よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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第63話

 新年を迎えて、高度育成高等学校は三学期となった。

 始業式を無事に終えた後、さっそく授業が始まる。

 

「……はあ、帰りたい」

 

 授業といっても、ただの授業ではない。特別試験である。

 

 一月上旬の木曜日、俺たちはバスに揺られていた。これから何が起きるかはさておき、有栖ちゃんが体調を崩さないか心配だ。

 何しろ、三時間の長旅である。話を聞いた時点で辞退を希望したが、許可を得ることはできなかった。彼女のお父さんは、頭が良さそうに見えて実はバカなのではないかと本気で疑っている。

 バスの席は基本的には名簿順だが、俺たちは例外的に隣り合わせの席へ配置してくれた。あまりにもささやかすぎる配慮に、涙が出るような思いだ。

 

 Bクラスの生徒たちは、遠足気分で騒ぎまくっている。彼らもこれから特別試験があることは察しているが、本気で取り組む気がない以上レクリエーションと変わらないのだろう。

 ……だが、それは自分の身の安全が保障されている場合の話だ。退学へのハードルが低いこの学校が、ペーパーシャッフルのような「甘い」試験ばかりであると思わない方がいい。

 

「これから特別試験の概要を説明する。楽しむのもいいが、今は話を聞きなさい」

 

 真嶋先生がマイクを持ち、良く通る声で話し始めた。しばらくしてから、生徒たちの騒がしい声が止んだ。すぐに雑談をやめないあたり、Bクラスらしくていいと思う。

 隣に座る有栖ちゃんは、少し気持ちが悪そうだ。酔ってしまったのかもしれない。背中をさすってやりつつ、俺は先生の話に耳を傾けた。何でもいいからとりあえず早く到着してほしい。

 

「あと一時間もしないうちに到着する。今お前たちが向かっている場所は、山中の林間学校だ。夏に行われるのが一般的ではあるが、当校においては例年正月明けに行うこととなっている」

 

 そりゃあそうだ。誰が好き好んで、クソ寒い中で林間学校などやりたいものか。

 ダルそうな顔をする俺たちを見回してから、先生は「しおり」を配り始めた。それをパラパラとめくると、特別試験が男女別の行動を強要されるものであることがわかった。この時点で、俺のやる気ゲージはゼロになった。最低最悪の気分だ。

 

「林間学校では、学年を超えての集団行動を7泊8日で行ってもらう。その試験の名は『混合合宿』という。ある意味、体育祭をより大きくしたものといっていい」

 

 掲載されている写真を見る限り、無人島よりは大幅にマシな環境が用意されているようだが、そんなことはどうでもいい。また有栖ちゃんと離れ離れになってしまう。俺はどうすればいい?

 

「……リタイアという選択肢がない以上、参加せざるを得ませんね」

「そうだな、控えめに言ってクソだと思う」

 

 有栖ちゃんはため息をついて、窓の外の景色に目をやった。

 それ以降の話は、あまり頭に入ってこなかった。六つのグループに分かれること、他のクラスと混合しなければならないことなど、試験的には極めて重要な説明がなされているはずだ。しかし、その全てが俺にとっては些細な事にすぎない。有栖ちゃんと長期間一緒にいられないとわかった以上、頑張ろうなどという気にはならないのだ。

 

 ……だんだんとムカついてきた。

 イライラが頂点に達したタイミングで、最下位になったグループへのペナルティが説明された。退学という単語に生徒たちはざわめく。

 

 話を聞いていなかった俺はしおりをめくり、一旦心を落ち着かせる。

 学年ごとのグループを、この試験においては「小グループ」と称するらしい。そのグループを三学年組み合わせたもの、それを「大グループ」という。

 大グループ単位で試験が行われ、その結果最下位となったグループが処分の対象となるが、全員が退学になるわけではない。実際に退学させられるのは、最下位の大グループの中でも、学校側が定めたボーダーを下回った小グループ……その中の「責任者」である。

 死ぬほどわかりづらいが、ダメな集団のリーダーが責任を取って退学しろという話である。そして、退学となる「責任者」は他の生徒を一人指名して、道連れに退学させることができるようだ。

 

 ……なるほど、面白い。俺はここに活路を見出した。

 説明が終了した直後、質疑応答が始まったタイミングで勢いよく挙手した。

 

「先生。俺が『責任者』となってわざと平均点を下げた後、気に入らない生徒を指名すれば、退学させることができるということですね?」

 

 その質問に対して、先生を含めた周囲が驚愕する。

 

「……もちろん、その通りだ。だが、当然ながらお前自身も退学になるぞ」

「ああ、それは大したことじゃないので大丈夫です。ありがとうございました」

 

 これは一度説明されたことを、きつい言葉で言い換えているにすぎない。しかし、今回はその行動にこそ意味がある。俺を責任者に指名すれば、敗退行為の末に誰かを退学させる……まずは周りにそう理解してもらう。危険人物としてマークされれば成功だ。

 

「……坂柳に関しては、最大限の配慮がなされることになっている。あまり心配するな」

「そうですか。まあ、よかったです」

 

 先生のフォローを適当に受け流した。そういう問題じゃねえんだよ。

 ふと思い立った俺は、端末を手にして素早くチャットを打つ。

 

『帆波、頼みたいことがある』

『ご主人さま、なあに?』

 

 十秒で返信が来た。さすがに早すぎてちょっと怖い。

 

『同じグループに、桔梗ちゃんと有栖ちゃんを混ぜてほしい。できれば真澄さんも』

『わかった。有栖ちゃんを助けてほしいんだね』

 

 理解が早くて助かる。彼女たちが守ってくれるというだけで、安心感は全然違ってくる。

 帆波が絶対的リーダーでよかったと、心の底から思った。やっぱり、こいつは俺にとって必要な人間だ。この学校にいる間は、多少のリスクを背負ってでも従わせておくべきだろう。

 

『それともう一つ。お前が今持っているポイントを確認させてほしい』

『えーっと……これでいいかな』

 

 一分ほど待った後に、端末のスクリーンショットが送られてきた。

 21,173,950prと表示されている。予想はしていたが、こうして実際に見ると衝撃が大きい。

 とりあえず、知りたかった部分を知ることができた。これだけのポイントがあれば、最悪のケースであってもどうにかなりそうだ。

 ……そのうち、帆波とクラスメイトになるかもな。

 

 チャットのやり取りをしているうちに、バスは高速道路を降りて山道へと入った。有栖ちゃんの車酔いが悪化しているようで、泣きそうな顔をしながら遠くの方を眺めている。

 ……可哀想だ。今すぐ降ろしてあげたい。念のためエチケット袋を用意してあるとはいえ、学校に対する憤りが増してきた。理事長のバーカ。娘一人守れないのかよ。

 

 

 

 それからしばらくして、ようやく目的地に到着した。

 なんとか有栖ちゃんは持ち堪えてくれたが、かなりギリギリだった。

 バスが停車すると、真嶋先生は前の座席の生徒から順に点呼し、各自の端末を回収し始めた。

 

「よく頑張ったな、有栖ちゃん」

「……帰りもこれがあると思うと、気が滅入ってしまいます」

「無理もない」

 

 降車すると同時に、強烈な寒さに襲われる。俺は軟弱者なので、寒いのも暑いのも嫌いだ。

 ダメだ、体育祭以上にやる気がなくなってきた。ある程度の手を打ったとはいえ、面倒なイベントに参加させられることに変わりはない。

 有栖ちゃんも俺と離れるのが嫌なのか、先ほどからずっと服の袖を掴んでいる。

 とにかく気が重い。聳え立つ二つの建物を見上げながら、俺は苦笑いをした。

 

「ああ、帰りたい!」

 

 俺の心からの叫びが、山の中にこだました。

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