棒倒しが始まった。こればかりは団体戦なので、一切のまとまりがないBクラスは不利であり、またCクラスの生徒たちからもあまり期待されていない。
淡々と負けるのだろうと思っていたのだが……その予想は大きく外れた。
「オラァ!死ね!」
Bクラスの男子が、棒を守るDクラスの生徒に肘打ちを食らわせた。反則スレスレの行為だが、棒をつかみに行くときに当たったと言えば……まあ、多分許されそうだ。
「クソッ、汚ねえぞ!」
こちら側の棒を倒そうと攻める生徒に対して、振り落とすふりをして蹴りを放った者がいた。グラウンドの砂を握り、目潰しに使う者もいた。いずれもうちのクラスの人間だ。
堕ちたエリート軍団の姿は、どこにもなかった。ここにいるのは、日常のストレスを暴力行為によって発散するならず者集団である。ある意味、龍園以上にタチの悪い存在と化していた。
自分たちのプライドを傷つけた龍園に対する潜在的な恨みと、評判の悪いDクラス相手ならどれだけ汚い手を使っても許されるという、自分勝手な判断。それを戒める役割を持つ葛城は求心力を失っており、もう誰にも止められない。
しばらくすると、お互いに反則行為で退場となる生徒が出始めた。棒を倒すという大義名分すら忘れ、露骨な直接攻撃に走ったからだ。これはもはや競技ではなく、喧嘩である。
骨折の疑いがある者もいるようで、救護班がストレッチャーに乗せて運んでいった。
BクラスとDクラスの生徒が、少しずつ減っていく。
教師による警告のアナウンスが流れた後、ようやく棒倒しの形式に則ったものに近づいてきた。
しかし、もみくちゃになった中で殴ったり足を踏みつけたり、暴力をふるうことがメインの目的になっている野郎どもがまだまだ残っている。
俺はこの抗争に巻き込まれないことを第一に考え、立ち回っていた。
棒が倒れた。一本目はA・Dクラスの勝利となった。
これで終わるといいのだが、残念ながら二本先取だ。
「てめえら、何やってんだよ!」
須藤が俺たちに向けて怒鳴った。
「ケッ。龍園とそれに付き従う蛆虫どもがムカつくから、ぶん殴ってやっただけだ」
「どっちの棒が倒れるかなんて、知らねーし」
「そっちはそっちで、勝手にやってろ」
「それより石崎の顔見たか?ボコボコになって、いい気味だ」
「あれは傑作だったな。フラフラしてやがったし、次は俺が後ろから蹴っ飛ばしてやるぜ」
「ハハッ、最高だ。どいつもこいつも、俺たちを舐めてやがるからこうなるんだ」
「……クソ野郎共が」
勝つ気などなく、個人的に気に入らない奴を殴ることしか考えていない。
あまりにも酷すぎて、少し須藤のことが不憫になった。
Cクラスの生徒たちは諦めムードになっているが、ここで俺は遠目にDクラスの方を見た。
……退場者と負傷者の合計数は、あちらの方が多いように見える。
殴り合いとなって退場になったパターンが大半だが、吹っ掛けたのは全てBクラス側だ。
しかし、それにやり返した生徒もまとめて退場になっているのだ。暴力行為に対する規制としてルール化されている以上、どちらが先に手を出そうが関係ないということである。
……相手を殴った人間は、競技から退場させられる。ただそれだけのこと。喧嘩を売られたDクラス側にとっては不公平に感じるだろうが、こういうルールなのだから仕方ない。
龍園たちは一応棒倒しという建前を守っているためか、あからさまな先制攻撃は仕掛けてこない。その点Bクラスは何も失うものがなく、退場の可能性など気にせず動く人間ばかり。この状況では、負傷者が増えるのはどうしようもないと言える。
棒倒しは人数が多い方が有利なのは間違いないが、さてどうなるか?
二本目はかなり違う展開になった。
Cクラスは棒を守ることに主眼を置いたらしく、こちら側の陣地からあまり出ていかない。棒ではなく生徒に向かって突撃していく軍団がいるため、こうするしかなかったのだろう。
また、Aクラスの生徒は危険回避のためかこちらに干渉しない方針となったようで、一本目に比べて非常に動きが鈍い。そして、その判断はBクラスにとっては追い風となる。
思った通り、人数差というのは結構大きい。喧嘩となればなおさらだ。
Dクラスの中でも特に屈強な男……アルベルトという名の生徒が、自クラスを守るべく次々とBクラスの生徒を投げ飛ばしている。しかし、それを意に介さず他の生徒への暴力は続く。さすがに十人以上の相手を同時に対応することはできないようだ。
Cクラスは自陣を守り、Aクラスが救援を行わなくなったため、相手側の棒の周りは戦争状態だ。みんな正常な感性を失っているのか、倒れている生徒に対する追い討ち行為も目立ち始めた。戸塚などは、それをメインに行っているようにさえ見える。
足を引っかけられて転んだ上に、頭をわざと踏みつけられた生徒が視界に入った。後頭部に強い衝撃を受けたことで脳震盪を起こしてしまったのか、青い顔でふらふらと立ち上がり棒から離れていった。Dクラスでは珍しく優しそうな顔つきだったので、とても可哀想に思えた。
……さっきから見ていて思うのは、強い相手から逃げて弱そうな奴を狙っている者が多い。石崎はすでに手負いということもあり、集団リンチのような目に遭っているが、その他は気弱そうな生徒がターゲットにされている。アルベルトや龍園がほぼ無傷なのが良い証拠だ。
ここまで荒らしておきながら、強者による逆襲は怖いらしい。自分よりも弱そうで、ボコボコにしても後が怖くない生徒を選び、それを一方的に虐げることで快感を得たいというわけだ。
考え方としてはいじめに近いものがある。しかし、その非道徳的な行為が成果を挙げた。
いつの間にかあちらの棒が倒れていて、二本目はB・Cクラスの勝利となった。
今回は退場者がおらず、数名の負傷者が運ばれていくのみだった。いや退場にしろよ。
そのまま三本目も制して、なんと俺たちは勝利してしまった。
「……こんなことってある?」
「統率された集団は強いが、失うものがない個人もまた強い。オレはそう思う」
清隆が俺のところにやって来て、そう言った。
ボロボロになったBクラスの生徒たちは、わりと良い表情をしていた。溜まりに溜まった鬱憤を晴らして、一種の達成感に近いものを得たのかもしれない。最低すぎて笑ってしまった。
五名が反則により退場、六名が負傷により退場。クラスの半分以上が退場になった。
肘打ちなどのグレーな行為も含めると、Bクラスで全く暴力行為をしなかったと言い切れる生徒は俺と葛城ぐらいのものだと思う。一本目で大人しくしていた葛城派の者たちも、時間が経つごとに暴力的になっていった。むしろ、最も汚いやり方をしていたのはあいつらだ……偶然を装って倒れた生徒を踏むなど、反則ギリギリを攻めるような陰湿な行動が悪目立ちしていた。
「これは、勝ったと言えるのか?」
葛城は戸惑っている。最後に棒を倒したのは、この男だった。
そして、おそらく彼にとって初めてこの学校で「勝った」瞬間だ。
「まあ、喜んでおけばいいんじゃねえの?」
俺は葛城にそう伝えてから、その場を去った。
とりあえず、怪我をせずに済んで良かったと思う。巻き込まれなかったのは幸運でしかない。
……高城を攻撃するな、なんて指令が出てたりして。さすがにそんなことはないか。
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テントに戻り、ゆっくりと身体を休める。
強い疲労感により、元々低いモチベーションがゼロに近づいてきた。帰りたいという欲求に襲われる。そもそも、全員参加種目が多すぎなんだよ……あといくつだ?
俺は水をがぶ飲みしながら、どうにもならない現状を嘆いた。
「棒倒し競技中に行われた多数の反則行為。これを重く見て、1年B組及びD組にはペナルティが与えられる。具体的には、体育祭終了後に30クラスポイントが没収されることになる。原因の生徒はしっかり反省するように」
テントに入ってきた真嶋先生がそう言って、俺たちを一瞥した。
「競技結果に変更はないでしょうか?」
「それは当然だ。あくまでも、『生徒による多数の反則行為があった場合』の規定に従って決められた罰だ。競技の勝敗をひっくり返すようなものではない」
葛城の質問に対して、無表情で答えた。
決定が恐ろしく早いのは、元々ルール化されているからだろう。ここまで大規模なケースはあまりないかもしれないが、棒倒し自体荒れやすい競技だし、反則は想定内というわけだ。それにしても軽い気がするけど……反則行為と一まとめにしている以上、仕方がないのかもしれない。
大した罰が下らなかったことに対して、多くの生徒がニヤニヤしている。
……もう、こいつらはさっさとAクラスに支配させた方がいいだろう。今回の棒倒しは正直楽しかったが、毎度こんなことをされては俺が疲れる。早いところ、帆波教に入信させてしまおう。
個人の利益を第一に考えている者が大半である以上、ポイントで釣れるのは確実だ。多数決を取ってしまえば、葛城だって納得せざるを得ない。それでも聞かない頑固な奴は……退学させるよう、俺が帆波に命令してしまうのも悪くない。
この崩壊したクラスをまとめることができる人間など、帆波ぐらいしかいない。
荒廃した精神を「正しい」方向へ導けるかどうか、神様の手腕に期待したいと思う。
直後に行われた女子玉入れも、B・Cクラスの勝利となった。
かなりの僅差だったため、真鍋たち四人がいたら結果は違っていたと思われる。
ここまでを通して言えるのは、意外とBクラスが強いということだ。棒倒しの勝ち方はともかく、各種目の成績はいずれも悪くないものばかり。白組には十分貢献できている。
まともに練習していない上に、参加表は白紙。生徒たちは自分がいつ出場するのかさえ知らなかった。それにも関わらず、こうして一定の結果を残しているのは大したものである。
腐っても元Aクラスの集団だから、各々が持っている能力はかなり高い。つまり、飴とムチを使ってうまく制御すれば……大きな力を発揮できる可能性がある。
他人事ではあるが、俺はそんなことを感じていた。
……なお、綱引きにはほとんどの者がやる気を見せず、ウソのようにボロ負けした。