よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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第39話

 飲み物とお菓子を用意して、三人で一息ついた。

 やっぱり自分の部屋が落ち着くなあと思いながら、桔梗ちゃんの方を見る。すると、外にいた時と変わらずそわそわした様子で目を合わせてきた。

 

「最近の私、どう?」

「どうと言われても、いつも通り可愛いとしか言えんが」

「……すっごく嬉しい。でも、そうじゃなくて。外での晴翔くんに対するアプローチが、不自然な感じになってないか心配なんだよね。こういう演技はしたことないから」

「不自然どころか、自然すぎて胃が痛くなるのが問題だな」

 

 彼女たちの目論見通り、二人で俺を取り合っているという噂はすぐに知れ渡った。こういう色恋沙汰は高校生の大好物だから、当然のことである。

 おかげで、三人で外を歩いていても『ああ、またやってるわ』みたいな目で見てもらえるようになった。俺の株が暴落し続けている気もするけど、それはもう諦めた。

 

「なら良かった」

 

 桔梗ちゃんは、ほっとしたような顔でコップに口をつけた。

 前から気になっていたことがあったので、ここで聞いてみることにした。

 

「ちょっと聞きたいんだけど、クラスでの恵ちゃんってどんな感じ?」

 

 桔梗ちゃんという第三者の目に、あいつがどう映っているのか興味がある。

 俺や清隆ではダメなのだ。浅い友達関係を続けているからこそ、見えるものもある。

 

「……私個人としては、急に仕切り始めてウザいって思うことが多い。でも、Cクラスの生徒という視点で見れば、きっと必要な存在なんだろうね。私はAクラスに上がることなんてどうでもいいけど、勝ちたいって思ってる連中からすればありがたいんじゃない?」

「なるほど、さすが桔梗ちゃんだ」

 

 一番欲しかった答えというか、知りたかったことを教えてくれた。

 勝つために必要だと思われているのなら、もう余程のことが無い限りリーダーの座は揺るがないだろう。残念ながら、堀北が先頭に立つ未来はとっくに消えていたらしい。

 

 それにしても、桔梗ちゃんは本当に観察力が高い。自分の主観と集団の一部としての視点を別に持っているから、非常に参考になる。

 ウザいという意見だって貴重なのだ。きっと、そう思っている人間は他にもいるだろう。

 堀北なんかは最も嫌っている部類に入る……なんて、考えていたのだが。

 

「今の話ともちょっと関係してるんだけど、ここからが私の相談」

「ついに本題か。関係してるってことはつまり、クラス絡みってことだな?」

「うん、あのね……堀北がクラスを裏切る気がする。潰しておいた方がいいのかなって」

 

 このタイミングで明かされた相談内容は、かなり衝撃的なものだった。

 堀北による裏切り。一瞬、信じられなかった。

 

「……えっ、マジで?」

「マジだよ。最近、参加種目の話が出るたびに変なメモを取ってる。授業中もどこか上の空だし、かなり怪しい。参加表を他クラスにバラすぐらいのことは、やってもおかしくない」

 

 驚きのあまり、俺は一度天井を見上げた。そうか、もうそこまで来ているのか。

 堀北は、恵ちゃんがリーダーの座を失うような「余程のこと」を自ら起こそうとしている。

 単純な裏切りと違うのは、たぶん本人はクラスのためだと思っていること。きっと、Aクラスを目指すという初心は全く揺らいでいないのだろう。

 

「概ね予想通りです。おそらく、龍園くんに唆されたのでしょう」

 

 俺とは全く違う反応を見せた有栖ちゃん。

 断定はしないが、その口調からは確信めいたものを感じる。

 

「……龍園?」

「はい。堀北さんが正常な状態であれば、そのような奸計に陥ることはありません。ですが、今の彼女は追い込まれています。例えば、『軽井沢を引きずりおろせ。リーダーの座を奪った後は、試験で協力してやる』などと言われたらどうでしょう。信用してしまう可能性は、十分にあります」

 

 なるほど、確かにその通りだ。

 龍園の人を見る眼力というのは、なかなか凄まじいものがある。今の堀北のような「綻び」を見つけるのはお手のもの。また、それを利用するための知恵や経験もある。口も上手いし、落ちぶれた人間を裏切らせることぐらい楽勝なはずだ。

 特に堀北は兄に対するコンプレックスという火種を抱えている上、リーダーの座を恵ちゃんに固められてしまった焦りもある。ここまで条件が揃っている以上、裏切りという行動に帰結するのは当然のことなのかもしれない。

 

「私はどうすればいいかな?」

「ふふっ、そうですね。この件は桔梗さんにお任せします。彼女の行動を白日の下に晒しても、逆に知らなかったことにしても問題ありません。どうされますか?」

 

 有栖ちゃんは、ノータイムで答えた。

 なんと、全てを委ねてしまった。今回何もしないというのは、こういう意味もあったのだと理解した。かなり思い切ったやり方である。

 難しい課題を与えられた桔梗ちゃん。頬に手を当てながら、一生懸命考えている。

 この二択で悩んでいること自体が、考え方の変化を示している。

 

 内容が内容なだけに、答えを出すまでには少し時間がかかる。

 しばしの沈黙の後、桔梗ちゃんは顔を上げた。

 

「決めた。見逃すことにする」

 

 有栖ちゃんにまっすぐな目を向けて、きっぱりそう答えた。

 

「わかりました。理由を伺ってもよろしいですか?」

「……晒し上げたところで、堀北を潰せること以外のメリットが無い。それどころか、私が龍園に目をつけられたら、私とつながってる晴翔くんを攻撃されてしまうかもしれない」

 

 かつての桔梗ちゃんであれば、堀北を潰すことができるのであれば喜んで事を起こしたはずだ。

 しかし今は違う。行動によって発生するであろう弊害を、冷静に検討した上で回答した。

 感情論ではなく、理性に基づいて考える。これが出来る人間はそう多くないと思う。この子は想像以上に強いと、俺は元々高かった評価をさらに上げた。

 

「堀北さんの退学は、もはや第一目標ではない。そういうことですね?」

「うん。船で話した時も思ったけど、今は堀北なんてどうでもいい。中学時代の話で、もし万が一のことがあっても……二人は味方でいてくれる。それだけで十分」

 

 もちろん、俺たちはいつまでも味方だ。

 以前より強くそう思っていたが、今その気持ちがしっかり伝わっていたことを知った。

 ここまで信頼してくれているなんて……俺にとって、言葉に出来ないほど嬉しい。

 

「わかりました。しかし、私はあの夜に交わした約束を忘れたわけではありません。あなたが堀北さんの存在を不愉快に思い、退学させることを望むのであれば、可能な限り協力します」

「ありがとう有栖ちゃん。でも、もう大丈夫。堀北の退学なんかに時間と労力を費やすより、あなたたちと一緒に過ごしたい。私の幸せは、ここにあるから」

 

 強い意志のこもった言葉。桔梗ちゃんは、とっくに吹っ切れていた。

 最近、暴言を吐く回数がかなり減ってきている。部屋で暴れたり、不機嫌な態度を取ったりすることもほとんど無くなった。

 裏の顔という存在が、その役割を終えようとしている。俺たちとの時間に幸せを感じることで、吐き出す必要があるほどストレスを溜める機会が無くなってきたからだ。

 ずっと俺たちの近くにいてほしいという願いが、どんどん膨らんでいく。この優しい少女を失うようなことは、絶対にあってはならない。必ず守るべき存在であると、俺は強く意識した。

 

「……桔梗さんと出会えたことは、この学校に入って最大の幸運でした」

 

 有栖ちゃんは肩の力を抜いて、穏やかに微笑んだ。

 ちょうど、俺も全く同じことを思っていた。

 

「私の方こそ、有栖ちゃんと会えてなかったら今ごろどうなってたか……本当に、ありがとう」

 

 一度座り直して、はにかみながら俺と有栖ちゃんを見つめる。

 次に出てくる言葉こそ、おそらく今日の桔梗ちゃんが最も伝えたかったことである。

 

「二人とも、大好きだよっ!」

 

 はっきりと、元気な声で言い切った。

 少し恥ずかしそうな顔が可愛すぎて、俺たち二人の顔が赤くなる。

 しばらく見惚れてしまったため、急に部屋が静かになった。

 

 そんな俺たちの反応が面白かったのか、やがて声を上げて笑い始めた。

 有栖ちゃんは照れ隠しに、そのほっぺたをむにむにと触る。いつもと逆の光景だ。

 

「やーめーて!ちょっと有栖ちゃん、痛い痛い!」

「やめません。これはおしおきです」

 

 普通の可愛らしい女子高生の姿が、そこにあった。

 幸せだなあと思いながら、俺はじゃれ合う二人を見つめていた。




 クラスの勝利はメリットのうちに入りません。

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