よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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第28話

 次の日。俺と有栖ちゃんは、試験結果を考察していた。

 大方は予想通りだったのだが、一つだけ意外なポイントがあった。

 

 ルーズリーフに書き出した内容を整理する。

 

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 1,クラスポイント/プライベートポイント

 

 Aクラス +150cl → 1305cl / +350万pr

 

 Bクラス -150cl → 804cl

 

 Cクラス -150cl → 450cl

 

 Dクラス +150cl → 462cl / +250万pr

 

 

 2,この結果になった理由

 

 Aクラス……7グル-プの優待者を当てて、+350cl。兎グループの優待者を外して、-50cl。自クラスの優待者を3人ともDクラスに当てられたので、-150cl。

 よって合計は+150cl。

 

 B、Cクラス……Aクラスと高円寺に全ての優待者を当てられて、-150cl。

 

 Dクラス……Aクラスに2人の優待者を当てられて、-100cl。高円寺が猿グループの優待者を当てたことで、+50cl。兎グループの結果で、+50cl。Aクラスの優待者を3人当てたので、+150cl。

 よって合計は+150cl。

 

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 なんと、龍園がDクラスに落ちてしまった。超僅差とはいえ、これは驚きの結果だ。

 

「まさか、CクラスとDクラスが入れ替わるとは」

「これについては、私がコントロールしようと思っていた部分ではありません。私と清隆くんがそれぞれ調整した結果、偶然生まれたものです。彼にとっては嬉しい誤算となったでしょう」

 

 どうやら、有栖ちゃんが仕組んだわけではないらしい。

 ……龍園は、今ごろどう思っているんだろうな。

 この程度で心が折れることはないと思うが、死ぬほど悔しいはずだ。

 あいつは、敗北の経験を糧にできる人間だと思う。ここからの奮起に期待したい。

 

 俺はそんなことを思っていたのだが、有栖ちゃんは全く違う感想を持っていた。

 

「きっと、今一番辛い思いをしているのは堀北さんですね」

「堀北が?」

「はい。彼女は、この勝利に対して何も貢献していませんから」

 

 貢献していない。言われてみれば、その通りだ。

 クラスの主役に躍り出た軽井沢とは対照的に、堀北は影が薄かった。

 

 150ポイントの上積みと、Cクラスへの昇格。これ以上ないほど素晴らしい結果である。

 生徒たちも、茶柱先生も大満足だろう。

 周りに持ち上げられて、いい気になっている軽井沢の姿が目に浮かぶ。

 

 そして、そんな光景を見せつけられるのは、堀北にとってかなり辛いものだと思う。

 自分がいなくても勝てる。このクラスのリーダーにはなれない。

 厳しい現実を目の当たりにして、彼女は何を思うのだろうか。

 その答えを知る機会は、すぐに訪れた。

 

 

 

 昼食に混雑したレストランを選んだのは、失敗だったかもしれない。

 元Dクラス……今はCクラスになった集団が、どんちゃん騒ぎしている。

 俺たちは少し離れた場所で席を取り、静かに過ごしていた。

 

「うーん。嬉しいのはわかるが、もう少し静かにならないものか?」

「ごめんね~……みんな、試験の結果に浮かれちゃったみたいで」

 

 営業スマイルを浮かべる桔梗ちゃん。今は演技中なので、俺も普段のような絡み方は控える。

 俺のせいでボロが出てしまうような事態は、絶対に避けなければならない。

 

「気持ちは理解できます。彼らも、まさかこんなに早くDクラスを脱出できるとは思っていなかったでしょう」

「本当にね。茶柱先生も、過去に例のないことだって言ってた」

「しかも、スタート地点は0ポイントです。3ヶ月少々で462ポイントまで戻したとあれば、その喜びは計り知れないものでしょう。私も騒々しい環境は好みませんが、彼らは素晴らしい成果を挙げたのですから、今回は仕方ないと思います」

 

 有栖ちゃんは少し大きな声で、新Cクラスを称賛する言葉を発した。

 まぁ、確かにすごい結果ではある。俺も我慢することにしよう。

 誰がすごいかと聞かれたら、清隆がすごいとしか言えないが。

 

 軽井沢を中心として、大声をあげながら飲食する生徒たち。

 俺たちと同様に、その輪に入らないまま過ごす女子を見つけた。

 

 堀北鈴音。

 彼女がこちらをじっと見ているのを、俺は遅れて気づいた。

 ずんずんと歩み寄ってくる堀北。来るなとも言えず、俺は身を硬直させる。

 

「堀北さん、どうしたの?」

 

 桔梗ちゃんは微笑みを崩さないまま、堀北に牽制を入れる。

 それを受けた堀北は、鋭い視線で応じる。

 ……ここで、直接対決になるのか。

 

「櫛田さん、あなたは誰とでも分け隔てなく接する。私はそう思っていたのだけれど、彼らは特別なのかしら?」

「どういうことかな?」

「言葉通りの意味よ。そこの二人が、あなたにとって例外的な存在だという事実が気になっただけ。扱いが違うという点では、私も似たようなものかもしれないわね」

「……堀北さんとこの二人は、全然違うよ」

「もちろん、分かっているわ。だってあなたは……あなたの過去を知っている私を、退学させたいと思っているのでしょう?」

 

 その言葉を聞いて、桔梗ちゃんの顔から笑みが消える。

 せっかく忘れかけていた過去を、わざわざ引っ張り出してきた。

 今まで安定していたのに、台無しにしてくれたな。

 俺は感情を表に出さないようにしつつも、内心では堀北に対して強く憤っていた。

 

「絶対ここで話す内容じゃないよね。前から思ってたけど、もう少し常識を考えたら?」

 

 桔梗ちゃんは立ち上がり、クラスの集団へ飛び込んでいく。

 手を振って注目を集め、大きな声でこう言った。

 

『みんな〜、ごめん。ちょっと体調が悪くって……少し休んできてもいいかな?』

 

 両手を合わせてお願いする姿に、クラスの生徒たちは少し心配そうな顔をした。

 堀北め、何を考えている?

 これから話す内容にもよるが、場合によっては……お前は、俺の敵だ。

 

 

 

 俺たちはレストランを出て、人気のない場所へやって来た。

 本来は、船舶関係者以外立ち入り禁止の業務用エリア。無数の分電盤が並ぶこの部屋は、今のタイミングではまず誰も来ないと言っていい。

 

「櫛田さんと私は同じ中学だった。そこまでは、いいでしょう?」

「聞くまでもないよね?」

「……中学の頃も、私は友達がいなかった。あなたが何をしでかしたのか、わからない部分の方が多い」

「ふ〜ん、そうなんだ。堀北さんが嘘をついている可能性も、否定できないけどね」

「そればかりは、信じてもらうほかないわね」

 

 中学時代のエピソードは、俺と有栖ちゃんはとっくの昔に聞いている。

 俺にとっては、今さら掘り返すことでもない。ただ、そういうことがあったというだけの話。

 それによって何か変わるわけでもないし、有り体に言えばどうでもいい。

 過去に何があったとか関係ない。今の桔梗ちゃんが好きなのだから。

 

 そして、問題はこの話をつついてきた堀北だ。

 こいつは桔梗ちゃんをどうしたいんだ?

 

 もし桔梗ちゃんを貶めたりするような狙いがあるのなら、俺は許さない。

 有栖ちゃんと一緒に、全力をもってお前を叩き潰してやる。

 あえて一切の言葉を発しないようにしていたが、俺の心はすでに熱くなっていた。

 

「堀北さん。一つだけ勘違いしているみたいだから、訂正しておくね。私、今のあなたにあんまり興味がないの。退学させたかったのは事実だけど、もうそこまで拘ってないかも」

「それは、どういうこと?」

「正直、哀れな人としか思えない。お高く止まっていい気になってたら、いつの間にかクラスが結果を残し始めて、一人だけ置いてきぼり。そんな人に、わざわざ貴重な時間を使って退学させようとする価値も無い。それに、今の堀北さんが秘密を晒し上げたところで、誰も相手にしないよ」

「……言ってくれるわね」

 

 別に、もうバレたっていいし……と桔梗ちゃんは小さく付け加える。

 そもそも、堀北はなぜ絡んできたのだろうか?

 単純な疑問が消えない。現状、ただ喧嘩を売りにきたようにしか見えないが……

 さすがにそこまで頭の悪い奴ではないはずだ。

 

「堀北さんがいなくたって、このクラスは勝てる。みんなそう思ってるんじゃないかな」

「それはわからないわ。一つ聞かせてほしいのだけれど、櫛田さんは軽井沢さんについてどう思ってるのかしら?」

「別に何も。綾小路くんとは仲良さそうだなぁってぐらい」

「今後彼女の言いなりになっていくことに対して、何も感じないの?」

「だから何もないって。まさか、堀北さんはそれで話しかけてきたの?」

 

 なるほど、そういうことか。意外すぎて全く読めなかった。

 堀北は、桔梗ちゃんと手を組みたがっているんだ。だったら挑発的なことを言うなよと思うが、コミュニケーション能力が低いこいつのことだから、接し方がわからないのかもしれない。

 

 事情を理解した途端に、身体の力が抜けた。まさに拍子抜けだ。

 それなら、最初からストレートにそう言えばいいのに。意図が分かりづらいんだよ……

 シリアスな感情は霧散して、わりとどうでもよくなってきた。

 まぁ、桔梗ちゃんに害がなさそうならいいよ。つーか、さっきまでの俺の思考を返せ。

 

「櫛田さんは、彼女の支配下でAクラスを目指せると思う?」

「さあね、わかんない。私は元から、Aクラスなんてどうでもいいし」

「……そう。私は、無理だと思っているわ」

 

 軽井沢を良く思っていないことを、隠そうともしない。

 こんな態度では、集団に溶け込むなど到底不可能だと言わざるを得ない。

 きっと、なぜあんな能力の低い人が?なんて思ってるんだろうなぁ。

 

 確かに軽井沢はバカだが、今の堀北よりはよっぽどリーダーに向いていると思う。

 それに何より、彼女の支配下でAクラスを目指せるかはわからないが、彼女の隣にいる男の支配下でAクラスを目指すのは簡単だ。目指してるのかは知らんけど。

 

 そういえば、堀北は清隆の実力をどこまで把握しているのだろうか?

 最近は、ほとんど会話しているシーンを見たことがないが……

 この様子を見る限り、あまり深いところまではわかってなさそうだ。

 

 堀北はそれ以上何も言わず、引き返していった。

 おそらく、まだ諦めてはいない。

 

「二人とも、ごめん。変なことに付き合わせて」

「桔梗さんが気にする必要はありません。しかし、堀北さんはかなり追い込まれているようですね。私としても、この行動は予想外でした」

 

 桔梗ちゃんは愛おしそうに、有栖ちゃんを抱きしめる。

 きっと、この子は……この関係さえ守ることができれば、それでいいのだろう。

 堀北の後ろ姿が、少し寂しそうに見えた。




 少し大きな声がポイントだったり。
 近くで見てる人に聞こえるように、ということです。
 気持ちは理解できるとか素晴らしいとか、一ミリも思ってません。

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