よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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 二日連続投稿です。


第57話

 小テスト当日。

 真嶋先生がプリントを配る前に、一つ話を始めた。

 

「先に伝えておく。Aクラスに対する指名は他のクラスと重複しなかったため、無事承認された。また、このクラスに問題を出すことになったクラスは、Aクラスで決定した。こちらも指名が被ることはなかった」

 

 先日有栖ちゃんが考えた戦略は、すでに帆波の口から説明されている。

 クラスの生徒たちは好意的な反応を示し、その案を受け入れることになった。

 そして、無事にお互いを指名できたことがわかった……これで、俺たちのペーパーシャッフルは終了だ。あとはCクラスとDクラスがどうなるか。俺の興味は、すでにそちらへ移っていた。

 

「始め」

 

 小テストが始まった。成績に反映されないと知っているので、俺は……名前のみ記入して、あとは寝ることにした。今日は朝から眠かったし、無駄な作業はしたくないのさ。

 それじゃあ、おやすみなさい。

 

 

 

「やめ」

 

 終了の合図で目が覚めた。解答用紙が回収されている間、隣の有栖ちゃんを見た。

 びっしりと書き込まれている用紙がチラッと見えた。どうやら、全ての問題を解いたようだ。つまり満点か、それに近い結果が予想される。

 成績に関係ないことはわかっているはずだ。この行動にどんな意図があるのだろう?

 

 他の科目も居眠りや考え事で時間を潰し、俺は結局一つも問題を解かずに終わった。

 そんな俺とは異なり、有栖ちゃんは最後まで真剣に向き合っていた。

 テスト終了後、気になった俺はその理由を聞いてみることにした。

 

「有栖ちゃん、真面目にやったんだ?」

「はい。晴翔くんの様子を見て、そうすることにしました」

 

 俺の様子?

 

「何も書いてないから確実に0点だけど、それが関係あるの?」

「ふふっ。結果を見れば、すぐにわかると思います。実は、この行動にはあまり大きな意味があるわけではないのですが……私のちょっとした『こだわり』です」

 

 いたずらっぽく笑う有栖ちゃんが、とても可愛かった。

 本当に、体育祭とは違ってすごく楽しそうだ。いや、特別試験が楽しいというより……俺と離れないで済むことが嬉しいのかもしれない。そう感じてしまうのは、俺の自惚れだろうか?

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 Aクラスの作戦を受け入れたことで、生徒たちの気持ちは弛緩しきっていた。

 週末にどこへ遊びに行くかとか、教室はいつも通りの話題ばかりだ。

 先生は頭が痛いかもしれないけれど、やる気のない俺としては居心地の良いものだ。入学当初のピリピリした環境と比べたら、圧倒的に今の方が過ごしやすい。

 

 放課後、俺と有栖ちゃんは図書室を訪れた。

 ひよりとの読書タイムは継続できるのか。そう思っていたのだが、メールで確認したところ「行きます」とのことだった。ペーパーシャッフルよりも、こちらの方が優先度は高いらしい。

 

 いつも陣取っている椅子には、すでにひよりの姿があった。俺たちの顔を見ると、途端に申し訳なさそうな表情をした。

 

「すみません、お二人ともお忙しいですよね。私のために無理しなくても、いいのですよ?」

「いや、全然忙しくないから大丈夫」

 

 どうも、俺たちが勉強会などをキャンセルして来ていると思い込んでいるらしい。決してそんなことはないのだが、外の人間からはそう見えるのだろう。

 

「……こうして一緒に本を読む時間は、学校における唯一の楽しみになっています。私の中では、もう絶対に欠かすことのできない習慣なのです。特別試験が近づいていても優先していただけたということは、これ以上ないほど嬉しいです。本当にありがとうございます」

 

 そう言って、ぺこりと頭を下げた。そこまで感謝されるとは思わなかったので、こちらとしても恐縮してしまう。

 

「頭を上げてくれ。俺はひよりのおかげで読書の楽しさを感じられるようになった。有栖ちゃんも楽しそうにしてる。今まで負担だと思ったことは無いし、これからも無い」

「晴翔くん……」

「特別試験なんかより何倍も有意義な時間だ。俺としては、卒業まで続けてもいいと思ってる」

 

 ひよりは立ち上がり、俺の手を弱弱しく握った。かなり精神的に参っているようだ。あえて聞くつもりはないが、クラスの中でいろいろとあったのかもしれない。

 何しろ、クラスポイントがゼロになってしまったのだ。雰囲気が悪いことは容易に想像がつく。もうすぐ諸藤の停学が明けるとはいえ、ひよりの立場が弱い状況は当面続いてしまうだろう。うまいことヘイトがあっちに向くといいが……どうなるかは不透明だ。

 

 終始、有栖ちゃんは俺たちのやりとりを黙って聞いていた。

 もしかして、何かいい案でもあるのだろうか?

 

 

 

 この日は二時間ほど読書した後、解散となった。

 来週もまた来ることを約束してから、ひよりと別れた。

 

「晴翔くん、今からついてきてほしい場所があります」

「なんだ?」

 

 有栖ちゃんはそう言って、服の袖をつかんだ。この癖は小さいころから変わらない。

 どこか行きたい場所がある時、この子は自分一人では行けないからと服を引っ張ってアピールしてくる。小学生時代と全く同じ動きをしたことが、俺のツボにはまってしまった。

 

「くくっ……あはは、可愛いなあ有栖ちゃんは」

「えっ?」

 

 俺が笑っている意味がわからないらしく、有栖ちゃんは困惑気味だ。

 ダメだ、大好きすぎる。我慢ならなくなった俺は、周囲の目を意に介さず有栖ちゃんを抱き寄せた。華奢な身体を包み込むように、壊れないように……

 

「急にごめんよ、なんだかくっつきたくなっちゃって」

「とても嬉しいです。私でよければ、いつでも……」

 

 特に意味もなく、ただ単に俺がこうしたいだけ。しかし有栖ちゃんは迷惑に思うどころか、優しい微笑みを向けてくれた。図書室を出発するまで、しばらく俺たちは抱き合っていた。

 

 ……今日は図書室の利用者が多く、結構な人数に見られてしまったことに気づいた。

 冷静になって恥ずかしさを感じた俺は、そそくさとその場から離れた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 有栖ちゃんに連れられてきたのは、先日帆波たちと話した和食店。

 個室の扉を開けると、そこに待っていたのは……

 

「ええっ、何でお前がいるんだよ」

「……チッ、呼び出したのはそっちだろうが」

 

 なんと龍園だった。意外すぎる相手に、俺は本気で驚いた。

 

「あっ、アイドルキラーだ」

 

 その隣にいるのは……誰だっけこいつ。どこかで会ったことがあるような気がするのだが、名前を思い出せない。

 

「誰だよお前は、いきなり失礼な奴だな」

「はあ?船上試験の時に同じグループにいたでしょ、覚えてないの?」

「……あっ、思い出した。伊吹か」

 

 伊吹澪。あの試験では今は亡き真鍋たちがうるさすぎたのもあり、かなり影が薄かった。

 イメージが湧かないのも仕方ない。おそらく、自己紹介でしか声を聞いていないのだから。

 

「ほら、やっぱりこんな感じじゃない。なんであたしを連れてきたのさ」

「テメェは相変わらずうるせえな」

 

 こいつらは有栖ちゃんに呼び出されていたらしい。そういえば、図書室で何回か端末をいじっていたような気がする。龍園とメールでもしてたのだろうか。

 集まった理由もわからないまま、俺は席に座った。メニューを開いて目を通す。

 ……今日は割り勘になるだろうが、だからといって安いものを食うつもりはない。

 俺は迷わず、2500ポイントの和牛すき焼きセットを注文した。

 

「うわっ、めっちゃ良さげなやつ選んだ。0ポイントになったあたしらへの当てつけ?」

「そんなわけないだろ。単にうまそうだったから注文しただけだ」

 

 だが、俺がかなりのポイントを持っているのは事実だ。無人島試験で龍園から貰った分もあるし、そこに帆波の毎月20万が加わってくる。

 だからといってこいつに奢ってやる義理はない、ないのだが……

 

「ううー……お腹すいたなぁ」

 

 悲しそうな目でメニューを見る伊吹。本当に余裕がないのかもしれない。

 しかしこの女は所詮他人だし、いきなり変なあだ名で呼んできたような奴だ。

 

「やっぱ、すき焼き美味しそう。でも……」

 

 チラチラとこちらを見ながら、伊吹はため息をつく。すっげえやりづらい。

 

「……あー、もうわかったよ。俺が払ってやるから、同じやつを頼めばいいじゃん」

「マジで言ってるの?」

「早く注文しろ。俺の気が変わらないうちにな」

 

 その言葉を受けて、伊吹は急いで店員を呼んだ。

 

「あ、ありがとう。あんたって、結構優しいんだね」

 

 俺と同じすき焼きセットを注文してから、お礼を言ってきた。

 今の態度を見る限り、悪い人間ではなさそうだ。たまにはこうやって誰かに奢ってやるのも、いいかもしれない。呆れている有栖ちゃんを尻目に、俺は料理が届くのを待った。

 

 

 

 卵を割って、小皿に落とす。適当に箸でかき混ぜたのち、柔らかい牛肉をそこにダイブさせる。そして飯と一緒に食えば、最高の気分になる。

 

「いやー、やっぱり美味いわ」

 

 帆波ありがとう。この店、めっちゃ良い。

 伊吹も最初は恐る恐る食べていたが、やがて食欲に負けてがっつき始めた。

 

「……で、用件は何なんだよ。まさか俺らと飯を食いたかったとか、言わねえよな?」

 

 箸を止めて、龍園が有栖ちゃんに問いかけた。

 すき焼きが美味すぎて忘れていたが、これは単なる食事会ではないのだ。

 

「私が聞きたいのは、ひよりさんのことです」

「ああ、そっちの話かよ。残念ながら俺は何も知らねえな。これは嘘でもなんでもなく、紛れもない事実だ。女子どもが勝手に、あいつをハブってるだけのこと」

「それでも、止めていないのでしょう?」

「馬鹿を言え、無理やり止めるメリットが無いだろうが。出来ないこともないが……いや、逆になんでお前がひよりに肩入れしてんだよ。意味わかんねぇ」

 

 龍園からすると意外だったのか、理解できないといった様子だ。

 こうして会うたびに思うが、有栖ちゃんは龍園のことを結構気に入っている。だがそれは一方的なもので、龍園はかなり有栖ちゃんを苦手としている。この子は話の展開の仕方が独特だから、常に主導権を握りたい龍園からするとめんどくさい相手なのかもしれない。

 

「ひよりさんを贔屓する意図はありません。しかし、あなたはそれでいいのですか?」

「……何だと?」

「ならば、こう言い換えましょう。このまま何も手を打たないと、()()()()()()()()()()()()()

 

 有栖ちゃんはそう言って、試すように龍園を睨みつけた。

 龍園は一瞬ぎょっとした顔をしたが、しばらく考え込んだ後に笑い始めた。

 

「くく、そういうことかよ……そりゃあ、めんどくせえことになるな」

「先ほどお会いしましたが、すでに態度が変わりつつありました」

「あいつ自分はわかってるとか言っておきながら、全然ダメじゃねえか」

「事実として理解していたとしても、当事者になってみると抗えないものです」

 

 とんとん拍子に話が進んでいる中、俺はデザートのあんみつとお茶を楽しんでいた。

 伊吹は一足先に食べ終わり、満足気な顔をしている。

 

「おい伊吹。ひよりにちょっかいかけてた女ども、覚えてるだろ。明日の放課後に、そいつらを全員呼び出しておけ。こんなダルい話は一瞬で終わらせてやる」

「……わかった」

 

 龍園が指示を出した。犯人たちをシメることにしたようだ。

 これで解決となるかはわからない。ただ、有栖ちゃんがひよりを助ける行動を取ったことは驚きだった。そこまで好きって感じでもなさそうに見えたが、何を思ったのだろう?

 

 

 

 帰り道、有栖ちゃんは普段より強く密着してきた。

 腕を絡ませるというか、ほとんど寄りかかってきている状態だ。

 

「どうしたんだ」

「嫌ですか?」

「いいや、全然そんなことない」

 

 きっと甘えたい気分なんだと解釈して、それを受け入れた。

 まあ、こうして急にくっつきたくなる時もあるよな。まさに図書室での俺がそうだった。

 

「……大好きですよ、あなたのこと」

「ありがとう。俺も大好きだ」

 

 お互いの想いを確認しながら、俺たちは歩みを進める。

 寮のエレベーターまで歩いた時、有栖ちゃんが思い出したように話し始めた。

 

「小テストの時に話した『こだわり』とは何であるか、わかりますか?」

 

 今日の小テスト。有栖ちゃんが全力で取り組んでいた理由は、結局理解できないままだった。『こだわり』の内容こそが、大きなヒントである。しかしそれは……何だろう。

 

「ごめん、馬鹿な俺にはわからなかった」

 

 察しの悪い自分を恥じつつ、俺は謝った。つまらない奴だと思われないか心配だ。

 その言葉に対する返答はなく、しばし沈黙が続いた。エレベーターを降りて部屋の前へと到着すると、そこで有栖ちゃんが手を離した。黙ったまま、上目遣いで何かを訴えている。

 ……キスを求められていることがわかった。少し腰をかがめると、有栖ちゃんは嬉しそうに唇を重ねてきた。それはいつもより深く、長いものだった。

 息が苦しくなるギリギリまで続けた後、俺たちは至近距離で顔を見合わせた。

 

「たとえ形式的なものであっても、あなた以外の人間とペアになるのは嫌なのです」

「えっ?」

 

 示された答え。その意味が一瞬わからず、俺は戸惑ってしまった。

 ペアとはなんだ。確かそれは、ペーパーシャッフルのルールにあった……

 

 ……ああ、そういうことか。

 全てを理解すると同時に、あまりにも可愛らしい『こだわり』を知って胸がきゅんとした。

 

「こうして話してみると、とても恥ずかしいですね。これは想定外でした」

 

 有栖ちゃんは真っ赤になった顔を隠すように、俺の胸へ頭を埋めてきた。

 俺はさらさらの銀髪を撫でながら、しばらくその場から動かずに抱きしめ続けていた。

 

 これからもずっと、俺の『ペア』はこの子しかいない。




 自分が助けないとどうなるか、身をもって知ったようです。
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