障害物競走と二人三脚は、どちらも最下位に終わった。
俺だけがダメというわけではなく、Bクラスの生徒はみんなダメだった。
いずれも練習がモノを言う種目なので、これは仕方のない結果だと思う。
女子の騎馬戦はA・Dクラスの辛勝となった……Dクラスの人員減をカバーする、帆波たちAクラスの実力が素晴らしかった。
今から男子の部が行われるが、Bクラスは先ほどの棒倒しで六人の負傷者が出ている。そのうち二人は軽い打撲程度で済んだものの、あとの四人は結構な重傷であるという。
「……四人なら、無くなる騎馬は一つで済む。無理はやめておけ」
葛城はそう言って、負傷者たちを気遣った。
彼らは四人とも、ここで体育祭終了となる。200メートル走はさすがに厳しいだろうし、推薦競技にはエントリーしていない。
では、Dクラスはどうだろうか。あちらの負傷者は六人程度では済んでいない。その上、石崎などはきっと推薦競技に出てくる予定だったはずだ。出場不可となれば、ここからポイントを払って選手変更するか、競技を捨てるかの選択を強いられることになる。
(……龍園、きついだろうな)
不敵な笑みを崩さない龍園を、遠目に見つめる。
心がまだ折れていないことに感嘆した。いや、折れていないというより……
(もしかして、体育祭での勝利にこだわっていない?)
勝ち負けよりも、他の人間がどう動くかを見ているような感じがする。
体育祭は勝負どころではないと判断しているのだろうか?
四人で集まって、騎馬を作り始める。
誰が上に乗るかというのは当然決まってないので、ジャンケンで決めることにした。
……残念ながら?俺は負けたので、馬の方をやることになった。
「えっと、橋本だっけ。よろしく」
「おう、まあ程々にやろうや。怪我なんかしたらバカみたいだからな」
「同感だ」
ジャンケン勝った橋本は、適当な調子でそう言った。こう見えて意外と冷静なタイプであるらしく、棒倒しの際も足を引っかける程度の嫌がらせに留めていたのを覚えている。
「……高城は、最初の最初から見切ってたよな。葛城のこと」
「見切ってたというのはちょっと違うな。有栖ちゃんが興味なさそうだったから、無視してたって言う方が近い。そういうお前こそ、一貫してあいつの言うことは聞いてないだろ」
こいつは、葛城とはかなり初期の段階から距離を置いている。勉強会などのイベントに参加している姿を見たことがない。ほぼ毎回、俺たちと同じタイミングでさっさと帰るイメージだ。
「ハハッ、その通りだ。俺は無能な上司には付かないと決めてるのさ。ただ、このクラスの不運……俺にとっての誤算は、無能ではないリーダー候補がそもそも存在しなかったことだ」
諦めたような顔で、橋本は葛城の姿を見つめた。
やる気なさげな態度を示しつつも、Aクラスで卒業したいという気持ち自体は持っている。俺と同じタイプかと思いきや、どうもそういうわけではなさそうだ。
騎馬戦が始まった。
担ぎ上げられた橋本は、早速ぶつかり合ったBクラスとDクラスの戦況を眺めている。
……Dクラスの騎馬が二つ少ない。やはり、相当な数のけが人が出ていたようだ。
「あっ、あれは反則だろ」
敵の騎馬に飛び移り、乗っている生徒を殴り始めた者がいた。二人分の体重が乗ったことでバランスが崩れ、全員まとめて落下した。その際上から踏みつけるような形となったため、やられた側はかなり痛がっている。捻挫で済んだだろうか?
相変わらずBクラスはやりたい放題であり、完全に棒倒しと同じ流れだ。
……当該生徒及び、その者を乗せていた三名が反則退場になるというアナウンスが流れた。
さすがにNGだったらしい。まあ、あんな行為を許したら騎馬戦が成立しないからな。
薄笑いを浮かべながら、反則者たちはグラウンドの外へ去っていった。
「汚ねえな、あれが葛城派だったなんて……信じられるか?」
橋本は蔑むような目で、その四人を見ていた。こいつの言う通り、奴らは数少ない葛城派だったはず。本来であれば、こんな反則行為に走る連中ではない。
あの棒倒しでタガが外れてしまったようだ。葛城に近い人間ほど、多くのストレスが溜まっているだろうから……理解できる部分もある。
そして、これは清廉潔白な葛城との決別宣言でもある。卑怯な行為を控えるよう、葛城は競技前にクラス全員へ話していたからだ。反則退場はそれを無視したことに他ならない。
この体育祭は、葛城体制が完全に終了するきっかけとなるかもしれない。
敵の反則による落下はノーカウントであるため、崩れたDクラスの騎馬はもう一度組み直す権利が与えられる。しかし、落下した生徒とその下敷きになった生徒がいずれも負傷したため、騎馬を作ることができずにリタイアとなった。
結果だけ見ると「相打ち」である。騎馬の絶対数で勝るB・Cクラスは、より有利な形となった。ここでも、ダーティープレイが効果を上げた。
その後も体当たりを仕掛けて強引に騎馬を崩したり、ハチマキを取る手で目潰しを試みるなど、悪質すぎる行為がそこらじゅうで発生していた。
「……こりゃ、巻き込まれないようにするのが正解だな」
「ああ、俺もそう思う」
意見が一致した。なるべく接触を避けながら……俺たちはAクラスの生徒に接近し、ハチマキを奪われた。これで終了となる。一緒に組んだ他の二人はやや不満そうだったが、特に文句は言わなかった。こいつらも、内心この流れがダルくなっていたのかもしれないな。
何にせよ、今回も怪我なく終わることができて良かった。
騎馬戦はB・Cクラスの勝利となった。最後の龍園の粘りは凄かったが、須藤とタイマンを張っている背後から戸塚の騎馬が突撃した。足を支えている生徒に飛びかかったことで龍園は転落し、ゲームセットとなった。せっかく熱い展開になっていたのに、何とも後味の悪い終わり方だった。
「あの時の龍園、凄かったな」
「そうね。戸塚に対する殺意が、見ているこっちにも伝わってきた」
最後の全員参加種目……200メートル走までの間、俺は真澄さんと雑談していた。
あとちょっとで、俺の体育祭が終わる。そう思うと少しテンションが上がってくる。
「……あいつら、何やってんだ?」
グラウンドでは、現在3年生の騎馬戦が行われている。
そこから離れたところに、女子たちが集まっていた。その中心にいるのは……白波千尋。
何やら怪しい感じがするので、俺たちは距離を詰めて聞き耳を立てた。
「……つまり、一之瀬さんは学校全体の幸福を願っているのです。あなたたちは、負けたわけじゃない。これからは悪に立ち向かう正義の味方として、一緒に戦いませんか?」
白波は真剣な表情で、生徒たちに訴えかけている。
どうやら、いかに帆波が優れた存在かを説明しているようだ。
「私たちのクラスは、一之瀬さんによって幸せになりました。私は、それを他のクラスの人たちにお裾分けしたいのです。心優しい皆さんが、破滅へと向かう姿を見ていられません。私たちと共に……栄光の道を歩みましょう!」
小さな歓声が上がった。そのうち何人かは拍手もしている。
聴いている生徒は全員がBクラスの女子だ。これはついに動き出したということか。
白波が俺の姿を見つけて、にっこりと笑った。俺は目を合わせて、笑い返した。
あいつの考えていることを概ね理解できた。今回は、さすが白波と言っておこうか。
……今、俺たちの利害は完全に一致している。止める理由など、あるはずがない。
(あいつら、放っておいても大丈夫なの?)
(大丈夫だが、真澄さんは『飲まれるな』。自分を強く持ってくれ)
(……わかった)
Aクラスにおける神崎のように、集団を俯瞰的に見ることのできる存在は必要だ。
今後、真澄さんにはそういう役割を担ってもらいたい。その方が有栖ちゃんも帆波も動きやすいだろうし……全てを話すつもりはないが、ある程度のタネは明かす気でいる。
それにしても、白波は大したものだ。集団を操作するという目的において、モノで釣るより何倍も効果的な方法を理解している。今度会った時は、称賛の言葉をかけたいと思う。
……本人は帆波が話を持ちかける上での布石と考えているのだろうが、聴衆の大半はすでに帆波教へ引き込まれているように見える。時間さえかければ、白波の力だけでBクラスの女子全員を落とせるのではないかと感じた。
Aクラス女子の強烈な信仰心は、彼女の手で作り上げられたといっても過言ではない。
この女がいる限り、帆波の絶対的な支配体制は揺るがない。俺はそう確信した。