よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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第33話

 試験最終日。

 とっくに終わっているのでそんな感じはしないが、一応最終日だ。

 この船にもいい加減飽きてきたし、今は早く帰りたいという思いが強い。

 

 俺たちはレストランの隅の席を取って、退屈な時間を潰していた。

 お昼はとっくに過ぎているからか、店内はガラガラで過ごしやすい。

 少し離れた席に清隆たちの姿が見えたが、二人きりの世界に浸っているようだ。

 空気を読んで、声をかけるのは自重することにした。

 

「恵ちゃん、幸せそうだな」

「そうですね。彼女からあれほど良い笑顔を引き出せるのは、清隆くんしかいないでしょう」

 

 ニコニコと笑う姿からは、可愛いという印象を強く受ける。

 あれが普通になれば、モテるだろうなぁ……もう、清隆のことしか見えていないだろうけど。

 清隆も、今後はクラスの男子から嫉妬されることになりそうだ。

 

 ふいに思い出した。清隆のことが好きなのは、恵ちゃんだけではないということ。

 佐倉愛里。彼女は大丈夫なのだろうか?

 嫉妬に狂うというタイプではないから、どこかでめそめそ泣いているのかもしれない。

 ……誰も悪くないとはいえ、気づいてしまうと可哀想に思えてくる。

 だが、佐倉のことは清隆も想定しているはずだし、俺がどうこうする問題ではない。

 恵ちゃんの教育の一環として、その感情を利用する可能性すらある。 

 清隆がそういう男であることは、とっくに理解している。だからこそ強いのだ。

 

 腹が減っていたので、ステーキセットを注文した。

 それなりに美味い肉を噛み締めながら、俺は二人の様子を眺めていた。

 

 

 

 神室さんがやって来たのは、200グラムの肉を食べ終えた直後のことだった。

 彼女は微妙にむっとした顔で、対面の座席に座った。

 

「あんたたちって、本当にクラスに興味が無いんだ……」

「まぁ、そうだな」

 

 無関心なのは入学してからずっとのことだし、何を今さらという話ではある。

 俺たちが独自に行動している間、葛城派の連中はいろいろ頑張っていたらしい。

 ……まぁ、それも有栖ちゃんと清隆が一瞬で全部無駄にしちゃったんだけど。

 戸塚との一件があってから、俺はより一層あいつらのことがどうでもよくなっていた。

 

「葛城がリーダーを降りたがってる話、聞いてない?」

「何それ、今知ったわ」

 

 初耳だったが、不自然とは思わない。

 自分が不振の責任を取るしかないと考えるのは、葛城の性格上当然であると言える。

 そして、降りたがっているということは、まだ辞めさせてもらえないということだ。

 それもなんとなく理解できる。あいつが責任を取ったところで、代役なんていないのだから。

 戸塚を筆頭に、たった数人であっても熱心なシンパがいれば、彼の政権は続くだろう。

 沈むとわかっていても、降りられない泥船。クラスとしてはもう詰んでしまっている状況だ。

 

 つれない俺たちの反応を見て、神室さんは大きなため息をつく。

 店員を呼んでオレンジジュースを注文してから、再び俺の方へ向き直った。

 

「ところで、あんたは私をどうしたいわけ?」

「……ん?」

「あんな酷い脅しをかけておいて、命令してきたことと言ったら有栖のお世話だけ。何もなさすぎて、逆に気持ち悪いのよ。他になんかないの?」

 

 急に話を変えてきたが、そう言われても困る。

 あそこで万引きネタという切り札を切ったのは、有栖ちゃんを孤独にしないため。それ以上でもそれ以下でもない。無事に目的を達成した以上、もはや彼女を縛る理由はどこにもない。

 だが、命令と聞いていいことを思いついた。

 

「そこまで言うなら、一つ命令させてもらおう」

「……何よ、急に改まって」

「これからは、真澄さんって呼ばせてよ」

 

 俺はずっと、真澄さんって呼んでみたかった。

 そう思って言ったのだが、彼女はジトっとした目で俺を睨みつけてきた。

 口をとがらせて、納得がいかない様子だ。

 

「今の結構気持ち悪い。自覚ある?」

「えっ、そうか。ごめん」

 

 どうも不快感を与えていたらしい。ストレートに苦言を呈されてしまった。

 言われてみると、確かにキモいかもしれない。俺はちょっと反省した。

 

「……あぁ、もう。わかった。私も晴翔って呼ぶから、好きにして」

 

 やや落ち込んだ俺を見て、すぐに真澄さんは許してくれた。

 嬉しい。やっぱり、真澄さんというのがしっくりくる。

 

「ありがとう、真澄さん」

「私が悪いみたいになるのも嫌だし、それが命令だって言うなら仕方ないじゃない」

 

 そっぽを向きつつも、少し照れている。可愛い。

 なんだかんだ言っても、この子は優しいところを隠しきれない。

 

 こんないい子を縛り付けるのは、俺の本意ではない。

 彼女の万引き行為は決して褒められたものではないし、必ずいつかはバレてしまうことだ。しかし、俺にこうやって脅しのネタにされた以上、もう一度やろうとはなかなか思わないはず。窃盗の再犯率は高いと聞くが……そこは彼女を信じたい。

 もう、いいだろう。ここらで解放しよう。

 

「ねぇ、真澄さん」

「認められたからって、ここぞとばかりに連呼しないでよ……何?」

「俺が真澄さんの行動を撮ってたって話、実は全部嘘なんだよね」

「……はぁ!?」

 

 レストラン中に響き渡る声で、真澄さんは驚く。

 周囲の視線が集まったのを見て、少し恥ずかしそうにした。

 

「だから、ごめん。嘘をついてでも、有栖ちゃんのところに行ってほしかったんだ」

「嘘でしょ、本当にそれだけのために、あんなことを言ったの……?」

 

 そう言って、真澄さんは有栖ちゃんを見つめる。まだ信じられないらしい。

 うーん、あの時はそこまで変なことをしたつもりじゃなかったんだけど、今思うと目的に対しての行動が過激すぎたかもしれない。

 どうしても有栖ちゃんのことが絡むと、判断基準がブレる。

 守るためなら何をしてもいい。そのような考え方が生まれてしまうのだ。

 

「信じられないかもしれませんが、晴翔くんとはそういう人なのです」

 

 しみじみと話す有栖ちゃん。その通り、俺はそういう奴なんだ。

 

「まさかカマをかけられていたなんて、ほんっと……馬鹿みたい」

「あー、まぁ……騙すようなことをしたのは、悪かった。今回は許してほしい」

 

 カマをかけた、というのも厳密に言うと違うんだけどな。

 前世の知識がどうだなんて話をするわけにもいかず、俺は黙り込んだ。

 

 ぐったりした様子で机に突っ伏している真澄さん。

 しばらくダウンした後、むくりと顔を起こした。

 

「……余計に、あんたが私をどうしたいのかわかんなくなった。嘘だとしても、今それを明かすメリットが一つも見当たらない。何がしたいの?」

「なんとなく、かな」

 

 そうとしか言えない。わかってくれないかもしれないが、本当に深い意味はない。

 俺の行動原理を理解してもらえるまでは、この水掛け論が続くだろう。

 

「意味わかんない。私はこの学校でどうすればいいのか、何をして生きていけばいいのか、それさえもわからない。クラスの雰囲気は終わってるし、あんたの命令だけ聞いていくようになるのかと思ったら、急に捨てられるし。もう、学校辞めたくなってきた……」

 

 捨てられるとは人聞きの悪い。直前の発言に、そういう意図は全くなかった。

 だが、現に彼女は弱音を吐いて、悲しそうな顔をしている。一体なぜだ?

 俺の支配下から脱する。ただそれだけのことのはずなのに、どうしてこうなっている?

 

 ……これは選択をミスったかもしれないと、ようやく気づいた。

 真澄さん自身が、俺から命令を受けて動くという関係に期待を持っていたことがわかった。

 堀北ほどではないが、彼女も孤高タイプの人間だ。孤独に負けたとは言わないが、俺の方からアプローチをかけてきたことに対して、悪くないと思っていたのかもしれない。もしくは、崩壊していくクラスの惨状を目の当たりにして、精神的なダメージを受けていたのかもしれない。

 

 脅しによる主従関係を強制終了させたのは、彼女のために良かれと思ってしたことだ。

 それがあまり良い影響を与えなかったという結果に、俺も頭を抱えた。

 

「……ごめん、有栖ちゃん。助けてくれ」

「あぁ、そういうことだったのですね、私もやっと理解しました」

 

 事情を把握した有栖ちゃんは、腕を組んで考える。

 数秒間、その優れた頭脳を稼働させる。じっと真澄さんを見つめながら、深く思考する。

 

「……わかりました、真澄さん。あなたは今後私たちに協力してください」

「協力?」

 

 さっそく何か思いついたみたいだ。相変わらず頭の回転が速い。

 

「私は、この学校で楽しく過ごすためにクラスの垣根を越えて行動しています。そのため、各クラスに一人は私の思惑を理解していただける人が欲しいのです。他のクラスであれば、Aクラスの一之瀬帆波さんや、Cクラスの櫛田桔梗さんなどが挙げられます」

「つまり、Bクラスでの協力者としての役割を、私に担えってこと?」

「ご明察の通りです。もちろん、私からのお願いを聞いていただいた際には、報酬をお支払いします……要は、あなたも退屈なのでしょう?」

 

 微笑を浮かべる有栖ちゃんに、鋭く視線を向ける真澄さん。

 こういうむすっとした顔が、勘違いされやすいんだよな。決して冷たい人じゃないのに。

 

「わかった、それでいい。全部言うこと聞くって約束はできないけど」

「構いません。真澄さんの暇つぶしにでもなればと思って、話を持ち掛けているのです。そんな簡単に退学されては、私も困ってしまいます。あなたは私の大切なお友達ですから」

 

 返答する代わりに一度深く頷いてから、真澄さんは席を立った。

 いい感じに話がまとまったようだ。このあたりは、さすが有栖ちゃんである。

 

「……また、用があったら話しかけてよ」

「用が無かったら、話しかけちゃダメなのか?」

「うっさい馬鹿」

 

 そう言って、真澄さんは去っていった。

 怒ったような態度を取りつつも、少し緩んだ口元が機嫌の良さを表現している。

 まったく、可愛いやつだ。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 クルージングの終わりが近づいてきた。

 俺たちは最後の記念として、デッキから海を見渡す。

 

 地上に戻れば、二学期まで束の間の休息が約束される。

 今のところ夏休みに予定はないが、幸い仲のいいメンバーも増えてきた。

 彼らから、そのうち何かしらのお誘いが来るだろう。

 

(こんな良い学校生活になるとは、思わなかったな)

 

 俺は、予想以上に楽しい日々を送らせてもらっている。

 入学したての頃には、思いもよらなかった未来だ。

 

 ……ダルくなったら辞めてやると言い放ち、嫌々入学してきた人間が随分変わったもんだ。

 この環境を与えてくれた有栖ちゃんには、最大限の感謝をしたい。

 

「いつもありがとう、有栖ちゃん」

「……こちらこそ、です」

 

 俺の言葉に、少し目を伏せて恥ずかしそうにした。

 ぎゅっと手を握り、肩を寄せたまま眼前の絶景を眺める。

 

 卒業できるのか、退学になるのか。卒業ならば、俺は最後どのクラスにいるのか。

 そんなことはわからないし、有栖ちゃんもまだエンディングまでは考えていないと思う。

 

 しかし、これだけは言える。

 俺はきっと、この学校を去る時……

 

 『あぁ、面白かった!』

 

 そんなことを言いながら、有栖ちゃんと笑い合って校庭を後にするのだろう。




 船を降りました。

 夏休みの話をいくつか挟んで、次は体育祭です。
 今書いていますが、そこはかなりさらっとした感じで進めてしまうかもしれません。
 有栖ちゃんが活躍しない試験なので……
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