よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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 メインはこちらとなりますが、今話はなかなか難産でした。


第59話

 その数日後、夕方の図書室でひよりに頭を下げられた。

 

「ありがとうございました。本当に……」

「嫌がらせは、なくなりそう?」

「はい。おかげさまで、今後は普通の生活が送れそうです」

 

 言っていた通り、龍園がやってくれた。これでもう変な行動を起こされることはないだろう。

 また、噂によると明日から諸藤が復学するらしい。ヘイトを移すには丁度良いタイミングだ。

 

「それなら、この読書タイムも一段落ってとこか」

「あっ、その……そのことなのですが」

 

 ひよりにしては珍しく、落ち着かない様子だ。

 

「どうしたんだ?」

「お二人さえよろしければ、これからも……ご一緒できないかと思いまして」

 

 有栖ちゃんは俺に判断を委ねるつもりなのか、ずっと黙ったままだ。

 俺はひよりの言葉の意味を考えて、咀嚼していく。

 まず、俺が読書に興味を持ったのは事実だ。この静かな空間と穏やかな時間は心地良いもので、仮にここで断ったとしても俺が図書室に来なくなることはないだろう。

 だがひよりが言いたいのはそういうことではない。これは「俺たちと一緒に」読書したいという話だ。一人で本の世界に没頭するよりも、俺たちと共に過ごしたいと言っている。

 俺の答えは……

 

「オッケーだ。本を読むことが楽しくなってきたのはもちろん、この図書室でひよりと一緒にいるのもすでに俺の中でルーティン化しつつあるからな。嫌なわけがないだろう。前にも言ったけど、卒業まで続けてもいいと思っている」

「ああ、晴翔くん……とても嬉しいです」

 

 満面の笑みを浮かべたひよりは、とても魅力的だった。

 それを見て、良いことをしたと俺は充実感に浸った。

 

 

 

 今日の図書室は少し騒がしい。

 空いている席の数が、目に見えて少ない。テストが近いということで、みんな勉強場所として図書室を使っているようだ。淡々と学問に打ち込むだけならいいのだが、多くの生徒はそれなりのボリュームで雑談をしており、いつもと違う雰囲気になっている。

 俺は通常通り読書を始めたが、集中できない。普段来ないくせにこういう時だけ来る連中は、うるさくて困る。静かな場所を望む人間の気持ちも考えるべきだろう。

 

「今日は何冊か借りていって、帰ろうか?」

「残念ですが、その方がいいかもしれません」

 

 諦めた俺たちは席を立ち、貸出カウンターへと向かった。

 その時、入口の近くに恵ちゃんたちCクラスの集団を見つけた。須藤や池など成績の悪いメンバーが多いが、勉強会でもしているのだろうか?

 また、その中に堀北の姿はなかった。清隆の話だと、今回はあいつが仕切るということになっていたはずだ。何かアクシデントでもあったのかもしれない。

 

「あっ、晴翔じゃない。どうしたの?」

 

 恵ちゃんに話しかけられた。見ているのがバレてしまったようだ。

 

「ああいや、珍しいメンバーだなと思って。気になったならごめん」

「オレたちは、堀北から追い出された組だ」

「……いるとは思わなかった」

 

 地味に清隆もいた。少し離れた席に座っていたから気づかなかった。目立ちたくないという意思が伝わってきたので、特に詮索はしなかった。

 

「あの女、マジでふざけてやがる。イライラが収まんねえ」

「落ち着いて、須藤。あたしは、あんたのこと見捨てたりしないから」

 

 明らかに機嫌の悪い須藤を、恵ちゃんが宥めている。

 何となく察した。きっと、堀北にこき下ろされてムカついているのだろう。

 

「学力の低い人たちは、低い人同士で勉強した方がいい……堀北はそう言った」

 

 清隆が小声で、俺に教えてくれた。いかにも堀北が言いそうなことだ。

 理屈としてはわからないこともない。問題作成のメンバーは学力優秀である必要があるのは疑いようもないし、その数少ない生徒たちが足を引っ張られるような事態が起きれば、敗北は免れないだろう。勉強が苦手な生徒からしても、問題作成の片手間で付き合ってもらうよりは、メンバーから外れた者同士で勉強会を行う方がマシというわけだ。

 

 しかし、言葉が悪すぎる。そんな言い回しでは煽ってるようにしか聞こえない。

 そもそも、ベストな選択であるとも言い難い。間違ってはいないかもしれないが、頭の悪い人を見捨てること……その結果として失われるものを、堀北は軽視している。

 

「あたしもあんまり頭良くないし、みんなで頑張ろう。ここまでやってきたのに、こんなところで退学したくないでしょ?」

 

 恵ちゃんの言葉。それを聞いて、周りの生徒たちは納得したように頷いた。

 どんどん地盤が固まっていく。このクラスのリーダーはこいつしかいないと、少なくともここにいるメンバーは全員思っているだろう。

 邪魔をする気もないので、俺は清隆に目配せをしてから立ち去った。

 

 

 

 その夜、桔梗ちゃんが部屋に来た。

 ここ数日は会えていなかったが……大丈夫だろうか。

 

「ああ、うざい!」

「わかった、話を聞こう」

「ほんとに死ねばいいのに。やっぱりあいつだけは無理!」

 

 俺の言葉も聞き入れず、桔梗ちゃんは床にあるクッションを蹴飛ばした。

 ぼすっ、とベッドに腰掛けていた有栖ちゃんの顔に当たった。

 

「……こちらへ来てください」

「あっ……ごめん、ごめんね。有栖ちゃん」

 

 こてんと後ろに倒れた姿を見て、我に返ったようだ。

 桔梗ちゃんは申し訳なさそうにして、有栖ちゃんの小さな身体を起こした。

 

「とりあえず、落ち着きましょう。私はいつでも、あなたの味方ですよ」

「ありがとう。晴翔くんも、ごめんね。私イライラしちゃってた……今さら堀北が仕切ることになるなんて、思わなかったんだ」

「そうですよね。おそらく今回だけになるとはいえ、桔梗さんからすればたまったものではありません。そこに関しては、清隆くんも考慮してくれませんから……」

 

 確かに、と俺は思った。桔梗ちゃんが安定していた要因として、堀北が落ちぶれていたことはかなり大きなウェイトを占める。ここに来てリーダー面されるなんて、思ってもみなかっただろう。

 また、桔梗ちゃんの学力はCクラスの中で相当上位に位置すると思われる。以前より堀北に目をつけられていたことも考えると、問題作成メンバーに指名されたであろうことは想像に難くない。最近忙しかった理由は、きっとそれだ。

 クラスの連中の前で裏の顔を出すわけにもいかず、堀北の態度に対して我慢を続けたのだろう。そして耐えられなくなって、爆発してしまったのだ。

 

 有栖ちゃんは優しく微笑み、桔梗ちゃんに軽く口づけをした。

 ……泣いている。無理矢理にでも会いに行けばよかったと、少し後悔した。

 

「ぐすっ……やだよ、もうあんな奴と会いたくない。私はこの三人で過ごしたい」

 

 夏以降、桔梗ちゃんに過重なストレスがかかるイベントは皆無だった。突然の事態に、精神がパンクしているのかもしれない。

 俺も二人の隣に座って、目線の高さを合わせて話をすることにした。上から声をかけられると、圧迫的に感じるかもしれないと思ったからだ。こういう気遣いは結構重要である。

 

「桔梗ちゃんはよく頑張ったよ、だからもう手を引け」

「晴翔くん、私……」

「言わなくてもわかる。死ぬほど嫌いな奴がいる中で、どうにか踏ん張ってきたんだろ。お前は本当にすげえよ。俺にはそんなことできない」

 

 これは本心だ。あくまでも自分の意思を優先する俺の性格上、桔梗ちゃんの生き方は絶対に真似できない。人に合わせるということがいかに難しいか、俺はよくわかっている。

 

「もう諦めても、いいのかな?」

「いいんだ。これ以上の頑張りは必要ない。堀北なんか見捨ててしまえばいい」

「でもそうしたら、クラスでの立場が」

「大丈夫。恵ちゃんがリタイア組である以上、お前がケンカ別れしたところで誰も何とも思わない。須藤たちなんかは、むしろ好印象を持つんじゃないか?」

 

 桔梗ちゃんは多分、問題作成メンバー以外がどうなっているかの実態を知らない。確実に、あいつらの方が仲良く楽しそうにしている。この子がここで逃げ出したとしても、「堀北が悪い」と庇ってくれるのは間違いないだろう。

 

「それなら私は、逃げていい?」

「当然だ。桔梗ちゃんが苦しむ姿は見たくない」

 

 俺たちの説得を受け入れて、桔梗ちゃんはこくりと頷いた。

 

「ありがと。また助けられちゃった」

 

 いつもの可愛らしい笑顔が戻った。

 ほっと一安心した俺は、ベッドへ横たわった。

 

 それから、桔梗ちゃんは問題作成メンバーを脱退して、恵ちゃん主催の勉強会に参加するようになった。貴重な教師役として歓迎されたこともあり、彼女にかかるストレスは大きく軽減した。

 清隆からしてもこの展開は理想的だったようで、「助かる」とだけ書かれたメールが届いた。桔梗ちゃんと堀北に組まれるのは面倒だと思っていたのだろう。

 そして、堀北はどんどん孤立していく。あいつにまとめるのは無理だ、あいつはリーダーとして不適格である。クラスの生徒にそう認識される屈辱は、いかほどのものか。

 ……堀北が壊れる日は、そう遠くないかもしれない。


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