よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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第37話

 体育祭に対する俺のモチベーションは、すこぶる低い。

 有栖ちゃんは完全不参加で、今回は特に何をするつもりもないようだ。そんな状況でやる気を出すなど、無理な相談である。

 全競技最下位でもいい。プライベートポイントぐらい払うし、筆記試験がマイナス10点されても困らない。赤点ギリギリにならないようにすればいいだけの話だ。

 

 俺としては適当に流していくつもりだが、他のクラスがどうしているかは興味がある。

 そこで、同じ白組であるCクラスの様子を見に行くことにした。

 有栖ちゃんと二人で、グラウンド近くのベンチに腰かける。

 

「晴翔、こっちに来ていたのか」

 

 さっそく清隆が俺たちを見つけて、声をかけてきた。

 見た感じ、リレーの練習をしているようだ。

 

 汗をぬぐいながら、ダッシュを繰り返している男が一人。須藤健だ。

 速い速い。あの筋力で足も速いとくれば、無敵だな。

 とにかく目立っている。やはり、身体能力に関しては学校随一の存在だ。

 

「そういえば、堀北はどうしたんだ?」

 

 多くの生徒が練習しているが、その中に堀北の姿はなかった。

 

「あいつは、今のクラスにかなり不満を感じている。恵がリーダーであることに納得がいかないらしい。好きにやらせてもらうと言って、どこかへ行ってしまった」

 

 清隆は感情のこもっていない声で、そう説明した。

 ……やはり、まだ諦めていなかった。いまだに恵ちゃんのことを認めず、独自で行動しようとしている。彼女の思考に集団へ溶け込むという意識は全く無いのだろう。ここまで突き抜けると、逆に清々しいとも言える。良く言えば、本当に裏表のない人間なのだと思う。

 

「やっとクラスがまとまってきたっつーのに、勝手なことしやがって」

 

 須藤が練習を切り上げて、こちらへやって来た。苦虫を嚙み潰したような顔だ。

 どうやら、堀北と何かあったらしい。

 

「須藤くんは、堀北さんと意見が合わないのですか?」

 

 探るような視線で、有栖ちゃんが問う。

 

「ああ。どっちかというと、あいつが一方的に俺を敵視しているような感じだが」

 

 この口ぶりからして、おそらく堀北が須藤を怒らせるようなことを言ったのが発端だ。

 ……そして、他の生徒はみんな須藤の肩を持ったのだろうな。

 自分を責める空気に耐えられず、飛び出していったというところか。

 

 体育祭は須藤の晴れ舞台だ。間違いなく勝利に貢献するし、なくてはならない存在である。

 Cクラスの人間からすると、彼がやる気を失うようなことをされては困るのだ。

 逆に、堀北のことを尊重したところでメリットは薄い。能力的な意味では力になるとはいえ、チームプレイのかけらもない今の彼女はクラスの和を乱す。

 

 最大戦力の須藤がへそを曲げるぐらいなら、堀北に退場してもらう方がいくらかマシだ。非情ともいえるが、勝利を求めるのであればやむを得ない選択である。

 そして、おそらく全てをコントロールしているであろうこの男……綾小路清隆は、そういった決断をすることに一切の躊躇をしない。

 清隆は恵ちゃんを選んだ。選ばれなかった堀北が不遇な立場に追いやられるのは、必然なのかもしれない。少し可哀そうではあるが、もう取り返しはつかない。

 何より、これは堀北自身の行動による結果でもあるのだ。冷たいようだが、自己責任である。

 

 

 

「あっ、須藤。ここにいたんだ」

「……軽井沢か」

 

 しばらく雑談していると、恵ちゃんが須藤を探して来た。

 

「さっき言った通り、須藤には全部の競技に出てもらいたいと思ってる。やる方は大変かもしれないけど、うちが勝つための近道だから」

「もちろんオッケーだ。言われるまでもなく、最初からそのつもりだぜ」

「ありがと。ほんと、このクラスに須藤がいてよかった」

「おい、恥ずかしいこと言うなよ!」

 

 自分の存在を肯定されて、須藤は満更でもない様子だ。

 今の会話を聞いて、俺の中で彼女の評価が大きく変わった。

 まさか、こんなにうまくやっているなんて思ってもみなかった……いつの間にか、良いリーダーになっている。これならクラスメイトもついてくるだろう。

 

「まだ自分勝手なことを言う人もいるけど、どうにか説得するから」

「……悪いな、そういうことだけやらせちまって」

「ううん、全然大丈夫。それがあたしの存在意義だと思うし」

 

 そう言って微笑む姿は、非常に魅力的だ。須藤も少し遠慮がちに照れている。

 一応、彼氏がいるからという気遣いをしているのだろうか?

 

 ……6月末の暴力騒動で、恵ちゃんが大活躍したという話を思い出した。

 帆波さんによれば、苦労しながらクラス全員に聞き込み調査を行ったとのこと。

 多分、その経験が生きている。あのイベントは、彼女がクラスのために本気で頑張っているというイメージを作り上げるとともに、かつて自らが起こした不和を打ち消した。

 須藤との仲が良くなったのは当然だが、「信頼」という武器を得ることができたのも大きい。

 

 何よりもすごいのが清隆だ。この短期間でここまで成長させるなんて……

 恵ちゃんもまだまだ甘いというか、ダメな部分もあるだろう。学力や運動能力などの基本的なスペックはそう高くないだろうし、本人が調子に乗りやすいタイプなのもまた事実。

 しかし、そのあたりはそこまで大事なことじゃない。最も必要な能力……集団を統率する力を、彼女は獲得しつつある。

 

 このまとめ方は、今の堀北では絶対にできない。

 あいつがそれに気づくまでは、リーダーの座を奪うことなど夢のまた夢だろう。

 

「清隆、やっぱりお前はすごい男だな」

「ありがとう。だが、オレはようやくスタートラインに立った程度だと思っている」

 

 俺にとっても、恵ちゃんがどこまで成長するか楽しみになってきた。最終的に帆波さんや龍園と渡り合うほどの存在になれば、めちゃくちゃ面白い。

 こうやって、清隆はいつも俺をワクワクさせてくれる。出会えて本当に良かったと思う。

 

「……ふふっ、そうですか。清隆くんが目指すものは、そこにあるのですね」

 

 突然、有栖ちゃんが意味深なことを言った。

 

「もう理解したのか。相変わらず、大した洞察力だ……一応言っておくが、決して有栖を傷つけようとする意図はない。そこに恵がいたとしても、お前がオレにとって唯一無二の存在であることに変わりはないからな」

「当然、理解しています。あなたの最終目標が達成された時、結果として私の主張が崩される形になる。たったそれだけの話です。そこには、善意も悪意もありません」

「……流石だ。有栖と会話をすればするほど、ゴールがどれだけ遠いか思い知らされる」

 

 二人の話に、全くついていくことができない。

 俺は視線を動かして、Cクラスの生徒たちと楽しそうに話す恵ちゃんを見る。たった一つわかるのは、彼女が二人にとってのキーパーソンであることだ。

 清隆と有栖ちゃん。俺の理解できない領域で繋がっている二人は、いったい彼女に何を求めているのか。彼が目的地に到着した後も、彼女は今のように笑っていられるのだろうか。

 

 日が落ちてきて、少し涼しくなってきた。相変わらず暑さの厳しい毎日が続くが、夕方以降になると秋が来ていることを実感する。

 練習を終える生徒も増えてきたので、俺たちは部屋へ戻ることにした。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 桔梗ちゃんは友達と予定があるらしく、今日は来ないようだ。

 久しぶりに俺たち二人で入る風呂も、これはこれでいいものである。

 ゆっくりと湯船に浸かりながら、夕方のことを話し始めた。

 

「有栖ちゃんは、清隆と恵ちゃんの関係をどう思ってるの?」

「……難しい質問です。恵さんにとっては最高の恋人、清隆くんにとっては大事な所有物。今の段階では、見た通りのことしか言えません」

 

 そのうち変わるかもしれませんが、と有栖ちゃんは付け加える。

 

「あの恵ちゃんの動きも、全部清隆の思い通りなんだよな?」

「そうですね。しかし、清隆くんは一つだけ見落としていることがあります。それは彼が優秀すぎるが故の落とし穴。盲点のようなものです」

 

 また難しいことを言う。清隆が何かを見落とすなんて、そんなことあり得るのか。

 でも、有栖ちゃんが言うならそうなのだろう。

 

 ……知ってても教えてあげないというのが、またこの子っぽい。どうやら、清隆の最大の理解者はアドバイザーではないらしい。独特だが、これもまた悪くない友人関係だと思う。

 

「それに気づかないと、清隆はどうなるんだ?」

「どうなるかと言われると、なかなか表現が難しいですが……」

 

 そう言ってから、有栖ちゃんは俺の腕に絡みつく。これは上がりたいときのサインだ。

 おっと、意外に時間が経ってしまっていた。長風呂は心臓に負担をかけるので厳禁だ。

 その小柄な身体を支えつつ、俺たちは一緒に風呂場から出る。転ばないよう細心の注意を払いながら、タオルを持って身体を拭く。

 

 自分を拭くのはそこそこに、手早く下着を着せていく。その間も有栖ちゃんは思考を巡らせていた。俺の質問の回答を、真剣に考えてくれているようだ。

 

 次に言葉を発したのは、風呂上がりの飲み物を用意した時だった。

 

「清隆くんが、恵さんの尻に敷かれる。ふふっ、そんなところでしょうか?」

 

 主従逆転ということか。なぜそういう結論に至ったのかはわからないが、非常に面白い。

 人差し指を口元に当てて、有栖ちゃんは微笑んだ。これは内緒にしておきたいらしい。

 あと、そのポーズはめちゃくちゃ可愛いからやめてくれ。悶える。

 

「それは楽しそうだ。でも、清隆にとっては不本意だろうな」

「私としては、清隆くんならそうなる前に気づくと思います。ですが、気づいた上で……彼はどうするのでしょうか。今はまだ、使い勝手の良い道具程度にしか考えていないと思いますが」

 

 ストローでジュースを飲みながら、有栖ちゃんは考えに耽る。

 

「恵ちゃんに対して、いつか情がわくかもしれないってことか」

「ほんの僅かな変化ですが、清隆くんの中に何かが芽生え始めているような気がします。また、そうさせたのは晴翔くん。あなただと思います」

 

 えっ、俺?

 

「俺の行動が、清隆に影響を与えたのか?」

 

 特に心当たりがないので、びっくりする。

 そんな俺の様子を見て、くすくすと笑い始めた。

 

「やはり、自覚はないのですね。だからこそ、誰も気づかないうちに他者を変化させることができるのでしょう。ある意味においては、清隆くんも私と同じかもしれません」

 

 入学式から今日までの、清隆とのエピソードを想起する。

 俺からお願いして、友達になってもらったこと。無人島で、茶柱や父親の対策を一緒に考えたこと。船の上で、恵ちゃんと真鍋たちの諍いを観察したこと。

 その他些細なことも含めて、たった半年弱で濃密な関係を築くことができた。

 

 無機質な空間から逃れ、綾小路清隆という人間が定まっていない状態でこの学校へ来た。最初に友人となった俺たちは、彼の人格を固定するための要素になっていたのかもしれない。

 今日の会話で、清隆は有栖ちゃんを唯一無二の存在と評した。その意味を考えると……

 

「ああ、ちょっとわかってきたかも」

「良かったです。なかなか、可愛いものでしょう?」

「そうだな」

 

 彼の内面の一部を理解したことで、さらに距離が近づいたような気がした。

 

 清隆の最終目標が何かはわからないが……よし、決めた。あいつの父親の邪魔をしてやろう。

 直接倒すのは凡人の俺には難しいし、それは清隆自身がやるべきことだ。

 そこで、何かいい感じの嫌がらせはできないだろうかと考える。

 

 ……大した事ではないかもしれないが、一つひらめいた。

 手間がかからない上に、それなりにダメージを負わせる方法。

 しかし、その機会がすぐに訪れるわけではなさそうなので、とりあえず頭の隅に留めておく。

 

 納得がいくまで、この学校に居続けること。

 その手伝いをしてやりたいと思うぐらいには、俺は清隆の人間としての魅力に惹かれていた。


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