よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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第69話

 林間学校のカリキュラムを順調に消化し、ついに最終日がやってきた。

 本番の試験は、それなりの成績で終わることができた。大グループとしても、上位の結果を残せたものと思う。とりあえず最も面倒な部分は完了したので、あとはお楽しみの結果発表だ。

 

 夕方ごろ、俺たちは体育館に集合した。駅伝で1.2キロ走ったこともあり、身体が重い。スピーチといい、無駄に消耗させられる試験ばかり続けられるのは困ったものだ。

 男女ともここで発表されるらしく、女子たちも続々と集まってきている。

 有栖ちゃんの無事を確認してから、俺は先生の言葉を待った。

 

 結果発表の担当者は、どうやら真嶋先生になったようだ。もしかしたら、俺からの質問を教師陣が共有して、回答のためにルールを調べた真嶋先生が適任と判断されたのかもしれない。

 

「集まったようだな。まずは、8日間よく頑張ったと言っておこう。各自、慣れない環境で色々と苦労することもあっただろう。ここにいる生徒一人一人がこの経験を活かし、今後の成長につなげてもらえればと思っている」

 

 まずは当たり障りのない、全体的な話から入った。だが、こんな話題は誰一人として興味がないし、聞いてもいない。みんなの心の中にあるのはただ一つ、退学者が出るかどうかだ。

 

「では結果発表に入る。平均的には、前回と比較して高い評価であるという印象だ。しかし、今回は残念ながら男女とも退学者が出ることになった。この点について、教師として遺憾にたえない」

 

 生徒たちがざわめく。特に責任者は気が気でないだろう。

 ……近くにひよりの姿が見えた。すでに泣いてしまっており、可哀想なことになっている。

 

 第一位のグループから順に、次々と発表されていく。報酬のポイントを受け取れるということで、上位グループの生徒たちはホクホク顔だ。四位、五位と結果が伝えられ、ついに最下位。

 名前を呼ばれた三年生の責任者は、「やっぱりな」とでも言いたげな表情だった。

 

「……以上で男子大グループの結果発表を終了する。そして、定められたボーダーを下回ってしまった小グループは……責任者、『山内春樹』のグループだ」

 

 絶望的な宣告があっても、体育館は静かなままだった。1年Cクラスがざわめく程度だ。

 ……山内たちのグループは酷いものだった。同じグループに池や須藤などCクラスの問題児が含まれているだけでなく、大半を占めるAクラスとBクラスの生徒たちもやる気に欠けていた。

 それも多分帆波の指示なのだが、今は置いておく。いずれにせよ、ほとんどの生徒がこの結果に納得して、山内の退学もやむを得ないと思っていることだろう。

 

 

 

「クソッ……ああ、わかってたさ!てめえらのせいで、俺が退学になるってな!」

 

 怒声を発したのは、もちろん山内である。

 この男にとって、一番痛かったのが駅伝の結果だろう。須藤が圧倒的なパフォーマンスを見せたのにもかかわらず、大差の最下位に終わっていた。

 それは、彼らのグループが最大人数である15人で構成されていたからだ。その場合、全員が同じ距離を走らなければならなくなる。そしてAクラスの生徒はいずれも、運動能力がお世辞にも高いとはいえない生徒ばかりであった……ように見えた。もしかしたら手を抜いていただけかもしれないが、そのあたりは判別が難しい。

 喚き散らす山内。少し離れたところで、恵ちゃんが身体を震わせている。おそらく、彼女には清隆の意思が伝わっているはずだ。あいつの恐ろしさを、身に染みて感じていることだろう。

 

「……山内には、これから退学に関する書類を記入してもらうことになる。それに先立って、グループ内の誰かに連帯責任を命じることができる。必要であれば、今から五分以内に決めなさい」

 

 真嶋先生は無表情のまま、そう突きつけた。

 うまく話が進んでいる。南雲の方に視線を向けると、こちらを向いてニヤリと笑った。

 

 ああ、やっぱり南雲は結構すごい奴だ。まさか俺の意図を完全に理解するとは……

 誰かに読まれたことは少し悔しいけれど、全てを知った上でも俺に協力する意思を見せてきたのは大きい。この男は俺の予想もしない一手、それを打ってくる可能性もある相手だ。自分の目的を達成する上では、敵にならないに越したことはない。

 

 五分というリミットを提示された山内は、はっとした顔を浮かべる。

 数秒間思考を巡らせたのち、憤怒の表情でその名を宣言した。

 

「Bクラスの戸塚。あいつだけは絶対に許さねえ、ぶっ殺してやる!」

 

 大きく開けた目には、深い絶望と狂気が見える。よほど強い憎しみがあるのか、そのまま戸塚に向かって殴りかかろうとした。それを周囲の生徒に止められると、山内は嗚咽を漏らす。

 

「なんにもしねえクセに、俺たちのことを見下しやがって。ふざけんじゃねえ、一番の『不良品』はてめえだろうが」

「おいおい、それは違うぞ。こっちは座禅だって駅伝だって、それなりの結果を出してきた」

 

 戸塚は悪びれもせずにそう言った。このやり取りだけでも、何があったのかが見えてくる。

 Dクラスという「クズ」の集団と組まなかった戸塚は、元Dクラスである三バカにターゲットを移したのだろう。人を見下すことでしか、自分のプライドを守れない……Aクラスに屈服した敗北者という現実から逃れるため、「不良品」たる彼らをサンドバッグにした。

 この一週間で、山内グループの様子も何度か見ることができた。そのすべてに共通していたのは、山内たち三バカが全員からハブられているような形になっていたことだ。AクラスとBクラスの生徒が、みんなして戸塚に同調する態度を取ったのだと思われる。そして、肯定されることに気を良くした結果、差別的な行動がどんどんエスカレートする……そんな感じだったのだろう。

 その全てが自分を退学へ追い込むための、刺客であることも知らずに。

 

「最終確認だ。1年Bクラスの戸塚弥彦を、連帯責任として退学させる。相違ないか?」

「当たり前だ!」

「……承認した。では、今の時刻をもって戸塚は退学処分となる」

 

 真嶋先生は淡々と、戸塚に告げた。自クラスの生徒が退学になるというのに、一切表情を変えることはなかった。その凄みに圧倒され、体育館にいる全員が息を呑んだ。

 

「はあ?どうして自分が退学になるんですか?成績は平均以上のものだったはずです」

 

 しばらくして、戸塚は怒りながら真嶋先生に詰め寄った。

 彼の言っていることは理解できる。退学となった責任者が道連れにできるのは、ボーダーを下回った「一因」だと学校側に認められた生徒のみだ。戸塚の口ぶりからして、個人としてはそれなりに高い得点が見込めると思っていたのだろう。実際、彼は山内の退学が決まってからも余裕そうな顔をしていた。全てをひっくり返されたような状況になったから、ここまで動揺しているのだ。

 しかし真嶋先生は毅然とした態度を崩さず、迫る戸塚を制した。

 

「……今回の特別試験のテーマは『チームワーク』だ。お前が傲岸不遜な態度を取っているところを、各授業の担当講師たちはしっかりと把握している。いくら個人の成績が高かろうと、それは関係ない。自分勝手な行動で、グループの足を引っ張っていたという事実は重い。責任者から成績不振の原因として糾弾されたとしても、妥当であると言わざるを得ない」

 

 冷静な説明で抗議を切り捨てた。ぐうの音も出ない戸塚は、一歩後ずさりした。勝負ありだ。

 シーンと静まり返った体育館。三年生の担任と思われる教師が、退学届などの書類一式を持ってきた。退学者の二人は、あらかじめ用意されていた机に向かうよう促される。

 

「ふ、ふざけるな。なんで俺が退学しなきゃなんねえんだよ。悪いのは全部、戸塚だろうが」

 

 とことん退学を拒み、荒ぶる山内。動こうとすらしない態度で、時間ばかりが過ぎていく。

 往生際の悪さに生徒たちが白け始めたところで、一人の男性教師がストップをかけた。

 

「ひとまず、二人は別室に連れていきます。真嶋先生は続けてください」

「……わかりました。よろしくお願いします」

 

 山内たちの対応は他の教師に任せ、女子の結果発表へと移るようだ。

 思い描いていた展開になったことで、俺はニンマリとした。ここからがクライマックスだ。




 オレが一之瀬と二人きりで会ったのは、金曜日の深夜のことだった。

「話は理解できたか?」
「うん。それは、私にとってもありがたい提案だよ」

 にこやかな表情は、普段の彼女と同じように見えた。だからこそ気味が悪い。

「戸塚くんには、ずっと前から退学してもらいたいなって思ってたの」
「……なぜだ?」
「私、あの人のこと嫌いなんだ!」

 満面の笑みを浮かべて、一之瀬はそう言った。
 彼女は変わってしまった。とうの昔に人格は壊れており、もはや取り返しはつかないだろう。

(……やはり、お前は天才だ)

 オレは大親友の姿を思い描きながら、真っ暗な夜空を見上げた。

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