よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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第43話

 目覚ましのアラームが鳴り響く。

 俺はゆっくりと上半身を起こして、眠い目を擦った。

 

 身体が重い。昨日の疲れは一晩では抜けなかったようだ。休みたいという欲求が出てきたが、今日は清隆と約束があった事を思い出して、気持ちを切り替えた。

 

「あっ……おはようございます。昨日は本当に、申し訳ありませんでした」

「……んー、何のことだか」

 

 有栖ちゃんは先に目覚めていた。起き上がった俺を見ていきなり謝ってきたのだが、その理由がわからず困惑してしまう。昨日何かあったっけ……?

 

 ……思い出した。帰ってきた時、有栖ちゃんが拗ねていたんだ。

 普段ならそれも可愛いなと思えるのだが、何しろ昨日の俺は満身創痍。慣れない長距離ランニングと、帆波との気を抜けないやり取りによって、肉体と精神がともに限界を通り越していた。単純に、相手をする余力が残されていなかったのだ。

 そのため、昨日は不満そうな有栖ちゃんを無視して、シャワーを浴びてから泥のように眠ってしまった。どうやら、それを俺が怒っているからだと解釈しているようだ。

 

「私があなたの行動に不満を持つなんて、あってはならないのに……最近甘えさせてもらってばかりで、そんな基本的なことを忘れてしまっていました。酷い恋人でごめんなさい」

「えーっと、うん。全然怒ってないというか、最初から気にしてないというか」

 

 よく見ると、頬に涙の跡がある。目も少し充血気味だし、眠れなかったようだ。

 俺のぶっきらぼうな態度に、相当傷ついていたらしい。これは本当に悪いことをした。

 

「もう二度と、あんな態度は取りません。どうか私を許してくれませんか?」

「……昨日は疲れてたから、余裕がなかったんだ。許すどころか、むしろ悪いのはこちらの方だ。あんなに長いこと待たせておいて、ごめんの一言ぐらい必要だよな?」

 

 次回からは改善しよう。有栖ちゃんの相手は俺にとって最も優先すべき事項であり、疲れや眠気を言い訳にするのは許されない。そもそも、毎朝五時に起きて準備していた頃に比べればなんてことはない。自分の怠慢を反省した。

 

「そ、そんな。晴翔くんが謝ることなんて、何もありません」

 

 まだ少し気にしているようだが、おかげで気合いを入れ直すことができた。

 一つ大きく息を吐いてから、俺は立ち上がった。朝のルーチンを始めようかな。

 

 

 

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 Aクラスの教室に立ち寄った時、帆波が学校を休んだことを知った。

 体調不良ということで生徒たちからかなり心配されていたが、「明日は出られそう」というメールが神崎宛に届いたらしく、午前中には騒動が収束していた。

 ……確実に体調不良なんかではなさそうだが。もしかして、早速豪遊してるのかな?

 

 そして、昼休み。約束通り俺たちは清隆のもとへと向かった。教室で話すのは憚られる内容なのか、人のいない場所……昨日帆波と話した屋上へと案内された。

 

「昨日は助かった。今度は、俺が清隆の話を聞く番だ」

「それはありがたい。オレがお前に頼みたいことは、たった一つ。今日の放課後、教師と生徒会による審議に参加してほしい。証人がいる方が有利なんだ」

「……審議?」

「ああ。恵が真鍋たちに暴行を受けた件だ。あの話をいじめ問題として、オレは立件した。証拠となる音声データと、撮影した画像は提出済みだ」

「俺の知らないうちに、かなり話が進んでいたわけか」

「そうだ。あいつらに何らかの処分が下ること自体は、すでに決まっている。今日行われるのは、その内容を確定させるためのものだ。お前にはとどめの一撃を入れてもらいたい」

 

 ……そんな感じなら、アドリブで話せば大丈夫そうだ。さほど難易度は高くない。

 

「了解だ。いい感じに証言させてもらおう」

「それは助かる。ちなみに、暴力事件の相場は軽くて停学一週間、重くて退学らしい。だが、集団暴行という悪質性を考えると軽くはならないだろう」

 

 つまり、現状でも最低一週間の停学は確実である。清隆にとってはそれでも十分なのだ。なぜなら、たった一週間の停学でもあいつら四人は体育祭に参加することができなくなるからだ。

 一人や二人ならともかく、四人の欠員は相当重い。推薦参加種目は代わりを用意すれば済むが、全員参加種目での圧倒的な不利は免れない。

 四人とも女子というのが余計に痛い。女子に限れば、クラス全体のうち二十パーセントが失われたことになる。大半の競技が男女別である以上、かなり厳しい結果になることが予想される。

 龍園には悪いが、もはや策略でどうにかできるレベルを超えている気がする。堀北を泳がせているのも、これがあったからなのか。すごく納得した。

 戦う前に終わらせる。それがあまりにも清隆らしくて、笑みがこぼれてしまった。

 

 

 

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「只今より、八月に発生した集団暴行事件について、最終審議を行います」

 

 生徒会書記・橘茜の言葉で、審議が始まった。

 始まる前に、この件ではすでに二回の審議が行われていると聞いた。今回は本当に詰めの作業というか、「判決」をどうするかの議論となるらしい。

 

 橘によって、真鍋たちの罪状が読み上げられていく。

 あの日起きたことが頭の中にフラッシュバックするほど、非常に正確な状況が示されていく。話が進むにつれて、加害者の四人はどんどん顔色が悪くなる。過去の審議でもコテンパンに言われたと思うが、こうして自分の罪を一つ一つ晒し上げられるのはさぞかし苦痛だろう。

 最後の一文まで読み終わった後、橘は俺の方を向いた。

 

「加害者四名の処分を検討するにあたり、今回は1年B組の高城晴翔くんに来ていただきました。彼は直接的な暴行現場こそ見ていないものの、当時の状況を知る唯一の第三者であり、その証言には一定の価値があると判断されました」

 

 見てるというか、聞いてるんだけどね。まあ、その方が都合がいいということだろう。

 ご紹介いただいたので、俺はその場で立ち上がった。

 

「高城晴翔です、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします。早速ではありますが、事件当日のことをお話しください」

「はい。あの日の私は、特に用もなく客船内を歩いていました。そんな中で、立ち入り禁止エリアの方から女性の声がするのを聞き取ったのです。それには悲鳴のようなものも混じっており、私としてはかなり気になるものでした」

 

 立ち入り禁止の業務エリアに突入する時、清隆が先に人目のつかない場所へ移動してから、数分後に俺が合流するやり方をした。あれがアリバイ工作であると、俺は理解できていた。

 

「わかりました、続けてください」

「……声の方向へ歩いていくうち、無数の電子機器が立ち並ぶ部屋に到着しました。その中には怪我を負ってボロボロになった軽井沢さんと、それを守るように立つ綾小路くん。そして、そちらに並んでいる四名……ええ、間違いありません。その合計六名がいました」

「証拠と一致している状況ですね。ここで一つ質問させていただきます。加害者の四名は、軽井沢さんに対する暴力行為を行った後に、そちらの綾小路くんから酷い暴行を受けたと主張しています。その件について、高城くんは何かご存知でしょうか?」

 

 なるほど、そういう反論をしたのか。罪を認めた上で相手の落ち度を指摘する。

 かなり苦しい抵抗であるように思えるが、他に手立てがなかったのだろう。

 

「……私が到着した時の状況は、先ほど申し上げた通りです。綾小路くんによる暴力があったかどうかはわかりませんが、そこの四人は私の姿を見るなり、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていきました。少なくとも、重い怪我を負った人間の反応ではなかったように思います」

「綾小路くんは集団暴行の現場に割って入ったのですから、加害者がある程度の怪我を負うのは当然です。それが過剰だったのではないかという主張でしたが、高城くんの証言を聞く限りその可能性も低そうですね」

 

 橘は俺の話に頷きながら、しっかりとメモを取った。

 ……真鍋たちのことはどうでもいいのだが、この女はさっきから清隆側に肩入れしているような感じを受ける。生徒会の人間として、それはどうなんだ?

 

「ご協力ありがとうございました。どうぞご着席ください」

 

 促されて、俺は席に着いた。審議の行く末より、橘の態度が気になってしょうがない。

 好き嫌いで仕事をするようなタイプには見えない。だからこそ、強い違和感を覚える。

 普段は冷静な彼女を動かすほどの、何かがあったのだろうか?

 

「会長、昨日新たに提出された証拠は……」

「被害者保護の観点から、公開することはできない。もちろん、重要な証拠として取り扱うが」

 

 明らかに動揺した様子で、橘は堀北会長と話した。

 その証拠というのが原因か。やっぱり、絶対におかしいと思っていた。

 

「公開できないとは、どういうことか説明していただけますか?」

 

 Dクラスの担任教師、坂上数馬が質問した。当然の疑問だ。

 橘はそれを睨みつけて、怒りの表情を浮かべる。

 

「刃物で抉られたような、大きな傷跡でした。場所はお腹のあたりです。あれは一生残ってしまうかもしれません。女の子の大事な身体に、あまりにも酷い……」

 

 ……えっ。

 

「橘、ここは審議の場だ。感情的になるのは控えろ」

「申し訳ありません」

 

 ちょっと待て、恵ちゃんの脇腹の傷って……ええっ。

 マジかこいつと、俺は清隆の顔を見る。相変わらずの無表情だ。

 

 お前、恵ちゃんの古傷を真鍋たちがやったことにしたな?

 全てがつながった。昨日わざわざ生徒会室に行っていたのは、そういうことだったのか。

 俺はとんでもない勘違いをしていた。一か月半も立件するのを待ったのは、特別試験に合わせるためではない。遠い過去の傷を、あたかも今回の事件で負ったかのように装うためだ。

 

「そ、そんなことやってない!刃物なんて使ってないって!」

 

 真鍋が必死に反論するが、周囲の反応は冷ややかだ。すでに彼女のイメージは地に落ちているから、全員が真実であると疑わない。後出しで提出することにはこういう効果もあるのだ。

 さすが清隆であると、俺はその狡猾さに舌を巻いた。

 

「ほら、あの録音にも入ってなかったじゃない。それは絶対に嘘だ!」

「……音声データは、途中で切れてしまっていた。録音は一つの証拠になるが、録音されていなかったからといって潔白が証明されるわけではない。そこに縋るのは無意味だ」

 

 今まで黙っていたCクラスの担任、茶柱佐枝が冷たくそう言った。

 真鍋は絶望したような顔をして、へなへなと椅子に座った。

 

 長い時間をかけてじっくりと精査すれば、最近の傷でないことはわかるかもしれない。しかし早急に結論を出さなければならない以上、あまり現実的ではない。

 万が一それが発覚したとしても、だから何だという話だ。今回の事件の性質からして、身体にある傷の画像を提出するのは当然のことである。事件当日に撮影した無数の傷はすでに証拠として認められているし、処分が多少軽くなる程度のことだ。

 

 まあ、そうはならないだろうけど。今の真鍋には「やってない」ことの証明が難しい。

 あくまでも生徒会の審議であり、ここは司法の場ではないのだ。

 

 ……ここまで理解すれば、清隆の目的は簡単に見えてくる。

 それは決して、体育祭に勝つことなどではない。

 真鍋たちの一斉退学。これこそが、真の狙いである。

 

 

 

 その後は特に目立った発言もなく、審議は意外なほど静かに終了した。

 加害者四人の処分だが、三日以内に決定されると会長から説明があった。

 

「ありがとう、完璧な受け答えだった」

「それならよかった」

 

 帰る直前、清隆にお礼を言われた。昨日の恩は返せただろうか?

 

「あたしからもお礼言っとく。ありがとね」

「おう、恵ちゃんもよく頑張ったな」

 

 恵ちゃんは一度も発言しなかったが、正解だ。普段は明るい人物が黙り込んでいることで、傷ついているような雰囲気が演出された。それによって周りの同情を引くことができた。

 ……こんな形で脇腹の傷を利用するのは、かなり抵抗があったはずだ。清隆との深い信頼関係があるからこそできる芸当である。

 

「あいつらは退学かな?」

「諸藤リカ。あいつだけは直接的な暴力行為が認められなかったから、停学止まりかもしれない。だが、他の三人はその可能性も十分にあるだろう」

 

 俺の質問に対して、清隆はいつも通り表情を変えないまま答えた。

 四人の末路については何とも思っていないような態度だ。まあ、俺も同じなのだが。

 

「清隆があたしの彼氏で、本当に良かったと思う。ずっと一緒にいようね!」

 

 そう言って、恵ちゃんは嬉しそうに笑った。ここで笑えるということは、俺たちと同じ考え方を持っているのか。元々自分勝手な性格だし、他人の退学なんてどうでもいいのだろうが……

 

「最近のお前、かなり清隆に染まってきたな」

 

 自分の過去でさえ、敵を打ち倒すための道具として利用する。

 勝利のために使えるものはなんでも使うという、清隆のポリシー通りの動きだ。

 

「えへへっ、ありがと。なんだかすっごく良い気分。早く夫婦になりたいなー」

 

 彼女に自分の哲学を植え付けることも、目的の一つだったのかもしれない。

 やはり清隆は只者ではないと、再確認した一日だった。


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