よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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 お待たせしました。
 船は次ぐらいで最後になります。



第32話

 

 早朝に目覚めてしまいました。

 彼を起こさないよう注意を払いながら、私は体勢を変えます。

 

 彼には、できるだけ多く睡眠をとってもらうことにしています。

 幼少の頃から、彼は私の世話をするため毎日のように早起きしていました。子供は大人より長い睡眠が必要なのですが、それを我慢してまで私を優先していたのです。

 中学時代に至っては朝五時に起きていたようですが、当時の私は気にも留めていませんでした。彼が無理をして、倒れたら困るのは私なのですが……今さらながら、己の浅慮に腹が立ちます。

 その贖罪というのは少し違うかもしれませんが、やはり負担を強いるようなことはできません。

 

 彼には私を抱き枕のようにして寝る癖があるので、いつも身体は痛いです。

 しかし、この痛みも彼に与えられていると思えば悪くないものです。

 

 すでに頭が冴えてしまっていて、二度寝は出来そうにありません。

 彼が起きるまで、私は昨日の件を整理することにしました。

 

 

 

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 彼が私を異性として見ていないことは、とうの昔に気づいていました。

 誤算だったのは、それが一時的なものではなく、変えることが難しいという点です。

 正直なところ、少しアプローチの仕方を変えれば変化するのではないか……と、甘い考えを持っていました。ですが、話はそんなに簡単ではありません。

 私たちの近すぎる関係が、異性としての意識を阻害しているのです。

 しかし、私が彼と適度な距離を取るなどということは、まったくもって無理な話です。

 

 昨日あえて言わなかったことが、一つあります。

 彼は最初から、私を家族のように思っていたのだろうということです。

 一人っ子の彼には存在しない、「妹」の代わりとして扱われたのが私と彼の原点なのです。

 こう考えると、全てにおいて辻褄が合います。私の冷たい態度に耐えたことも、その一つです。妹に冷たくあしらわれる兄など、どこにでも見られるものですから。

 ……そして、こんな単純なことに最近まで気づかなかった時点で、彼には絶対に勝てないのです。今思うと、私は彼と出会った瞬間にはこうなる運命にあったのかもしれません。

 

 私は一生彼のために動きます。また、彼も私のことを第一に考えてくれると思います。

 この関係は大変心地良いものなのですが、一つ大きな問題があります。

 私の夢をかなえるためには、私を女性として扱ってもらう必要があるのです。

 このままでは、それを達成することができません。

 決して急ぐ必要はありませんが、必ず解決しなければならないのです。

 

 遠ざけるのではなく、むしろもっともっと近づいていけば……

 

(……いつかは、もらってくださいね?)

 

 彼の身体に触れながら、私は将来に思いを馳せました。

 

 

 

 櫛田桔梗さんは、私の愛するペットです。

 私が彼女を欲しくなった理由は、彼とは関係ないものです。

 もちろん、彼がこの学校を楽しむ上でのスパイスになればいいとは思いますが、それは副次的なものにすぎません。

 

 彼女はとにかく承認欲求が強く、褒められるためならどんな苦痛でも乗り越えようとします。

 入学直後に初めて彼女と会った時、その姿がとても愛くるしく映りました。

 私が彼女の一番となった時、どのような顔を見せてくれるのでしょうか?

 そう思ったのが、全ての始まりでした。

 

 彼女が中学時代に残した「実績」はなかなか素晴らしいものです。

 私は集団を統率することができないので、彼女や帆波さんのような才能は味方に引き入れておいて損はありません。きっと、今後も良い働きをしてくれると思います。

 

 それだけなら、よかったのですが……

 彼女は彼にわかりやすい好意を抱き、彼もまたそれを受け入れています。

 本人は自覚していないかもしれませんが、間違いなく恋といっていいものでしょう。

 

 私と比べて圧倒的に浅い関係の二人が、ああいった雰囲気を醸し出す。 

 恥ずかしながら、ここ最近はその光景に少しイライラすることもありました。

 

 今の私には引き出せない感情を、彼から引き出してしまう。

 そんな彼女に感心しつつも、嫉妬していました。

 逆に言えば、そこで引き離そうとは思わないぐらい私も彼女のことが好きなのです。もっとも、そのような行為は彼が絶対に望まないので、考えるまでもありませんが。

 

 私が行動を起こすきっかけは、単純なものでした。

 ふとした時に、最悪のパターンが頭に浮かんでしまったのです。

 

 彼ら二人が夫婦になって、私が不要になる。

 

 身の毛のよだつほど、恐ろしい未来です。

 そんなことはありえない。何があっても、彼が私を捨てるわけがない。わかっているのですが、その可能性がゼロで無い限り、どんどん悪い方向へ想像が膨らんでいきます。

 どうしようもなく彼に依存した精神は、簡単にコントロールできるものではありません。

 

 また、彼女が異性としての好意を自覚する瞬間は、遅かれ早かれやってきます。

 それは日々の態度や表情を観察することで、簡単に理解することができました。

 

 ……回避不可能ならば、私が介入して可能な限り制御する方が良い。そう考えたのです。

 捨てられなければ、それで十分です。最終的に彼の隣という場所さえ奪われなければ、他は全て捨ててしまってもいいのです。彼が彼女を好意的に思っている以上、仕方ありません。

 

 私の手で彼女に恋心を自覚させるという方法を思いついたのと同時に、彼女は私という人間の根本を理解し始めました。これは、完全に私の想像を超える出来事です。

 昨日二人で話した際には、心からの尊敬を込めてその鋭さを褒め称えました。

 あの時の嬉しそうな表情を見て、彼女ならこのやり方で進めても大丈夫だと確信しました。

 

 私の目的は二つあります。

 

 一つ目は、彼女を私たち二人から離れられないほど依存させること。

 今まで以上に、私は彼女に優しく接するつもりです。ペットを愛でるような感覚で、彼女の全てを受け入れ続けます。それはきっと、甘い毒のようなものです。

 他者を依存させる上で「優しさ」がどれほど効果的であるか、私はよく知っています。

 

 二つ目は、彼と私の結びつきを理解させること。

 無人島試験の際、真澄さんとの二日間を過ごして一つわかったことがありました。

 彼の私に対するサポート。これは誰にも真似できるものではありません。しかし、その作業の一部……ルーチンワークについては、ある程度模倣することができるようです。

 

 それを可能にするのが、『有栖ちゃんメモ』という恥ずかしい名前のついた一冊です。この中には、彼が日々行っている作業の手順が事細かに記されています。

 彼は自分の作業をマニュアル化して、他人を教育することもできるのです。

 本当に、私のサポートという一点においては恐ろしいまでの天才です。

 彼のようになるとは思っていません。彼女の中で、少しでも私という存在が大きくなれば……そんな淡い期待を込めて、これを託しました。

 私の弱点を渡しているようなものですから、心理的抵抗が無かったと言えば噓になります。

 しかし、彼がいなければ生きていけないということを理解していただくためには必要な行動です。いずれ通る道ならば、早く通過しておいたほうが良いでしょう。

 ……ここまで弱い部分を見せたのですから、もう逃がしませんよ?

 

 問題の彼ですが、今現在でも彼女を過剰なほど甘やかしています。彼女にとって最も嬉しい言葉をかけてみたり、ちょっとした気遣いをしてみたり、自分が味方であることをアピールしてみたり……やはり、こうして考えてみるとかなり妬ましいですね。

 

 これらをまとめると、言いたいことは一つです。

 

(桔梗さんばかり、ずるいです)

 

 結局のところ、私はやきもちを焼いているのです。

 彼が私には見せない一面を、彼女に見せているという事実が気に入らないのです。

 だから家族などという言葉を使って、自分と同じ扱いになるよう仕向けることにしました。

 

 ……私は結構、子供っぽいのかもしれませんね。

 

 

 

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「おはよう、有栖ちゃん」

「おはようございます」

 

 朝十時過ぎに、彼は目覚めました。

 

「……今日も可愛いね」

「ありがとうございます」

 

 自分の容姿がどれぐらい優れているかはわかりませんが、毎日こうやって褒められるのは嬉しいものです。しかし、その言葉に乗っている感情は、恋人に対するものというよりも……妹や娘、という表現が近いような気がします。

 

 家族としてはもちろん、私はあなたのことが男性としても好きなのです。

 いつわかってくれるのでしょうか。先が思いやられます。

 

「よし、準備しちゃおうか」

 

 彼は立ち上がり、毎朝のルーチンワークに取り掛かります。

 

(贅沢な悩み、かもしれませんね)

 

 このぎこちない恋人関係も、幸せなことに変わりはありません。

 それに満足せず、さらなる深い関係へ進もうとするのは貪欲なのかもしれません。

 ですが、私は……一生をかけて、一つの夢をかなえると決めたのです。 

 その意志は、彼にも桔梗さんにも曲げることはできません。

 

 私にとってこれは最後の望みであり、命を懸ける価値がある唯一のイベントなのです。

 桔梗さんには、いずれそのお手伝いをしてもらいたいとも考えています。

 全てはたった一つの目的のため、今後も私は動き続けなければなりません。

 

 小さくため息をついてから、ゆっくりと身体を起こしました。




 二人きりでいたいのなら、余計な駒など持つべきではありませんでした。
 最大の誤算は、この男が彼女にも好意を持ってしまったことです。
 でも、捨てられるよりは何倍もマシなので妥協案に切り替えられたという話です。

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