よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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第62話

 時が経つのは早いもので、終業式まであと一日となった。

 放課後、俺は有栖ちゃんとともにいつものカフェで時間をつぶしていた。

 

「今年も、もうすぐ終わりか」

「そうですね、なんだかあっという間に感じます」

 

 クリスマスが近いこともあり、スペシャルメニューが用意されていた。一人用にカットされたブッシュドノエル。その写真が美味しそうに見えたので、迷わず俺はそれを注文した。

 先に出てきたコーヒーに口をつける。この味も慣れたものだ。

 

「……明日、晴翔くんのお父様が『視察』に来られるらしいですよ」

「えっ、マジで?」

 

 有栖ちゃんがぽつりと言った。それを受けて、俺は思考に入る。

 あの人が動くところには、必ず嵐が起きる。そんなことを職場で噂されるような人物が、わざわざこの学校を訪れるという。きっと何か大きな出来事があったに違いない。

 とはいえ、俺には関係のないことだ。気にせず普通に過ごしていればいいのかな、と思った。

 

「それは理事長に聞いたの?」

「はい。昨日、その内容が書かれたメールが来ていました」

「意味深だなあ……」

「……私の予想ですが、この前晴翔くんが言ったことが関係しているのでは?」

 

 有栖ちゃんはコーヒーに砂糖を入れながら、そう問いかけてきた。

 はっとした。あまり強く意識していなかったため、普通に忘れていた。

 理事長に向けて言ったこと。父に対するメッセージが、何かを動かしたということだろうか?

 

「あの発言は、清隆への援護射撃をしてやりたいという思いから生まれたものだ。きっとそのあたりは理解してくれてるだろうし、大丈夫だよ」

「わかりました」

 

 俺が答えると、それ以上聞いてくることはなかった。

 温かいコーヒーが、いつもより苦く感じた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 そして、終業式の当日となった。

 今日は午前中で一斉に下校となり、部活も行われないらしい。スムーズに式が終了した後、俺たちは二学期最後のホームルームのため教室へと戻ることになった。

 廊下を吹き抜ける風が寒い。ふと外を見たとき、久しぶりに見た顔……父の姿を見つけた。

 

(……何やってるんだろ?)

 

 周りを部下と思われる中年男性が取り囲んでいる。何やら物々しい雰囲気で、とても声をかけられるような感じではないが、有栖ちゃんを連れて少しだけ距離を詰めてみた。

 しばらく様子を見ているうちに、理事長が向こう側から歩いてきた。

 理事長は一度頭を下げてから父と握手をした。その後、二人横並びになって歩き始めた。少し下がって部下たちもそれに続く。どうやら、父を応接室へ案内するようだ。

 俺たちは一定の距離を置いて、動きを観察していた。有栖ちゃんも興味深そうに見ている。

 

 ……一瞬だけ、ほんの一瞬だけ父がこちらを向いた。

 

 『処理した』

 

 目が合った瞬間、父は口の動きでそう俺に伝えてきた。俺たちにだけわかるよう、声は発さなかった。それ以降は何事もなかったかのように、理事長との会話へ戻った。

 有栖ちゃんがぶるぶると震えている理由は、よくわからなかった。

 

 

 

 ホームルームでは、真嶋先生が強い口調で冬休みの注意事項を説明していた。

 

「冬休みの間、校内の一部は改修工事のため立ち入り禁止となる。また、長期休暇となるが、学生としての立場を忘れないように。一人が問題行動を起こせば、それはクラス全体の責任となる。そのことを肝に銘じて行動しなさい」

 

 こんなこと、言われなくても……とはいかないのが今のBクラスである。

 この話を真面目に聞いている生徒はごくわずかであり、多くの生徒はとっくの昔に冬休みモードへと突入している。頭が痛いだろうな。

 真嶋先生は一度ため息をついてから、ホームルームを終了すると述べた。

 

「あ、あのさ」

 

 置き勉していた教科書を鞄へ詰め込んでいると、真澄さんが声をかけてきた。

 

「どうしたの?」

「冬休みなんだけどさ……いや、なんでもない」

 

 照れている様子からして、俺たちを遊びに誘おうとしたのだと思われる。他に友達がいそうな感じもしないし、正月明けまでずっと一人で過ごすのは抵抗があったのだろうか。なんというか、めちゃくちゃ可愛い。

 

「ふふっ、いつでも連絡してください。一緒にお買い物でもしましょう」

「……もう、仕方ないわね」

 

 有栖ちゃんの言葉を受けて、ぷいっと横を向いた真澄さん。しかしその口角は上がっており、嬉しい気持ちを全然隠せていない。ヤバい、あまりにも可愛すぎる。

 隣を見ると、有栖ちゃんも顔を赤くして興奮していた。

 

「何よ、二人して」

 

 両手の人差し指をつんつんしている姿がまた可愛い。普段つっけんどんな態度をしているだけに、ギャップがすごい。今後はもっと絡んで、こういう姿を引き出していきたい。

 

 その時、パチパチと大きな手拍子の音がした。

 音の方向に目をやると、真嶋先生が戻ってきていた。

 

「一つ言い忘れていたことがある。今日の午後だが、来賓の方が校舎内を見学することになっている。その対応のため、十四時までに全ての生徒を校舎から退出させるよう指示があった」

 

 教室にいる全員に聞こえるよう、大きな声でそう言った。

 ……来賓の方というのは、間違いなくあの人のことだろうな。

 静かになった俺たちの様子を確認してから、真嶋先生は言葉を続ける。

 

「部活も休みである以上、残る理由もないとは思うが……もし残っていたことが発覚した場合、当該生徒は一か月の停学処分となる。お前たちもお喋りしていないで、早く帰りなさい」

 

 停学という言葉に驚きの声が上がった。校舎の中にいただけで、一か月……俺はあまりにも厳しすぎるのではないかと思ったが、特に意見を言う者はいなかった。

 まあ、さっさと帰ればいいだけの話だ。自分の時間を使ってまで問い質そうと思う人間など、この教室には存在しない。生徒たちは雑談に戻りながらも、各々帰り支度を始めた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 先生の指示通り、俺たちは大人しく帰った。

 外は寒い。何か予定があるわけでもないので、部屋でゆっくりすることにした。有栖ちゃんの心臓のこともあるし、用事でもない限りわざわざ寒空の下を出歩く意味がない。

 

「……どうも、変な感じがする」

「私も同じです。私たちの知らないところで、何か起きているような気がしてなりません」

 

 知りたくても手が届かない、ムズムズした感覚。中心に父がいることは間違いない。思い切って話を聞けば良かっただろうか……いや、俺にはあの雰囲気に割って入る度胸はない。そもそも、それを望んでいないからこそ、ああいう形で俺にメッセージを送ってきたのだ。気になるとはいえ、父の考えを踏みにじってまで聞くようなことでもないだろう。

 

 突然、俺の端末が鳴った。内容を確認すると、清隆からメールが届いていた。

 

 『ありがとう』

 

 たった一文ではあるが、彼の思いが詰まったメール。俺が礼を言われるようなことといえば、何だろう。心当たりなんて……あった。昨日有栖ちゃんと話した内容だ。

 俺からの、清隆に対する援護射撃。それが成功したとすれば、父が学校に来た理由は……

 

「もしかしたら、全てはもう終わっているのかもしれないな」

 

 先ほどの父の言葉を思い出す。『処理した』という、過去形の一言。

 清隆はすでに、自分の戦いに決着をつけていたのかもしれない。そして、今日の動きを見ることで、俺が父に根回しをしていることを理解した。そう考えると辻褄が合ってくる。

 俺たちが日常生活を送る裏で、何が起きていたのか。少しわかってきたような気がした。

 

「晴翔くんは、清隆くんが起こした行動に関与したのですか?」

「いいや、大したことはしてないよ。結構前……無人島試験の時に、軽くアドバイスしただけ」

 

 父親に追われて困っていると語る清隆に対して、俺が思ったことを述べただけだ。当然あいつの頭の中にもあっただろうし、関与というほどのことでもないだろう。

 自由を掴みたいのなら、自由を奪おうとする者を排除すればいい。ただそれだけのことだ。

 

「あ、ああ……そういうことだったのですね」

 

 しかし有栖ちゃんは極めて驚いた様子で、俺の目をじっくりと見つめてきた。

 

「ん?」

「……受け入れないと」

 

 抱きしめられた。そして、キスを求めてきた。軽く唇が触れ合う程度のものだ。

 俺が求められるままに応じると、有栖ちゃんは笑顔になった。

 

「どうしたの?」

「私は、一生あなただけの味方です。どんな一面があっても、どれほど深い闇を抱えていても……全てを受け入れて愛し続けます。ですから、安心してくださいね」

「そっか、ありがとう。俺も愛してるよ」

 

 俺を安心させようと、優しい言葉をかけてくれた。特に不安になっていたわけではないが、その気持ちは嬉しいものだった。何か勘違いしているような気もするが……まあいいか。

 

 イカロスは自らを閉じ込めていた迷宮を破壊して、ついに解き放たれた。

 その瞬間、彼は何を思ったのだろうか。歓喜のあまり笑顔となったのか、それともいつもの無表情を貫いたのか。見られなかったことが残念でならない。

 

「清隆くんが退学するようなことは、今後起きないと思います」

「そうだな、俺もそう思う」

 

 清隆は今、どこで何をしているのだろう?

 そんな疑問が浮かんだが、それはあいつの「自由」である。何をしようが勝手だし、誰にも止められることはない。そういった当たり前のことを、あの部屋では得ることができなかった。

 だから、これはゴールではなくスタートである。綾小路清隆という一人の高校生は、八か月遅れでようやくデビューを迎えたのだ。彼の生活はもっと楽しくなるはずだ。

 清々しい気持ちで年末を迎えられることを、嬉しく思った。




 林間学校の展開にかなり悩んでいました。
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