よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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第56話

 夜六時。俺と有栖ちゃんは、帆波の部屋を訪れた。

 そこにはすでに先客がいた。柔和な笑みを浮かべる、普通にしていたら人畜無害な女の子。

 

「千尋ちゃんも一緒だったのか」

「うん、メールで有栖ちゃんに呼ばれたんだ」

 

 学校内では有名人となりつつある、白波千尋である。

 ちなみに、体育祭以降はお互いを名前で呼ぶようになった。どうもあちらからは親友認定されているようだが、それはそれで結構怖いものだ。

 

「さて、さっそく本題に入りましょう」

「わかった。じゃあ、有栖ちゃんの構想を聞かせてくれるかな?」

 

 帆波は姿勢を正して、問いかけた。こういうところを見ると少し安心する。

 二人の関係性は大きく変わってしまったが、決して敵になったわけではない。

 

「今回のポイントはたった一つ。『問題を作成しないこと』です」

「……なんだって?」

 

 つい横槍を入れてしまった。俺としては願ったり叶ったりの提案だが、どういうことだろう?

 

「ルール説明の際に話があったと思いますが、もし問題を提出しなかった場合……攻撃相手に出題されるのは、学校側が考えた非常に簡単な問題となります。AクラスとBクラスはお互いに、それを解けばいいのです」

 

 説明を受けて納得した。ものすごい発想の転換だ。

 お互いのクラスを指名し合って、双方とも問題を作成しなかった場合はどうなるか?

 ……全員が低レベルな問題を解くだけで、期末テストをクリアすることができる。

 

「その上で、Bクラスの生徒には各教科の点数が90点を超えないように調整させましょう。100クラスポイントを譲らせる形になりますが、文句は出ないと思います。それでも心配なら、毎月1万ポイントを振り込むなど『補償』を提示するのも一つの手です」

 

 全教科を90点以下にするとなれば、平均点はそれよりだいぶ低くなる。わざわざ簡単だと先生が言うぐらいだし、本来は問題作成に失敗したクラスに対するペナルティのようなものだ。この程度でも、Aクラスを勝たせるには十分すぎる縛りである。

 そして、このやり方なら誰もがラクに特別試験を乗り切れる。勉強の必要すらないかもしれない。すでにやる気を失い、遊ぶことを第一に考えるBクラスの連中には美味しすぎる条件だ。

 

 ああ、これぞ有栖ちゃんだと思った。

 ルール説明からの短時間で、ここまで考えたのか……

 

「ね、すごいでしょ?」

「本当にすごい……よくそんなこと思いつくね」

 

 千尋ちゃんは感嘆の声を漏らしつつ、有栖ちゃんを尊敬のまなざしで見つめた。

 あっ、ちょっと嬉しそうだ。こういうところは、昔から単純なんだよな……可愛いなあ。

 

 

 

 今日はうちに桔梗ちゃんが来ないので、この四人で飯を食べることにした。

 個室のある和食店に移動して、俺たちは話を続ける。

 

「そういえば、攻撃クラスが被ったりしないのか?」

「その可能性は低いです。Bクラスは元Aクラスですから、学力が非常に高いことはよく知られています。また、今の状況でいきなりAクラスを狙うのはあまりにもハイリスク・ローリターンです。CクラスとDクラスは、お互いを攻撃し合うと見て間違いないでしょう」

 

 有栖ちゃんは、指名が重複しないと確信しているようだ。

 まあ、余程の自信がなければ学力の低い相手を選ぶとは思う。それに、龍園が清隆のいるCクラスを避ける理由もなさそうだ……そうなれば、もう終わってしまうのではないか?

 

「えっ、まさかこれでゲームセットか。無事に指名できたら終了ってことだろ?」

「私たちはそうなりますね」

 

 船上試験と同様に、すごい早さで終わらせてしまった。

 しかし、どこからこういう発想が生まれたのだろう……もしかして。

 

「ホームルームの時、俺がめんどくさそうにしてたのを見てた?」

「ふふっ、よく気づきましたね。晴翔くんのことは、常に観察していますよ」

 

 思った通り、この戦術は教室での俺の様子から着想を得たらしい。

 俺が問題を作りたくなさそうにしている。ならば、誰も作らなければいい。

 ……うーん、天才としか言いようがないな。やっぱり有栖ちゃんはいろいろ飛び抜けている。

 

 

 

 帆波が奢ってくれるということで、俺は天ぷら定食をいただくことにした。

 全体的に値段が高いが、味はかなり良い。内密な話をする時は今後も活用したい店だ。

 

「有栖ちゃん、私からも一つ聞いていい?」

「なんでしょう?」

 

 しばらく口数が少なかった帆波だが、このタイミングで質問をした。だんだんとギクシャクした感じがなくなってきた。この二人の関係改善という意味でも、良い方向に行っている気がする。

 

「Bクラスの中で、誰か裏切ったりする人はいないかな。そういう人にはポイントを払わせる契約になってるけど、それだけで言うことを聞くお利口さんばかりじゃないよね?」

 

 それは、組織のリーダーが持ってしまいがちな猜疑心というものだ。お人好しの帆波とはいえ、Bクラスの連中はまだ信用できないのだろう。体育祭での行動も見てただろうし、当然ではある。

 有栖ちゃんはその言葉を受けて、千尋ちゃんに目配せをした。想定問答に入っていたようだ。

 

「帆波さん、心配しなくても大丈夫だよ。Bクラスの生徒は、裏切る兆候のある人を見かけたら私たちに連絡してくれるよ。背信行為の証拠を発見して、私に提出した人には50万ポイントの報酬を与える仕組みになってるから……絶対にあなたを陥れるようなことはできない。私がさせない」

「そ、それは安心……でいいのかな?」

 

 微笑みながら、自分が作り上げたシステムを語った。

 顔は笑っているのに目が笑ってない。さっきまでの千尋ちゃんとはもはや別人である。

 狂気的な信仰心を感じる。これは、帆波モードとでもいうべきだろうか?

 

「集団を構成する者たちを、相互に監視させる。とても効果的な方法だと思います」

 

 ビビっている俺とは対照的に、楽しそうな有栖ちゃん。パチパチと軽く手を叩いて、千尋ちゃんを称賛した。意外と、この二人は相性が良いのかもしれない。

 

「そのうち周りが全員敵に見えてきそうだな」

「そうですね。帆波さんに対する忠誠心が低い者は、揃って疑心暗鬼になるでしょう」

 

 有栖ちゃんの言葉、その意味を考えてみることにした。

 まず、帆波を信奉する者たちは嬉々として裏切り者を告発するだろう。そこに関しては間違いないが、問題はその他大勢の人間がどう動くかだ。

 ……信者とはいかなくとも、体制に不満の無い連中。今のBクラスの大半を占める生徒たちだって、50万ポイントのために密告するかもしれない。いや、自己の利益を最優先する彼らなら間違いなくやる。ほぼノーリスクで多額のポイントを獲得できるなんて、こんなにラッキーな話はない。

 逆に、裏切ろうとする人間からすればこの状況は恐怖でしかない。尻尾を掴まれたら最後、Aクラスによって吊し上げられて、莫大な賠償金を支払うことになる。そして、その密告者は自分の隣に座っている生徒かもしれないのだ。

 

「未然に裏切りを防ぐという意味でも、素晴らしい戦略であるといえます。完璧です」

「えへへ……ありがとう、有栖ちゃん」

 

 照れる千尋ちゃんの姿と、やっていることのギャップが大きすぎて戸惑う。

 とはいえ、有栖ちゃんがここまでストレートに褒めるのは珍しい。何か理由でもあるのか?

 

「統治能力が高く、絶対に裏切らないお友達がいるのです。体制の維持は彼女に任せて、帆波さんはクラス間闘争に重きを置くのが最善かと思われます」

「……そうみたいだね」

 

 帆波は一度目を瞑ってから、千尋ちゃんの頭を撫でた。それを嬉しそうに受け入れた彼女の表情は、恋する乙女そのものであった。

 

 俺はふと思った。もしかしたら、有栖ちゃんが自分でやろうとしていたことを、千尋ちゃんが先回りして行っていたのかもしれない。いや、きっとそうだろう。不安や恐怖といった人の感情を利用するやり方は、有栖ちゃんの最も得意とするところだ。

 一部とはいえ、天才である自分と同じ考えに至ったこと。それを有栖ちゃんは嬉しく思ったのだろうか。そうであれば、千尋ちゃんは今後も「お気に入り」になる可能性が高い。

 

 ……帆波が絡むと有栖ちゃんレベルの思考力になるって、どういう理屈だよ。愛の力?

 学生寮へ帰るまでの間、彼女の微笑んだ顔が俺の頭から離れなかった。

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