よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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第58話

 翌日、小テストの結果が発表された。

 問題を解いていない俺は当然0点で、有栖ちゃんは満点であった。

 難易度としては非常に簡単なものだった……と有栖ちゃんが言っていた。

 もっとも、成績に反映されないことはアナウンスされていたため、Bクラスで真面目に取り組んだ者はさほど多くなかったようだ。

 

 そして、俺と有栖ちゃんは無事ペアになった。

 ペアを決める法則は簡単だ。まず小テストで最も点数が高い生徒と低い生徒を組み合わせ、次に二番目、三番目……と成立させていく。最後は中央値に近い二人がペアとなる形だ。これが何を示すかというと、余程のことがなければ退学にはならないということ。例えば俺が本当に0点しか取れない学力だとしても、有栖ちゃんが全教科満点を取れば余裕でクリア。勉強のできる生徒が多いA・Bクラスにおいては、正攻法であっても退学になる方が難しいぐらいだ。

 

 

 

 その日の放課後。

 部屋で有栖ちゃんとゆっくりしていたところ、呼び鈴が鳴った。

 

「……清隆か」

「突然すまないな。今から少し、時間をくれないか?」

 

 隣に恵ちゃんの姿はなく、単独行動であった。これは珍しい。

 そのまま部屋の中へ招き入れて、三人分の湯呑みを用意した。

 

 入学当初のことを、つい思い出してしまった。

 もし有栖ちゃんが「遊び」に走らず、淡々と過ごしていたらどうなっていただろうか?

 ……それはあまりにも味気なく、つまらない生活であっただろう。退屈に耐えられず、自主退学の道を選んでいた可能性が高い。帆波との関係など難しい部分もあるが、やはり有栖ちゃんの方針は間違っていない。結局のところ、学校なんて楽しんだもん勝ちだ。

 

 そんなことを考えている間に、お湯が沸いた。

 急須に茶葉を入れて、注いでいく。今日は緑茶の気分なのだ。

 

「悪いな、手間をかけさせて」

「気にするな。俺が好きでやっているだけだ」

 

 好きでやっている。俺の行動は全て、その言葉に集約されると言ってもいい。

 幼少期からの有栖ちゃんのお世話だって、誰に頼まれるわけでもなくやっていた。

 

「……今日は、堀北についてちょっとした頼み事がある」

「そうか。体育祭のことは桔梗ちゃんから聞いたが、何か理由があると思ってたよ」

 

 話をしつつ、俺は湯呑みに茶を注ぎ分けていく。急須の中に湯を残さないよう、最後まで注ぎ切るのがポイントだ。これは小さい頃有栖ちゃんに教わった。

 

「清隆くんは、堀北さんに可能な限り大きな屈辱を与えようとしている。私はそのように解釈していましたが、いかがでしょう?」

 

 最初に反応したのは、有栖ちゃんだった。相変わらず話についていけないが、この子の中ではすでに清隆の思考がイメージできているようだ。

 

「……さすがと言っておこうか」

「ふふっ、そうですよね。彼女のようなタイプには、一番効く方法ですから」

 

 それを聞いて思い出した。清隆は体育祭の前に、意味深なことを言っていた。

 今は放っておくのが最善策……あれは多分、堀北の動きを把握した上での発言だ。

 わかっていたのに、止めなかった。そして全てが終わってから、自分にはお見通しであったと伝えられた。完全に雑魚として扱われているのは、あいつの性格的に結構辛いかもしれない。

 

 でも、どうしてこのタイミングなんだ?

 そんなこと、いつだってできるはず。急かされるように動いた理由がわからなかった。そもそも、堀北に屈辱を味わわせたところで何になるのか。

 

「堀北を潰すことが目的……じゃあないんだよな」

 

 気になった俺は、拙い質問とは理解しつつも聞かずにはいられなかった。

 この二人の間では当然のことであっても、天才でない俺には説明が必要だ。

 

「いや、半分正解だ。オレがあいつの心を圧し折ろうとしているのは間違いない」

「堀北の心を、折る?」

「そうだ。何をすれば、ああいう強情な人間を従順な駒にすることができるのか……証明したい。オレをもってしても、まだ答えが出せていない問題だからな」

 

 俺の質問に対して、清隆は丁寧に答えてくれた。

 堀北鈴音という人間は、心が強い。恵ちゃんのような「キズ」もない。そんな相手の心を折るということ。清隆が手間をかけてまで行う理由はわからないが……

 その時、有栖ちゃんが少し複雑な表情を浮かべた。

 

「堀北さんがあなたの所有物となった時、きっと恵さんとは違った面白さを感じさせてくれると思います。彼女がどう変化するのか、期待しています」

「ありがとう。だが、堀北程度ではオレの目標に遠く及ばないということも、感覚的に理解している……『晴翔に勝つこと』はなかなか難しいな」

 

 俺に、勝つこと?

 今の発言は、よく意味がわからなかった。何か一つでも、俺が清隆を上回っている部分があるというのだろうか。そんなこと、あり得ない……少なくとも俺はそう思っている。

 

 

 

 しばらく雑談を挟んだ後、今日の本題に入った。

 

「二人に頼みたいことは一つ。堀北の動きに対して、見て見ぬ振りをしてほしい。具体的には、今回あいつは問題作成メンバーの中に入っているが、期間中はなるべく接触を避けてほしいと思っている。オレはあいつの様子をじっくりと観察して、それに応じた行動を取るつもりだ」

 

 清隆の依頼は、実にシンプルなものだった。要は、堀北絡みのことで俺たちに動いてほしくないということだ。今思うと、図書室での一件は清隆の行動を邪魔してしまっていたのかもしれない。まあ、あちらから来たのでどうしようもなかったのだが。

 

「……体育祭で裏切った奴を、よく問題作成メンバーにねじ込めたな」

「一応、あの件はグレーということになっている。今回は恵が堀北を説得する形で、半ば強引に参加させたんだ。結果によっては、リーダーを譲ってもいい……そうオレが言わせた。堀北に断る理由はないだろうし、周りは恵の優しさだと受け取っている。今のところ問題は発生していない」

 

 なかなか思い切ったことをする。

 つまり、清隆はペーパーシャッフルで勝つ気がないということだ。堀北は自信があるかもしれないが、今のあいつが龍園に勝てないことは俺でもわかる。裏切ろうとする動きは全て看破されて、自分が味方すると負ける……堀北の精神がどんどん削られていく。少し可哀想になってきた。

 

 有栖ちゃんは一度頷いてから、考えごとを始めた。

 

「最終的な着地点は、晴翔くんと帆波さんの関係でしょうか?」

「……あいつのそんな姿は想像できないが、一つの可能性としてはあり得る。とはいえ、本来の性格を完全に破壊するのは来年以降に回したい。堀北兄との約束を反故にすることになる」

 

 そこにつながるとは思わなかった。俺と帆波の関係……か。

 また、いつの間にか清隆は前会長様と何か約束していたらしい。正確な事情は全くつかめないが、そのタイミングには心当たりがある。

 それは帆波を探し回っていた日のことだ。俺と会う前、清隆は生徒会室に行っていた。その際に審議の決定打になる証拠……例の古傷の画像を提出したのだろう。

 しかし清隆は、『色々あって、堀北会長と話をしていた』と言っていたはずだ。ただ画像データを渡すだけのことで、そんな言い回しをするだろうか?

 事件のことだけでなく、堀北鈴音に関して何らかの会話をした。今の話を知った上で考えると、そう捉えるのが最も自然である。

 

「わかった。今後、基本的に堀北関係のことは傍観者を貫くことにするよ」

「助かる。破壊からの再構築……そのために、あいつには一度絶望してもらう必要がある」

 

 怖いことを言っているような気もするが、特に止めるつもりはない。

 絶望というと聞こえが良くないけれど、堀北がこのまま進むよりは清隆の駒になる方がよっぽどマシだと思う。恵ちゃんもそれで幸せになったし、こいつはやっぱり「主人公」なのだ。

 

 ……ただ一つ、俺は疑問に思ったことがある。

 堀北の精神を破壊するのはまだいい。問題はその後、再構築……清隆が堀北を「救う」フェーズに入った時だ。恵ちゃんは二人の関係を見て、どう思うのだろうか?

 有栖ちゃんが言っていた通り、あの子は独占欲が強い。堀北に手を差し伸べる清隆を見たら、傷つくのは間違いない。耐えることができるのか、その点だけが気がかりだ。

 

 

 

 その後、清隆はもう一度お礼の言葉を述べてから帰っていった。

 有栖ちゃんと一緒に後ろ姿を見送った後、顔を見合わせる。

 

「あいつも、楽しむことを重視するようになったんだな」

「そうですね。あなたに影響されたのでしょう」

 

 清隆の様子について、俺たちは共通認識を持っていた。

 なんだか、愉快そうに見えたのだ。誰かを自らの手で飼いならすこと……その過程が、あいつにとって面白いものとして認識されたのかもしれない。もちろん最終目的は別のところにあるだろうが、ゴールまでの道のりを楽しんでいるように感じた。

 

 閉じた世界……ホワイトルームから脱出した後、巡り巡って俺たちと出会った。

 有栖ちゃんの考えが正しければ、俺の思想・行動が清隆に何らかの影響を及ぼしたのだろう。

 そして、それはきっと良い変化だったのだ。あいつの感情に「楽しい」という項目を加えることができたとすれば、これ以上に嬉しいことはない。

 饒舌に自分の戦略を語っていた姿を思い出し、俺はにんまりとした。


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