よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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第66話

 翌日。俺はふらふらする身体をどうにか動かして、一日の授業をこなしていた。

 

「おいおい、大丈夫か?」

 

 心配する清隆の声。頭痛と眠気を我慢しながら、今日最後の授業である座禅に臨む。

 ……でも、中学のころは毎日こんな感じだったな。少し懐かしさを感じる。

 逆に言うと、あれを三年間続けても大丈夫だったのだ。一週間ぐらいどうってことない。

 

「ぐぅ……性に合わねえ」

 

 想像以上に、真面目に取り組んでいるのが龍園だ。男子の部では目立った行動をとるつもりはないらしく、驚くほど大人しい。ある意味メリハリがしっかりしているというか……この場においては、普通に頑張ることが最もクラスの得になるという判断だろう。

 

 長い座禅の時間が終わり、足のしびれをこらえつつ俺たちは立ち上がった。

 明らかにフラフラになっているのに、何ともない演技をしている龍園が面白かった。

 

 

 

 夕食の時間が来たので、俺は再び有栖ちゃんの元へと向かった。

 

「あっ、晴翔くん。会いたかったです」

「俺も会いたかった。まずは、今日も無事でよかった」

 

 お互い抱き合って、再会を喜ぶ。たった一日なのだが、俺たちにとっては長い。まるでずっと離れ離れになっていたかのような感覚があった。

 できるなら、このまま楽しい雑談といきたいところ。しかし、今しか聞けないことがある。トレーに並べた料理に口をつけながら、俺は有栖ちゃんに一つ質問をした。

 

「突然で申し訳ないが、ひよりのグループについて教えてほしい」

「……ひよりさんですか?」

「そう、ちょっと調べてることがあるんだ。といっても、ほとんど確定であとは裏を取るだけって感じ。正しく言えば、質問というより確認だな」

「わかりました、私の覚えている範囲でお話しします」

 

 有栖ちゃんは食器を置いて、少し思考を巡らせた。

 

「彼女のグループは13人構成で、そのうち8人がDクラスという歪なものです。5人はCクラスの生徒ですが、彼女たちも『責任を負わない』という条件付きで渋々入ったにすぎません。普段大人しい方々が貧乏くじを引いたような形です」

 

 つまり、ひよりを除けば12分の7がDクラスということ。これだけで過半数に到達している。

 ……ここまでは俺の思っていた通り。もう少し掘り下げてみよう。

 

「ありがとう。それで、そのグループの責任者は?」

「ひよりさんです。多数決の結果、そうなったようです……ああ、そういうことですか」

 

 納得したような顔で頷いた。どうやら、有栖ちゃんも俺と同じ結論に至ったようだ。

 それにしても早い。俺が問いかけた意図を読み取って、全てを理解してしまうとは……

 

「やっぱり、天才には敵わないな」

「そんなことはありません。現に、私は今とても驚いています。あなたが私の恋人でよかったと、強く思いました……成長しているのですね。なんだか、自分のことのように嬉しいです」

 

 とびきりの笑顔を向けてくれた。日常のサポートに感謝してもらえることはあっても、俺が出した成果を褒めてもらえることはあまり多くない。慣れていないため、ちょっとくすぐったかった。

 

 

 

 その事故が起きたのは、夕食が終わった直後のことだった。

 有栖ちゃんと離れ、部屋に戻ろうとしたその時。廊下で大きな声がした。

 これはまずいと直感的に判断し、俺はその場へ駆けつけた。

 

「痛い、です……」

 

 そこにいたのは、転んで軽いけがを負った有栖ちゃんだった。これは失敗した。桔梗ちゃんや帆波がクラスの生徒に囲まれていたのを見ていたのに、一人で部屋へ帰してしまった。

 手を差し伸べる男が一人。状況的にこいつが犯人か。

 

「悪い悪い、大丈夫か?」

 

 大丈夫じゃねえんだよと思いながら、有栖ちゃんの肩を支えて身体を起こす。

 つーかこいつ誰だっけ。確か清隆と同じクラスの……

 

「山内、もっと気をつけろ」

 

 そこに清隆が急に現れて、山内と呼ばれた生徒の背中をポンと叩いた。そうそう、山内だ。あまりキャラが濃くないので忘れていたが、池や須藤と並んで三バカと言われていたはず。

 

「だけど、ここまでどんくさいとは思わないじゃん」 

 

 手を引っ込めてから、山内は口をとがらせる。自分が悪いとは思っていないのか、悪口ともとれる不満の言葉を述べる。清隆もその態度には閉口して、視線を外した。

 ……なんだこいつ。ムカつく奴だな。お前にどんくさいとか言われる筋合いはないぞ。

 周囲には野次馬が集まっている。注目を浴びた有栖ちゃんは、すかさずこう返した。

 

「ごめんなさい。おっしゃる通り、私はどんくさいです」

 

 やや落ち込んだ表情。それを受けて、野次馬たちは山内へと非難の目を向ける。

 

「ぐっ……」

 

 その場に居づらくなった山内は、ばつの悪そうな顔をして去っていった。

 慌てて来た桔梗ちゃんに有栖ちゃんを預けてから、俺も踵を返した。

 

「悪いな。だが、あの男の先は長くない。今回ばかりは許してくれ」

 

 背中にかけられた、清隆の言葉。その意味を理解できないほど、俺は鈍くない。

 ああ、そういえばあいつは……「責任者」だったな。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 消灯時刻の午後十時までは、あと一時間ほどだ。強い眠気にも負けず、俺は昨日に引き続き考え事をしていた。これは、明日やることを整理するためでもある。

 すでに龍園の狙いは看破した。あいつがやろうとしていること、それは……

 

 椎名ひよりに、退学処分を下すこと。

 

 まず前提として、AクラスがDクラスを排除する方針を取ることが肝要だ。とはいえ、この流れは誰でも容易に想像がつく。憶測だが、龍園はここから着想を得たと思われる。

 A~Cクラスだけで構成されるグループが現れた結果、多くのDクラス女子が余る。そこでひより以外を能力の低い女子たちで固めた、負け確定グループを作成させるのが最初の布石だ。

 ……あの子は洞察力が高い。この段階で違和感を覚えていてもおかしくはないが、クラス内でのカーストの低い彼女が周囲に抵抗することは難しかっただろう。

 そして、多数決という形でひよりを責任者にさせる。前述のグループ決め段階で過半数のDクラス女子を送り込んでいるため、彼女はそれを回避できない。

 あとは適当に、生徒たちがとことん不真面目に取り組めば終わりだ。すでに、女子のとあるグループが座禅をボイコットしたという噂も流れてきている。教師が定めたボーダーを大幅に下回り、責任者は退学となるのだ。

 

 龍園から与えられたヒントがあれば、ここまでは簡単に到達できる。

 では、そうなったら俺はどうするのか?という話になる。責任者であるひよりに退学処分が下った際、俺がどういう行動を取るのかが今回の最重要ポイントだ。

 

 答えはたった一つ。どんな形であれ、ひよりを助けるよう帆波に指示するだろう。

 それがあいつの狙いであり、俺の「性質」……身内を放っておけない性格だ。

 思った以上に、あいつは俺のことをよく見ているらしい。それは少し嬉しかった。

 

 そこにたどり着いた俺は、真嶋先生にいくつかの質問をぶつけた。そのうち一つは、「林間学校において、他クラスの生徒の退学処分を取り消すことができるか?」というものであった。

 ……その答えは、ノーである。そんなことはできないらしい。クラスに対する露骨な裏切り行為であるから、これが認められないのは当然ともいえる。

 

 ここでもう一つポイントがある。龍園たちDクラスは、現在400クラスポイントを持っていないということだ。退学の取り消しに必要な要件は、2000万プライベートポイントと300クラスポイント+ペナルティの100クラスポイントである。それを満たしていないのだ。

 しかし、このルールには抜け道がある。しおりにも書いてあったが、林間学校においてクラスポイントが不足した場合、一旦0ポイントとして取り扱われた後、以降加算されたタイミングで精算される。文面の解釈は難しいが、クラスポイントの「借金」が認められると思っていいだろう。

 つまり、400ポイントを下回っているクラスでも退学者の救済が可能である。

 

 この仮説を裏付けるために、俺は先ほど清隆にこう尋ねた。

 『茶柱は、退学処分の救済措置についてどう話していたか?』

 現在262クラスポイントのCクラスの担任が、どのように説明したのかを確認したのだ。

 

 ……予想通り、『ポイントを支払えば可能である』と話していたらしい。また、Cクラス以下には不可能だという補足もなかったようだ。これでほぼ確定だ。

 そうなると、龍園は2000万のプライベートポイントに加えて、無人島で葛城と結んだような契約……退学の取り消しによって失われる300クラスポイントと、回避できないペナルティの100ポイントを補填するようなものを俺と帆波に持ちかけてくる可能性が高い。

 昨日の、神崎に対する「Aクラスを潰す」匂わせも一種のブラフ。龍園の真の目的は、クラスポイントを捨てることで莫大なプライベートポイントを獲得することなのだ。

 

 素晴らしい。最高だ。この短時間でここまで練り込んだ策を立ててくるなんて、やっぱり龍園は面白い奴だと思う。自分のクラスの生徒を人質にするという、全貌を知ってもなお対策することが不可能である作戦。俺に対するメタとしては最適なものであると感心した。

 

 面白いことをしてくれたお礼として、負けてやるのもいいが……もうタネは割れてしまった。

 答えを知った推理小説は面白くない。こうなってしまうと、林間学校がまたつまらなくなる。

 そこで俺は、ワクワクする戦術を考えてくれた龍園への返礼も兼ねて、最後の最後にちょっとした騒動を起こすことにした。一粒で二度おいしいというやつだ。

 

「高城、朝の件で話がある。こちらへ来い」

 

 ちょうどいいタイミングで、真嶋先生からお呼びがかかった。

 俺はニヤリと笑い、ベッドから身体を起こした。

 

 

 

 消灯時刻まであと30分となった。肌寒い廊下で、俺は真嶋先生に一つの封筒を手渡した。

 

「……これを受け取っても、いいんだな?」

「はい、お願いします」

 

 これらは必ずしも必要なものではないのだが、話を面白くするために提出した。

 俺の中には、有栖ちゃんにも楽しんでもらいたいという思いがある。それを考えると、こういうサプライズ演出は結構重要である。いくらあの子でも、まさか俺がこんなものを出してくるとは思わないだろう。びっくりする顔が目に浮かぶ。今から当日が楽しみだ。

 

「了解した。それと、あのとき答えられなかった質問に正式に回答しておこう。『退学は、退学届を理事長が承認した段階で処理される』。これで大丈夫か?」

「オッケーです。やはり、試験で退学処分が決まった瞬間ではないんですね」

「その通りだ……昨日の話と合わせて、お前のやりたいことが少し見えてきた。間違いなく、史上初の出来事が起きるだろう」

「そうですか?誰か思いつきそうなものですけど」

「いや、そもそも他クラスの生徒を退学から救う……そういう行動自体、俺は今までの教師生活で見たことがない。その上でシステムの穴を突いてくる生徒など、お前を除いて他にはいない」

 

 時間があまりないので、矢継ぎ早に言葉を交わす。

 ……真嶋先生の楽しそうな顔は、入学以来初めて見たかもしれない。

 

「ナンバーワンではなく、オンリーワン。この学校の校風には全くそぐわない言葉だが、高城にはそれが一番似合っていると思う。じゃあ、おやすみ」

 

 そう言って、真嶋先生は暗闇の中へと消えていった。




 次回は週半ばぐらいになります。介護の負担が軽減されたので、成長が始まりました。
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