男子と同様に、女子も一位のグループから順に次々と結果が発表されていく。
「……以上で、女子大グループの結果発表を終了する。そして平均点のボーダーを割ってしまった小グループだが、二つ存在する。一つは3年B組の猪狩桃子が責任者のグループ、もう一つは……1年D組、椎名ひよりが責任者であるグループだ」
真嶋先生が宣告すると、体育館がざわめく。男子の時とは対照的な反応だ。
南雲の愉快そうな顔。苦虫を嚙み潰したような顔の堀北兄。三年から退学者が出ることは予想されてなかったらしく、ほとんどの生徒が戸惑っている。
やがて、事態を理解した三年生が南雲に食ってかかる。作戦にはめられてしまった橘は、焦点の合わない目でぼーっと虚空を見つめる。多くの者が、その光景に目を奪われた。
そして……体育館の隅っこの方で、たった一人泣いている子がいる。
「大丈夫だ、ひより。お前は一人じゃない」
俺はひよりの元に歩み寄って、肩をポンと叩いた。彼女の退学は、もはや既定路線として扱われている。龍園のやり方は、南雲のそれと比べると随分露骨なものであったからだ。授業のボイコットを始めとしたDクラス女子の悪行の数々は、他グループの生徒にも強い印象を与えていた。
「晴翔くん……ごめんなさい。私はもう」
「そんなことを言うな。俺は絶対に、ひよりのことを見捨てないから」
身体を抱きしめると、力なくもたれかかってきた。肉体的にも精神的にも、限界なのだろう。
そんな俺たちの様子を見て、龍園がニヤニヤとした表情を浮かべている。完全に成功した、そう思い込んでいるようだ。腕を組んで、こちらへと近づいてきた。
ひよりは怯えて縮こまってしまったが、無理もない。こいつが自分を陥れた犯人だということは、とっくに気づいているだろう。わかりやすい悪意に晒されれば、普通の人間は委縮する。
「高城。今の反応からして、答えにはたどり着けたようだな……そして、知ったところで何もできないと悟ったか。俺の言いたいことはわかるだろ?」
龍園は腕を組みながら、俺に話しかけてきた。
契約を結べということだろう。しかし俺は首を横に振って、笑った。
「悪いけどお断りだ。真嶋先生、あれをお願いします」
なるべく大きな声で言った。俺の予想外の一手に、龍園は困惑している。
それを聞いた真嶋先生は頷いて、一つの封筒を取り出した。その中に入っているのは、三つ折りの紙。高城晴翔と記名されているA4のプリントは、紛うことなき退学届であった。
「なっ、てめえ……」
「まずは、見事だと言っておこう。一度仲良くなった人間に甘いという、俺の性質を読み切った上での作戦。まさかこんなことをする奴がいるとは思わなかった。称賛に値する」
俺はパチパチと手を叩きながら、龍園との距離を詰める。ひよりはまだ状況を理解できないのか、目を白黒させている。
「だが、お前は一つ勘違いをしている。俺にとって……退学なんか、大したことじゃない!」
はっきりと、叫ぶように宣言した。
揉めていた上級生たちも言葉を止めて、俺の方を見る。全校生徒が俺に注目している。
驚愕してるのはひよりだけではない。計画を知っているわずかな生徒を除いて、全員が唖然とした顔をしている。望み通りの反応に心の中でほくそ笑む。俺はこういうことをしたかったんだ。
……楽しい。やっぱり人を驚かすのは面白い。最高な気分のまま、言葉を続ける。
「ひよりが一人にならないよう、一緒に退学してやる。龍園の作戦を見破った時から、そう決めていた。退学は全ての終わりではなく、新たな人生のスタートなんだ。そのために必要なのが、この退学届……だから、ひよりも胸を張って書けばいい。何も恥じることはない」
考えていたセリフをはっきりと話す。少し演技っぽくなってしまっただろうか?
全体を見回すと、有栖ちゃんが口をぽかんと開けているのが目に入った。サプライズが成功したようで、嬉しく思う。だが、お楽しみタイムはまだ続く。
「だ、だめです。私のために、晴翔くんの人生を狂わせるなんて」
「狂うんじゃない。正しい方向に進むだけだ」
「ああ、どうしてあなたはそこまで……」
意図を理解したのか、ひよりは俺の服を掴んだ。温かい手で、ぎゅっと力強く握られている。
再び静寂が訪れる。ほとんどの生徒は、未だに起きていることを処理し切れていない。
「……各自思うところがあるのはわかる。しかし、まだ話は終わっていない」
全体が落ち着いたと判断した真嶋先生が、再び口を開いた。
「すでに理解しているとは思うが、二人にも退学に関する書類を作成してもらうことになる。なお、男子と同様にグループの生徒へ連帯責任を命じることもできる。五分以内に決めるように」
二人はこくりと頷いて、すぐに返答した。
「諸藤リカさん。彼女でお願いします」
「私も決まってる。もちろん、Aクラスの橘茜さんよ」
おおっ、という声が聞こえた。まったく、どいつもこいつも自分が無事だと思えばレジャー感覚かよ。安全圏から見物するのは、さぞかし楽しいだろうな……まあ、俺が言えたことではないが。
ひよりは、かつて停学処分を受けた諸藤を指名した。それはなんとなく、彼女なりの優しさであるような気がした。クラス内に居場所のなくなった彼女であれば、退学処分によって受けるダメージも最小限で済む。そういう考えを持っている可能性が高い。
……自分が死ぬほどつらい思いをしているのに、そんなことにまで気が回るのか。本当にすごいというか、彼女の尊敬できる部分だ。
「俺の手を読める人間なんて、一人も……ああいや、ほとんどいません。堀北先輩、今のお気持ちはいかがでしょうか?」
南雲は堀北兄に近づいて、ここぞとばかりに煽った。うーん、楽しそうだなあ。
二年と三年の争いを、俺はしばしの間見つめていた。
それから、堀北兄は橘を救済することを迅速に決定した。3年Aクラスの団結力は高く、批判的な意見を述べる者は誰一人としていなかった。
すでに泣き止んでいるひよりと、わんわん泣き始めた橘。その対比が結構面白い。
南雲はケラケラと笑いながら、自分の戦略を饒舌に語り始めた。
その後3年Bクラスも猪狩の救済を決めて、ここで上級生たちの戦いは終結した。
そして、ひよりは一人で用意された机の方へと向かった。ペンを取り、退学に関する書類に次々とサインしていく。吹っ切れたような態度には、どこか清々しさを感じる。
「私は、あなたさえいれば……ふふっ」
頬を染めた顔には、絶望感というものが一切見られなかった。彼女がここまで割り切れるのは想定外であったが、計画に影響はない。あとは、最後のどんでん返しを待つのみだ。
龍園と帆波が向かい合って、何か言い争っている。
「一之瀬よ。てめぇが血も涙もない女だとは思わなかったぜ」
「にゃー、何を言ってるかよくわかんない。他クラスの生徒を助けるために、貴重なポイントを使うわけがないよ。私に助けを求めるなんて、龍園くんの頭の中はお花畑なのかな?」
……帆波は、たくましく成長しているようだ。輝く笑顔の中に闇がある。
対する龍園の顔はひどく歪んでおり、二人の余裕の差は明白である。
Aクラスは無傷で、自分のクラスは2人の生徒と200クラスポイントを失う。最悪の中の最悪といっていいほど、どうしようもない終わり方だ。
俺がやろうとしていること……それは、龍園の決定的な敗北を覆す行為でもある。
しかし、抵抗はなかった。こちらの目的は、Aクラスを勝たせることではないからだ。
特別試験を面白くして、有栖ちゃんたちに楽しんでもらう。ひよりの退学を阻止して、穏やかな学校生活を取り戻してやる。もとより、俺の望みはこの二つだけである。
ひよりが書類を書き終えると、事務担当と思われる職員がチェックに入った。問題ないことを確認された後、封筒に戻してから真嶋先生へ渡される。さあ、ここからは神様にお任せしようか。
(帆波、あとは頼んだぞ)
最後に、女神が救いの手を差し伸べる。そういうストーリーも悪くないだろう?