よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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 堀北さんお久しぶり。


第24話

 翌日の朝、俺たちは部屋でだらだらしていた。

 最初のグループディスカッションは、午後1時から始まる。

 それまでの間、特にすることはない。

 

「有栖ちゃん……」

「おはようございます、晴翔くん」

 

 二人向かい合って寝転んで、身体を密着させる体勢。

 お互いがお互いを縛り付けているような、謎の背徳感がある。

 これがあまりにも心地よくて、最近なかなかベッドから出られないのだ。

 

 入学してからというもの、この子はとにかく俺を寝かせようとする。

 休日に昼過ぎまで寝ていても何も言わないし、もし有栖ちゃんが先に目を覚ましていても、俺が自然に起きるタイミングまでずっと待ってくれる。

 今日のような姿勢だったり、無意識に抱き枕のようにしてしまっていても、俺を起こさないようその場でじっとしていてくれる。

 普通の女の子だったら、嫌だと思う。休日は早く起きてデートでもするのがモテる男というもの。相手が起きてるのに一人で午後まで寝ているなんて、そんなつまらない男はなかなかいない。俺が女性であれば、俺のような奴にはさっさと別れを告げるだろう。

 しかし、有栖ちゃんはそれを非難するどころか、推奨してくれるのだ。こんなに優しい子はいないと思うし、どうしてそこまで睡眠に対して寛容なのかわからない。

 

「俺はもう、有栖ちゃん無しでは生きていけないな」

「……それは、私にとって最も嬉しい言葉です。ありがとうございます、大好きです」

 

 そ、そんなに?

 本当に嬉しそうに笑っている。

 

「愛してるよ」

「はい、私も愛してます。ずっと一緒にいましょうね」

 

 うーん、可愛い。

 何も難しいことを考えず、こうしてずっと有栖ちゃんに溺れていたい欲求がある。

 ……このままでは、どんどん自分がダメになっていく気がする。

 しかし、最近はそれもいいんじゃないかと思ってしまうようになった。

 

 昨日の夜、試験の仕組みを解き明かした時のような、天才としての有栖ちゃん。

 今みたいに、俺をとことん甘やかしてくれる有栖ちゃん。

 どちらが素なのか、どちらも素なのか、それはわからない。

 

 間違いなく言えるのは、俺の恋人はあまりにも魅力的すぎるということだ。

 

 

 

 11時ごろ、清隆が軽井沢とともに俺たちの客室へやってきた。

 わざわざこっちまで来たのは、やはり関係を隠しておきたいからだろうか。

 

「こんにちは、清隆くん。優待者の件ですね?」

「あぁ……有栖のことだから、ある程度察しはついているだろ?」

「ふふっ、そうですね」

 

 隣を見ると、軽井沢がぽかーんと口を開けてアホ面を晒していた。

 さては何もわかってないなこいつ。おバカちゃんめ。

 あまり人のことは言えないが、これは俺が今まで交友を持ったことがないタイプだ。

 ある意味新鮮で、個人的に好感度は高い。

 

「あらかじめ言っておく。恵がこのグループの優待者だ」

「えっ、ちょっと……言っていいの!?」

 

 唐突すぎるカミングアウト。突然のことに驚く軽井沢。

 俺はこの二人に驚かされ続けてきたから、この程度では反応しない。

 感覚が麻痺してるからな……お前も、そのうちこうなるよ。

 

「わかりました。それでは、結果4にしてしまいましょうか」

「あぁ、オレもそれがベストだと思う」

 

 有栖ちゃんが意見を述べて、清隆が賛同する。すごいスピードで話が進んでいく。

 天才同士の会話は、答えしか出てこないらしい。途中式は自分で考えろというスタイル。

 えっ?えっ?と軽井沢が戸惑っているが、二人は気にせず話を進める。

 

「詳しい話は、また午後にでも。その際は帆波さんもお呼びした方がいいですね」

「そうだな。こちらでも優待者を調べた方がいいか?」

「いえ、桔梗さんがいるので大丈夫でしょう。清隆くんは、恵さんのことを考えてください」

「もちろん、オレはいつも恵のことを考えてるさ」

「あ、あたしのことをいつも……」

 

 言葉だけ取れば、なかなか恥ずかしいセリフだ。軽井沢は顔を真っ赤にさせている。

 いや、たぶん言葉通りの意味じゃないぞ。お前に読み取るのは無理だろうけど。

 

「今回の試験、オレは完全にフリーで動けるってことか」

「そうなりますね。Dクラスに何ポイント入れるかも含めて、配分はお任せします」

「一応考えておくが、このグループだけでも問題ない。その方が好都合な面もある」

「……確かに、言われてみればそうかもしれませんね」

 

 雑魚二人を置いてきぼりにして、議論がまとまり始めた。

 俺は黙って話を聞くばかりだった。ちょっと、君たち悪いことしすぎじゃない?

 これはもう、試験を私物化してるといっても過言ではない。

 

 やはり、有栖ちゃんと清隆が組むというのは恐ろしい。

 楽しそうに話す二人を見ながら、そんなことを考えていたのだが……

 

「ふぁあああ~」

 

 ……おい。

 

「眠いのか?」

「ごめんごめん。二人の声を聞いてたら、つい……」

 

 巨大なあくびで話の腰を折られた清隆は、苦笑いしながら軽井沢の頭を撫でた。

 えへへ~じゃねえよ、満更でもない顔しやがって。まったく、こいつはもう……

 

 不覚にも少しキュンとしてしまった。それぐらい、今のは可愛かった。

 見た目は十二分に整ってるんだし、変に取り繕ったり、強気なキャラを作ったりしない方が良いと思った。ああいう過去がある以上、仕方ないのかもしれないけど……もったいないなぁ。

 

 しかし、こいつを教育するのはホワイトルームの最高傑作でも簡単ではないようだ。

 こうして清隆が振り回されている光景なんて、なかなか見られない。正直面白いと思う。

 有栖ちゃんはそんな二人の様子を、意外そうな顔で見つめていた。

 

 ふと時計を見ると、正午が近づいていた。

 ディスカッションの前に、昼食は食べておかなければならない。そろそろお開きとしよう。

 

「そろそろ昼だな」

「もうそんな時間か。また、ディスカッションで会おう」

「ばいば〜い」

 

 俺たちはやや急ぎ気味に、出る準備を始めた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 客室を出たはいいものの、船内はどこも混雑していて嫌になってくる。

 耳に入ってくる話題は、優待者のことばかり。

 みんな熱心だなぁと思いながら、俺たちは歩き回る。

 

 カフェの中に、一つだけ空いているテーブル席を見つけた。

 とりあえずそこに座ろうと思ったのだが……

 

「「あっ」」

 

 まったく同じタイミングで、席を取ろうとした者が一人。

 堀北鈴音である。

 

「……いいよ、譲るから座りなよ」

 

 俺はそう言って、別の席を探すことにした。揉めると面倒なのが目に見えるからな。

 有栖ちゃんも表情を変えず、こちらへついてきた。

 

「待ちなさい」

 

 無視して行こうとすると、有栖ちゃんの手を引っ張ってきた。これはいただけない。

 マジでやめてくれよ、痛めたらどうするんだ。

 

「待ちなさいって言ってるでしょう?」

 

 今日の堀北は、やけに食い下がってくるな。何か焦ってるのか?

 これを振り払っていくのは、後ほど余計に面倒な事態を招くかもしれない。

 俺たちは諦めて、対面に座った。まさか堀北と相席する日が来るとは思わなかった。

 

「はぁ……どうなさいましたか?」

 

 有栖ちゃんは堀北の手を払いのけて、俺の隣に座った。

 深いため息から、本当に絡みたくないという思いがにじみ出ている。

 

「坂柳さん。あなたはどうして……」

「彼に執着するのか。お答えしても、堀北さんには理解できないと思いますが」

 

 堀北が質問する前に回答してしまった。

 明らかに驚いている。おそらく、言おうとしていた内容と合っていたのだろう。

 他人の思考を読み切って、割り込んで答える。こんなの有栖ちゃんにしかできないと思う。

 そういうのを見せつけられるというのも、彼女の心を傷つけそうな気がする。

 

「そう。それなら、なぜ」

「櫛田さんと仲良くするのか、ですね。私は彼女の本来の性格も、暗い部分も全て理解しています。その上で、彼女に好感を持ったのです。あなたにどうこう言われる筋合いはありません」

 

 堀北は唇を噛んだ。言いたいことを言わせてもらえないというのは、きっと結構辛い。

 有栖ちゃんが興味のない相手に対して冷たいのは、今に始まったことではない。

 しかし、ここまで遣り込めてしまうのは珍しい。何か別の意図があるのかもしれない。

 

「有栖ちゃん!晴翔くん!」

 

 暗い雰囲気になったところで、明るい声が聞こえた。

 振り向くと、そこには桔梗ちゃんがいた。

 

「桔梗さん、こちらに来ていたのですね」

「うん、ちょうど二人を見かけたから。こっちのテーブルも空いてるし、一緒にご飯しよっ!」

 

 はじける笑顔。その可愛らしさに、周囲の視線が集まる。

 これ以上ないほど嬉しそうにしている。今の話を聞いていたのだろうか?

 

「そうですね、行きましょう」

 

 有栖ちゃんは立ち上がり、桔梗ちゃんの手を取った。

 横取りされる形になった堀北から睨みつけられるが、二人は全く意に介さない。

 

「最後に聞かせて。坂柳さんは、私の何が気に入らないの?」

「……自らの力に驕る傲慢さ。敗北を知らないことによる甘さ。そして、自分なら孤独に耐えられるという、根拠のない自信。ふふっ、一体誰のことでしょう?」

 

 精神的なダメージが大きかったのか、堀北は固まってしまった。

 さて、これをどう受け止めるのだろうか。

 有栖ちゃんの言葉の意味を考えながら、俺は席を移動した。


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