一回目のグループディスカッションは、酷いものだった。
とりあえず自己紹介して、神崎たちと適当に雑談しながら時間を潰した。余裕のあるAクラスと、試験に興味のない俺たちBクラス。何か起きるという方がおかしな話だ。
そのため、俺たちは何事もなく終わったのだが……問題はあと2つのクラスだ。
終了直前に、その事件は起きた。
軽井沢に対して、Cクラスの真鍋が「友人を突き飛ばした」などと言い、メンバー全員の前で喧嘩を売ったのだ。公然と謝罪を要求する光景に、場の雰囲気は最悪なものとなった。
それを目の当たりにした清隆は、極めて攻撃的な対応を取った。
真鍋と軽井沢の間に割り込んだ上で、証拠が無いことを強く主張し、それは言いがかりであると突っぱねた。6月末に起きた事件のように、教師や生徒会に介入させてもいいとまで言い放ち、絶対に軽井沢の責任を認めない立場を強く示した。
俺は、この行動を意外だと思った。その理由は二つある。
一つ目は、誰にでもわかるような形で軽井沢を守ろうとした点だ。
今まで二人の関係を隠していたのにもかかわらず、ここまで目立つ行動を取ったのは予想外だった。守るにしても、もっと違うやり方をすると思っていた。幸村と外村もかなり驚いた様子を見せていたし、もしかすると近いうちに交際していることを公表するつもりなのかもしれない。
二つ目は、相手を煽るような言い方だったこと。
あれは事なかれ主義とは真逆の、対立を招きやすい反論の仕方だった。実際、言われた真鍋の方は顔を真っ赤にして怒っていた。これでは話が沈静化するどころか、さらに過激な方向へエスカレートしかねない。軽井沢は大喜びというか、もう一生離れないぐらいの勢いだったが……どうも、本気で解決する気があるようには見えなかったのだ。
清隆のことだ。こういうイベントを一つの教育材料と考えていても、全く不思議ではない。解決どころか、あえて事態を悪化させようとしている可能性すらある。
そんなことを考えながら、俺たちは客室へ戻った。
しばらくしてから、帆波さんがやってきた。
彼女は龍園や葛城など、各クラスの主力が集まる龍グループに配置されたらしい。目立ちまくってるし、とんでもない結果を残しているからな……先生もここに置くべきと判断したのだろう。
「うちのクラスの優待者は、この三人だよ」
帆波さんは何の躊躇いもなく、俺たちにAクラスの優待者を公開した。
まったく、どれだけ信用されてるんだか。人がいいのか何なのか。
「わかりました。やはり、法則通りですね」
「法則?」
はてなマークな帆波さんに、有栖ちゃんは試験の解説を始めた。
五十音順という仮定が正しかったことも、証明されつつある。
もはやゴールはすぐそこだ。次の機会に桔梗ちゃんと会えば、クリアかな。
帆波さんは驚きつつも、これらの話を理解した。
「……もう、勝利は目前だね」
「ふふっ、ちなみに私たちのグループも例外ではありませんでした。ここで一つ、帆波さんにお願いがあるのです」
「有栖ちゃんのお願いなら何でも聞くけど、何かな?」
「ありがとうございます。内容としては、非常に簡単なものです。兎グループのどなたかに、『優待者は綾小路清隆』と送信するよう指示していただけませんか?」
「い、いいけど……」
このやり取りで、二人の意図が少しずつ見えてきた。
兎グループにおいては、Aクラスの生徒から間違いメールを送らせる。
するとどうなるか。Dクラスのクラスポイントが50増加し、Aクラスは50減少する。
そして、優待者は軽井沢だ。これが意味するところは……ディスカッションを誘導すれば、まるでうまく敵を欺いたかのように演出できる。彼女のクラス内での立場はさらに上がるだろう。
こう考えると、朝の清隆の発言とも辻褄が合う。
『このグループだけでも問題ない。その方が好都合な面もある』
思惑通りいけば、Dクラスは負けとなり、Aクラスの圧勝だ。何も知らない生徒がこれを見たら……軽井沢の兎グループが、最強のAクラスに一矢報いたという結果に見える。
クラス全体で勝つよりも、軽井沢が目立つことを優先させる。
これが、今回の清隆の目的だと思われる。
清隆のことは理解した。あとは、有栖ちゃんがどう考えているか。
俺はそれを予想しながら、これからの数日間を楽しむことにしよう。
「……私が、有栖ちゃんの想像を上回れる日なんて来るのかな?」
「ふふっ、楽しみにしていますよ。帆波さんなら、きっとできます」
少し憂鬱な顔で、帆波さんは大きなため息をついた。
こういう表情を見ると、この人も決して完璧な人間ではないと再確認する。
帆波さんが勝ちまくっている理由は、有栖ちゃんに期待されているからに他ならない。あくまでも、龍園に対抗する存在として楽しみにしているから、手を貸しているのだ。別の人間の方が適していると判断すれば、そちらに乗り換える可能性だってある……まぁ、そこまでしたら彼女が自主退学しかねないし、さすがに止めるけど。
いずれにせよ、有栖ちゃんはそろそろ帆波さんに対する支援を弱めるだろう。
その後どうなるかは、誰もわからない。
この試験で圧倒的な大差をつけて、龍園の心に敗北感を刻ませる。そこからが本番だ。
俺としても、あの男が力ずくで上がってくる光景は楽しみでしかない。
励まされる帆波さんを眺めながら、俺は今後の期待に胸をふくらませた。
帆波さんが帰った一時間後ぐらいに、再び清隆たちが来た。
今回は帆波さんと接触しないよう、あえて時間をずらして来たらしい。
清隆にとって、今の彼女と繋がりがあると思われるのはデメリットの方が大きいからだ。
「清隆、キスしよ〜」
「……一応言っておくが、この二人が友達だからといって、目の前で何をしてもいいということにはならないぞ?」
「えーいいじゃん!」
いや、清隆が完全に正しいぞ。頼むから、ここを『休憩』場所にするのはやめてくれ。
しかし、今の軽井沢はそんな言葉で止まる状態ではなかった。
「ちゅー」
結局、俺たちは深いキスを見せつけられることになった。ラブラブモードのこいつは相当ウザいことがわかったが、勢いに押し負ける清隆が面白かったので、俺は許すことにした。
「……はぁ、大好き。愛してる。これからも守ってくれる?」
「……あぁ」
顔を引き攣らせながら、清隆は軽井沢をあしらう。
こんな表情もできるのか。ここ最近、清隆の新たな一面をたくさん見つけてしまっている。
ある意味このバカ女のおかげだな。若干ムカつくけど。
「あの、そろそろよろしいですか?」
「すまない、有栖。なんて謝ったらいいのか……」
「謝罪は結構なので、話を進めましょう?」
有栖ちゃんの言葉も、少し棘がある。この状況はあまりにも面白い。
この二人をイラつかせて無事でいられるなんて、これは一つのスキルといっていい。
認めよう、お前は天才だ。何の天才かは知らんが。
気を取り直して、二人は議論を始めた。
兎グループについては、Aクラスに間違えさせて結果4とすることで合意した。
今日の夜10時ごろ、神崎の手で実行させることを既に帆波さんと調整している。
また、軽井沢が優待者だったことと、帆波さんからもらったAクラスの優待者情報を合わせた結果、清隆も有栖ちゃんの仮定がほぼ確実に正しいと判断した。
そして、桔梗ちゃんがリサーチ中の優待者がわかり次第、なるべくAクラス有利な形で決着させることになった。こちらも早ければ今日か、遅くとも明日には動くようだ。
この試験の結果を占う重要な決定が、たった30分ほどの間になされた。
俺は圧倒されつつ、ぐーすかと居眠りを始めた軽井沢に呆れ果てていた。
いや、やっぱりお前はすげーよ。
有栖ちゃんは、このアホの子を意外と高く評価してたりします。