よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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第64話

 ついに、有栖ちゃんと別行動になる時間が来てしまった。

 

 木造の古臭い校舎を通り抜けて、男子は全員が体育館のような場所へ集められた。

 しばらくそこで待機していると、教師から各学年で6つの小グループを作成するよう指示が入った。グループ決めには教師陣が一切関与しないという補足があった後、学年ごとに分かれて話し合いが始まった。やる気もないので、俺は静観を決め込んでいた。

 早速、龍園率いるDクラスと俺たちBクラスの間で小競り合いが発生した。

 

「試験なんかどうでもいいが、Dクラスの人間とは組めねえなぁ。あいつらは人間以下だ」

「なんだとこの野郎!」

 

 戸塚の暴言に、一人の男子生徒が激怒した。こいつらは小学生かと思うほどの低レベルな煽り合いだ。頭の悪い二人に、俺を含めた大多数の生徒が白い目を向ける。

 

(大丈夫かなあ……)

 

 バカどもの言い争いが加速している中、頭に浮かぶのは有栖ちゃんのことばかり。

 寒くないだろうか?怪我はしていないだろうか?

 携帯で連絡を取ることもできない現状が、さらに不安を増幅させる。

 

「晴翔、どうした?」

 

 そんな俺に話しかけてくる生徒が一人。清隆だ。

 

「……ああ、有栖ちゃんのことが心配で仕方ないんだ」

「そうか。オレとしても、お前がそういった懸念を抱くことは想定していたが……今回の試験の性質上、あまり力になれそうにない。だが一応、恵には有栖を同じグループに引き入れるよう指示しておいた。当然そこに櫛田も入ってくるはずだ」

「えっ、本当に?」

 

 清隆は残念そうにしているが、それはかなり大きい。昔の恵ちゃんならともかく、今の彼女はかなり信頼できる人物だ。有栖ちゃんのこともフォローしてくれるだろうし、心強い味方である。

 さらに帆波が俺の言った通り動くとすれば、俺と仲の良い女子が同じグループに固まることになる。俺自身が手を出せないのはどうしようもないが、それを除けば最高の組み合わせである。

 

「良い対応ができず、申し訳ない」

「いや、謝る必要はない。それどころか、礼を言いたいぐらいだ。ありがとう清隆」

 

 周囲がうるさくなってきたのを意に介さず、俺は清隆に握手を求めた。

 その瞬間、衝撃的なことが起きる。

 

「……ふっ、お前は変わらないな」

 

 ほんの僅かに、清隆が笑った。驚きのあまり目を見開いてしまった。この男のことはそれなりに長い期間観察してきたが、こんな風に笑うところを見たのは初めてだ。

 清隆の言う通り、俺は何も変わっていない。むしろ変わり始めているのは清隆の方だと思う。自分の勝利のみを求める、無機質な存在から進化しようとしている。

 やはり、父親の件を解決したことが大きいのかもしれない。自由になった清隆は、今後どうするのだろうか……状況が変わっても、彼に対する興味が尽きることはない。本当に面白い男である。

 

「持つべきものは友達だ。最近、つくづくそう思うよ」

「違いない」

 

 おかげで、だいぶ気持ちが楽になった。これが一人ぼっちであったなら、落ち着いてはいられなかっただろう。悩んでいる時に話を聞いてくれる存在は、大変貴重なものであると実感した。

 

 

 

 俺たちが雑談をしている間も、話し合いは全く進んでいなかった。

 あまりにも何も決まらない状況を見かねて、Cクラスの平田が提案をした。

 

「みんな、このままグループを分けられなかったら全員退学だよ。一度、僕の話を聞いてほしい。受けるかどうかはその後に決めてもらって大丈夫だから」

「……そうだな、話してくれ」

 

 葛城がそれに同調する。他の連中もさすがにマズいと思ったのか、ようやく静かになった。

 

「ありがとう。まず、僕は4つのクラスがなるべく均等になるように振り分けるべきだと考えているんだ。先生から聞いたと思うけど、同じグループに参加しているクラスの数が多いほど、報酬が増加する。逆に、順位が悪くてもペナルティは増加しない。こういうルールである以上、4クラス混合のグループにした方が圧倒的に得だよね」

 

 平田の言っていることは正しい。プラスの報酬だけ増えるという仕組みは、間違いなく生徒にとって有利なものだ。しかもその倍率は、4クラス混合であれば3倍という破格さである。全体の利益を考えれば、可能な限りグループあたりの参加クラス数を増やす方が良い。

 しかし、それは理論上そうであるというだけの話だ。こういう議論においては、人間の持つ感情……非論理的な要素を抜きにして考えることはできない。

 

「お前の話も分からないわけじゃないが、俺たちはDクラスの猿共と共同生活なんてまっぴらごめんだ。ポイントが増えるとか、そういう問題ではないな」

 

 今日は戸塚が調子に乗っている。リーダー面するなよという周りからの視線は、彼には感じ取れないらしい。視野が広いタイプではないから仕方がないか。

 ……よくもまあ、偉そうなことを言えたものだ。クラス全体が帆波の奴隷になっていることを、忘れているのだろうか?

 

「わかった。だったら、Bクラスは希望者のみという形にするよ。1つか2つのグループはDクラスの生徒を含まないようにして、そこにDクラスとの共存を望まない生徒たちを集めていく。これぐらいの妥協で話が進むなら、僕はそれを受け入れたいと思う」

 

 すぐさま折衷案を出した平田に対して、俺は素直に感心した。あまりこいつと関わる機会はなかったが、非常に優秀な人間であるようだ。

 戸塚が黙り込んだことで、全体的にそれでいいのではないかという空気が流れ始めた。

 

「ああ、俺は平田の案に乗るぜ。戸塚ちゃまのワガママも、今回は特別に聞いてやろう」

 

 今までおとなしくしていた龍園が、ついに声を上げた。馬鹿にしたような口調で戸塚を煽ると、彼は顔を真っ赤にして怒り始めた。

 

「ふざけるな。どうせまた、卑怯なことを考えているんだろう?」

「黙れ。てめえらはAクラスの傀儡となった、生ける屍のようなもんだ。雑魚は雑魚らしく、隅っこのほうで静かにしてろ。それとも、今ここでその口を開けなくしてやろうか?」

 

 威圧的な眼光を受けて、次の言葉を発せなくなった戸塚。とてもダサい。明らかに格が違うと、そこにいる生徒全員が認識した。まあ、こいつ如きが龍園をどうこうできるわけがない。

 方針は決まった。あとはどこに誰を入れるかというだけの話だから、そう時間はかからないだろう。これら全てが平田の功績と言っていい。間違いなく、彼こそが今日のMVPだと思う。

 

 

 

 俺は、とりあえず清隆と同じグループに入ることにした。

 Cクラスはすでに分け方を決めているらしく、平田と高円寺がこちらに寄ってきた。

 ……これまた、いろんな意味で目立つ生徒ばかりだ。とはいえ、退屈しないという意味では良さそうだと感じた。一週間もの共同生活。メンバーは濃ければ濃いほどいいだろう。

 AクラスとDクラスも3人ずつ来て、均等に分かれた形だ。Bクラスから入ってくるのは……俺だけだった。これは少し意外であった。いくら体育祭で揉めたとはいえ、Bクラスの生徒は戸塚のようにDクラス全員を拒否するような人間ばかりではない。橋本を筆頭として、冷静に物事を考えられる生徒も一定数存在している。

 

「龍園くんとだけは組めない、そういうことだろうね」

 

 平田はBクラスの集団を見つめながら、納得したように呟く。

 こうなった原因人物に、俺は目をやった。相変わらず不敵な笑みを浮かべていて清々しい。

 そう、このグループには龍園が入るのだ。その時点で多くの生徒はNGとなる。これに関しては、もはやどこのクラスとかいう問題ではない。嫌われすぎだろこいつ……

 

「僕としては、それよりもAクラスから3人も来たことに驚いたよ」

「うちのボスの指示だからな」

 

 次に平田が話しかけたのは、Aクラスの神崎だ。彼らのクラスにおいて、帆波の指示は絶対的なものである。龍園を嫌っている生徒も多いとはいえ、王の勅命に反することはできない。

 

「……一之瀬さんはすごいね」

 

 何か思うところがあったのか、平田は少し複雑な表情をした。

 

 その後、責任者はスムーズに決まった。平田が立候補して、それを他の全員が承認したからだ。

 結果的に俺がバスの中でアピールした行動は空振りとなったが、責任者にならないという目的が労せずして達成されたことになるので、何の問題もない。押し付け合いになる展開もあり得た以上、リスクヘッジとして布石を打っておいたのは悪くなかったといえる。

 

 

 

 真嶋先生に報告を終えた後、俺は速攻で立ち去ろうとした。しかし、とある生徒の一声で引き止められてしまった。

 

「一年生に提案がある。今から、すぐに大グループを作らないか?」

 

 声の主は、南雲雅だった。めんどくせえなあと思いながら、俺は平田たちの元へと戻る。

 教師たちにとっても意外な動きだったのか、焦って準備を始めている。いや、それぐらい想定しておけよ……わりとマニュアル人間が多いらしい。

 南雲の提案は、至極シンプルなものであった。一年生の小グループから代表者6名がじゃんけんを行い、勝った順で先輩グループを指名していくというもの。

 

「一年の持つ情報量は少ない。公平性に欠けている」

 

 その話を、三年生の男が妨げた。堀北前会長である。

 さっさと引き揚げたい俺は、無駄に議論を引き延ばす行為にイラっと来てしまった。

 

「いや、別に不公平でもよくないっすか。そもそも、何をもって公平とするかよくわからないんですけど。仮にじゃんけんをやめたとして、各グループの責任者が個人的な人間関係を基に大グループを決めていく作業は、堀北さんにとって不公平ではないってことですか?」

 

 俺が口を挟んでくるとは思わなかったのか、堀北兄はぎょっとした顔をした。

 南雲はニヤリと笑って、楽しそうに俺を見つめてきた。体育館がシーンと静まり返る。

 早急に終わらせたいので、イライラしながらも言葉を続ける。

 

「いいから早く決めましょうよ、南雲さん。あと、一年生が二年と三年のグループを同時に一つずつ指名する方式にしませんか。二巡するのはめんどくさいです」

 

 南雲の目をまっすぐ見て、俺は自分の意思を伝えた。

 

「はあ……お前って、マジでとんでもない奴だな。わかった、高城がそう言うならそれで進めてやろう。他の一年生たちも異論はないか?」

 

 異論があったらぶっ殺してやる。そう思ったが、幸いなことに意見する者は出なかった。

 あー、有栖ちゃんの顔が見たい。心臓の調子は大丈夫かな。どこかで転んでないかな。

 俺の頭は、すでに愛しい恋人のことでいっぱいだ。いつ会えるのだろうか?

 

 じゃんけんによるグループ決めは円滑に進んでいった。

 平田は2位となり、二年生は南雲のグループ、三年生は南雲がおすすめしてきた優秀そうなグループをそれぞれ選択した。堀北兄のグループは、1位を取った須藤が指名していた。

 俺はようやく終わったと思い、足早にその場から去ろうとする。

 

「先輩たちは帰ったが、少し時間を貰おうか」

「えっ、嫌です」

 

 南雲が呼びかけていたが、そんなことはどうでもいい。冷たく断って体育館を後にした。

 教師の目も無視して、先ほど女子たちが連れられて行った方向へと走っていく。

 

(はあ、やっと会える……)

 

 寝泊りする部屋をまだ見ていないものの、それも俺にとっては優先度の低い話だ。

 こんな試験に大した価値はない。有栖ちゃんのお世話こそ、俺のライフワークなのだ。


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