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5月。
今日は答え合わせの日。
クラスポイントという制度に、各クラスの生徒が衝撃を受ける日だ。
真嶋先生が、さっそく各クラスのポイント数が書かれたプリントを張り出した。
Aクラス - 900ポイント
Bクラス - 820ポイント
Cクラス - 490ポイント
Dクラス - 0ポイント
クラスがざわめき立つ。落ち着いているのは、俺と有栖ちゃんのみだった。
その後、クラスポイント制度の概要及び、毎月振り込まれる個人用のポイント……プライベートポイントはクラスポイントの100倍となることについて、詳しい説明が下された。
さらに、卒業特典はAクラスのみであること、毎月ポイントが増減すること、そしてAクラスは優秀であったことなどが話された。
いずれも、俺の知識通りの内容であった。
また、入学式の日にあった俺たちに対する特例措置の件も、今まで連絡できなかった理由(クラスポイント制度の秘匿のため)と合わせて、正式に話があった。
「今から小テストの結果を掲示する。各自、確認しなさい」
一通りの説明が終わった後、真嶋先生はそう言って新たなプリントを掲示した。
結果を見ると、俺はどの教科も60点程度の平凡な点数だった。わからない問題がちらほらあった上に、最後の方の難しい問題はノータッチだ。俺の実力ではこんなものだろう。
有栖ちゃんは、
そう、80点台である。
露骨に手を抜いたのだ。
数学のテストが終わった時、答案回収の際に最初の計算問題を全て空白にしているのが見えていたため、こうなるだろうとは思っていたが……全教科でそういうことをしていたらしい。
その意図はまた今度、聞いてみようかと思う。
「学力優秀な諸君には縁がないかもしれないが、今後のテストにおいては、一教科でも赤点を取った場合は即退学となる。他人事とは思わず、肝に銘じておきなさい」
真嶋先生はそう締めくくり、教室から出ていった。
ホームルーム後の反応は様々だった。
Aクラスの優秀さを鼻にかける奴、0ポイントとなったDクラスを嘲笑する奴……
そして最も大きかったのが、Bクラス強しの声。
当然だろう。クラス間の差はたった80ポイント。一発逆転すらありうる差だ。リーダーの地位を固めつつある葛城は、当面のライバルはBクラスになるだろうという結論を出した。
俺は、これは「違う」ことを知っている。
5月時点で、このような僅差ではなかったはずだ。明らかに、何かおかしなことが起きている。しかし、Aクラスの生徒たちはそんなことを知る由もない。単純に、Bクラスは最も自分たちに近いライバルだという受け取り方をした。
Bは優秀。負けたくない宿敵。
Cは眼中にない。
Dは不良品だから論外。
そのため、こんな空気が漂っている。一致団結という意味では、原作のAクラスよりも成功しているのかもしれないが……いかにも足を掬われそうな集団だ。
また、Bクラスが異常に高いポイントであることは置いておくとしても、Aクラスのポイント自体、思ったより低いように感じる。
特に授業態度において、月の後半は結構微妙だった。さすがに遅刻などはなかったが、教師が見ていない間に携帯をいじったり、午後の眠い時間にうとうとしている生徒が増えてきていた。
これはもしかすると、ワンマン化していることによる副作用なのかもしれない。
葛城は良くも悪くも情に厚い男だが、これをめんどくさく思っている連中もいる。
戸塚のようなコバンザメみたいにくっついてる奴とは対照的な、冷めた生徒たち。
……簡単に言うと、主にそいつらの態度が悪い。そして、葛城も表立って注意するようなことはしない。おそらく、彼らの支持を失うのが怖いのだろう。葛城に対する不満を力にするような、対立するリーダー候補が出てくるのを恐れているのだ。
それこそ、俺の隣にいるような子が。
もし有栖ちゃんがリーダー争いに名乗りを上げたとすれば、そういう者たちは葛城の元を離れていき、坂柳派のメンバーとして活動するはずだった。
しかし、それもここではIFの話にすぎない。
葛城以外に統率する者がいないから、アンチ葛城派の受け皿がない。
この事実は、今後のクラスに大きな影響を与えるだろう。
そして、これが全て有栖ちゃんの思い通りの結果であることは、俺と綾小路……それに加えて、もう一人の生徒のみが知っている。
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「……以上のことから、毎月支給されるポイントは、各クラスの評価に応じて増減します。また、その評価の中には授業態度も含まれていることが予想されます」
「はぇ〜」
入学から二週間が経った休日のこと。
人気のないカフェに、俺たちは三人で来ていた。
わざわざここを選んだ理由は、内密な話をするためである。
「帆波さんはお友達なので、特別ですよ?」
「ありがとう、有栖ちゃん」
彼女の名は一之瀬帆波。
Bクラスのリーダー格となる女子だ。
ここ最近、俺たちは彼女と親交を深めていた。
最初は自己紹介のためと言ってBクラスを訪れ、会話を通じて仲良くなっていった。友達として綾小路も紹介し、それなりに親密な関係を築いている。
神崎という生徒は、他クラスの生徒がどんどんBクラスに入ってくる光景に怪訝な顔をしていたが、こちらに害意がないのは明らかなので、特に何も言ってくることはなかった。
……だが、俺はあいつが優秀な男だと知っている。おそらく、有栖ちゃんに対して何かしらの違和感を覚えたのだと思う。
しかし、帆波さんがとびきり人当たりの良い性格をしていることと、不信感を持たせない有栖ちゃんの話術が合わさり、その疑念を潰してしまったのだ。
今では神崎の方から俺たちに話しかけてくることもあるぐらいで、こちらについても知人程度の関係は構築したと言える。
そういえば、当たり前のように帆波さんと呼んでいるが、こうなったのは有栖ちゃんが俺も含めて互いを名前呼びしようと提案したからだ。
有栖ちゃんのことを長年見てきたが、これは初めて見る行動だったので驚いた。
いや、他人を名前で呼ぶこと自体、俺以外では初めてではないだろうか?
何かしらの意図があるのは明らかである。
おそらく、目的を達成するためには彼女とできる限り仲良くする必要があるのだろう。
有栖ちゃんは今、クラスポイントについて持っている知識を伝えてしまった。
その結論に至った理由、綾小路が独自に調べていた内容も含めて、全てだ。
Aクラスでは誰にも言っていないのに、帆波さんには惜しげもなく教えたのだ。
「クラスの授業態度改善のため、今のお話は広めていただいて構いません。ただし、私が教えたということは伏せておいてください。あくまでも、帆波さんがご自分で結論を導き出したという体でお願いします」
「なんだか、申し訳なくなっちゃうな……来月、私の功績!ってことになるんだよね?」
「ふふ、それでいいんです」
有栖ちゃんはココアを一口飲んでから、微笑んだ。
これにより、来月以降は帆波さんがBクラスにとって絶対的な存在となることが確定した。
理由は語るまでもない。他生徒からすれば、元から人望がある上に、有栖ちゃんレベルの思考力を持っているように見えるのだ。とてつもない人物だと錯覚するのが普通である。ある意味、龍園以上の独裁政治となるかもしれない。
問題は、相変わらず有栖ちゃんが何をしたいのかさっぱりわからないということ。
「……有栖ちゃんの目的。それは、教えてもらえないかな?」
帆波さんもさすがに怖くなったのか、おそるおそるといった感じだ。心の中は見えないが、彼女の中で有栖ちゃんは「敵に回してはいけない相手」ぐらいにはなっているだろう。
「そうですね。いずれはお話しする予定ですが、今は伏せさせてください。ですが、帆波さんが有利となる情報があれば、今日のような形で可能な限りお伝えします」
「……私は、何をお返しすればいいの?」
「何も求めません。私と晴翔くんと、今後も仲良くしていただければ結構です」
「仲良くなんて、何も貰えなくてもするのに……」
こんなことをして、有栖ちゃんに何の得があるのか分からない。
帆波さんはそこに疑問を持って、質問した。相手へのリターンが分からないことを気にするあたり、彼女は優秀といえる。あまりにも人が良すぎるだけなのだ。
煙に巻いた有栖ちゃんに対して、それ以上問い詰めない。これこそが帆波さんの弱点である。
……実は、俺は帆波さんのことを少し贔屓目に見てしまうところがある。
彼女の境遇が、前世の俺と被るからだ。どうしても自分と重なる。
妹のためとはいえ、万引きに手を染めて、罪の意識に耐えられず部屋から出られなくなってしまった過去。根本的な原因が貧乏生活にあるとすれば、他人事として割り切るのは難しい。
しかし、他人は他人。知識として知っているだけで、実際は最近できた友達の一人にすぎない。
俺でもその程度の分別はつく。有栖ちゃんが帆波さんをどうしたいかはわからないが、戦略に口出しするつもりは全くない。
正直、帆波さんはAクラスで卒業して一発逆転なんてのは難しいかもしれない。彼女の性格は、この学校の方針と全く合っていないからだ。
あくまで第三者としての無責任な意見であるが、お金のことさえなければ絶対に普通の高校へ行くべきだった人間だろう。
でも、貧乏だから選択肢がなかった……だからこそ、退学だけは。
できるのなら、退学だけは回避してほしいと思うのだ。
俺はこの学校に入るつもりもなかったぐらいの、何か動かせるような力もない凡人だ。
きっと何もできないだろうし、リスクを背負って何かするほどのやる気は無い。
できるのは、有栖ちゃんだけだ。
全ては有栖ちゃんの匙加減にかかっている。
無責任だとは思いつつも、俺は帆波さんの前途が少しでもマシなものであるよう祈った。
話を終え、俺たちは席を立った。
帆波さんは何も言わず、伝票を店員に渡した。
「ここのお代は、私が払うね。さすがに申し訳ないよ」
そりゃあ、この情報は飲食代の何倍もの価値になるからな。
タダでくれるって言うなら、俺が逆の立場でも奢るぐらいはするだろう。
「俺の分は払うぞ?俺は何もしてないから、奢ってもらうのは筋違いだ」
「ううん、気にしないで」
そう言って、帆波さんはそそくさと会計を済ませてしまった。
「ありがとうございます、帆波さん」
「それはこっちのセリフだよ……本当に、何も渡さなくていいの?」
「はい。ぜひ、有効活用してください」
「わかった……もし、もし何か困ったことがあったら、なんでも言ってね?」
複雑な表情の帆波さん。
善人すぎる彼女にとって、何もせずに施しを受けるということは、意外とキツいみたいだ。俺にはそういう感性はないし、貰えるものは貰っておけと思ってしまうのだが、良い人ならではのストレスを感じているのだろう。
タダというのも、人によっては対価を求められる以上に重く感じるのかもしれない。
有栖ちゃんの狙いは、そこにあるのだろうか?