よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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第27話

 朝が来た。

 桔梗ちゃんは今日も一緒に過ごしたかったようだが、別行動を取ることにしたらしい。

 さっき携帯を見て嫌そうな顔をしていた。クラスで、何かしらのイベントがあるのだろう。

 

「あー……ほんっと、全員死ねばいいのに。平田とかさぁ、何様のつもりなんだろ?」

 

 大きな舌打ちを一つしてから、桔梗ちゃんは準備を始めた。

 いつも思っているのだが、イライラを撒き散らしながらもいたって丁寧にメイクできるのは、地味に凄いスキルである。ボケとかカスとか、暴言を吐いている間に容姿がバッチリ決まっていく光景は、いろんな意味で圧倒される。

 

「また、いつでも来いよ。あんまり溜め込まないうちに」

「ありがと。晴翔くんは優しいね」

 

 そんな風にしみじみと言われると、照れる。

 有栖ちゃんはその様子に少し違和感を覚えたのか、首を傾げる。

 

「桔梗さん、もしや何かありましたか?」

「……ないと言えば、嘘になるかな。また今度、必ず話すから」

「わかりました。お待ちしています」

「ありがとう、有栖ちゃん。大好きだよ」

 

 ぎゅっと有栖ちゃんを抱きしめて、にっこりと笑った。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 午後一時ごろ、帆波さんが客室へやってきた。

 彼女はすでにこの試験の勝利を確実なものとしているが、複雑な表情をしていた。

 

「さすがにやりすぎたかな……」

 

 Aクラスの生徒が優待者になっている3グループを除いた、合計9グループの試験が終了している。大半の生徒が、今日からの三日間暇を持て余すことになった。

 この結果を導いた自分が怖くなったのかもしれない。なんというか、帆波さんらしいな。

 

 結果3か4になってから他クラスの生徒と試験内容を話し合うのは、一応禁止行為にあたる。

 とはいえ、お互いのグループがどちらも試験を終了しているし、大量の生徒が同時に解放されている以上、クラス間の関わりを全て制御することなんてできないだろうから、さほど問題にはならないだろうが……そこまでして俺たちと話したかったのだろうか?

 

「いえ、帆波さんはベストを尽くしただけです。自分を責める必要はありませんよ」

「そ、そうだよね。私は悪くない……」

 

 有栖ちゃんの言葉を受けて、帆波さんは自己暗示するように呟いた。

 濁った目。一応作り笑いを浮かべているが、どこか辛そうに見える。大丈夫だろうか?

 

「当然です。それに、他のクラスも全くチャンスが無かったわけではありません。負ける方が悪いのです。実際、先に回答されたグループもあったのでしょう?」

「猿グループだけは、メールを送る前に終わっちゃったみたい。誰か気づいたのかな?」

「法則を理解したのか、ディスカッションの中で優待者を見抜いたのかは定かではありませんが、間違いなくそうだと思います」

 

 多分、Dクラスの高円寺の仕業だ。次々と終了メールが流れてくるのを見て、自分も回答してやろうと思ったのだろう。あの男も、とっくに優待者はわかっていたということか……

 能力値だけで言えば、とんでもない奴だ。性格はアレだけど。

 今のところ面識はないが、高円寺には俺も少し興味がある。今度話しかけてみようかな。

 

 こういう時に「負ける方が悪い」と断言するのが有栖ちゃんという子である。優しくて可愛い普段の振る舞いに慣れてしまって、本来は違う性格だということをつい忘れてしまう。

 過剰なほど優しい帆波さんとは全く違う、好戦的な考え方をする人間。

 あまり意識してこなかったが、深い部分で二人は相性が悪いのだ。

 

 そんな有栖ちゃんから、無償で次々と提示される最善手。これを享受し続けている今の状況は、帆波さんのメンタルに良くない影響を与えている可能性がある。

 その内容についても、今まではクラスポイント情報の先取りとか、中間テスト過去問の横流しとか、あくまでも自分たちを高める方向性のものだった。

 しかし、今回は違う。速攻で法則を証明し、他クラスの優待者を暴き指名する。これは本来の帆波さんなら絶対に取らないであろう、超攻撃的な戦略だ。有栖ちゃんの指示とはいえ、自分自身の手でBクラスとCクラスにマイナス150ポイントを突きつけたことになる。

 

 勝負だから当然のことだと、彼女は割り切れるだろうか。

 こういったモヤモヤを積み重ねた結果が、今の表情に現れているのかもしれない。

 

「うちのクラスの優待者は、どうしよっか?」

 

 わかりやすく話を変えてきた。

 その胸中を知ることはできないが、帆波さんは努めて笑顔で振る舞う。

 ……痛々しい。彼女は、桔梗ちゃんと違って取り繕うことに慣れていない。だから、本当は辛いということが俺でもわかってしまう。今の様子を見ていると、こっちまでしんどくなってくる。

 

「そうですね。帆波さんがよろしければ、清隆くんに使ってもらいたいところです」

 

 有栖ちゃんは、話を続けることを選んだ。すると、帆波さんの雰囲気が少し柔らかくなる。俺たちと会話することで、多少は心の痛みを和らげることができるようだ。

 

「いいけど、理由を聞いてもいい?」

「このまま何も手を打たないと、清隆くんの目的が達成できなくなるからです。特に、猿グループの動きは彼にとって想定外だったでしょうから」

 

 俺は感心した。なるほど……そういうことか。

 今回は、軽井沢を目立たせるのが目的だ。そのためには、軽井沢だけが作戦に成功したという印象を与えたい。しかし、高円寺が優待者を見抜いていたとなれば、目立つのはそっちになってしまう可能性がある。結果4というのは、いわば相手のエラーだ。それを誘うのも実力のうちではあるが、能動的な勝利である結果3と比べるとわかりやすさに欠ける。

 

 また、真鍋のせいでディスカッションがほとんど不成立に近い状態になってしまった。

 兎グループで獲得した50ポイントを軽井沢の功績とするためには、神崎に一芝居打ってもらうなど、何かしらの工作を行わなければならない。

 

「つまり、清隆くんをフォローするためってこと?」

「おっしゃる通りです」

「わかった、ありがとう」

 

 帆波さんも、なんとなく理解したようだ。

 この話を前提として、これから清隆はどう動くか推理してみる。

 

 清隆の目的を考えると、おそらく……Dクラスの生徒たちに向けて、軽井沢の口から優待者の法則を説明させるだろう。そして、早急にAクラスの優待者を指名させる。そうすれば、彼女の力で残り3グループの優待者を当てて、クラスの敗北を回避したという結果になる。

 

 これは、兎グループの結果4より遥かに大きなインパクトを与えるはずだ。

 『軽井沢はとんでもないバカのように見えるが、実はものすごく頭が切れる女である』

 そんな風に周囲を錯覚させる。一人で敗色濃厚の戦いを立て直したとなれば、彼女こそがDクラスのリーダーになるべき存在だと認めざるを得ない。これで目的達成だ。

 ……普段の行動が軽井沢で中身が清隆な人間なんて、実在したらものすごく恐ろしい。

 バカみたいな大あくびや居眠りさえ、計算なんじゃないかと勘繰ってしまうかもしれない。

 

 軽井沢は、これからDクラスを取り仕切ることになる。

 しかし、その全ては清隆によって作られた虚像にすぎない。

 真実を知るのは、俺たちを含めたほんの一部の人間のみ。

 

 今後どうなるのか、見当もつかない。なんだ、こっちも面白くなってきたじゃないか。

 有栖ちゃんが携帯を取り出し、清隆の番号に電話をかけてワン切りした。

 きっと、行動開始の合図だ。もうすぐ全ての決着がつく。

 

 

 

 今回の試験について、これ以上やることはない。

 ディスカッションもないので、今日はこのまま雑談タイムだ。

 

「聞いてよ有栖ちゃん!」

「何でしょうか、帆波さん?」

 

 とても楽しそうに、近況を話す帆波さん。

 クラス内では高尚な存在になりすぎて、こういう話もなかなかできないのかもしれない。

 

「千尋ちゃんが、『一之瀬さんの銅像を建てるには、何ポイント必要ですか?』なんて先生に聞いたの。もう意味わからないよ!こんなに恥ずかしいことってある?」

「なるほど、それはすごいですね」

 

 恥ずかしいというか、そんな質問を受ける星之宮先生の気持ちも考えてあげてほしい。

 白波千尋という女子は、Aクラスの中でも最も忠誠心が高い生徒の一人だ。帆波さん教過激派とでも言っておこうか。恋愛的な意味で好きなのもあって、他の生徒とは明らかに目つきが違う。

 彼女はいろいろと拗らせている……実は、有栖ちゃんが嫉妬の対象になったこともある。

 あの時は俺たちと一悶着あったのだが、とりあえず置いておく。

 今はそれなりに仲のいい友達ぐらいにはなっているし、蒸し返す必要はない。

 

「ほんっとにやめてほしいんだけど、どうすればいいかな?」

「支配を強める手段としては悪くありませんが、費用対効果が低そうです」

「……そういう問題!?」

 

 冗談か本気かわからない有栖ちゃん。

 実際、何ポイント必要なのか気になる。ポイントで買えないものはないと言っていたよな。

 

 できないわけではない……のか?

 いやいや、本当にそういう問題じゃないな。とても危ない方向に進んでいる。

 

 今のAクラスは、帆波さんの命令であればどんなものでも受け入れる怖さがある。

 あり得ない仮定だが、例えば帆波さんが誰かを「退学に追い込め」と言ったとしよう。

 その時彼らはどうするだろうか。

 きっと、追い詰めるために必要なことを考えた上で、本当に退学させてしまうと思う。

 あくまでも俺の個人的な意見だが、今後彼らがギリギリの勝負を強いられるような状況となった場合、Cクラス以上に汚い手段も平気で使うと考えている。

 帆波さんを守るという大義が、彼らにとっては何をしても許される免罪符になる。

 

 過熱した信仰。これは、将来的に彼らの温厚さを奪ってしまう気がしてならない。

 ……もしかしたら、それも有栖ちゃんの目的の一つなのかもしれないが。

 

 

 

 夕方ごろ。帆波さんは、クラスの打ち合わせに出る予定があるらしい。

 雑談をしていた時とは打って変わって、暗い表情で立ち上がった。

 

「もう戻らなきゃ。またね」

「おう。少しは休めよ?」

「あはは、そうだね。ちょっと……疲れちゃったな」

 

 そう言い残して、ゆっくりと部屋の外へ出ていった。

 帆波さんは多くの人に慕われているから、それに応えなければならない。

 その心労がいかほどのものか、俺には理解することができない。

 彼女のチャームポイントでもある大きく美しい瞳は、最後まで濁ったままだった。

 

 

 

 静かになった客室で、俺たちの携帯が鳴り響く。

 届いた三通のメールは、残りのグループの試験が終了したことを通知するものだった。

 同時に、全グループの試験が終了したことに伴い、結果発表を今日の夜に繰り上げて実施する旨が船内にアナウンスされた。明日と明後日は、完全自由行動となった。

 

 誰もが何もできないうちに、全てが天才たちの思いのまま終わってしまった。

 有栖ちゃんの可愛らしい微笑みを、久しぶりに怖く感じた。




 ちょっとおかしい帆波ちゃん。
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