よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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第45話

 ついに体育祭前日となったが、全くやる気が起きない。

 結局、参加表は決めきれなかったらしい。推薦参加種目のみ葛城派の生徒で埋めて、あとは白紙で提出したようだ。これによって、参加順は完全にランダムとなる。

 運任せなのだから、文句も出ないだろう。こう言ってはなんだが、今までに葛城が取った戦略の中で最も良いものであるように感じた。

 

 Dクラスの三人が退学、諸藤リカは一ヶ月の停学処分になったことを知った。清隆から聞いた話によると、恵ちゃんには50万ポイントが賠償されるとのこと。退学する者達のポイントを全て受け取った上で、足りない分を諸藤が支払っていく流れになるようだ。

 退学者の発生によるクラスポイントの減少に加え、体育祭での圧倒的不利。さらに停学中は全ての授業を無断欠席した扱いになるらしく、そこでも相当な減点が入るものと思われる。体育祭の結果にもよるが、十一月のDクラスのポイントはかなり厳しいものになりそうだ。

 

 昼休み、俺たちはAクラスの教室に来ていた。

 

「帆波いる?」

「い、いつの間にそんな呼び方……ちょっと待ってて」

 

 扉の近くに立っていた白波に声をかけて、帆波を探してもらった。

 ……いた。教壇の近くで他の生徒と話をしていた。体育祭絡みの話題になっているようだし、そのやり取りが終わってからになるかなあ……と、思っていたのだが。

 

「来てくれたんだね。ありがとう!」

 

 帆波は途中で話を打ち切り、こちらへやってきた。

 

「おう。特に用があるわけじゃないし、そっち優先でも良かったのに」

「ううん、ごしゅ……晴翔くんたちを待たせるわけにはいかないから」

 

 今かなり危なかったぞ。そんな言葉をここで発したら、袋叩きどころでは済まない。

 

「ところで、Dクラスの話聞いた?」

「……退学者のことだよね。いじめなんてしてたら、そうなるのも仕方ないよ」

 

 三名の退学というのは、他のクラスの生徒達にも衝撃的なニュースだったようだ。どこに行っても噂話が聞こえる。ある意味、体育祭以上にホットな話題かもしれない。

 龍園のクラスからということで、またあいつが汚いことをしたのか……という論調であるのは少し不憫に思う。その程度で折れる男ではないだろうが。

 この件は真鍋たちの勝手な行動によるものであり、完全に自業自得である。当然龍園は何もしていない。普段の行いから発生したダーティなイメージが独り歩きして、濡れ衣を着せられた形だ。

 ……俺は無人島でそれを利用させてもらっているし、あまり人のことを言えない立場である。

 

 龍園とは対照的に、被害者の恵ちゃんは株が急上昇している。いじめ被害から立ち直ったリーダーとして、クラスが彼女を中心に強く結びつき始めたのだ。

 これも清隆の狙い通りであるとすれば、一石二鳥どころの話ではない。あいつは真鍋たちの暴行というイベントを利用して、最大限の利益を得ている。なんとも恐ろしいことだ。

 

「明日の体育祭、よろしくねっ!」

 

 帆波はそう言って、手を差し出してきた。

 俺はそれを取ったのだが……まだやる気にならない。

 

 有栖ちゃんはそんな俺の様子を見て、申し訳なさそうな顔をしていた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 寝る前、俺たちは二人きりで横になって会話をしていた。

 体育祭前夜ということもあり、今日は桔梗ちゃんなどの来訪者も無かった。みんな各々で英気を養って、明日に備えているようだ。

 

「どうされましたか?」

 

 じっと見つめられているのが気になったのか、有栖ちゃんは小首をかしげた。

 

「いや、有栖ちゃんは可愛いなあと思って」

「ありがとうございます」

 

 柔らかな笑顔は、見ているだけで安心できる。ずっとこの顔を見ていたい。

 ……有栖ちゃんが何もできないイベントなんて、無くなってしまえばいいのに。

 

「あーもう、マジで体育祭がうざい。明日休んでやろうかな?」

 

 有栖ちゃんの心臓の状態が悪いから付き添いたいとか、適当な理由をつけて休む。

 そういった手段を半分本気で検討しているほど、俺は体育祭が嫌だった。

 

「……嫌になってしまったのですね」

「ごめん。ちょっと……つまんなくなっちゃったんだ」

 

 つい本音が出てしまった。つまんない、全てはこの一言に尽きる。

 今回に関しては、もうどうしようもない。有栖ちゃんの身体のこともあるし、最初から期待していない。駄々をこね続けるほど子供ではないが、退屈な上に疲労を強いられるであろう一日を思うと、どうしても憂鬱な気持ちになってしまう。

 

「晴翔くんは何も悪くありません。悪いのは全部、あなたを退屈させている私です。本当にごめんなさい。お願いですから、嫌いにならないで……」

 

 有栖ちゃんの表情が曇り、瞳が潤んできた。俺の意思がうまく伝わっていない。

 これはいけないと思い、慌てて言葉を紡ぐ。

 

「謝らないでくれ。俺は今までずっと有栖ちゃんに楽しませてもらってきたんだ。嫌いになんて、なるわけがないだろう。大好きだから……大丈夫」

 

 時折顔を見せる、弱気モードの有栖ちゃん。これはこれで可愛いのだが、対応が難しい。

 目尻に溜まった涙を払ってから、唇を重ねた。好きだと理解してもらうためには、最も手っ取り早い方法である。

 

「んっ……」

 

 俺の顔に両手を添えて、なるべく深くつながるように体重をかけてきた。

 こちらも応じて、身体を重ねつつ唇の感触を味わう。

 やや息が苦しくなってきたところで、目を開けて顔を離した。

 

「好きだって、わかってくれた?」

「はい……愛してます」

 

 涙で頬を濡らしながらも、再び笑顔が見えた。安心してくれたかな?

 

 

 

 気を取り直して、明日の動きを考えることにした。可能な限り効率的に、体力を消耗しない方法がいいのだが……これがなかなか難しい。

 

「休んでしまっても構いません。私は一生、あなたに付き従うと決めています」

「うーん。それが最高ではあるのだが、そうすると周りがうるさいんだよなあ……」

 

 勝敗などは至極どうでもいいが、休んだことに対してクラスの奴らにとやかく言われるのがめんどくさい。全員参加種目を適当に流して参加する労力と、周囲の雑音を受け入れる労力。これらを天秤にかけたとき、まだ参加する方がマシであるような気がした。

 葛城派の連中は追い込まれすぎておかしくなりつつあるし、あまり目立ったことをすると恵ちゃんのように集団で殴られたりしそうで怖い。清隆みたいな身体能力があるわけではないから、そうなった時に対抗できない。何より、俺は隣に守らなければならない女の子がいる。

 それによって相手が退学になるとしても、学校内で集団と戦うのは避けたい。

 

「わかりました。我慢させてしまうような形になり、申し訳ありません。あなたの思い通りにいかないなんて、決して許されないことなのですが……私の力不足です」

「気にしないでくれ。重ね重ね言うが、有栖ちゃんが謝る必要はない」

 

 最近、この子は自己評価がとてつもなく低くなっている。このように、日常的に自分を下げるような発言をするようになった。今は先ほどのやり取りもあって極端な弱気になっているが、そうでないときも「私なんて……」という趣旨の言葉がよく出てくる。

 ……実は今まで言ってなかっただけで、心の中ではそう思っていたのかもしれない。

 

 あっ。

 

「ねえ、有栖ちゃん。もしかして、この学校に入ってから強気に振る舞っていたのって……結構無理してた?」

 

 ふと思い出したのは、『あの日』二人で話した内容だった。

 あの時俺は、有栖ちゃんに「今まで通りにしてくれ」と言わなかっただろうか?

 最近の態度が……病室に入った時の様子と重なった。些細なこととして忘れかけていたのだが、この子にとっては重要だった可能性がある。

 

「ふふっ、お気づきになりましたか。それも仕方ないかもしれません」

 

 そう言って、諦めたようにため息をついた。残念ながら推測通りだったらしい。

 本当に申し訳ない。謝罪を続けていた有栖ちゃんの心理的負担を、少しでも軽減しようと思っていたのだが……まさか、心を縛り付ける鎖になっていたなんて。自分の浅はかさが恥ずかしい。

 

「ごめん、俺が悪かった。楽になってほしかったのに、逆効果だったんだな」

「……すみません。私はもう、自信を失ってしまったのです。あなたという人間が居なければ、生きることさえできない。そんな自分に絶望しているのです」

「わかったから、もう大丈夫だ。これからは強い自分を演じなくてもいい。俺はどんな有栖ちゃんでも大好きだし、離れないって約束する。だからもう……そんな悲しい顔をしないでくれ」

 

 その身体を、ぎゅっと抱きしめた。あまり強い力を加えると壊れてしまいそうなほど弱く、大事に扱わなければならないと再認識した。

 

「ありがとうございます。私はいつも、あなたの優しさに救われています。ああ、それでも一つだけ。天才を自らの手で壊してしまった私にも、たった一つの夢があるのです」

「……夢?」

 

 何か思い出したように、顔を上げた。辛そうだった顔が明るくなった。

 きっとそれは、絶望の中に生まれた唯一の希望なのだ。その光を掴み取るための手助けをすることが、俺という凡人を好きになってくれた有栖ちゃんに対する誠意である。

 

 有栖ちゃんは少し悩んだ後、俺の耳に口をつけた。

 そして、囁くような声で恥じらいながらこう言った。

 

 ……いつか、あなたとの子供がほしい。

 

 俺は目を見開いてしまうほど、大きなショックを受けた。

 しかし、なんとなく……今までの行動全てが、結びついたような気がした。

 この子は、自分に成し遂げられなかった夢を次の世代に託そうとしている。人生の目標を達成するためのパートナーとして、俺を選ぼうとしている。

 

 簡単な道のりでないことは、もちろん本人もわかっているだろう。

 でも……叶えてあげたい。

 

「いいね。その先にある未来を、俺も見てみたいな」

 

 そう呟いた直後、有栖ちゃんは最高に嬉しそうな顔をした。

 明日は体育祭だというのに、なかなか寝つくことができなかった。


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