先に女性の姿が見えた。
あれは、確か佐倉愛里という生徒だ。須藤の一件でキーパーソンになった人。
「佐倉って、清隆とどういう関係だっけ?」
「……あたしに聞かないでよ、性格悪い。片思いってところじゃない?」
小声で聞くと、少し不満そうに答えた。どうやら意識しているらしい。
おいおい、三角関係か。あいつモテモテだな?
そう茶化すのは簡単だが、佐倉は今後かわいそうな役回りになってしまいそうで心が痛む。
清隆と彼女の関係を知れば、大なり小なりダメージを負うのは間違いない。
(せめて、傷が浅く済めばいいが)
時間が経てば経つほど、悪い結果になるだろう。
少しでも早く諦めてもらう方が、佐倉のためにもなる。
強く言うつもりはないが、今度清隆にお願いしてみようと思った。
軽井沢は、さっきからずっとソワソワしている。
会いに行きたいけど会いに行けないって感じだろうか。
あくまでも予想だが、清隆はしばらくデッキに来ないよう指示したのではないか?
何をするのかは知らないけど、今は軽井沢がいない方が都合がいいのかもしれない。
「はぁ、つらい」
「どうした?」
「うーん、なんでもない。一人だな~……って思っただけ」
そう言って、大きなため息をついた。残念ながら、俺たちは人数にカウントされないらしい。
特に嫌われてはいないだろうが、そう思うほど清隆がいない状況が不安なのだろう。
ここまで好かれるなんて、どういうやり方をしたのか教えてほしいぐらいだ。
「軽井沢さん」
「……どうしたの、急に」
不意に、今まで黙っていた有栖ちゃんが軽井沢との距離を詰めた。
急に動くと思っていなかったから、俺も驚いてしまった。
軽井沢は有栖ちゃんに対して苦手意識があるのか、びくっと身体を震わせた。
それを全く気にせず、有栖ちゃんは耳元まで顔を近づけていく。
そして、極めて小さな声で何かを呟いた。二言、三言ぐらいだろうか。
「……えっ」
ショックを受けて固まってしまった。
有栖ちゃんが何を言ったのか、俺にも聞き取ることはできなかった。
ただ一つ言えることは……
「ふふっ、そういうことです。恵さんとお呼びしても、よろしいですか?」
「わかった。有栖って呼べばいい?」
「はい。きっと、あなたと私は分かり合えると思います」
「……もしそうだったら、嬉しいかも」
その内容は、一瞬で二人を仲良くするほどのものだったということだ。
突如、その場にいた全員の携帯から甲高い音が響き渡った。
これは、ついに……
『生徒の皆さんに連絡いたします。先ほど全ての生徒宛に学校から連絡事項を記載したメールを送信いたしました』
……来たか。
アナウンスが流れ、俺は特別試験が始まることを理解した。
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俺は有栖ちゃんと同じグループに入っていた。
これだけで、全ての不安が解消された。驚いたが、とても素晴らしいことだ。
誰が決めたのか知らないが、感謝せずにはいられないな。
有栖ちゃんと二人、18時に指定された部屋へと向かう。
定刻前に到着すると、そこにいたのは……
「あっ、あんたたちもこの部屋だったんだ」
神室さんだった。おいおい、最高すぎて笑えてくるぞ。
これでは、まるで好きな人を任意に選ばせてもらったかのようだ。
もしかして、あれが効いたのか?
無人島試験初日、ルール説明がされた際のことだ。
身体的ハンデによるリタイアにも30ポイントのペナルティが発生するシステム。
これが理不尽極まりないものであると、俺は自主退学を匂わせつつ徹底的に批判した。
教師陣も俺がここまで言うとは思っていなかったのか、とても驚いていた。
最終的には、気持ちはわかるがルール上仕方ないということで、丸めこまれてしまった。
しかし、それを受けて今回は配慮してくれたのだろうか。身体を使う試験ではないので、正直全く期待していなかったのだが、事実としてそうとしか思えない割り振りだ。
まさか、俺と有栖ちゃんを分断するとめんどくさいって思われたのか?
だったら面白いけど、さすがにそんなわけないか。
とりあえず、ゴネた方が得だということがわかった。
今後も似たような話があったら、暴れることにしよう。
しばらく神室さんと雑談していると、Dクラスの茶柱先生が部屋に入ってきた。
俺たちの説明担当か。清隆のこともあるし、ちょっと気まずいかも。
「全員揃っているようだな。只今から、特別試験の概要を説明する。一度しか話さないので、よく覚えておくように。なお、試験内容については一切の質問を受け付けない」
そう言って、茶柱先生は俺たちにプリントを配った。
結果1、結果2……あぁ、やっぱりこれだよね。
この試験は、簡単に言うと各グループに一人ずつ潜む優待者を見つけ出すゲームだ。
生徒の行動によって、4つのうちいずれかの結果が得られることになっている。
結果1と2は、要は試験終了まで誰も裏切らなかった場合の結果だ。
プライベートポイントはドカンと出るが、クラスポイントは動かない。
結果2って微妙だよなぁと思いながら、俺は適当に流し読みした。
とどのつまり、大事なのはそれ以外である。
プリントを裏返して、俺は中身を確認した。
試験終了を待たずして、優待者以外のクラスの者が、優待者と思われる者の名前を学校へメールした場合は結果3か4になる。
結果3は、それが正解であった場合の結果だ。
正解者に+50万pr、正解者のクラスに+50cl、当てられた優待者のクラスは-50clとなる。
結果4は、上記の状況で逆に不正解だった場合の結果だ。
優待者自身に+50万pr、不正解者のクラスは-50cl、優待者のクラスには+50cl。
うーん、ルールを読むだけで頭がこんがらがってくる。
やっぱり、俺は今回何もできないかもしれない。
有栖ちゃんは「ふ~ん」って感じの顔をしていた。
あれ、意外とつまらなさそう?
「お前たちが配属されたグループは『卯』。干支をグループ名に用いているため、兎グループとも呼ぶ。ここにそのメンバーのリストがあるから、よく見ておけ」
茶柱先生から、グループのメンバーが記された紙を見せてもらった。
退出時に回収するので覚えておけと言ってるが、有栖ちゃんがいるし覚えなくていいや。
Aクラス:神崎隆二、浜口哲也、別府良太
Bクラス:神室真澄、坂柳有栖、高城晴翔
Cクラス:伊吹澪、真鍋志保、藪菜々美、山下沙希
Dクラス:綾小路清隆、軽井沢恵、外村秀雄、幸村輝彦
兎と聞いた時点で察してたけど、まさかの主人公グループだ。
隣を見ると、有栖ちゃんが紙を見ながら何やら考え込んでいた。
「……なるほど。晴翔くんっ、面白いですね」
「そりゃよかった」
少し間を置いてから、俺の方を向いて楽しそうに説明を始めた。
「メンバーが14人。十二支を用いているということで、おそらく12グループでしょうから、168人ですか。13人のグループと混在していれば、157から167人。学年全体で160人なので、辻褄が合いますね」
「うん」
いや、うんとしか言えないけど。
計算はやっ。あとニコニコしてて可愛い。
「各グループの最小構成人数が13人。これを何らかのルールで並び替え、十二支に従って優待者を割り当てる方式かもしれません。例えば鼠なら1番目、猪なら12番目というイメージです。ここは『卯』グループということで、何かの4番目でしょうか?」
「なんだろうね」
えっ、ヤバくない?
神室さんもドン引きしている。
「あとはその法則ですが、今の情報だけで導き出すのは不可能です。これは後の楽しみとしておきましょう。とりあえず、今は五十音順と仮定しておきます。お二人ともいかがでしょうか?」
「お、おう」
「……うん。全然わからないけど、あんたがとんでもない奴なのはわかった」
うわぁ、やっぱりこの子おかしいよ。どんな頭してるんだろう?
凄すぎてもはや意味がわからない。どうしよう、始まる前に答えを出しちゃった。
茶柱先生が一瞬目を見開いた。そりゃあ、そうなるよね。
おそらく、今の有栖ちゃんはノーマーク。ちょっと頭がいい少女ぐらいにしか認識されてない可能性だってある。この人にとって、これは完全に想定外なはずだ。
もう一つわかったことがある。
有栖ちゃんは、人狼ゲームもどきより単純な謎解きの方が楽しいみたい。
集団というものに全く興味がないから、そうなるのかな?
よく考えてみれば、法則自体は結構シンプルである。
……だが、外したときは結果4というペナルティが待っている。
そのリスクを考えると、確信が持てなければそうそう動けない。
そこに、このゲームの面白さがあるのだ。
しかし、こちらには帆波さんと桔梗ちゃんがいるので、答えが6人分わかってしまう。
半分の優待者がわかった上で、それが仮定した法則と一致していれば証明は十分だろう。
さて、有栖ちゃんはどういう結果を望むのだろうか?
この試験の楽しみは、それだけになりつつある。
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説明が終わった後、俺たちは船のデッキで休んでいた。
そこで、聞き捨てならない会話が耳に入ってきた。
「それにしても、先ほどの綾小路殿は傑作でござったな。あの女の悪態に、ついに堪忍袋の緒が切れたと。コポォ」
変な語尾で話す男は、確かDクラスの外村。
「普通に話せと言っているだろう……俺には、少し言い過ぎに見えたがな」
隣にいるのは、同じくDクラスの幸村。
いずれも俺たちと同じグループになる人間だ。
「その話、ちょっと詳しく聞かせてもらえないか?」
なんだか面白そうだったので、俺は二人に話しかけた。
「……と、いうわけだ」
「なるほど。話を聞く限りでは、完全に軽井沢が悪いな」
説明を受けている間、軽井沢は彼らに対して露骨な嫌悪感を示したらしい。
キモいとか何とか、なかなか言いたい放題だったようだ。
それを、清隆はずっと冷たい目で見ていた。
この二人は清隆が静かな怒りを示しているのを察したが、あいつは止まらなかった。
……口が達者な軽井沢のことだ。黙認されたと思い込んだら、そうなるとは思う。
斯くして、恐怖の瞬間は訪れた。
説明担当の星之宮先生が退室した後、清隆は……
軽井沢を思いっきり、叱りつけたのだ。
「正直、あの時の綾小路は言葉だけで人を殺せるんじゃないかと思った。普段怒らない分、余計に怖く見えた。怒らせてはいけない人間を怒らせたというか」
「恐ろしかったでござるなぁ」
自分がやられたわけでもないのに、怖さを感じたという。
軽井沢の恐怖は相当なものだったはずだ。
「情報ありがとう。清隆の友人として、気になる話題だったんだ。申し遅れたが、俺は高城晴翔。こっちの有栖ちゃんと一緒に、兎グループになった」
「なるほど。俺たちと同じグループというわけか」
「よろしくお願いいたす」
また知り合いが増えた。
……二人が付き合っていると知ったら、どういう反応をするんだろうな。
「だが、お前たちのことは自己紹介するまでもなく知っていたぞ」
「何だって?」
これは驚いた。全く面識はなかったはずだが。
Dクラスにまで俺たちの名前が知れ渡るようなイベント、あったっけ?
戸惑う俺を見て、幸村は呆れたような顔をした。
「高城と坂柳は、この学年で最も有名な二人だと思うが……いつどこで見てもイチャついてるんだから、当たり前だ。まさか自覚ないのか?」
ま、まじか。
自分を客観的に見たことがなかったので、意識していなかった。
そうか、そうなのか……
急に恥ずかしくなって、俺たちは足早にその場を去った。