よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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 お待たせしてしまい、申し訳ございません。
 そこまで深く考えずに書いているあちらの方が、納得できる仕上がりになるのです……


第60話

 Cクラスの幸村という生徒が、何者かに襲われたらしい。その際に自分の作った問題や、他のメンバーが出した意見に対するメモなどをまとめたノートが奪われてしまった。

 

「……で、全部やり直しってわけか」

「みたいだね。本当に、早めに辞めておいてよかったよ」

 

 そのことを教えてくれたのは、すでにメンバーから外れた桔梗ちゃんだった。

 作り直しになったことはもちろん大変だが、今回問題になったのは違うポイントだ。

 堀北は、襲われた幸村のことをこっぴどく罵倒したらしい。うまくいかないイライラをぶつけるかのごとく、あらゆる言葉を使って批判したとのこと。可哀想な話だ。

 その身勝手な行動には幸村本人はもちろん、周りの生徒たちもカチンと来たようだ。ついには総スカンとなり、問題作成は全て堀北が一人で行うことになった。

 ……テスト当日まで残り一週間を切っている。直前に土日を挟むため、問題の提出期間としてはあと三日しかない。今から400問もの問題を作るのは、クラス全員が協力しても至難の業だといえるだろう。あまりにも時間がなさすぎる。

 それに、ただ作ればいいというものではない。難易度の高さはもちろん、教師によるチェックを通り抜ける必要がある。一人では不可能といっていいレベルだ。

 

「見事に崩壊してるな……」

「そうそう。私もさんざん言われたから、気分良い!ざまーみろっ!」

 

 ご機嫌な桔梗ちゃん。

 犯人がDクラスであることは明白だが、桔梗ちゃんの話によると監視カメラが無い場所での出来事だったらしい。ならば、立証するにしても時間がかかることは必至。試験には間に合わないように、うまく仕組まれた襲撃であるということだ。龍園の狡猾さが光っている。

 まあ、どう考えても今回は負けだろう。大して事情を知らない俺ですらそう思うのだから、Cクラスの面々はとっくの昔に諦めているはずだ。ただ一人頑張ってるのは……

 

「堀北さんは、完全にクラス内での立場を失ったことになりますね」

 

 寝転がっていた有栖ちゃんが上半身を起こし、そう言った。

 周囲の信頼を失い、一人だけで戦って敗北する。そんな悲惨な未来が見えていても、今の堀北は退くことができず、僅かな可能性を信じて進むしかない。

 

「全ては清隆の思い通り、そんな感じだな」

「そうですね。あえて今回の勝者を挙げるとすれば、それは彼しかいないでしょう」

 

 俺はお茶を一口飲んでから、ため息をついた。やっぱりあいつはすごいなあ。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 そして、テスト当日がやってきた。

 予想通り、その内容は非常に簡単なものであった。公式にあてはめるだけのものや、教科書の文章をそのまま抜き出した穴埋め問題など……調整しないと俺でも九割を超えてしまいそうだ。

 周囲の生徒たちも、揃って余裕そうな態度を示している。

 

(これでまた、帆波の支持率が上がる)

 

 結局、勝利を譲ることに対する補償を求める者はいなかった。従ってAクラスにとっては最も理想的な終わり方となるが、そうなった理由は帆波のカリスマ性だけではない。

 テストの三日前、帆波はBクラス全員に向かって「一万ポイントを希望する人は、私のところに来てほしい」と言った。これは恐ろしい発言で、実質的な踏み絵のようなものである。

 帆波を狂信的に信仰する人間は、すでにBクラスの中にもいる。ポイントを要求した場合、確実にその連中の不信を買う。それだけならまだしも、本家本元……Aクラスの過激派から目をつけられる可能性もある。どう考えても、一万程度のポイントとは釣り合わないリスクだ。

 ……同調圧力に加えて、現状のクラスの力関係もある。これらを全て考慮した上で、ポイントを寄越せと言い出せる人間などいるはずがない。

 

 帆波は無自覚なのか、はたまた計算ずくなのか。それは本人にしかわからない。

 解答用紙が集められている間、あいつの輝くような笑顔が脳裏によぎった。

 

 

 

 そして、全教科のテストが終了した。俺たちは部屋へ戻り、疲れた脳と身体を休めていた。

 

「退学者が出ることはなさそう?」

「そうですね。私たちは当然ですが、他二つのクラスも酷い結果にはなっていないと思います」

 

 Cクラスは、全員が堀北のもとから離れたことにより団結していた。皮肉なものである。

 ここでも恵ちゃんが素晴らしいリーダーシップを発揮した。39名をうまく班分けして、なるべく不満の少ない形で勉強会を行ったのだ。須藤なども思ったより真面目に取り組んでいたため、あの中から退学者が出ることは非常に考えづらい。

 

 では、Dクラスはどうだろうか?

 先ほどチャットでひよりに聞いたところによると、いくつか難易度の高い問題があったものの、全体的に平易なテストだったらしい。赤点になるようなペアは出なさそうだ。

 ……だが、堀北が400問を作り上げたことには驚いた。その根性は素直にすごいと思う。

 時間的に何度も改版することなど不可能であるから、教師チェックにひっかかった問題は簡単なものに差し替える形で妥協したのだと思われる。そのため問題同士で難易度の差が生まれたのだ。

 やはり、幸村を襲撃したことが大きかった。その件に関して今後どうなるかはわからないが、こと特別試験においては龍園の作戦勝ちといえる。

 

「龍園も内心ホッとしてるかもしれないな」

「……ポイントがゼロの状態が長期間続けば、間違いなく足元が揺らいでいたでしょう。今回は、彼の命運を分けた勝負だったといえます。後がないギリギリのところで勝ちを拾ったのは、ある意味彼らしいですね」

 

 まあ、その勝ちも一部は清隆に与えられたものだ。ホッとしつつも、本当に勝ったとは思っていないだろうと思う。むしろ、清隆のことをより一層不気味に感じている可能性もある。

 真の勝負はまだ先……そんなところだろうか。

 

 ピンポーン、と呼び鈴が鳴った。

 誰だろうと思いつつ、扉の鍵を開ける。

 

「……ごめん、こんな時間に」

「恵ちゃん、どうしたんだ?」

「いろいろあって、誰かに話を聞いてほしくなっちゃった。いい?」

 

 少し落ち込んだ様子。また、その隣に清隆の姿はなかった。

 なんとなく理由を察しながらも、俺はあえて何も言わず部屋へと招き入れた。

 

 

 

 有栖ちゃんも、最初は俺と同様に意外そうな顔をした。しかしすぐに理解したようで、恵ちゃんが座るまでの間にはいつもの微笑みが戻っていた。

 

「どうされたのですか?」

「……清隆が、あたしを置いて堀北の部屋へ行ったの。楽しそうな顔をしてね」

 

 予想通りの動きと、予想通りの反応。

 ただ、さすがに助けを求めるのが早すぎる。もっと堀北と接近して、もっと関係が深くなってから来るものだと思っていた。

 

「なるほど。恵さんは、彼の浮気を疑っているのですか?」

「そういうわけじゃない。だけど、露骨にあたし以外を優先されたのは初めてだったから……焦っちゃって、居ても立っても居られなくなった。このまま捨てられるのかなって」

「……大袈裟ですよ、それは。ですが、あなたの気持ちはよくわかります」

「有栖はわかってくれるの?」

「ふふっ、以前にも言ったでしょう。私とあなたは似たもの同士です」

 

 辛そうな恵ちゃんと対照的に、なんだか嬉しそうな有栖ちゃん。

 今日は、俺の出る幕はなさそうだ。黙って二人のやり取りを見守ることにする。

 

「堀北さんは、学校でどんな様子でしたか?」

「死んだ魚みたいな目をしてた。別にあいつのことは好きでも嫌いでもないけど、それでも心配になるぐらいだった。だから、清隆の行動自体は間違ってないと思う」

「わかりました、そこまで理解されているのですね。ならば、彼の真意をお話しします」

 

 そう言って、有栖ちゃんは先日清隆と会話した内容を話し始めた。

 清隆が堀北の心を破壊して、従順な駒にしようとしていること。そのためにいろいろな手を打っていること、決して恵ちゃんと別れるような意図はないこと……

 恵ちゃんは多少驚きながらも、それを受け入れていった。かなり複雑そうだが……そこまで大きな反応ではない。ある程度、予測できていたのかもしれない。

 

「やっぱり、清隆ってそういう一面もあるんだ……なんか納得かも」

「その部分こそ、彼の最大の魅力だと思いますよ?」

 

 有栖ちゃんの言う通りだ。清隆の持つ、一般的なものとはズレた感性……その危なさの中には、非常に大きな魅力がある。

 恵ちゃんは、着々と清隆のことを理解しつつある。そもそも、清隆の顔から「楽しそう」だとわかった時点でなかなかのものだ。言葉には出さないが、堀北が恵ちゃんの立場を脅かすことはあり得ないと思う。どこまで行っても、あいつは駒止まり……恋人になれるのは、やはりこの子をおいて他にいないのだ。

 

「まだ壊し切っていない。今ごろ、彼はそう思っていることでしょう」

「じゃあ、つまり清隆は……堀北を助けるわけじゃなくて」

「追い討ちです。心の傷を抉るために、彼女の部屋を訪れたのです」

 

 背筋がぞくっとした。それは、ヒーローの皮を被った死神とでも言うべきか。

 追い込むことが重要であるとは理解しつつも、そのえげつなさに畏怖の念を覚えた。

 

 

 

 落ち着きを取り戻した恵ちゃんは、清隆の部屋へと帰っていった。

 有栖ちゃんは俺に対して、一つ問いかけてきた。

 

「彼女も強くなりました。そう思いませんか?」

「そうだな。全体的に、すごい成長だと思う」

「……私が清隆くんとの勝負に負ける日も、いずれやってくるかもしれません」

「勝負?」

 

 突然出てきたワードにはてなを浮かべる俺を、有栖ちゃんは笑顔で見つめてきた。

 

「ふふっ、そんなに戸惑うことはありませんよ。まだお話ししていませんでしたね。清隆くんの最終目標……それは、『軽井沢恵が私を超えること』なのです」

「……マジか、あいつはそんなことを考えていたのか」

 

 凡人の力のみで、天才に負けを認めさせること。それはつまり、才能の敗北を意味する。

 今まで有栖ちゃんと清隆が話していた内容が、どんどん結びついてきた。

 

「清隆くんは、その結果こそが私たち二人に対する勝利であると思っているようです。もちろん、晴翔くんを害するような意図はありません……ある種の育成ゲームとして、彼は楽しんでいるみたいですね。少し羨ましくも思います」

「なんか、いろいろとわかってきたよ」

 

 自分の浅はかな考えが打ち砕かれた。堀北を駒にする過程で、恵ちゃんが傷つくことなど心配する必要もない。それ自体が、清隆による「課題」なのだ。趣味と実益を兼ねた行動である。

 俺は、手段と目的を逆転して捉えていた。浮気なんてとんでもない、全ては恋人に対する彼氏のプレゼントのようなものだ。堀北の末路は、おそらく恵ちゃんの踏み台だ。

 

 何が起きても、うまく立ち回れば恵ちゃんの経験値稼ぎにつながる。そりゃあ楽しいだろう。

 あいつがこの学校に求めるものは、彼女の成長のみ。龍園も帆波も、もしかしたら俺たちだってそのために利用されていくのかもしれない。

 

(だけど、それって)

 

 一人の少女を一人前にするために、行動を続けること。清隆の中にその言葉があるかはわからないが……それはまさに、「愛」というものである。

 

 ゴールまで走り切った後、あいつはどうするつもりなのだろう?

 新たに発生した疑問に頭を悩ませながら、俺は夜のルーチンワークに入った。




 そろそろ七巻です。次はまた週半ばごろに出来たらと思います。

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