桔梗ちゃんを連れて、俺たちは客室へ戻った。
入ってすぐに、有栖ちゃんがこちらを向いて話し始めた。
「晴翔くん。私から、一つお願いがあります。聞いていただけますか?」
「どうした?」
「今から一時間程度、私と桔梗さんを二人きりにしてほしいのです」
これは驚いた。二人だけで何かを話したい、ということか。
真剣な顔をしている。有栖ちゃんのお願いを断る理由もないため、俺は首を縦に振った。
「ちょっと寂しいが、一時間ぐらいなら大丈夫だ」
「ありがとうございます。私も晴翔くんと離れるのは、非常に辛いのですが……今からお話しする内容は、おそらく桔梗さんの人生を左右するものです」
そこまで言われて、拒否できるわけがなかろう。
人生を賭けた話って、重すぎるぞ。そりゃあ、第三者が盗み聞きするのはダメだよな。
「じゃあ、終わったらメッセージでも寄越してくれ」
俺は携帯をポケットにしまい、立ち上がる。今から何しようかな?
有栖ちゃんは深く頷いた後、視線を桔梗ちゃんに向けた。
「桔梗さん。あなたは本当に、私と『あの話』をする意味を理解されていますか?」
冷たくそう言った。
……いや、違う。冷たく見せかけているだけだ。
有栖ちゃんは、試しているのかもしれない。
「もちろん。それだけじゃなくて、二人きりで話す意味も理解してるよ。さっき堀北と話して、有栖ちゃんと一緒にいたいって気持ちがもっと強くなった。私の心は……あなたに会えたその日から、ずっと決まってる。今さら迷いはないよ」
「ふふ、わかりました。ならば、私もその気持ちに応えましょう」
二人の会話内容は、断片的にしか理解することができなかった。
男子禁制の、ガールズトークってやつだろうか?
俺は呑気に構えたまま、部屋の外へ出た。
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船内は、どこも多くの生徒たちでにぎわっている。
みんな楽しそうなのだが、人によってそのレベルが違うように見える。
今回の試験は、はっきりと勝ち負けが分かれる結果であった。
勝ったクラスと負けたクラスのメンバーでは、遊ぶテンションも違うということだろうか。
しかし、俺の所属するBクラスはどうかというと、一部の生徒を除いてみんな大はしゃぎ。
あまりにも悪い結果が続きすぎて、本当にどうでもよくなってしまったのかもしれない。
「あれ、晴翔くん。今日は一人なの?」
デッキを適当にぶらついていたところ、後ろから声をかけられた。
振り向くと、そこには帆波さんがいた。5人の取り巻きが、護衛としてついている。
最初はどこの王様だよとツッコミそうになったが、すぐにその意図を理解した。
帆波さんは、いろんな意味で目立ちすぎている。あまりにも強いAクラスの長として、本人の知らないところで恨みを買っている可能性も高い。
クラスの中で、この人が一人で出歩くのは危険であると判断されたのだろう。
……こんな様子では、今までみたいに三人で会うのも難しくなりそうだ。
周囲からは守られるかもしれないが、内側から壊れたりしないか心配である。
「おーい、晴翔くん?」
「あぁ、ごめん。一人といっても、一時間やそこらの話だけどな」
おっと、つい考えることに耽ってしまった。
声が聞こえなかったと思ったのか、帆波さんは少し声量を上げて話し始めた。
こうは言ったものの、その一時間が結構しんどい。
無人島にいたときもそうだったが、有栖ちゃんが隣にくっついていないシチュエーションは、全く落ち着かない。あるはずのものがない感覚は、慣れろという方が無理というもの。
やっぱり俺には、有栖ちゃんがいないとダメだ。
このように一人で動く機会を与えられると、その事実を再確認できる。
俺が勝手に納得していると、いくつかの人影が近づいてきた。
「くく、大物揃いじゃねえか」
一人の男が、話に横槍を入れてきた。龍園だ。
これまた、ぞろぞろと手下を連れてやって来た。ヤクザの抗争かな?
龍園は一度俺と目を合わせた後、ギロリと帆波さんを睨みつける。
帆波さんもそれに萎縮することなく、睨み返した。
「一之瀬。いずれテメェとは決着をつける必要がある。坂柳の手のひらで転がされるのは癪だが……首を洗って待っていろ」
その言葉に、周囲の生徒たちがざわめき立つ。
「ふーん。有栖ちゃんと面識があるんだ?」
「答える義務はねぇな。しかし、Aクラスの連中はどいつもこいつもイカれた信者ばかりだ。一之瀬のためにとか、一之瀬が言うならとか、虫酸が走るようなことばかり言ってやがる。今後のために、どうやったか教えてくれよ?」
龍園は煽るように、帆波さんに迫った。当然、本気で聞くつもりなどないだろう。
この男は敵を観察する技術が高い。帆波さんがこういう挑発にどういう反応をするか、うっかり口を滑らせたりしたりしないか、ずっと見ている。
どんなに小さな弱点でも利用してやろうという、強い執念を持っている。
周囲の人間には粗暴な印象を与えるが、その内面はかなりの努力家なのだ。そうでなければ、無人島で一人サバイバルなどできるわけがない。
「それこそ、答える義務がないんじゃないかな?」
「そうか、まあいい。その支配力は認めてやろう……俺がこれで終わると思うな。何度負けようが、最後に立っている奴が勝者だ」
「……そっか、わかった」
「まずは失った地位を取り戻す。テメェらを潰すのは、それからだ」
そう言い残し、去っていった。
うーん、やっぱお前は格好いい奴だな。
帆波さんたちと別れた後も、特に目的を定めずぶらぶらしていた。
本当に、何をしていいかわからない。有栖ちゃんがいないと退屈でしょうがない。
そんな中、近くに清隆の姿が見えたので、声をかけることにした。
「よう、調子はどうだ?」
「晴翔か。まぁ、ぼちぼちといったところか」
「なるほど。ところで、軽井沢とはうまく行っているのか?」
「実は、さっきクラスの連中に関係を公表した。だから、今後は隠す必要もないし、オレもそれを念頭に置いた振る舞いをするつもりだ。晴翔には今まで気を遣わせていたようで、すまなかった」
ペコリと頭を下げる清隆。気づかれていたのか……
しかし、軽井沢との恋仲を公開するタイミングを、ここに持ってくるとは思わなかった。
少し早すぎるような気もするが、メリットデメリットを検討した上でのことだろう。
それはなぜだろうかと、少し考察してみることにする。
付き合っていることが知れ渡ると、どうなる?
「……今後、クラスに対する干渉を強めるのか」
「察しがいいな。概ねその通りだ。もっとも、全てをあいつの功績として積み上げていく方針を変えるつもりはない。あくまでも、オレが今後サポートするような行動を取ったとき、周囲に不自然と思われないようにするための措置だ」
ポロっと吐いた言葉に対して、普通に答えてくれた。なんだか、少し嬉しそうだ。
最近の清隆は、以前よりも饒舌になったような気がする。前に二人で話した時もそうだったが、今のように俺が何か意見を言うと、事細かに説明してくれるのだ。
その理由はよくわかっていない。俺の発想を参考にしてくれているのかもしれないし、単純に彼なりに友達としての会話を楽しんでいるのかもしれない。
お互いの話が途切れた直後、清隆は何か思いついたような顔をした。
「今から、ちょっとしたイベントが起きる。晴翔も来るか?」
楽しそうな話に、俺を誘ってくれた。いい友人を持ったと感謝する。
このタイミングで、願ってもない申し出だ。そういうのが欲しかった。
何が起きるかはわからないが、暇つぶしにはもってこいだろう。
俺は、その誘いを二つ返事で受けた。