外に出た俺たちは、まず帆波さんの部屋へ向かった。
しかし、予想通り誰もいなかった。自分の部屋には戻らず、どこかへ行ってしまったようだ。
エレベーターのボタンを押した。
昇ってくるまでの時間を非常に長く感じるが、はやる気持ちを抑えて待つ。
「……来た」
一階まで降りる。焦っているからか、この時間さえもったいないように感じてしまう。
「あれ、二人ともどうしたの?」
扉が開いたところで、ちょうど桔梗ちゃんと鉢合わせた。
時間的に、いつも俺たちの部屋へ来るタイミングだ。どうしようかと思い、隣を見る。
「……桔梗さん、今から私とお部屋へ行きましょう」
エレベーターから降りないまま、有栖ちゃんは俺の手を離した。
どうやら、一緒に来るつもりは無いらしい。何か考えがあるようだが……
「有栖ちゃん、一緒に来なくていいのか?」
「はい。帆波さんのことは、晴翔くんにお任せします。きっと、今回はその方が良い結果を生むと思います。私は桔梗さんと待っているので、終わったら連絡いただけますか?」
かなり冷たい対応に感じる。でも、有栖ちゃんが言うならそれがベストなのだろう。
しかし、あまりゆっくり考察している時間はない。深く頷くことで、俺は肯定の意を示した。
……一人になれば走って追いかけることができるので、結果的には時短となった。俺の慌てっぷりを見た上で、そのあたりを考慮してくれている可能性もある。だから、一概に冷たいとは言えないかもしれない。興味が薄いのは間違いないが、俺の意思を尊重してくれていることは感じた。
「わかった、ありがとう。場所の目星はついてる?」
「正直、見当もつきません。あの表情を見るに、商業施設などの可能性は低いですが」
「……了解」
会話が終わった瞬間、俺は走り出した。
目撃者がいることを期待し、学校の方へ向かってみることにした。
走りながら、考える。有栖ちゃんと帆波さんの相性の悪さ。
良いように見せかけていただけで、実はかなり悪かったのかもしれない。むしろ、その方が納得できる。どこまでも利他的に振舞い、行き過ぎたそれが八方美人に見えることもある帆波さんは、身内のみの幸せを願う有栖ちゃんとは大きく価値観が違う。
そんな二人が仲良くできていたのは、表面上は帆波さんの考え方に歩み寄って、今まで一切の批判をしてこなかったからだ。逆に言うと、優しかった有栖ちゃんが突然「本来の姿」を見せたものだから、帆波さんのショックが余計に大きくなってしまったのだ。
「晴翔、こんなところにいたのか」
すれ違いざまに声をかけられた。突然のことにびっくりして振り向くと、清隆だった。
こんな時間にどうしたのだろうか。体育祭の練習をしていたというわけでもなさそうだが……
「ちょっと急いでる。帆波さんの姿を見なかったか?」
「……そういえば、さっき校舎に入っていくところを見た」
「おっ、それは今一番欲しかった情報だ。ところで、清隆はどうしたんだ?」
「色々あって、堀北会長と話をしていた。一之瀬を探しているなら、オレも手伝おうか?」
ここで、清隆の口から生徒会長の名前が出てくるとは思わなかった。
大きな疑問が生まれたが、今はそれどころではない。
「願ってもない申し出だ。清隆さえよければ、協力してほしい」
「もちろん、友達だからな……代わりと言ってはなんだが、オレも晴翔に頼みたいことがある。明日の昼休みにでも、聞いてくれないか?」
「ああ、何でも言ってくれ」
一人か二人かでは大違いだ。ましてや、捜索範囲は校舎内全てという膨大さ。見つけられるか心配になっていたところに、最も頼りになる助っ人が加わった。
……本当にいい友達を持った。今後俺にできることであれば、どんなことでも協力してやりたいと思った。
校舎の玄関に着いた時には、すでに彼女の姿はなかった。
俺は気合を入れ直し、階段を一段飛ばしで駆け上がっていく。
どこにいるか全くわからないので、手分けしてしらみつぶしに探していくことにした。
激しい運動をすること自体が久しぶりだからか、体力がなくなってきた。
まさか、こんな形で体育祭の練習をすることになるとは思わなかった。
……そういう冗談が思い浮かぶなら、まだ大丈夫だ。一度深呼吸をして、再び走り始めた。
薄暗い校舎の中は、かなり不気味に感じる。
各クラスの教室、特別教室、生徒会室……
「そっちはどうだ?」
「いや、見当たらない。いる気配もない」
十五分ほど探しただろうか?
帆波さんが、どこにもいない。俺の疲労もピークに近づいてきた。
「マジで、どこに行ったんだよ……」
普段使われていない部屋やトイレでさえ探したのに、いない。
ここまで見つからないとなると、探す場所自体を間違えている可能性に行きつく。
「他の場所も見てみるか?」
「一度変えた方がいいかもな。もう校舎外に出てしまったパターンも、否定できない」
「わかった。オレは特別棟の方を見てくる」
「ありがとう、恩に着る」
再び玄関から出て、俺は校庭を探し回ることにした。
ただ、なんとなく……外にはいないような気がする。
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その後どれだけ探しても、見つけることができなかった。
すでに辺りは真っ暗になっており、俺たち以外の生徒の姿はない。
一旦清隆と連絡を取り、再び校舎前に集合した。
「すまない、晴翔。こちらでも一之瀬は見つからなかった」
「ああ、これは困ったな」
桔梗ちゃんにメールをして、部屋に戻っていないことは確認してもらっている。そのため、部屋の外にいるのは確実だ。いつの間にか立ち直っていて、ケヤキモールに行っていたとか、そういうオチならいいのだが……彼女はそんなタイプじゃない。
……完全に詰んだ。思い当たる場所は全て行ったし、もうどうしようもない。
体力の限界が近いこともあり、メンタル的にもきつくなってきた。
そんな時、清隆がはっと何かに気づいたような顔をした。
「あと一つだけ、探していない場所がある」
「……行ってみよう。どこだ?」
この口ぶりからして、かなり可能性は高そうだ。
一体どこに行ったんだ、あと残す場所などといったら……
「この校舎の、屋上だ。正直に言うと、オレが今ここに戻ってきた時……一瞬何かが動いたように見えた。探す価値は高い」
「でも、なんで屋上なんか……あっ」
最悪のケースが頭によぎる。これは、本当にまずいかもしれない。
清隆も俺の焦りを感じ取ったのか、走り始めた。
最後の力を振り絞り、屋上に出る階段の前まで来た。
流れ落ちる汗を拭いつつ、清隆と顔を見合わせる。
「やはり、奥から人の気配がする。ここで間違いないだろう」
「ありがとう、さすが清隆だ」
「オレはここまでだ。あまり深く関わっていない人間が出ていくと、話がややこしくなる」
清隆は息切れ一つしていない。とんでもない体力だ。
「……しかし、お前と有栖の考え方が合わないこともあるんだな」
感心したような態度で、そう話した。俺と有栖ちゃんが合わない。
言われてみれば、全くその通りだ。確かに今回の俺たちはどこかすれ違っていた。
「有栖ちゃんは、そこまで帆波さんのことを好きではなさそうだ」
「以前から、オレもそれを感じていた。一之瀬の能力自体は、買っているようだが……」
人間的な相性はもちろん、さっきの有栖ちゃんからは何か別の意思も感じた。
本当は、俺に追いかけて欲しくなかったのかもしれない。
まぁ、そこは大丈夫だ。後で謝っておけば、許してもらえるはず。
有栖ちゃんと俺は、意見の衝突とか利害関係とか、そんなものは超越した関係にある。
一つうまくいかなかったぐらいで、揺らぐ程度のものではない。だからこそ多少不満であっても送り出してくれたし、何より有栖ちゃんは一人じゃない。隣には、もう一人の家族……桔梗ちゃんがいる。最近は彼女の存在に助けられてばかりだから、何かお礼をしないといけないと思う。
そして、帆波さんは孤独なのだ。誰にも助けてもらえず、抱え込んでいる。屋上でたった一人、何を思っているのか。この学校に、自分に絶望してはいないだろうか。
……時間がない。万が一の事態を避けるため、話はここまでにしよう。
「それでも、帆波さんは助けなきゃいけない。俺はあの子の友達だから」
「……そうか。お前が行けばあいつは『救われる』だろう。オレとしては、一之瀬がお前の駒となれば非常に動きやすい。有栖からすれば複雑だろうが、悪い判断ではないと思うぞ」
相変わらず無表情のまま、清隆は頷いた。
顔には出ないが、少し興奮している?ような気がした。
「よし、行ってくる。今日はありがとう。お前が友達で、本当によかったよ」
俺は最後にお礼の言葉を述べてから、階段を駆け上がった。
待ってろ、今助けてやる。
有栖ちゃんは拗ねているのです。清隆くんはワクワク。