この男の本質を正確に理解できるのは、この人でしょう。
暗い闇の中、波の音が大きく聞こえる。
ここには、オレとその友人……高城晴翔の二人だけが立っている。
無人島試験、二日目の夜。オレたちは秘密裏に会って話をしていた。
この男はリタイアを決意している。オレのもう一人の友人、坂柳有栖の世話をするためだ。
まず初めに、高城はAクラスのリーダーが戸塚弥彦という男子生徒であることを明かした。その上で、Cクラスのリーダーを調査して得た情報を一之瀬に売ってほしいと打診してきた。
今回、オレたちは完全に利害が一致している。Aクラスを引き摺り下ろすという結果は、今後オレが行動する上でもメリットが大きい。断る理由もないため、二つ返事で承諾した。
正直なところ、オレはこれからどうすればいいか悩んでいた。
Dクラスの担任教師、茶柱佐枝から脅迫を受けていること。あの男……自分の父親が、オレをこの学校から退学させようと目論んでいること。
これといった答えを出せないまま、こちらの事情を打ち明けた。数少ない友達である高城なら、オレの道標になってくれるかもしれないと思ったからだ。
また、高城の特殊な精神性には以前より強い興味があった。
それはこの件と何ら関係ないが、試す意味も含めて一つの質問をした。
「高城。お前がオレの立場なら、どうする?」
「父親を殺す」
まるであらかじめ答えを用意していたかのように、即答した。
……高城は、殺人を行動の選択肢に入れることができる人間だった。
普段の言動から想定はしていたものの、実際に聞いてみるとやはり驚きが勝る。
しばらく沈黙が続いた後、高城は自らその意図を説明し始めた。
曰く、殺人に対する刑罰というのは、どの国においても非常に重く設定されている。これは加害者を制裁する意味もあるが、一番の目的は殺人という行為を抑制するためだ。
裏返すと、これは邪魔な人間を消し去る最も効率の良い方法が殺人であることを意味する。
手っ取り早い方法だからこそ、大きな代償を払わせる。この意見は賛同できるものだった。
「俺のような凡人には、証拠を残さず殺すことなどできない。でも、綾小路ならできるだろ?」
ホワイトルームでお前が受けた教育も、その助けとなるはずだ。
そう断言する高城は、普段の調子と全く変わらない。
一瞬、自分の身体が震えた。生まれて初めて得たこの感情が何であるか、わからなかった。
「父親がお前の退学を目的としているならば、必ずこの学校に一度はやってくる。その時こそ千載一遇のチャンスだ。俺は、綾小路ほどの人間が自由を得るのに『翼』など必要ないと思う。圧倒的な力をもって、全てを破壊すればいいだけのこと」
茶柱が用いたイカロスの喩えを流用し、真剣な顔で語りかけてくる。
完全にその通りであると、オレは感心してしまった。
「前向きに考えておこう。とても興味深い話だった」
「それは良かった。真に解放される日が、早く来るといいな」
「ああ、オレもそれを待ち望んでいる。ありがとう、高城」
闇を持つ者は、惹かれ合う。そして、より深い闇が飲み込んでいく。
高城が心の奥底に抱えている闇は、おそらく……オレを上回る。
その後、直近の問題……茶柱への対応を話し合った。
高城の出す案はいずれも攻撃的で、中には突拍子もないようなものもあった。
実現可能性があるかはともかく、面白いと思わせてくれるものばかりだった。
話しているうちに、オレははっとした。内容よりも、「いくらでも案が出ること」こそが重要であると理解したからだ。考えることをやめなければ、アイデアは必ず出てくる。茶柱ごときの脅しで思考を止めてしまうのは、戦う前から降参することに等しい。それこそ敵の思う壺である。
……こんな簡単なことに気づかないほど、オレの視野は狭くなっていたのか。
まさかこいつは、そこまで考えて……?
高城との会話は、時間を忘れてしまうほど濃密なものであった。
しかし、夜明けが近づいてきた。ここで会っていたと発覚することが、お互いにとって不都合であるのは明白だ。そろそろお開きとしなければならない。
「有栖ちゃんに会いたい……あいつら全員、殺せたらよかったのに」
高城はふいに立ち上がり、Aクラスの拠点がある方向を睨みつけた。
「下剤程度に留めたのは、お前が凡人であるからか?」
「そうだ。いくら威勢のいいことを言ったところで、実力が伴わなければ大言壮語にすぎない。俺みたいな雑魚には、小狡いテロリストぐらいがお似合いなのさ」
その昏い眼は、十六年しか生きていない人間がしていいものではない。
高城は表情を変えぬまま、洞窟がある場所へ向けて歩き始めた。
「あっちに戻るのか」
「ああ、バレたら面倒だからな。さっきも言ったが、帆波さんに求める対価をどうするかは任せる。あまり深く考えず、ふわっとした条件でも大丈夫だと思う。あの人の性格的に、むしろその方がリターンが大きくなるかもしれない」
「同感だ。しかし、次に会うのは試験明けか……寂しくなるな」
寂しいなどという感情が、オレに備わっていることを初めて知った。
この男と過ごしていると、本当にそういう機会が多い。綾小路清隆という人間は、高城と坂柳によって固定されたといっても過言ではない。
「綾小路にそんなことを言われるなんて、明日は雨かもしれないな。しばらくのお別れだが、必ずまた会えるさ……お互いに生きてさえいれば、絶対に。どうか怪我には気をつけて、船へと帰ってきてくれ。俺は、俺の大事な人たちが楽しそうならそれでいい。もちろん、お前も含めてだ」
「……ありがとう、また会おう」
高城の過去に何があったのか、まだ知ることはできなかった。
それでも、たった一つだが確信に近い推測を得ることができた。
(高城は、己の目的のために人を殺したことがある)
あらゆる意味で、底の知れない男だ。
高城とこういう関係になれたことは、これ以上ない幸運だったのかもしれない。
ゆっくりと遠ざかっていく背中を眺めながら、オレはそんなことを思った。
高城と別れた後も、Dクラスの生徒たちが寝入っている中で思考を続けた。
脳が興奮しているからか、まったく眠気は来ない。
頭に浮かぶのは、高城が執着してやまない少女……坂柳有栖の存在だ。
彼女は高城に依存し、絶対に裏切らない最強の駒として死ぬまで動き続けるだろう。そして、本人もそれを自覚した上で、高城のものとして扱われることに幸福感を覚えている。
素晴らしい服従関係であり、如何なる手段を用いても断ち切ることはできない。
ここまではオレによるかつての評価だ。
今日、これは大きな間違いであったのではないかと疑い始めた。
真の主人は、坂柳の方なのかもしれない。
高城は、自分のことをただの凡人と評する癖がある。とてもそうは思えないのだが、本人はそう信じ切っている。坂柳こそが「天才」であると定義しているからだ。
坂柳はあいつに「凡人」という名の首輪をつけて、その圧倒的な才能を自分の介護のみに向けさせている。決して意図的ではないだろうが、高城晴翔という人間の制御に成功している。
身体能力が著しく低いことですら、その結果を得るための要素となる。彼らが出会ったのは幼少期であると聞いたが、これはもはや奇跡としか言えない。
高城が何らかの手段を用いて、坂柳の心を圧し折ったのは間違いない。そうでなければ、あそこまで従順になることなどあり得ない。その部分に関しては、オレであっても理解不能な領域だ。
あの二人の謎は深まるばかりだが、重要なのはあくまでもその「結果」……坂柳もまた、高城の能力を縛りつけることに成功しているという点だ。
お互いがお互いに絡みつき、離れられなくなっている。
この完成された関係こそ、彼らの全てである。オレはそう結論を出した。
(あの男を殺す、か)
それにしても、考えれば考えるほどシンプルかつ効果的な解決法である。
むしろ、なぜ今まで思いつかなかったのか疑問だ。知らず知らずのうちに、オレは自分の行動の選択肢を狭めていたのかもしれない。もしくは、ホワイトルームの外での生活が長くなり、人を殺してはならないという一般論に染まってしまったのだろうか。
高城の言う通り、必ずあの男はオレに接触してくる。常に護衛を連れていることを考慮すると、殺害は達成できないかもしれないが……それでも、攻撃を仕掛ける価値はある。
(ああ、本当にお前と会えてよかった)
去っていく親友の姿を思い返した時、オレの頬は自然と緩んでいた。