よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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 エピローグ。短いです。


第72話

 片側一車線の山道を、お世辞にも乗り心地が良いとは言えないバスが走り抜ける。

 乗ってからというもの、有栖ちゃんは俺の腕を掴んで離してくれない。先ほどのサプライズは、あまりにも驚きすぎて心臓に悪かったらしい。少しやり過ぎたと反省する。

 

「きっと大丈夫だろうと、わかってはいました。しかし、実際に言葉を聞くと……落ち着いていられなかったのです。やはり、私はあなたがいないとダメなようです」

 

 定期的に顔を合わせられるとはいえ、一週間も離れることになったのは初めてのことだ。それでも傷一つなく、元気に林間学校を終えることができた。桔梗ちゃんたち女子陣が努力した結果だとはいえ、まさかここまでうまくやってくれるとは思わなかった。

 それにしても、俺がいないとダメ……か。

 

「桔梗ちゃんや真澄さんでも、代わりにはならない?」

「ならないに決まってるでしょ」

 

 俺の質問に答えたのは、前列の席に座る真澄さんだった。

 頬をぷくっと膨らませている。怒っているようだが、その顔は可愛いとしか思えない。

 

「あんたがいなくて、こっちは大変だったんだから……逆に言うと、今までよく一人でやってたなって思った。さっきのことを抜きにしても、晴翔は十分すごい奴よ」

 

 そう言って、真澄さんは大きなため息をついた。どうやら相当な苦労があったようだ。深く感謝するとともに、桔梗ちゃんや恵ちゃんも含めて何かお礼をしなければならないと思った。

 

「大変な思いをさせてしまい、申し訳ないです」

「あっ……有栖のことをどうこう言うつもりはなかった。気を悪くしたならごめん」

 

 焦った様子で謝る真澄さん。そういう意図がないのは明白なのに、本当に優しい子だ。

 それを受けた有栖ちゃんの表情は不快というより、むしろ嬉しそうに見えた。

 

「いえいえ、事実ですから……ふふっ」

 

 その言葉を最後に、話が途切れた。

 バスは険しい山道を抜けて、高速道路に入った。行きに乗っていたのと同じ集団とは思えないほど、車内は静かだった。寝ている者も多く、みんな疲れているのだと感じた。

 

 

 

 もうすぐ学校に到着するというアナウンスがあった。渋滞もなく、スムーズに帰れそうだ。

 眠っていた生徒も目を覚まし、周囲の者と雑談を始めた。しかし、葛城康平だけはバスに乗ってから一度も言葉を発することなく、ずっと目をつむって何か考え事をしている。

 彼は体育祭以降、クラスで孤立していた。悪行の限りを尽くしていた周囲の人間とは同調せず、正々堂々を信条とする自分を貫き通したからだ。それは素晴らしいことであるのだが、かつて葛城派として活動していた生徒たちと一定の距離を置くきっかけとなった。

 葛城は、戸塚が退学したことをどう感じているのだろうか。入学以来、忠実な部下としてコバンザメのようにくっついていたものだが、体育祭後はお互いに見切りをつけたような印象だった。

 

(まあ、俺には関係ないか)

 

 そこまで考えたところで、意識を戻した。有栖ちゃんはまたも車酔いを起こしてしまったのか、顔色を悪くして俺にもたれかかってきている。

 優しく頭を撫でてやると、嬉しそうに身体を震わせる。可愛らしい反応に心が温かくなった。

 

「ひよりさんは、どうなるでしょうか」

「きっとうまくいくと思う。あいつは『染まらない』だろうし……」

 

 ふと思い出したかのように、ひよりのことを問いかけてきた。

 その答えを聞いて、有栖ちゃんは少し複雑そうな表情を浮かべる。そして窓の外に一度視線を移した後、再び俺の目をじっと見つめてきた。今日も変わらず、きれいな瞳だった。

 

「彼女がAクラスに新しい風を吹かせるのは間違いありません。その結果がどうなるか、私も少し興味があります……さらに言うと、それぐらいしか面白そうなものはなくなってしまいました」

「Dクラスは?」

「ああ、龍園くんはもうダメかもしれません。せいぜい、最後の輝きを放ってくれることを期待する程度です。こう言っては何ですが、彼は『私たち』の想定以下でした」

 

 冷たく言い放つ有栖ちゃん。もう興味はないと言わんばかりの態度だ。

 私たち、とは誰のことだろうか。俺か、それとも清隆か。

 ……この子がここまで言う以上は、相当厳しい状況なのだろう。

 

 そうしているうちに、見慣れた風景が目に入ってきた。残念だが、また刑務所生活が始まる。

 バスは学校の敷地へと進入し、校舎近くの駐車場でエンジンを止めた。荷物を確認した後、有栖ちゃんの手を握って俺は立ち上がる。なんだか、入学した日を思い出すシチュエーションだ。

 

 非日常は終わりを告げて、束の間の日常が帰ってくる。

 安心して微笑む有栖ちゃんを見ると、俺は幸せな気持ちに包まれた。

 

 

 

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「くそっ、くそぉ……」

 

 帰りのバス。須藤は前の席に拳を打ちつけて、悔しそうに唸っていた。

 なんて声をかけていいかもわからず、あたしは清隆の肩へもたれかかった。

 

「どうしよう、あたし……」

「何も言うな。今の須藤には、何もしないことが正解だ」

 

 山内が退学になったのは、あたしにとって想定外のことだった。クラスの全員が無事に乗り切れること。できるだけ多くのポイントを持ち帰ること。今回の目標は、それだけだと思っていた。

 でも、違った。清隆は最初から山内を退学させるために行動していた。Aクラスの人間をグループに多く巻き込んだこと、戸塚弥彦……山内の道連れで退学となった、自分勝手な性格の生徒を参加させたこと。その全てが、清隆ともう一人の手によって張り巡らされた罠だった。

 ……そう、動いたのは清隆だけじゃない。Aクラスの絶対的リーダー、一之瀬帆波も作戦に絡んでいた。戸塚が山内のグループに入ったのは、おそらく指示があってのこと。Aクラス総出で山内を煽てて、気分良く責任者を引き受けさせたのも、きっと彼女の策略の一部だった。

 

(あんな人、絶対に倒せない)

 

 あたしと一之瀬さんの差は、果てしなく大きい。人を惹きつける性格と、生まれ持ったルックス。清隆と渡り合える策謀家としての顔が加わったら、誰も敵うわけがない。

 ……あたしには無理。どこを取っても完璧な、一生かかっても勝てない相手だ。一緒にグループ活動を行ったことで、彼女を倒すのは不可能であることを理解してしまった。

 

 そもそもあたしは、一人では何もできない寄生虫なのだ。清隆におんぶに抱っこの状態でリーダーとして振る舞ってきたけれど、決して強い人間ではない。

 退学者を出してしまい、最悪な雰囲気となったクラスで何ができるのか。これからどう引っ張っていけばいいのか。いくら考えても、その答えは見つからなかった。

 

「ここ最近の恵は、本当によく頑張ってると思う。そんなお前のことが大好きだ」

「清隆……」

 

 優しい言葉が、落ち込んでいた心に響く。

 Aクラスになれなくても、この人さえいてくれれば……清隆があたしを捨てずに、ずっとずっと可愛がってくれたらそれでいい。そう思うと、少しだけ気持ちが軽くなる。

 清隆はあたしに結果を求めない。うまくいってもいかなくても、清隆のために動いたという過程を評価する。失敗したり調子に乗ったりして叱られることもあるけど、その後は必ず優しくケアしてくれる。そして、どんなときもあたしの全てを受け入れてくれる。

 この人に怖い一面があることは、とっくの昔にわかってる。でも、そんな印象をかき消してしまうほど、彼はあたしにとって魅力的な男の子なのだ。

 ……帰ったらデートしよう。仲良く楽しく、一週間得られなかった二人の時間を謳歌するんだ。世間知らずな彼だけど、あたしが引っ張っていけば大丈夫。

 

「……よしっ」

「すごいな、もう立ち直ったのか」

「ふふん、だって……あたしは清隆の彼女だから」

 

 あたしがそう言った瞬間、とんでもないことが起きた。

 清隆はわずかに口角を上げて、笑っていた。初めて見るその表情に、ハートが撃ち抜かれた。

 

「どうかしたか?」

 

 どうやら、笑顔になっている自覚はないようだ。そういうところも可愛くて、うずうずしてくる。何でもしてあげたくなってくる。好きすぎて困るとは、このことだろう。

 

「……すき」

 

 胸板に顔を擦り付けてみた。匂いを嗅ぐと落ち着く……なんて、変態みたいだと思うけどやめられない。優しい手つきで頭を撫でられると、こちらまで笑顔になってしまう。

 いつの間にか、心のモヤモヤはどこかへ吹き飛んでいた。




 原作にある程度沿って書けるのは、林間学校までだと以前より考えていました。
 これからの展開も構想はありますが、多少筆が遅くなってしまうかもしれません。
 一応学年末まではイメージできているので、今後ともよろしくお願いいたします。

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