よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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第65話

 俺が到着した時、ちょうど女子たちはグループ決めを終了したところだった。

 部屋の確認に向かっているところを発見して、すぐに声をかけた。

 

「よかった、有栖ちゃん……」

「来てくれたのですね。嬉しいですっ」

 

 有栖ちゃんは特にケガをした様子もなく、まずは一安心だ。

 

「もう、晴翔くん心配しすぎだって。私がいるから大丈夫だよ」

 

 桔梗ちゃんの頼りになる言葉を受けて、さらに心が落ち着いた。どうやら、二人は無事に同じグループとなれたようだ。明日からはスケジュールがタイトになるため、さらに会える時間が減ってしまう。対策を練る上でも、女子のグループ分けの結果は最速で確認する必要があった。

 

 しばらく三人で雑談をしてから、食事の時間となった。

 会場に清隆の姿を見つけて、嬉しそうに駆け寄っていくのは恵ちゃんだ。微笑ましい光景を横目に見ながら、俺は席に着いた。当然、隣には有栖ちゃんが座っている。

 

「いろいろと揉め事は起きましたが、概ね晴翔くんの狙い通りに分かれました」

 

 有栖ちゃんがお茶を飲みつつ、女子グループについて説明を始めた。

 

 まず、帆波が有栖ちゃんと桔梗ちゃん、それから真澄さんを指名して自分のグループに引き込んだのが最初の動きだった。その後、恵ちゃんが清隆の指示通りグループに合流した。

 しかし、揉めたのはここからだった。Aクラスの千尋ちゃんは、帆波が参加するグループにDクラスの生徒を入れさせない方針を取ったのだ。

 

「……龍園が指揮する集団を引き入れたくはないよな。クラスの動きとしては正解だ」

 

 一之瀬帆波という存在は、Aクラスの全てといっていい。

 そのため、限りなくゼロに近い確率であっても退学になるリスクは避けなければならない。龍園の指示の下、俺がバスで話したような自爆テロ……道連れ退学を狙ってくる可能性が否定できない以上、Dクラスを参加させるわけにはいかないという判断だろう。

 

「そうですね。千尋さんは最善の手を打ったと思います」

 

 ……龍園は、ある意味ジョーカーとなる人間であると感じた。ああいう手段を選ばないタイプの人間が、最下位に沈んでいる状況。これは誰にとっても不気味なものだ。

 逆に、帆波はトップとして重要視されすぎているため、どうしてもフットワークが重くなる。周りも彼女の安全を第一に考えて、保守的な策を取らざるを得ない。

 今のAクラスにつけ入る隙があるとすれば、そのあたりなのかもしれない。

 

「最終的に、私たちのグループはDクラス以外の三クラスがそれぞれ4人ずつ参加して、合計12人で構成されることになりました」

「まあ、千尋ちゃんの要求を通さないってことは不可能だからな」

 

 有栖ちゃんなど他クラスの生徒が含まれている以上、グループの構成条件は余裕で満たしている。あとはAクラスが何人出すかというだけの話になってくる上に、このグループには優秀な生徒が集まっている。報酬の倍率も上昇するため、黙っていてはAクラスだけがポイントを荒稼ぎする結果になりかねない。Dクラスをハブって均等に4人ずつ参加させるのは、とても現実的な落としどころである。

 

「それだけ手を打ったのなら、退学はまずあり得ない。が……」

 

 俺はふと横を向いた。遠くの方のテーブルに、Dクラスのひよりがいる。

 寂しそうに一人で食事を摂っている。彼女はAクラスの方針によって、有栖ちゃんと分断されてしまった形となった。なんだか可哀想に思えたので、一度声をかけようかと考えた。

 しかし、それは帆波と千尋ちゃんがこちらへやって来たことでかなわなくなった。

 

「あっ、ごしゅ……晴翔くんっ!」

 

 また危なかった。その二人称は本気でやめてほしい。

 千尋ちゃんの隣で言うとか、半分殺害予告みたいなものだぞ。

 

「帆波さん、お気遣いいただきありがとうございました」

「ううん、気にしないで。他でもない晴翔くんのお願いだし、何より……私は、有栖ちゃんを嫌いになったわけじゃないから。困っているのなら、必ず助けるよ」

 

 ぺこりと頭を下げた有栖ちゃんに、帆波は笑顔でそう答えた。こういう性格だからこそ、彼女はリーダーであり教祖なんだろう。

 俺との関係で価値観が変わってしまったものの、その善人性は健在であることを確認した。

 

「俺からも礼を言っておこう。今回は助かった。ありがとう、帆波」

「……ああ、幸せ」

 

 強い感情のこもった言葉を返されて、背筋がぞくっとした。 

 

 やがて清隆と恵ちゃんも合流し、みんなで仲良く飯を食った。こうやって大所帯で集まる機会は少なかったため、とても楽しいひとときだった。ただ……さっきから何かがひっかかる。

 話を聞く限りはうまくいっているように思えるが、どうも一つ見落としている気がする。

 

(ひよりは、何を焦っているんだろう?)

 

 普段は絶対に見せないような、焦燥した様子。それに強い違和感を覚える。

 しかし、俺が話しかける前に彼女は食事会場から去ってしまった。

 

 

 

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 夜、俺は二段ベッドの下段に横たわった。

 部屋へ戻った時には、すでに誰がどのベッドを使うかが決まっていた。決める場に不在であったので、これは当然のことである。さすがに文句は言えないだろう。

 というわけで、俺は余ったベッド……人気のない、龍園と同じベッドで寝ることになった。

 

「龍園くんは、どこへ行ったのだろうか?」

 

 平田がぽつりと呟いた。消灯時間が近づいているが、未だに龍園の姿はない。

 あの男は適当に部屋を確認してから、すぐどこかへ行ってしまったらしい。最初からいなかった俺よりはマシかもしれないが、それでも相変わらずの独自路線だ。

 

「うぜえ。人がどこに行こうが勝手だろうが」

「おっ、戻ってきた」

 

 そんなことを言っている間に、龍園がダルそうに部屋へと入ってきた。

 手に持っていた荷物を投げ捨てて、ベッドの上段へと登る。

 

「……龍園。お前、今回は『勝つ』気だな?」

「いちいちうるせえな。テメェには関係ないことだろ」

 

 俺の言葉に、至極めんどくさそうな顔でそう返してきた。

 これはビンゴかもしれないと思い、気になっていたことをぶつけてみる。

 

「椎名ひより」

「……」

 

 その名前を出した瞬間、わずかに頬がひきつったのを見逃さなかった。

 思った通りだ。こいつが絡んでいると、食事会場を出た段階で俺は確信していた。

 

「ほら、やっぱり何か企んでるだろ。まあ、知ったところで止めるつもりもないが」

「……けっ、食えねえ奴だ」

「一応聞いておくが、お前の作戦で有栖ちゃんが傷つくことはないよな?」

「Bクラスは眼中にねえよ。俺のターゲットは……」

 

 そこで龍園は言葉を切って、神崎の顔を睨みつけた。その行動の意味は明白だ。

 こいつは、今回Aクラスを潰しに来ている。帆波教に対して、ついに戦いを挑むのだ。

 

「やるじゃないか、龍園。そういうお前を、俺は待ち望んでいたぞ」

「……くくっ。俺がテメェの『性質』を利用するとしても、同じことが言えるか?」

 

 意味深な表現で、龍園は俺を挑発してきた。なるほど、面白い。

 俺の「性質」とやらはよくわからないが、だんだんとワクワクしてきた。

 

「もちろん。俺という人間をどう利用するのか、楽しませてもらうぜ」

 

 その言葉を最後に、会話が止まった。龍園もなんだかんだ疲れていたのか、すぐに寝息を立て始めた。だが、謎解きが面白くなってしまったため、俺は全く寝付けなかった。

 ああ、楽しい。こんな機会を与えてくれた龍園には感謝せねばなるまい。

 

 一晩頭を悩ませて、徹夜状態で朝を迎えることになった。体力を使うカリキュラムが組まれている中、これはかなりキツい。しかし、結果的に俺は一つの答えを導き出すことができた。まだ推測の域を出ないとはいえ、その達成感は素晴らしいものであった。

 俺の出した答えが正しいとすれば、もうすでに勝負は決まっている。うっかり俺にヒントを与えてしまうほどの余裕も、そこから来ているとすれば辻褄が合う。

 

 龍園の計画を裏付けるべく、早朝5時に見回りをしていた真嶋先生に声をかけて、いくつか質問をした。そこで概ね満足できる回答を得られたため、俺は部屋に戻り起床時間を待った。

 体育祭では帆波が楽しませてくれた。ペーパーシャッフルでは、有栖ちゃんの頭の回転の早さを再確認した。林間学校は……龍園翔。この男のずる賢さを、見せつけられることになるだろう。


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