妄想を書き殴りたいだけなのですが、これが結構難しい。
みなさんに評価いただけるほどきれいな文章ではないかもしれませんが、今後もお付き合いいただけたらと思います。
中間テストが近づいてきた。
Aクラスでは、葛城が主催して毎日のように勉強会が開かれていたが、俺と有栖ちゃんは当然不参加であった。
参加を拒否することにより揉めると予想していたため、めんどくさいなぁと思っていた。
しかし、有栖ちゃんの身体を考えればやむを得ないという雰囲気で、意外と何も言われなかった。月の初めに、真嶋先生が特例措置の話をしてくれたのが効いているのだろう。
面白いのは、不参加が俺たちだけではないという点だ。参加率は6割ぐらいだろうか?結構な割合の生徒たちが参加を拒否したのだ。
原因の一つとして、葛城がクラスを取り仕切っていることに対する反発心が考えられる。勉強のことまであれこれ言われるのは腹が立つというわけだ。
また、Aクラスはベースとなる学力が極めて高い集団だし、そもそも自分で勉強する方が効率が良いと思った者も多かったのかもしれない。
まぁ、俺たちにとってはどうでもいいのだが。
有栖ちゃんは、テストの一週間前には過去問を入手していた。
俺はこれを読み漁るだけで、赤点を回避することができるだろう。
過去問の入手先は、入学式の日にドラッグストアで話した先輩だ。
当然のように過去問を買おうとする有栖ちゃんに呆れた表情をしていたが、ポイントに困窮しているということもあり、すんなり5万ポイントで購入することができた。
正直、5万は高い。なかなかの大盤振る舞いといえる。
それを先輩も感じたのか、取引の際に一昨年と昨年が同じ問題であったことを自ら話してくれた。元から有栖ちゃんはそう予想していたようだが、証明の手間が省けた形だ。
有栖ちゃんは「快く売っていただける額を検討した結果です」と言っていたから、きっと正解なんだろう。
さらなる動きを見せたのは、テスト三日前のことだった。
放課後、俺は有栖ちゃんに連れられてBクラスの教室を訪れていた。
「あ、坂柳さんと高城くんだ!」
「ここ何日か来てなかったけど、どうしてたの?」
さっそく、Bクラスの女子に絡まれた。
なぜか、俺たちはBクラスで人気になっていた。聞いたところによると、「身体の弱い美少女とそれを守る男子」という構図が良いらしい。知らんがな。
「帆波さんは、いらっしゃいますか?」
「あっ、一之瀬さんはお花を摘みに行ってるよ〜」
また、先月に帆波さんがクラスポイント制度を先読みした(と思われている)こともあり、Bクラスは有栖ちゃんの予想を上回るレベルで「帆波さん至上主義」となっている。何かに例えるなら、現人神という単語が一番近いだろうか。
「いいなぁ、私も一之瀬さんのことを名前で呼びたい〜」
「そんなの恐れ多いよ!」
ええい、どいつもこいつも騒がしい!
……とにかく、帆波さんはBクラスの生徒たちからとてつもなく慕われている。
そんな帆波さんに親友認定されている俺たちは、ここで悪い扱いを受けるわけがないのだ。
「ごめんごめん!」
「こんにちは、帆波さん」
帆波さんが、手をハンカチで拭きながらやってきた。
女子軍団をあしらうのも限界が近かったので、助かる。
「あ、有栖ちゃん……今日はどうしたの?」
「今日は帆波さんと『お勉強』しようかと思いまして。例のカフェに行きませんか?」
有栖ちゃんの言葉に、帆波さんの表情が変わる。何かを察したらしい。
「わかった。準備するね」
群衆を押しのけて、帆波さんはカバンを準備する。
まるで王様に群がる平民みたいだ。これぞ王者?の風格かと思ったが、帆波さん自身はタジタジといった様子だった。
そして、今に至る。
前回と同じカフェに、俺たち三人は来ていた。
「……というわけで、こちらがその過去問です」
「ふぇ〜」
有栖ちゃんがどさっとテーブルの上に置いたのは、先輩から購入した過去問……のコピー。
「入手した経緯と、過去問を使用するメリットは先ほどお話しした通りです。こちらを、帆波さんに差し上げます」
「ええっ!?」
そう言って、当たり前のように過去問を提供してしまった。先月に引き続き、今回も対価を求めずに与えたのだ。もちろん、Aクラスには存在を秘匿している。
肝心の帆波さんだが、明らかに焦っている。
「どうなさいましたか?」
「いや、でも、これ……5万ポイントで買ったんだよね?」
「お気になさらず。もちろん、ポイントなどは不要ですよ。このまま受け取ってください」
「そんなぁ……そんなのって、おかしいよ!」
そう思うのも無理はない。
テストの結果を左右する切り札をいきなりプレゼントされたら、嬉しいというより焦るだろう。しかも、前回と違って有栖ちゃんはこれを入手するために安くないポイントを支払っている。有栖ちゃん以外にとって、この行動は意味不明だ。
「そうでしょうか?」
「そうだよ!もう、絶対ポイントは払うからね!」
帆波さんは血相を変えて、無理矢理にでもポイントを送ろうとしてきた。
しかし、有栖ちゃんは断固としてそれを受け取らなかった。
これもまた同様に、あくまでも無料提供にこだわるようだ。
ポイントを押しつけ合うという、普通では考えられない光景がしばらく続いた。
何分か押し問答を繰り返した後、結果的に帆波さんが折れた。
「なんで?どうしてここまでしてくれるの?」
大きな得をするはずの帆波さんが、なぜか追い込まれたような顔をしている。
有栖ちゃんはコーヒーを飲んで余裕を振りまいており、対照的だ。
「お友達だからです」
「でも、私たちは違うクラスで、それで……」
「帆波さんは、友達関係よりクラス間の争いを優先するのですか?」
「そんなわけない!そんなわけない、けど……うん、わかった」
何を言っても、丸め込まれてしまう帆波さん。
まだ納得はいかないようだが、これ以上続けても無駄と判断したのか、静かに過去問を自分のバッグにしまった。
「有効活用してくださいね?」
「もちろんだよ、有栖ちゃん。ありがとう」
帆波さんの目が泳いでいる。
おいおい、大丈夫か?
「それと、今回も私が提供したということは伏せておいてください。あくまでも、帆波さんが入手したという体でお願いします」
「わかったよ、うぅ〜……」
落ち着かないようで、そわそわと足を揺らしている。
やはり、無料で手に入ってラッキーとは思えないものだろうか?
いや、違う。帆波さんがそういう考えをしない人とわかっているからこそ、有栖ちゃんはこんなことをしているのだ。
帰るまでの間、帆波さんはどこか上の空といった感じだった。
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その日の夜。
テスト週間ということで、俺たちは風呂を上がってから軽く勉強していた。
有栖ちゃんが入手した過去問をフル活用するのはもちろん、基礎力アップのため通常の内容も教えてもらっていた。
多分ないけど、万が一過去問通りじゃなかったときの保険は欲しいからな。
「晴翔くん、今日はそろそろ終わりにしましょう」
「そうだな。少し疲れてきた」
一時間ほどしたタイミングで切り上げて、今日の出来事を振り返ることにした。
「それにしても、今日の帆波さんは焦ってたな」
「彼女の性格なら、焦るでしょう」
カフェでの一件。
過去問をタダで渡してしまったこと。
ちょっと様子がおかしかったこと。
「どうして帆波さんをプッシュしているか、そろそろ聞いてもいいのか?」
俺は、有栖ちゃんに問いかけた。
前提として、帆波さんは疑いようもない善人である。
何もしていない相手ですら気遣うような彼女が、ここまで無償の施しを受け続けている。
そのストレスがどれくらいかというと、それはわからない。ある意味、有栖ちゃんでも測れないのではなかろうか。あそこまで純粋な善人は、日本中探してもなかなかいないレベルだ。
有栖ちゃんは少し考えた後、ゆっくりと話し始めた。
「……彼女が私を絶対に裏切れないようにすることが、最初の目的でした。彼女の人を惹きつける力は、利用価値が高いと思ったからです」
一つ目の目的。
これぐらいなら、俺でもなんとなく予想できた。
そして、すでに達成されていると思う。
帆波さんが有栖ちゃんを裏切る?
ここまで全てを与えてくれた恩人と、敵対する?
……絶対に無理だ。もしそのようなことをしたら、彼女は罪の意識に苛まれ、やがて後悔で押し潰されるだろう。
悪を演じ切れるというのは、一つの才能だ。
綾小路や龍園のように、裏切りを戦術の一つにできるような人間は限られている。
その点、帆波さんは優しさの権化のような人だ。裏切るどころか、自分を裏切った相手を攻撃することすら躊躇するかもしれない。
だからあり得ない。こちらから今の関係を変えるようなことをしなければ、彼女は卒業までずっと有栖ちゃんの味方であり続けるだろう。
俺が理解したことを確認してから、有栖ちゃんは次の言葉を紡ぐ。
「二つ目の理由は、興味があるからです。リーダーに向かない性格の帆波さんが、クラスポイントの奪い合いで独走したらどうなるのか」
クラス間闘争での勝利。やはり、勝たせるつもりだったようだ。
このままいけば、BクラスがAクラスを叩き落とす日は近い。有栖ちゃんの中では、それはもう決定事項になっているらしい。
確かに、他のクラスからすれば、帆波さんは簡単に倒せそうな相手に見えるかもしれない。性格的に温厚すぎて、いくらでも罠にひっかかりそうなタイプだ。
しかし、いつまでやるのかはわからないが、当分は有栖ちゃんが後方支援を行う。こうすると、一見カモにできそうなのに、なぜか自分がカモにされる魔性の女が出来上がる。
全く策謀家には見えないのに、深謀遠慮を巡らせてくる相手。裏側を何も知らなければ、帆波さんは得体の知れない怪物に見えるだろう。
短期的な目標はわかった。
そして、その先はどうなるのだろうか?
そこまで手を尽くして、結局のところ有栖ちゃんは何がしたいのか。
この目には、何が見えているのか?
……ダメだ、全然わからん。点と点が結びつかない。
有栖ちゃんは、頭を悩ませている俺をニコニコしながら眺めている。
「晴翔くん。今、楽しいですか?」
「えっ?」
不意の一言。
今、楽しい?
このとき、俺は気づいた。
有栖ちゃんが次に何をするのか、ものすごく楽しみにしている自分がいる。
いつの間にか、学校を退屈と感じなくなっている。
……もしかして。
「有栖ちゃんは、俺を楽しませようとしてるのか?」
「ふふ、そうですね……」
俺の顔を覗き込み、目線を合わせてきた。
こうやって見られると、長年の付き合いであってもドキドキしてしまう。
一瞬、間が空いた。
珍しいことに、言葉を選ぶのに時間がかかっているようだ。
数秒間思考を巡らせた後、有栖ちゃんは俺の耳元で呟いた。
「あなたに退屈な人だと思われたら、私は死んでしまうかもしれません。それも一つの答えです」
そして、いたずらっぽく笑った。
座っている有栖ちゃんを抱え、ベッドに運ぶ。
俺も隣に入って、布団をかぶろうとしたその時。
突然、有栖ちゃんの携帯が鳴った。
メールである。
「なんだ、こんな夜に」
「……もしかして」
有栖ちゃんははっとした顔をした。
パスワードを入力し、メールの中身をしばらく読んでから、俺の方を向いた。
「晴翔くん。今から外に出たいのですが、ついてきていただけますか?」
「もちろん」
明らかに急いでいる様子で、有栖ちゃんは立ち上がった。
そんな急に動いたら、転んでしまう。
俺も立ち上がって有栖ちゃんの手を握る。
「面白いものが見られますよ」
「なるほど、それは楽しみだ」
寝巻きに上着を一枚羽織らせてから、部屋を出た。
今日は長い一日になりそうだ。