翌日の朝、俺たちは部屋でだらだらしていた。
最初のグループディスカッションは、午後1時から始まる。
それまでの間、特にすることはない。
「有栖ちゃん……」
「おはようございます、晴翔くん」
二人向かい合って寝転んで、身体を密着させる体勢。
お互いがお互いを縛り付けているような、謎の背徳感がある。
これがあまりにも心地よくて、最近なかなかベッドから出られないのだ。
入学してからというもの、この子はとにかく俺を寝かせようとする。
休日に昼過ぎまで寝ていても何も言わないし、もし有栖ちゃんが先に目を覚ましていても、俺が自然に起きるタイミングまでずっと待ってくれる。
今日のような姿勢だったり、無意識に抱き枕のようにしてしまっていても、俺を起こさないようその場でじっとしていてくれる。
普通の女の子だったら、嫌だと思う。休日は早く起きてデートでもするのがモテる男というもの。相手が起きてるのに一人で午後まで寝ているなんて、そんなつまらない男はなかなかいない。俺が女性であれば、俺のような奴にはさっさと別れを告げるだろう。
しかし、有栖ちゃんはそれを非難するどころか、推奨してくれるのだ。こんなに優しい子はいないと思うし、どうしてそこまで睡眠に対して寛容なのかわからない。
「俺はもう、有栖ちゃん無しでは生きていけないな」
「……それは、私にとって最も嬉しい言葉です。ありがとうございます、大好きです」
そ、そんなに?
本当に嬉しそうに笑っている。
「愛してるよ」
「はい、私も愛してます。ずっと一緒にいましょうね」
うーん、可愛い。
何も難しいことを考えず、こうしてずっと有栖ちゃんに溺れていたい欲求がある。
……このままでは、どんどん自分がダメになっていく気がする。
しかし、最近はそれもいいんじゃないかと思ってしまうようになった。
昨日の夜、試験の仕組みを解き明かした時のような、天才としての有栖ちゃん。
今みたいに、俺をとことん甘やかしてくれる有栖ちゃん。
どちらが素なのか、どちらも素なのか、それはわからない。
間違いなく言えるのは、俺の恋人はあまりにも魅力的すぎるということだ。
11時ごろ、清隆が軽井沢とともに俺たちの客室へやってきた。
わざわざこっちまで来たのは、やはり関係を隠しておきたいからだろうか。
「こんにちは、清隆くん。優待者の件ですね?」
「あぁ……有栖のことだから、ある程度察しはついているだろ?」
「ふふっ、そうですね」
隣を見ると、軽井沢がぽかーんと口を開けてアホ面を晒していた。
さては何もわかってないなこいつ。おバカちゃんめ。
あまり人のことは言えないが、これは俺が今まで交友を持ったことがないタイプだ。
ある意味新鮮で、個人的に好感度は高い。
「あらかじめ言っておく。恵がこのグループの優待者だ」
「えっ、ちょっと……言っていいの!?」
唐突すぎるカミングアウト。突然のことに驚く軽井沢。
俺はこの二人に驚かされ続けてきたから、この程度では反応しない。
感覚が麻痺してるからな……お前も、そのうちこうなるよ。
「わかりました。それでは、結果4にしてしまいましょうか」
「あぁ、オレもそれがベストだと思う」
有栖ちゃんが意見を述べて、清隆が賛同する。すごいスピードで話が進んでいく。
天才同士の会話は、答えしか出てこないらしい。途中式は自分で考えろというスタイル。
えっ?えっ?と軽井沢が戸惑っているが、二人は気にせず話を進める。
「詳しい話は、また午後にでも。その際は帆波さんもお呼びした方がいいですね」
「そうだな。こちらでも優待者を調べた方がいいか?」
「いえ、桔梗さんがいるので大丈夫でしょう。清隆くんは、恵さんのことを考えてください」
「もちろん、オレはいつも恵のことを考えてるさ」
「あ、あたしのことをいつも……」
言葉だけ取れば、なかなか恥ずかしいセリフだ。軽井沢は顔を真っ赤にさせている。
いや、たぶん言葉通りの意味じゃないぞ。お前に読み取るのは無理だろうけど。
「今回の試験、オレは完全にフリーで動けるってことか」
「そうなりますね。Dクラスに何ポイント入れるかも含めて、配分はお任せします」
「一応考えておくが、このグループだけでも問題ない。その方が好都合な面もある」
「……確かに、言われてみればそうかもしれませんね」
雑魚二人を置いてきぼりにして、議論がまとまり始めた。
俺は黙って話を聞くばかりだった。ちょっと、君たち悪いことしすぎじゃない?
これはもう、試験を私物化してるといっても過言ではない。
やはり、有栖ちゃんと清隆が組むというのは恐ろしい。
楽しそうに話す二人を見ながら、そんなことを考えていたのだが……
「ふぁあああ~」
……おい。
「眠いのか?」
「ごめんごめん。二人の声を聞いてたら、つい……」
巨大なあくびで話の腰を折られた清隆は、苦笑いしながら軽井沢の頭を撫でた。
えへへ~じゃねえよ、満更でもない顔しやがって。まったく、こいつはもう……
不覚にも少しキュンとしてしまった。それぐらい、今のは可愛かった。
見た目は十二分に整ってるんだし、変に取り繕ったり、強気なキャラを作ったりしない方が良いと思った。ああいう過去がある以上、仕方ないのかもしれないけど……もったいないなぁ。
しかし、こいつを教育するのはホワイトルームの最高傑作でも簡単ではないようだ。
こうして清隆が振り回されている光景なんて、なかなか見られない。正直面白いと思う。
有栖ちゃんはそんな二人の様子を、意外そうな顔で見つめていた。
ふと時計を見ると、正午が近づいていた。
ディスカッションの前に、昼食は食べておかなければならない。そろそろお開きとしよう。
「そろそろ昼だな」
「もうそんな時間か。また、ディスカッションで会おう」
「ばいば〜い」
俺たちはやや急ぎ気味に、出る準備を始めた。
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客室を出たはいいものの、船内はどこも混雑していて嫌になってくる。
耳に入ってくる話題は、優待者のことばかり。
みんな熱心だなぁと思いながら、俺たちは歩き回る。
カフェの中に、一つだけ空いているテーブル席を見つけた。
とりあえずそこに座ろうと思ったのだが……
「「あっ」」
まったく同じタイミングで、席を取ろうとした者が一人。
堀北鈴音である。
「……いいよ、譲るから座りなよ」
俺はそう言って、別の席を探すことにした。揉めると面倒なのが目に見えるからな。
有栖ちゃんも表情を変えず、こちらへついてきた。
「待ちなさい」
無視して行こうとすると、有栖ちゃんの手を引っ張ってきた。これはいただけない。
マジでやめてくれよ、痛めたらどうするんだ。
「待ちなさいって言ってるでしょう?」
今日の堀北は、やけに食い下がってくるな。何か焦ってるのか?
これを振り払っていくのは、後ほど余計に面倒な事態を招くかもしれない。
俺たちは諦めて、対面に座った。まさか堀北と相席する日が来るとは思わなかった。
「はぁ……どうなさいましたか?」
有栖ちゃんは堀北の手を払いのけて、俺の隣に座った。
深いため息から、本当に絡みたくないという思いがにじみ出ている。
「坂柳さん。あなたはどうして……」
「彼に執着するのか。お答えしても、堀北さんには理解できないと思いますが」
堀北が質問する前に回答してしまった。
明らかに驚いている。おそらく、言おうとしていた内容と合っていたのだろう。
他人の思考を読み切って、割り込んで答える。こんなの有栖ちゃんにしかできないと思う。
そういうのを見せつけられるというのも、彼女の心を傷つけそうな気がする。
「そう。それなら、なぜ」
「櫛田さんと仲良くするのか、ですね。私は彼女の本来の性格も、暗い部分も全て理解しています。その上で、彼女に好感を持ったのです。あなたにどうこう言われる筋合いはありません」
堀北は唇を噛んだ。言いたいことを言わせてもらえないというのは、きっと結構辛い。
有栖ちゃんが興味のない相手に対して冷たいのは、今に始まったことではない。
しかし、ここまで遣り込めてしまうのは珍しい。何か別の意図があるのかもしれない。
「有栖ちゃん!晴翔くん!」
暗い雰囲気になったところで、明るい声が聞こえた。
振り向くと、そこには桔梗ちゃんがいた。
「桔梗さん、こちらに来ていたのですね」
「うん、ちょうど二人を見かけたから。こっちのテーブルも空いてるし、一緒にご飯しよっ!」
はじける笑顔。その可愛らしさに、周囲の視線が集まる。
これ以上ないほど嬉しそうにしている。今の話を聞いていたのだろうか?
「そうですね、行きましょう」
有栖ちゃんは立ち上がり、桔梗ちゃんの手を取った。
横取りされる形になった堀北から睨みつけられるが、二人は全く意に介さない。
「最後に聞かせて。坂柳さんは、私の何が気に入らないの?」
「……自らの力に驕る傲慢さ。敗北を知らないことによる甘さ。そして、自分なら孤独に耐えられるという、根拠のない自信。ふふっ、一体誰のことでしょう?」
精神的なダメージが大きかったのか、堀北は固まってしまった。
さて、これをどう受け止めるのだろうか。
有栖ちゃんの言葉の意味を考えながら、俺は席を移動した。