よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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第30話

 清隆が俺を案内した場所は、さっき堀北と会話した部屋だった。

 近づくと、人の話し声が聞こえる。俺と清隆はアイコンタクトを取り、携帯の電源を切った。

 ……誰も来ないと思っていたが、少しタイミングが悪ければ鉢合わせていた可能性もあるのか。

 俺たちも堀北も、結構危ない橋を渡っていたことを知った。

 

 ここへ来るのにあたって、清隆から一つ依頼された。

 内容は単純なもので、合図と同時に部屋の中へ乱入してほしいというもの。

 清隆が先に入って、しばらくの間は俺が身を隠す展開になるようだ。おそらく、部屋の中で何かしらのやり取りをした後に、それを部外者である俺が「発見」した構図を作り上げたいのだろう。

 ただ見ているだけでなく、参加型のイベントということだ。これはワクワクする。

 

 

 

 部屋の前に到着した。

 扉が開いた状態になっているので、見つからないよう細心の注意を払う必要がある。

 

『今なら、土下座したら許してあげてもいいけど?』

 

 女の声が耳に入った。侮蔑的な感情がたっぷり込められた、不愉快なものである。

 その他にも、何人かのヒソヒソ声が聞こえた。いずれも女性のものだ。

 

『そんなこと、するわけないでしょ……』

 

 一番大きい声は、元Cクラスの真鍋志保のものであるとわかった。 

 涙声で抵抗しているのは、軽井沢だろうか。

 この瞬間、大方の事情を把握できた。今からここで、集団暴行が始まる。

 

 そして、このイベントを仕組んだのは間違いなく清隆である。

 簡単に言うと、俺はこの出来事の一部始終を見る権利をもらったというわけだ。

 話はすでにクライマックスというか、暴力をふるう直前の段階である。

 俺と清隆は外側の壁にもたれかかって、聞き耳を立てる。

 

『いたっ、痛い!離しなさいよ!』

 

 音でしか判断できないが、真鍋は軽井沢の髪を引っ張ったのだろう。

 大きな悲鳴が、俺の耳をつんざく。たまらず清隆の顔を見た。

 

(まだ早い)

 

 清隆は言葉を発さず、口の動きでそう伝えてきた。

 全て想定内だと言わんばかりの、余裕のある顔だった。

 

 少し間をおいてから、叩いたような音が聞こえた。それに続いて、軽井沢の泣き声。

 殴られたか、もしくは蹴られたか。リンチが始まったようだ。

 

『志保、今の膝蹴りはやりすぎじゃない?アハハ』

 

 エスカレートしていく暴力も、清隆を動かす材料にはならない。

 目を瞑ったまま、無表情でその場に立ち続けている。

 

『あんたみたいな女は、死ねばいいのよ!』

 

 パチンと平手で引っぱたいた音。女たちの歓声と軽井沢の嗚咽が響き渡る。突き飛ばされて、何かにぶつかったような音も聞こえる。その姿は見えないが、すでに満身創痍だろう。

 ……そろそろいいんじゃないか。いくら他人とはいえ、不憫になってきた。

 そして、ついに眠れる獅子を起こす言葉が出た。

 

『清隆、助けて……』

 

 その発言を受けて、清隆は目を開けた。一度俺に目配せをしてから部屋の中へと入っていく。

 突然の侵入者に、中にいた集団の動きが止まる。視線がこちらの方向へ集まることを察知して、俺は慌てて息を潜める。もし見つかったら台無しだ。

 ピッ、と電子音が鳴る。何かの機器を操作したのか?

 

『……さて、どうしたものか』

 

 直後、今までとは比べ物にならないほど重い打撃音がした。

 

『ぐっ、が……』

『今の蹴りは、ギリギリ肋骨が折れない強さに調整した。あまり抵抗すると、折るぞ?』

 

 どうやら、真鍋を蹴り飛ばしたらしい。

 息ができなくなったのか、何も言うことができないようだ。

 

 清隆が話し終えた後、さらに何回か音がした。今度は殴ったか?全く容赦がない。

 軽井沢とは違って、あまり大きな悲鳴は聞こえなかった。

 

 しばらく清隆による暴行が続いた後、急にシーンと静まり返った。

 真鍋たち全員が一時的に呼吸困難となり、誰も話せる人間がいなくなったからだ。

 

『女にここまでやって、ただで済むと』

 

 数秒間の沈黙の後、少しだけ回復した真鍋が泣きながらそう言った。

 清隆は返答しないまま、さらにもう一発。まるで単純作業を行っているかのように、無機質な暴力を加えていく。

 

 俺は物音を立てないよう慎重に、体勢を変える。

 一度うつ伏せの姿勢を取ってから、首を動かしてゆっくりと部屋の入り口から顔を出した。

 中には清隆と軽井沢、それとボロボロになって倒れ伏す女子たちの姿が見えた。

 

『そう思うなら、龍園にでも訴えればいい。ただで済まないのは、どちらだろうな?』

『そ、そんな……』

 

 全員をねじ伏せた後、龍園の存在をチラつかせた。そして、清隆は無表情で真鍋の背中を踏みつけた。動けなくなった彼女たちに、さらなる追い討ちをかけるようだ。

 恐ろしい。この男は、抵抗する気が失せるまで延々と甚振り続ける気だ。

 ドキドキが止まらない心臓を押さえながら、俺は黙ってその光景を見ていた。

 

 

 

 数分間にわたる残虐ショーは、真鍋の完全降伏によって終止符が打たれた。

 

『ごめんなさい。私たちが、悪かったです。だからもうやめて……』

『恵に今後一切手を出さないと、約束するか?』

『はい、もうこんなことはしません』

 

 かすれた声で、真鍋が謝った。取り巻きたちもそれに合わせて、謝罪の言葉を述べる。

 リカという生徒だけは少し手心が加えられたのか、スムーズに言葉を発していた。

 

 ここで清隆が俺の方を向いて、手首をクイっと動かした。

 多分、入って来いということだろう。俺はあらかじめ考えておいたセリフを思い起こす。

 

「おい、お前ら何やってんだ。ここは立ち入り禁止って書いてあっただろ。今から真嶋先生を呼んでくるから、そこで待ってろよ」

 

 なるべく大きな声でそう言うと、真鍋たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 その表情は、悪いことをしたというよりも、助かったという感じに見えた。

 

 軽井沢は一目でわかるぐらいボロボロだ。

 髪は乱れ、身体にはいくつもの傷があり、平手打ちされた顔は赤く腫れている。

 しかし彼女は、笑っていた。どこか晴れやかさを感じる表情だった。

 

「清隆、ほんっとにありがとう」

「恋人なんだから、当然だ」

「嬉しい。あたしはもう、清隆から離れられなくなっちゃった」

 

 そう言って、お互い抱きしめ合う。

 もはや、俺は彼女の視界に入っていないらしい。

 

 そんな二人を見ながら、いろいろと考えた。

 軽井沢の清隆に対する愛情は、以前からかなり深いものであった。今さら、ヒーローのような行動を見せて好感度を高める必要はないと思う。

 今回の目的は違うところにある。清隆がいない状況に対して、大きな不安を持たせること。

 一度心を折ってから、手を差し伸べる。自分がいないと生きていけない状態にする。

 そうすれば、軽井沢はこれまで以上に清隆の思い通り動くようになるだろう。

 彼女が今一番恐れているのは……捨てられることだ。

 

「これからずっと、一生そばにいてくれる?」

「お前がオレを必要とする限りは、そばにいるさ」

「ありがとう、大好きだよ。あたしは……清隆がいないと生きられない、弱い生き物なの。もし見捨てられたら、きっと死んじゃうと思う」

 

 同じような言葉を、どこかで聞いたことがある気がした。

 そう、あれは……

 

「そこの晴翔も、オレと一緒に来てくれたんだ」

「あっ、そうなんだ」

 

 二人から急に話を振られて、思考が止まる。なるほど、そういうことにしておくのか。

 

「別に、俺は何もしてないぞ」

「それでも、晴翔があたしを気にしてくれたのは変わらない。ありがと!」

 

 名前で呼ばれた。いつの間にか、こいつの中では友達判定になったのか。

 じゃあ俺は何と呼べばいいのだろう。うーん。

 

「恵ちゃん?」

「なに?」

 

 呼んでみてしっくりきた。なんか、呼び捨ては違う気がした。

 そこは清隆との聖域というか……

 

「……だが、身体を張ってお前を助けたのは清隆だ。良い彼氏を持ったな」

「ふふ〜、そうでしょ?」

 

 自慢げに笑うその姿は、いつもの彼女と変わらなかった。

 清隆が隣にいれば、精神的にも余裕ができるらしい。

 

 携帯の電源を入れ直すと、有栖ちゃんからのメッセージが来ていた。

 約一時間、良い感じに時間を使えたようだ。

 

「さて、そろそろ戻るか?」

「そうだな。あまり長居して、本当に教師に来られても困る」

「違いない」

 

 俺たちはゆっくりとその場を去った。

 

 ……そして、もう一つ。

 俺は清隆のポケットに、小型のICレコーダーがしまわれているのを見逃さなかった。これは、ここに到着した時点では持っていなかったものだ。部屋のどこかに、あらかじめ仕掛けていたと見て間違いない。電子機器が並ぶラックの裏側、分電盤の内部……隠せそうな場所はいくらでもある。

 恵ちゃんと真鍋たちのやり取りは、最初から全て録音されていたのである。

 あの時のピッという音は、清隆がレコーダーを停止した際のものだったというわけだ。

 

 彼女を依存させるというメインの目的もさることながら、今後役立つであろう「ネタ」を獲得することも忘れない。

 それが俺の友人、綾小路清隆という男なのだ。

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