よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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第49話

 200メートル走を終えて、昼休憩に入った。やる気もスタミナも失っていた中でこの距離を走るのは難しく、なんとか最下位を回避するのが精いっぱいであった。

 支給される仕出し弁当を二つ受け取り、有栖ちゃんが待つコテージへと向かった。

 

「おーい、弁当持ってきたぞ」

「ありがとうございますっ、どうぞこちらへ」

 

 心なしか、有栖ちゃんの声が弾んでいる気がする。

 俺に会えて嬉しいと思ってくれているのだろうか?

 

「おお、うまそうだな」

「そうですね。外部から高級なものを取り寄せたと聞いています」

 

 さっそく弁当を開けて、食べ始めた。身体を動かしたのでお腹はペコペコだ。体育祭を乗り切った達成感もあり、非常に美味しく感じる。

 とにかく、怪我をせずに終えられてよかった。有栖ちゃんの世話に影響が出るような事態だけは避けたいと思っていた。身体が無事だったというだけで、俺の中では百点満点だ。

 

「午後は、私と一緒にいてくれますか?」

「もちろん。参加する競技も無いし、離れる必要性が見当たらない」

 

 そういえば高円寺はどこに行ったのだろうか?

 礼を言おうと思っていたのだが、姿が見えない。

 

「高円寺くんは、晴翔くんが来る直前に『礼は不要だ』と言ってどこかへ行ってしまいました」

 

 うわぁ、高円寺っぽい。

 やっぱ変わってるなあと思いつつも、今日の件は本当に感謝している。あいつが俺に何かお願いしてくるとは考えづらいが、もしそういう機会があったら協力しよう。

 

 グラウンドや校舎など、みんな思い思いの場所に陣取って弁当を食べている。しかし、さすがにこのコテージに来る者はいないようだ。暑さを回避できるし、居心地も悪くない。有栖ちゃんと二人、今日はこのままここで過ごすのもいいかもな。そう考えていたのだが……

 その時、一人の生徒が隣に座った。予想外の人物の登場に、俺は驚いた。

 

「私もご一緒しても、よろしいですか?」

 

 柔らかな微笑みが可愛らしい少女は、椎名ひより。船で会話して以来、久しぶりの接触だ。

 ……なぜ、このタイミングで俺たちのもとへ来たのだろうか?

 どういう意図があるのかわからない。有栖ちゃんもそう思ったのか、警戒を強めている。

 

「ふふっ、警戒されなくても大丈夫ですよ。私はお二人と仲良くなりたいのです」

「俺たちと?」

「はい……」

 

 そう言って、俯いた。もしかしたら、クラスの内部で何かがあったのかもしれない。

 椎名ひよりという少女は、独自路線を貫く印象がある。もちろん堀北のようなタイプではないが、自分の世界を持っているイメージだ。龍園とどういう関係なのかはわからないものの、少なくともこうやって単独で俺の後をつけてくる程度の自由は与えられている。あいつのやり方を考えると、それだけでも特別扱いされていることがわかる。

 

「椎名さんが、孤独に耐えられないような弱い人間とは思えません。何か他の目的があるのなら、教えてください。手の内を明かせない方と仲良くするのは……私には難しいです」

 

 有栖ちゃんはじっと彼女を見つめながら、行動の真意を探っている。

 

「それは過大評価です。私はそんな、強い人間などではありません。ですが私を信用できないというのなら……お話ししましょう。今、何が起きているのか」

 

 話しているうちに弁当を食べ終わったので、俺はゴミを集めて周りを整理した。

 一口水を飲んでから、彼女の話を聞く態勢に入った。

 

 

 

「龍園くんは、今回の体育祭でどれだけ負けてもいいと考えています」

 

 俺の予想通り、龍園は勝ちにこだわっていなかったようだ。

 頷くことで続きを促すと、椎名さんは驚いた顔をした。

 

「わかっていたのですね。すごい……」

「いや、これは直感的なものだ。読んでたわけじゃなくて、なんとなくそう思っただけ」

 

 むしろ、それを読まれたことにびっくりだよ。思考が外に漏れているような感覚だ。

 

「そうだとしても、すごいと思いますが……続けます。龍園くんの目的は、勝利とは別のところにあるのです。しかし、それを全員が理解できるわけではありません」

 

 当たり前のことだ。一を聞いて十を知るような、天才ばっかりじゃない。集団をまとめるというのは、言い換えれば一番ダメな奴を引っ張っていくということだ。

 龍園なら、それぐらいのことは理解していると思うが……

 

「特に彼は、説明を好まないところがあるので……普段から彼の近くにいる生徒以外には、ただ負けが込んでいるリーダーとしか認識されていません」

「……つまり、あいつの実力が張りぼてなんじゃないかと疑われているのか」

「おっしゃる通りです。最近は、『裸の王様』などという言葉も聞こえるようになりました。暴君が支配することで落ち着いていた火種が、再燃しようとしているのです」

 

 彼女の言いたいことがわかった。

 暴力による支配というのは、当然ながら本人が強くなければならない。負けが続いていることで、その「強さ」に対して疑念が生じているというわけだ。

 体育祭において、龍園は彼女が言うような意図をもった上で負けた。しかし、周囲の人間はそう思ってくれない。船上試験に続いて、Aクラスのいいようにされている印象を受ける。

 何より、三人の生徒が退学にされるような事件を未然に防げなかったという事実。支配力を疑われてしまうのは、当然であるといえる。

 

 何度負けても立ち上がり、最終的に勝つ。それはある意味天才的な考え方であり、龍園だからできることだ。一般的な生徒に、そこまで強靭な精神力を求めるのは難しい。

 懇切丁寧に説明すれば理解してもらえるのかもしれないが……

 

「本当のことを話すにしても、ああいう支配をしていると素直に受け入れてもらえるかわからないよな。だからといって、今さら仲良しクラスになるのは無理だろうし……難しい問題だ」

「ふふっ」

 

 突然、笑い始めた。どうしてこのタイミングで?

 ……なかなかの不思議ちゃんだなあ。あまり関わったことのないタイプの子だ。

 

「どうした?」

「あっ、すみません。ほとんど交友のなかった私の話を、真剣に聞いてもらえたことが嬉しくなってしまったのです。あなたには……『優しさ』があるのですね。だから多くの人が惹きつけられるのでしょうか?」

 

 なぜかテンションが高くなった椎名さん。それを見て、考え込む有栖ちゃん。

 彼女の透き通った瞳は、どこまで俺たちのことを見通しているのだろう?

 

 

 

 気軽に呼んでいいということだったので、ひよりと呼ぶことにした。

 

「ひよりさんは、どのような本を読むのですか?」

「そうですね……」

 

 女子二人で読書談義が始まった。博識な有栖ちゃんとは話が合うらしく、楽しそうだ。

 中学時代の有栖ちゃんは、授業中ずっと何かの本を読んでいた。そのジャンルはバラバラで、毎日違うものを選んでいた。おそらく退屈しのぎだったとは思うが、かなりの数を読破していた。

 ……記憶力が高く、流し読みで内容を暗記してしまうのは驚きだった。

 

「晴翔くんは、読書に興味はありませんか?」

「うーん。興味自体はあるけど、機会がなかったというのが正直なところかな。中学の頃は、趣味に割ける時間なんて全くといっていいほど無かったし」

 

 ひよりの問いに、あまり深く考えず答えた。

 あっ、ちょっと失言だったかも。気づいた時にはもう遅い。

 

「ご、ごめんなさい。私のせいです。長年にわたって、私が酷い扱いをしていたから……何と謝っていいのかわかりません。どうすれば償えるでしょうか?」

「ああいや、皮肉ったつもりはないんだ」

 

 うるうると目を潤ませる有栖ちゃん。最近は打たれ弱すぎて、傷つけないようにするのが大変だ。ぎゅっと抱きしめて頭を撫でると、少し落ち着いて顔を上げてくれた。

 そんな俺たちの様子を、ひよりは興味深そうに見ていた。

 

「有栖さんと晴翔くんは、本当に二人で一つなのですね。羨ましい関係です」

「……私は、彼がいなければ生きていくことができませんから」

 

 俺の服を両手で掴んだまま、有栖ちゃんは呟いた。

 いつも通りの表情に戻っている。やっぱり……この子には俺がいないとダメなんだな。

 

 

 

 いつの間にか昼休憩の時間が終わっていた。だが、俺たちの休憩は閉会まで終わらない。

 クラスを応援する気など一切無いので、コテージから出ないで話を続けることにした。

 

「……なるほど、ひよりまで批判されるようになってしまったのか」

 

 ひよりと仲良くなった俺たちは、彼女が本当に話したかったことを聞き出した。

 争いを好まない温厚な性格と、趣味に没頭するその姿。Dクラスへと陥落した者たちには、彼女がやる気のない人間として映ったらしい。その超然とした雰囲気から、以前は表立って批判を受けることはなかったようだが、余裕を失った集団はスケープゴートを求め始めたのだ。

 ……もっとも、諸藤が停学から戻ってきたら袋叩きになるのは確実だ。それまでの辛抱だということは本人も理解してるだろうし、何か我慢できない事情があるのだろう。

 

「教室では昼食を取ることさえ難しい雰囲気で……二学期が始まってからは、図書室についてきて私の悪口を言う人まで現れました。あえて聞こえるように話しているのを感じてしまい、とても悲しい気持ちになります」

「ひでえ話だな」

「そのため、最近はあそこへ行くことも嫌になってしまいました」

 

 ひよりは沈痛な面持ちで語った。

 大好きな図書室が使えない。本の虫である彼女にはあまりにも辛い状況だ。それをどうにかできないかと、藁にもすがる思いで俺たちに助けを求めてきたのだ。

 

「ひよりさんにとって、本を読めないというのは辛いものですよね」

「買ってしまうのが一番良いのですが、好きな本を好きなだけ買えるほどの余裕も無く……正直、どうしていいかわからないのです。すみません、こんな愚痴を聞かせてしまって」

 

 全ての疑問が解けて、俺は完全に納得した。そりゃあしんどいよな。

 ここまでされて怒らないなんて、ひよりは素晴らしい人格の持ち主だと思う。だからこそ、こういう人を困らせる奴らには義憤を覚える。絶対に図書室へ行けるようにしてやろうと、俺は鈍い頭をフル回転して対策を考える。

 

「……最低でも週二回、放課後を読書タイムとする」

「えっ?」

 

 意外と早く思いついた。根本的な解決ではないが、悪くはない方法だ。

 

「場所はもちろん図書室だ。そこで、一緒に本の世界を楽しもうじゃないか。俺がいれば、ひよりの邪魔をする奴も減ると思う。学内での評判の悪さには自信があるぞ?」

 

 ここに来て、変なあだ名と尾ひれのついた噂が役に立ちそうだ。

 俺に関わってくる人間は友人を除くとごく少数であり、大半の生徒からは避けられている。

 そんな俺が急にひよりと読書を始めたとなれば、周りの奴らは勝手に離れていく可能性が高い。恐れられているということもあり、悪口に対しても一定の抑止効果が見込めるだろう。

 また、読書という習慣にも興味が湧いてきた。ゆっくり本を読むなんて、よく考えなくても最高だ。慌ただしい生活を強いられる中、彼女との時間が一つのオアシスになるかもしれない。

 

「あ、ありがとうございます。どうして、そこまでしていただけるのですか?」

「ひよりが俺の友達だから。困っている友達を助けるのに、理由なんて必要ない」

 

 俺の言葉を聞いたひよりは、嬉しそうに笑った。

 

「はいっ、晴翔くんと有栖さんは私のお友達です。今後とも、よろしくお願いしますね」

 

 初めて見せてくれた、弾けるような笑顔。それはとても魅力的で、いつまでも見ていたいと思った。ちょっとした行動でこの笑顔が見られるなら安いものだ。

 俺たちの交友関係に、個性的なメンバーがまた一人追加された。

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