よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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 お待たせして申し訳ありません。


第61話

 初めて有栖ちゃんと出会った日、父は俺に向かってこう言った。

 

 『あの子は、晴翔が人間性を保つための支えとなる。だから、まずはお前が支えてやれ』

 

 前世の記憶のせいで、俺は普通の幼児になることができなかった。それに加えて、毎晩のように「死の感覚」が悪夢という形で現れ、自分の精神を蝕み続けていた。

 幼稚園では周りに溶け込めず、夜はまともに眠ることさえできない日々。過度のストレスがたたり、俺は3歳にして一種の鬱状態に陥っていた。

 

 そんな時、うちに連れて来られたのが有栖ちゃんだった。

 その姿を見た瞬間、俺は彼女を守らなければならないような気がした。

 

「はじめまして、坂柳有栖です」

 

 幼少期において、俺とまともに会話してくれるのは両親以外では彼女しかいなかった。意地悪く攻撃的な性格に辟易しつつも、俺は間違いなく彼女とのやり取りに救われていた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 十二月も半ばとなり、テストを終えた生徒たちは冬休みモードに突入していた。すでにペーパーシャッフルのことなど頭から消え失せているのか、教室の雰囲気は緩みに緩み切っている。

 

「ねえねえ、クリスマスどこ行く?」

「ポイントは余裕だし、おいしいもの食べたいよね~」

 

 女子たちの調子のいい会話が耳に入ってくる。

 実力至上主義という言葉の意味を再考したくなるような光景であるが、ある意味この学校を一番楽しんでいるのは彼らなのかもしれない。

 衣食住が保証され、学費も不要で、お小遣いが毎月振り込まれる。Aクラスでの卒業さえ諦めれば、高度育成高等学校は生徒にとって都合の良いパラダイスへと変貌するようだ。

 ふと、南雲の顔が思い浮かんだ。あいつが嫌っているのは、まさにこのクラスの大半を占める生徒たちのことだろう。赤点という極めて低いハードルのみ乗り越えればいいと考えている、一切の向上心を持たない集団。あの男は、こいつらに危機感を持たせることができるのだろうか?

 

 

 

 放課後、俺と有栖ちゃんは真嶋先生に呼び出された。

 誰かが俺たちのことを呼んでいるらしい。あまり乗り気ではないが、俺はそれに応じた。

 

「……というわけで、こちらへ来なさい」

 

 校舎の中を歩いていく。教師の指示である以上、この学校にいる限りは従わざるを得ない。沈黙による気まずさを感じながら、先生の背中からはやや距離を置いて歩いた。

 

 目的地は意外と近く、到着までにさほど時間はかからなかった。

 部屋の扉は閉められており、いかにも偉い人が居そうな雰囲気を醸し出していた。

 

「……ここだ。この中に校長先生がいる」

 

 そう言い残してから、真嶋先生はそそくさと去っていった。意外と、自分の仕事以外で上司の顔を見たくないタイプなのかもしれないな。その気持ちはよくわかる。

 念のため、三度ノックした後に扉を開けた。俺たちを待っていたのは、有栖ちゃんのお父さん……坂柳理事長である。このタイミングで会うことはあまり予想していなかったが、個人的な用件で一度話したいと思っていた相手でもある。

 

「久しぶりだね。とりあえず、二人ともそこに座ってくれ」

 

 促されて、俺たちは黒く高級そうなソファーに着座した。

 隣を見ると、有栖ちゃんが少し嬉しそうにしていた。この子は昔からご両親のことが大好きだったから、納得だ。

 

「……二人は、付き合うことにしたのかな?」

「そうですね。無人島試験の時期からなので、もう五か月になるでしょうか」

「良かった。この子を任せられるのは、もはや君しかいないんだ。今後とも頼むよ」

 

 最初の話は、理事長の側から振ってきたものだった。

 ……あの日の病院でも、こんな会話があったような気がする。なんだか懐かしい。

 

「俺なんかで良ければ、お任せください」

「ははっ、君は相変わらずだね。そうやって遜るところは、お父さんとは全く違う部分だ」

「それは間違いないですね。あの人は、いつだって自信満々ですから」

 

 入学以来会っていない父の姿を思い出して、俺は一口お茶を飲んだ。

 元気にしているだろうか?酒を飲みすぎていないか心配だ。

 

「その、お父様……彼のことは」

「……もちろん、わかっているさ」

 

 話が途切れた直後、有栖ちゃんはそわそわした様子で理事長に話しかけた。

 その言葉の意味は不明だ。二人の、親子の関係でしかわからないこともあるのだろう。

 微妙な居心地の悪さを感じつつ、しばらく父と娘の会話に聞き入っていた。

 

 

 

 近況を聞かれた後、理事長は改まった態度で俺の顔を見た。

 

「では、本題に入ろう。晴翔くんにお願いしたいのはたった一つ。君たちの学年のAクラス……その動きを注視して、もし怪しいものがあれば報告してほしい」

 

 理事長は前傾姿勢で両手の指を組み、俺を諭すようにそう言った。

 正直、よくわからない要望だった。Aクラスが気になっているのはわかるが、あまりにも曖昧であり、結局どうしてほしいのかがわかりづらい。すかさず俺は聞き返した。

 

「怪しい動きとは、具体的に?」

「わかりやすいところで言うと、集団による脅迫行為や破壊活動などが該当するかな」

 

 挙げられた二つの例を聞いて、俺は理事長の意図を察した。

 例えば、帆波が「革命を起こす」とでも言ったらどうなるのかということだ。

 ……想像に難くない。最悪の場合、閉校に追い込まれるような事態すら起きかねない。

 

「君もすでに知っているとは思うが、彼らは一之瀬帆波という生徒のもとに集い、ある種のカルト宗教に近いまとまり方をしている。このような現象は、過去に例を見ないものだ」

「まあ、そうでしょうね」

「生徒がルールの範囲内で行うものであれば、僕たちが止めるようなことはしない。だが……それを逸脱する傾向が見られる以上、校長として何もしないわけにはいかないからね」

 

 苦笑いの理事長。わざわざ俺に依頼してきたということは、帆波との関係もある程度把握されていると考えていいだろう。

 

「わかりました。俺にできる範囲で協力します。ただし、知っているとは思いますが、俺たちもどちらかといえばAクラス寄りの立ち回りをしてきました。それはご理解いただきたい」

「了解した。あくまでも、学校側の調査に協力するというスタンスで問題ない」

 

 少し悩んだが、俺はこの話を引き受けることにした。

 これは一人の生徒としてではなく、有栖ちゃんの恋人としての行動だ。言ってきたのがこの子のお父さんでさえなければ、確実に断っていただろう。

 今後長い付き合いになることがほぼ確定している以上、ここで恩を売る利益は大きい。

 

 

 

「最後に何か、話しておきたいことがあれば……聞くよ」

 

 理事長は俺に問いかけた。これはある意味、協力への報酬といえるものだと理解した。

 学校のルールをいくらでも変えられる人間に対して、何でもお願いすることができる。その権利は、生徒にとって何ポイント払ってでも欲しいものであるはずだ。

 俺はかねてより考えていたことを、この場で伝えることにした。

 

「では、聞かせてください。理事長は、近いうちに俺の父親と会う機会がありますか?」

 

 俺の言葉を受けて、驚いたような顔をした。想定外の質問だったのかもしれない。

 理事長は数秒間の思考の後、再び俺と目を合わせてきた。

 

「ちょうど来週、ある件の報告のために伺うことになっていた。伝言でもあるのかい?」

「おっしゃる通りです。一つ、父にメッセージを……『綾小路清隆は俺の友人だ』とだけ伝えていただきたい」

「そのぐらいなら、全く問題ない。承った」

 

 すんなりと要望を受け入れてくれた。これこそが、俺の考えていた「嫌がらせ」である。

 知っての通り、この学校は日本政府が直接運営している。従ってその運営資金には多額の血税が投入されているため、学校にどれだけ影響力のある人間であったとしても、最終的には父の顔色を窺わざるを得ない状況にある。血のつながりを利用するのは非常に汚いやり方であるが、相手が相手なので俺も遠慮するつもりはなかった。

 

「説明しなくとも、きっと俺の意図はわかってもらえると思います」

()()()()。そういうことだね」

 

 さすが有栖ちゃんの父親だ。理解するまでが早い。

 清隆を手助けするというよりも、彼が動きやすい状況を作ることが目的だ。

 

(あとは、お前自身の問題だ。頑張れよ)

 

 己の手で真の自由を勝ち取った時、清隆はどんな表情をするのだろうか。笑うのか、それともいつもの無表情を貫くのか。俺はそこに大きな興味があった。

 常にクールな親友に対して、心の中でエールを送った。

 

 ……しかし、この男を将来的な義父として認めるのは未だに抵抗がある。

 複雑な感情を表に出さないよう努めながら、俺は有栖ちゃんを連れて部屋を後にした。

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