よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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第53話

「……私は、みんなと一緒に進みたいんだ。この学年を、学校を幸せにするために」

 

 静まり返った教室に、帆波の声が響き渡った。

 すでに女子は白波の支配下となっている。あとは男子だが、先ほど提示されたメリット……龍園に対する負債を肩代わりするという条件を受けて、概ね好意的な反応を示した。

 

 Aクラスが動きを見せたのは、十月半ばのことだった。

 そろそろ次の特別試験が来るというタイミングで、このクラスにアプローチをかけてきた。

 葛城も最初は渋っていたが、主に女子からの圧力もあり受け入れざるを得なくなった。

 ……もっとも、最早リーダーの座を失った彼がどうこう言ったところで、クラスを構成する一人の意見としか受け止められないのだが。集団をまとめる者など、もうどこにもいない。

 

「賛同してくれる人は、今からうちの教室へ来てほしい……契約書にサインしてもらった後に、二万ポイントを振り込むよ。きっと、悪い話じゃないはず」

 

 そう話を切られた後、俺たちはゾロゾロと彼らの教室へ向かっていった。

 

 あらかじめ用意されていた契約書へ、順番に名前を書いていく。Aクラスの生徒たちが周りを取り囲み、物々しい雰囲気だ。

 ……戸塚が最後まで抵抗していた。しかし、全員の署名が確認されない限りポイントを振り込まないと神崎が発言したことで、他の生徒たちは彼を睨みつけた。その後観念したのか、結局はボールペンを取り端っこの方へ名前を書いた。

 たった数分で、賛同者のみという条件がひっくり返されている。おそらくは俺たちの様子を見ていて、一押しすれば全員いけると判断したのだろう。まあ正解なのだが、葛城の渋い顔を見ていると少し可哀想になってくる。こんなの、降伏文書に調印しているようなものだからな。

 これにより、このクラスは帆波たちの手に落ちた。ここまで来ても、既にAクラスを諦めている生徒たちの顔には、悔しさというものが見られなかった。

 

 

 

 その放課後。相変わらず人気のないカフェに、俺たちは三人で来ていた。

 

「はいっ、ご主人様……今月のポイントだよ」

「俺たちは龍園の契約から逃れてるから、この書きっぷりだと貰えないはずなんだけど」

「そんなの誰も気づいてないし、いいのっ」

 

 端末を見て、ポイントが入っていることを確認する……

 

「あれ、20万ポイント入ってるぞ。ゼロ一つ間違えてない?」

「そ、そんなことないよ〜だ」

 

 こいつやりやがった。まさか、これから毎月俺に20万送りつけてくるつもりか。

 とはいえ、思うがままに動けと言った手前やめろとも言えない。自分の発言に縛り付けられている形だが、ここまで依存されるとは誰が予想できるだろうか。

 

「……まったくお前は」

「えへへ。本当はポイントなんかじゃなくて、私の全てを捧げたいぐらいなんだけど……がまんがまん。もし足りなかったら、いつでも言ってね?」

「そ、そうか」

「私の心も身体も、全部あなたのものだよ……?」

 

 そういうことを外で言うなと思いつつも、その言葉には背徳的な快感を覚えてしまう。征服欲や支配欲と表現されるそれを、帆波は的確に刺激してくる。

 ……きっと、わかっててやってるんだろうな。今の過激な発言で俺がどう思うか、ある程度計算されている感じがする。怖い怖い。

 ドン引きしている有栖ちゃんをよそに、俺はバッグへと端末をしまった。

 

「話変わるけど、あの契約書は有栖ちゃんが考えたの?」

「はい。以前から考えていたものを、帆波さんへお送りしました」

 

 あれは良くできた不平等条約というか、今のクラスの力関係を表しているものだった。

 特筆すべき点は、Bクラスの生徒による裏切り行為が認められた場合、その者に対してそれまでに肩代わりしたポイントの総額を請求できるという部分だ。一月あたり76万の「賠償」は、個人では到底不可能なものである。

 サインした生徒たちの中には、この条項に違和感を覚えた者もいるかもしれないが……感覚を麻痺させる帆波のカリスマ性と、予め根回しを行った白波の努力がそれを潰した。

 Bクラスは今日、完全なる奴隷と化した。今後の逆転勝利を少しでも考えているなら、戸塚の行動は正しかったのだ。しかし、あいつも最後は同調圧力に屈してサインさせられてしまった。こうなった以上、もう取り返しはつかない。帆波教の支部として、細々とやっていくしかない。

 

「……やっぱり、このあたりは有栖ちゃんにかなわないかな。最後のポイント給付なんて、よく考えたなって思う。私には思いつかないやり方かも」

「裏切らないことのメリットを感じさせるのは、植民地化する上で重要なポイントです」

 

 帆波が言っているのは、契約書の後半に記載されたものである。これは先ほどの説明でも丁寧に話されていた部分なので、よく覚えている。

 内容としては、毎月一日に(Aクラスのクラスポイント-Bクラスのクラスポイント)×10ポイントが全員に支給されるというものだ。

 額としてはそう大したものではないが、見捨てないというアピールには最適である。

 他にもポイント絡みで細かい規定があり、一つの「システム」と言ってもいいほど良くできた契約となっている。もしかすると、これは……

 

 

 

 話を終え、俺たちは席を立った。

 帆波は当然のごとく伝票を手にして、そそくさと支払いを済ませてしまった。

 

「俺は何もしていないが、いいのか?」

「もちろん。晴翔くんのためなら、いくら払っても安いぐらい」

「……そっか、ありがとう」

 

 本人がそう言うなら、ありがたく奢ってもらうことにする。

 先ほどの20万もそうだが、貰えるものは貰っておくのが俺のポリシーだ。

 

「帆波さん、最後に一つだけ」

「何かな?」

 

 有栖ちゃんの言葉に、帆波は首をかしげる。

 

「当初の構想では、帆波さんに対する支援は今回を最後とする予定でした。しかし、あなたは……私の予想とは異なる動きをしました」

「うん、きっとそうだよね」

「その上で問いたいのです。あなたは、どうなりたいのですか?」

 

 かなり勇気を出して、質問したという印象を受ける。

 ……有栖ちゃんが怯えていたのは、帆波の真の目的が掴めないからだったのか。

 

「それは、晴翔くんとどうなりたいかって意味?」

「その認識で結構です。帆波さんは、恋人になるのは難しいという前提で行動しているように見えます。この関係のまま進み続けるのは不可能ということも……わかっているのでしょう?」

 

 恐る恐る、確認しながら帆波を問い詰める。それは地雷な気もするが、俺はあえて黙っておく。有栖ちゃんにいつまでもビクビクされるのは困るから、一度お互いに溜まっている想いを吐き出したほうがいい。ギクシャクした関係を修復するには、荒療治も必要だ。

 ……そう、思っていた。

 

「ふふっ、わかってるよ。それでも、もうどうにもならないぐらい好きになっちゃった。もし晴翔くんに捨てられたら、私は……耐えきれなくなって、死んでしまうかもしれない」

 

 帆波はじっと俺の方を見つめてきた。

 壊れたような笑みに、心を大きく揺さぶられる。

 

「おいおい、そんな物騒なこと言うなよ」

「でも、そうすればあなたの心には私という存在が永久に刻まれるよね。つまり、本当の意味で一緒になれる。だからきっと、私は死にたいんだと思う」

 

 語られたのは、あまりにも破滅的な考え方だった。俺は愕然とした。

 どうして気づかなかったのだろう。よく考えなくとも、屋上の柵の外側に立つような人間が、まともな精神状態であるはずがない。その根本となる原因を解消することなく、依存させることで塗り替えたのが俺だ。俺は彼女を助けていない。成功とか失敗とか、そういう次元の話ではない。

 これが俺を縛りつけるための、計算ずくの発言である可能性もある。しかし事実として、俺は今後帆波を切ることができなくなった。彼女が死ぬかもしれない。そんな恐ろしいことを示唆されて、見放せるわけがないだろう。

 

「帆波、お前は……いや、もういい。お前は俺のために動く。そして、俺はお前のために動く。決して一人ぼっちじゃないんだ。それだけは、どうかわかってくれ」

「ありがとう。やっぱりあなたは、とても優しい人なんだね」

 

 これは優しさなんかじゃない。最低な男が、自分の立場を失わないように振舞っているだけ。

 帆波からの一方的な信頼が、罪悪感という形で精神を深く傷つけていく。胸が痛い。

 

「言いたいことはわかりました。ここまでにしましょう」

 

 有栖ちゃんが半ば強引に話を打ち切った。助けられた形だ。

 俺の恋人はこの子しかいない。でも、帆波と離れることもできない。

 どうすれば全員にとっていい形になるのか、見当もつかない。

 

 ……俺がこいつとくっついてやれば、解決するのだろうか?

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 喫茶店の外。帆波が立ち去った後も、俺はぼーっとしていた。

 正解の存在しない問題である。考えても仕方がないのだが、頭から切ることができない。

 

「有栖ちゃん、俺はどうすればいいんだろうね」

「……今回の件、大元となっているのは私の行動です。全ては、私があの日に迂闊なことを言ってしまったのが原因です。本当にごめんなさい」

 

 あの日とは、俺が帆波を学校まで探しに行った日のことだ。部屋で帆波にかけた言葉を、有栖ちゃんは本気で後悔しているように見える。

 

「その瞬間までは、彼女のあなたに対する想いはそこまで強くなかったと思います。実は私が味方ではなかった。そう知った時の絶望感が、彼女を爆発させてしまいました」

 

 有栖ちゃんの分析は、多分正しい。

 帆波の中では、この学校で味方と言える存在は俺しかいないことになっている。俺だけが帆波を理解し、俺だけが帆波を助けられる。そう思い込んでいる。

 

「帆波が変わったきっかけが有栖ちゃんの言葉だったとしても、直接の原因は俺にある。逆に言うと、俺たちがあいつと決別しようとすれば……遅かれ早かれこうなっていたような気もする」

「おっしゃる通りです。元々はあなたを楽しませようと思っていたのですが、やり方が最初から間違っていたと考えざるを得ません」

「まぁ、他人事として楽しませてもらっていたのも事実だ。そこは共犯関係として、俺も含まれて然るべきだと思う」

 

 話し合っているうちに、熱くなった頭がだんだんと冷えてきた。

 

「……結局は、あなたがどうしたいかということです。私にとっては、それが一番大切なことですから。桔梗さんのように家族として迎え入れるも良し。いつか限界が来るまで、今の微妙な関係を継続するのも良しです。私はあなたの決定に従います」

「わかった、考えておこう」

 

 俺が決めた方針に沿って、有栖ちゃんは動いてくれるようだ。

 ……少し冷静になって考えてみると、今はまだそこまで悪い状況ではない。

 何も急ぐ必要はないのだ。高校生活はまだまだ長い。これからの数年間で、変わってくるものもある……もしかしたら、時間が解決してくれる部分もあるかもしれない。

 帆波の圧に押されて、まるで喫緊の課題であるかのように錯覚していたが、全然そんなことはない。あえて傷つけるような行動を取らなければ、あいつは可愛いペットのままでいてくれる。当分の間は「ご主人様」として飴と鞭を与えておくのが正解だろう。

 また有栖ちゃんに助けられた。シンプルな意見こそ、今の俺が最も欲していたものだ。事実を淡々と述べてくれたことで、精神的な落ち着きを取り戻すことができた。

 

「……さすがにあれが全て計算とは思えませんが、彼女は『どうすればあなたが離れないか』を直感的に理解している可能性があります」

「死を匂わせたのも、そうすれば俺に捨てられないってわかってるから?」

「全ては憶測です。ただ万が一あなたに見捨てられた場合、本当に実行してしまいそうな怖さがあります。いえ、それすらも彼女の狙いなのかもしれませんね」

 

 一つ頷いてから、有栖ちゃんは帆波が歩いていった方向を見つめた。

 如何なる場合においても、俺が優先するのはこの子だ。それだけは絶対に忘れてはならない。

 

 ようやく、思考を誘導されていたことに気づいた。

 自らの頬を数回強く叩くことで、俺は帆波に染められつつあった自分を引き戻した。




 洗脳系女子。
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