よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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第74話

「恵ちゃんが狙われてる?」

「2月には決行されるはずだ。いや、もっと早くなる可能性もある」

 

 その話を聞いたのは、休日に清隆の部屋を訪れた時のことだった。恵ちゃんは桔梗ちゃんを含めた女子グループでカラオケに出かけており、清隆が暇だというので遊びに来たのだ。

 龍園たちDクラスが、恵ちゃんを狙っているという。すでに退学した真鍋たち四人組から仕入れた、いじめられていた過去の話……それを悪用して、潰しにかかる案が浮上しているらしい。

 

「龍園くんも、終わりが見えてきましたね」

 

 温かいコーヒーを飲みながら、有栖ちゃんがつぶやいた。

 あまりにも冷淡すぎる発言に驚く。もう、興味の対象からは外れてしまったようだ。

 

「追い込まれた者ほど、過激かつ無謀な行動を取ろうとするものだ」

「ええ、私もそう思います。過激なことは結構ですが、リスクとリターンも考えられないのはいただけません。恵さん一人を潰したところで、具体的にどのような利益があるのでしょう?『結果を出す』ことにこだわりすぎて、進むべき道を見失っているとしか思えませんね」

 

 二人とも本当に厳しい。特に面白いわけでもないようで、有栖ちゃんの表情は冷たい。

 ……林間学校が終わってからというもの、Dクラスは完全にまとまりを失っている。つい先日も、クラス内でいざこざが起きたという噂が流れてきた。

 龍園のリーダーとしての座はぐらついており、クラス内部に裏切り者がいてもおかしくない状況となっている。清隆に計画をリークしてきたのは、おそらくそのあたりの勢力だろう。

 

「とはいえ、龍園が恵を暴力で屈服させようとする計画自体は以前にもあった。しかしそれは、一つのアクシデントにより頓挫した。奴にとっては、あれも誤算だったのだろうな」

 

 清隆はいつもの無表情で、そう言った。

 

「どうしてダメだったんだ?」

「……タイミングだ。龍園は終業式が終わった後、校舎の屋上に恵を呼び出そうとしていた」

「そこでボコるつもりだったんだな」

「そうだ。だが予想外なことに、当日の学校には過去最大級の厳戒態勢が敷かれてしまった。お前の父親が来るという、職員たちにとっての一大イベントがあったからだ」

 

 ……思い出した。終業式の日は、校舎内に残ることが禁止されたのだった。ホームルームの後、真嶋先生から唐突に伝えられたことをわずかに覚えている。

 俺には関係ない話だったし、言われるまで忘れていたようなことである。しかし、龍園にとっては大打撃。めちゃくちゃムカつく出来事だったのかもしれない。

 

「なるほどなあ……何がどう影響するかってのは、なかなか予想できないものだな」

「ああ、その通りだと思う」

 

 清隆は頷いてから、口をつぐんだ。

 ……この流れで彼の父親のことを聞こうかと悩んだが、やめた。

 あの日の話題が出てもなお語らないということは、そうしたい理由があるからだ。

 あくまでも受動的なスタイルを貫くことが、友人として最適な行動であるという判断。築き上げた信頼関係にヒビを入れないためにも、それは変えるべきではないだろう。

 

 しばらく沈黙が続いた後、清隆が俺の隣を凝視し始めた。

 

「……何だ、それは?」

「欲しい?」

「いや、必要はないが……」

 

 あえて触れないようにしていたが、気になりすぎたというところだろうか。

 俺が横に置いていたのは、この前千尋ちゃんから貰った帆波グッズだ。まさか自分の部屋に飾るわけもなく、手提げ袋に入れられたまま放置していたものを、今日はここに持ってきている。

 

「だったらさ、誰か欲しいやつを見つけて渡してやってくれないか?」

 

 とりあえず処理に困っているので、欲しい人にあげようと思っていた。しかしAクラスやBクラスでそういう行動を起こすと、波風が立ってしまう。そこでCクラスの誰かに渡すなり売るなりしてもらう前提で、清隆へプレゼントしようと考えたのだ。

 ポスターなんか50万の寄付が必要だし、希少価値は高いはず。欲しい人もいそうだが……?

 

「いや、やめておく」

 

 しかし清隆に受け取る気は無いのか、差し出した袋を突き返された。

 仕方ないかと思いながら、俺はおもむろに袋からポスターを取り出してみる。

 

「でも、よく出来てると思わない?」

「……確かに、完成度は高い。プロが作ったと言われても違和感が無いほどだ」

 

 清隆も全く興味がないわけではないらしく、まじまじと見つめている。

 俺たちが次々と手提げ袋から中身を取り出している、その時だった。

 ガチャリと、扉の開く音がした。

 

「ただいまー!」

 

 恵ちゃんが最悪のタイミングで帰ってきてしまった。

 場がしーんと静まり返る。有栖ちゃんは苦笑いを浮かべてから、目を伏せた。

 

「えっ……」

 

 部屋に入ってきてすぐに、恵ちゃんは言葉を失った。

 清隆の状態としては、両手に帆波の水着写真を持ちながら、机に広げられているポスターを見ているという感じだ。これは、やっちまったな。

 

「や、やっぱり一之瀬さんがいいんだ……ううっ」

 

 持っていた荷物を落として、へなへなと座り込む。

 その絶望的な表情は、彼女の過去を思い起こさせるものだった。

 

「待て待て、それは大いなる勘違いだ」

「ぐすっ、ごめんね。あたしなんか、一之瀬さんと比べたら魅力ないよね」

「大丈夫だから、落ち着いてくれ」

「でも、別れたくないよ……もっと頑張るから、捨てないで………うわああああん」

「オレはお前を見捨てない。今後如何なることが起きても、それは変わらない」

 

 泣き崩れてしまった恵ちゃん。それを見た清隆は焦った様子で、一生懸命に宥めている。

 これは悪いことをしたと思いつつも、その動きには驚いた。この男が、そんな「普通の彼氏」みたいな反応をするなんて……意外だった。少なくとも、駒としか思っていない相手にするような態度には見えない。まさか、恵ちゃんを欺くための演技なのか?

 いや、それは違うような気がする。今の清隆から、そういう冷たさを感じることはできない。この行動は本心からのものであると、今までの付き合いから推察した。

 

 もしかすると、清隆は本当に恵ちゃんのことが……?

 有栖ちゃんと顔を見合わせた。付き合っていくうちに彼の感情が変化していくと予想していたのは、結構前の話だ。そして、ここまでその通りに進んでいる。

 ……相変わらずすごい洞察力だなあ。と、俺は感心しきっていた。

 

 清隆による必死の慰めもあり、なんとか泣き止んでくれた。

 その後三人がかりで事情を説明して、やっと理解してもらうことができた。

 

「ごめんみんな。あたしったら、とんでもない早とちりを……」

「いや、俺が悪かったよ」

 

 カップルの部屋で出すようなものではなかったと、自分の非常識を反省した。

 謝った俺に、有栖ちゃんは「じとーっ」とした目を向けてくる。ごめんって。

 

「……だけど、一之瀬さんってマジで可愛いよね。あたしが男だったら、絶対惚れてると思う」

「まあ可愛いのは事実だ。けれど、あいつだって完璧じゃないぞ?」

「うそ。あたしには、何の欠点も無いように見えるよ。見た目だけじゃなくて、性格も良いし」

 

 帆波を称えるような言葉が続く。どうも、恵ちゃんはコンプレックスを感じているらしい。

 そういえば、二人は林間学校で同じグループとなっていた。共同生活を送るうちに、能力や人望という点で自分と大きな差があることを感じて、自信を失ってしまったのかもしれない。

 

「だとしても、恵ちゃんには恵ちゃんの良さがある。劣等感を持つのではなく、帆波とは違う自分の持ち味を出していけばいいんだ。そうだろう、清隆?」

「……ああ、オレも同意見だ」

 

 清隆が肯定したことで、恵ちゃんに笑顔が戻る。やっぱり彼氏様じゃないとダメなようだ。

 

「ありがとう、大好きだよ。きよたかぁ……」

 

 二人は見つめ合い、やがて熱いキスをした。

 はいはい、仲が良いようで何よりです。

 

 

 

 ラブラブな二人の邪魔をしたくないので、俺たちはそそくさと引き上げた。

 今日は気温が低いため、あまり出歩いては有栖ちゃんの心臓に悪い。そのまま部屋へと戻り、エアコンのスイッチを入れた。しばらくして、暖房が効き始めたのを確認してから上着を脱がせる。

 ベッドに腰かけて、ほっと一息ついた。有栖ちゃんと過ごす、この時間が落ち着く。

 

「結局、清隆はどうしたいんだろう?」

「わかりません。かつての彼であれば、間違いなく恵さんを餌にする方向に進むのでしょうが……『感情』を持った清隆くんは、以前よりむしろ読みにくくなりました」

 

 見事に龍園の計画を掴んだ後、どんな行動を起こすのか。これからの展開が予測できない。

 何か対策を打つことで、事件を未然に防ぐのだろうか。若しくはあえて実行させた上で決定的な証拠を握って、龍園をとことん追い詰めるつもりなのか。

 

「……少しだけ、恵さんを羨ましく思いました」

「えっ?」

「ふふっ、なんでもありません。私のことも、どうか捨てないでくださいね?」

 

 上目遣い。

 

「か、かわいい」

 

 思わずストレートな感想が口をついてしまった。たまに見せる、小動物的な一面の破壊力はすさまじい。その愛らしさに俺は衝動を抑えられなくなり、小さな身体を思い切り抱きしめた。

 

「……好きです」

 

 有栖ちゃんは目を閉じて、俺に身を任せてきた。

 なんだかむずむずしてくる。刺激されているのは庇護欲か、それとも……?

 華奢ながらも柔らかい肉体は、か弱い乙女という言葉そのものである。首周りが少し汗ばんでいるのは、暖房が効きすぎているからだろうか。

 そして人形のように整った顔は紅潮しており、艶やかな髪もどこか扇情的で……

 

(そうか、そうなんだよな)

 

 有栖ちゃんは、俺が守るべき存在である。常にそのことを意識しながら、十三年にもわたる日々を過ごしてきた。そのため俺たちの関係はほとんど家族と言っていいもので、恋人という立場でありつつもどこか妹のように考えている自分がいた。

 しかし、この子も一人の女の子なのだ。異性として意識されたい時もあるだろう。

 

「キスしていい?」

「ええ、もちろんです……あっ」

 

 いつもよりも強引に、唇を奪ってみる。

 長年の関係性を変化させるというのは、そう簡単ではない。だが、有栖ちゃんがそれを望むのであれば……とも思う。さらに言うと、彼女が持つ夢は俺の意識改革無しでは成立しない。

 

「……あのさ」

「ふふっ、今すぐに『それ』は難しいですよね。これまでの積み重ねもありますから。ですが、あなたが本当に私のことを欲しくなった時は……いつでも捧げますよ?」

 

 何を示唆しているのかわからないほど、鈍くはなかった。

 この日、俺は生まれて初めて「異性として」有栖ちゃんを見たのかもしれない。

 

 ……その時が来たら、絶対に優しくしよう。

 少しだけ関係がステップアップした、そんな夜だった。

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