ここからの構想を練るのに、時間がかかってしまいました。
その男が俺の前に現れたのは、寒さが厳しい日のことだった。
「……高城晴翔。お前は、南雲という男のことをどう捉えている?」
堀北学。前生徒会長が、夕方の校舎で問いかけてきた。
答えるのが難しい質問だ。好きとか嫌いとか、そういう話がしたいわけではないだろう。「どうでもいい」という回答に納得しそうな感じでもない。ぶっちゃけダルい。
「うーん……」
「奴の危険性は、理解できているのだろう?」
ちらりと有栖ちゃんの方を見る。堀北兄を観察することに力を入れているのか、俺とは視線が合わない。これは自分でどうにかするしかなさそうだ。
「まあ、実力の無い人間を退学させたいという意志は見えますね。しかも徹底的に」
「だからといって、敵対するつもりはないのか」
「そうですね。あえて対立しようとは思いません」
微妙な答えを続ける。嘘をついているわけではないが……
さっきから、この男が何を言いたいのかが理解できない。とはいえ、怒らせてお得意の物理攻撃を受けることは避けたい。ここでは下手に刺激したくないというのが本音だ。
「では、南雲が次にやろうとしている『イベント』とやらも見過ごすつもりか?」
少し雰囲気が変わった。質問の内容にも具体性がでてきて、本題に入ったというところか。
さて、どう答えたものか……
「見過ごすも何も、そのイベントの詳しい内容を知らないのでなんとも言えません」
「そうか。だが、あの男が主催するものだ。確実に退学者が出るぞ」
これは……知ってるな。今月末に行われる企画を知った上で、俺の意見を聞こうとしている。その上、情報公開をするつもりもないと来た。なかなかムカつくことをしてくれるじゃないか。
「……自由参加と言っていた気がしますが」
「勝者に対する莫大な報酬をエサにして、『自主的に』参加させるに決まっている。むしろ、建前上は自由参加であることを免罪符とするだろう。甘い条件で釣るのは、奴の常套手段だ」
ああ言えばこう言う。正直しつこいと思ってしまった。
……もしかして、こいつは俺に南雲を止めてほしいのだろうか。だとすればお断りだ。
俺は、上級生同士の争いには干渉したくない。その立場を明確にしておく必要がある。
「堀北さんが何と言おうとも、俺はこの件に深入りする気はありませんよ。そもそも、メリットもないのに生徒会と対立するわけがないでしょう。無駄に生徒会長の不興を買うのは、百害あって一利なしです。それはあなたが一番ご存じなのでは?」
自分の考えを強く主張して、話を終わらせた。取り付く島もないと判断したのか、堀北兄は無言で立ち去っていった。プレッシャーから解放されて、俺はほっと胸を撫で下ろす。
できれば二度と会話したくない。ただ、清隆と何かしらの取引をしているのは知っているので、あっちに悪影響を及ぼさないことを祈る。それだけが懸念事項として残った。
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その夜、ひよりがうちに遊びに来た。
「Aクラスには慣れましたか?」
「おかげさまで、溶け込めています」
有栖ちゃんと二人、世間話をしている。
その間に俺はマグカップを用意して、ティーバッグのコーヒーにお湯を注ぐ。普段は緑茶好きなのだが、今日はこっちの気分だった。ひよりも好きそうだし、ちょうどいい。
「味は微妙かもしれないが、どうぞ」
「あっ、ごめんなさい。こんなことをさせてしまって……ご主人さま?」
コーヒーに口をつけた後、優しい笑顔から強烈な言葉が放たれた。
その衝撃は大きく、俺はぶーっと吹き出してしまった。
「や、やめろ。そういうことを言う奴は、一人で十分だ」
「ふふ、冗談です。私とそのような関係を望んでいないことは、わかっていますよ」
……望んでいたらどうするつもりだったんだ?
相変わらずつかみどころがない。それも彼女の魅力ではあるのだが、やはり調子が狂う。
「ところで、前に言ってた『Aクラスの課題』ってのは、どんなものなんだ?」
「そうですね……」
彼女が以前言っていたことを問いかけてみると、何やら考え始めた。
数秒間の沈黙。少し躊躇った様子を見せてから、再び口を開く。
「……考え方の甘い人が多いです。帆波さんの言うことだけ聞いていれば何も問題ないという発想が、クラス全体に蔓延しています」
ひよりの考察は、的を射たものだった。客観的に見れば、確かに良い状態ではない。
だが、4月からずっといたメンバーからすれば、帆波に従ってさえいれば安泰だという考え方が生まれるのは当然ともいえる。実際素晴らしい結果が出ているし、無理もないだろう。
「危機感がないといえば、よりわかりやすいでしょうか。しかし、私はその『甘さ』に救われた部分もあるので……難しいところですね。ただ、帆波さんの指示がなければ動けないという状況は、結構ハイリスクだと思います」
彼らが甘くなければ、この学校には残れなかった……ひよりはそう思っているようだ。明確な弱点と理解しつつも、それがあったから今の自分がいる。だから言い出しづらいし、悩ましいのだ。
そもそも、生徒一人を助けるために300ものクラスポイントを支払うなどという行動は、余裕があるからできることだ。例えばBクラスとの差が300未満だった場合、同じ選択をできたかというと……微妙なところである。
無論、帆波の指示であれば無条件で通るだろうが、ここまで穏やかに終わったとは思えない。
俺は納得したが、ここで一つ思ったことがあった。
「……千尋ちゃんのことは、どう思う?」
Aクラスの中でも特別な生徒。ある意味帆波以上に異質なのが、千尋ちゃんである。
少なくとも、彼女は甘い考え方を持っていない。ひよりとは上手くいきそうだが……?
「千尋さんは、このクラスに必要不可欠な方です。万が一彼女が退学するようなことが起きれば、現体制が崩壊してしまうかもしれません」
「同感だ。あの子って、もはや帆波と同レベルの存在だよな」
「はい。しかし、今の雰囲気を作り上げてしまった元凶でもあります。クラス全体が帆波さんのイエスマン化している状態。これは、まさに彼女の望んでいる形ですから」
是々非々といったところか。
それにしても、たった一週間程度でここまで内情を把握するとは……そのリサーチ力と観察力には敬服するばかりだ。龍園は惜しい存在を失ったな。
黙って聞いていた有栖ちゃんが、嬉しそうに微笑んだ。可愛い。
「ふふっ、やはりひよりさんは素晴らしいですね」
「……有栖さんに、そこまで言っていただける程ではありませんよ」
「いえいえ、そんなことはありません。ですが、一つだけ訂正させていただきます……あのクラスの現状は、決して千尋さんだけの手で作り上げたものではありません。元を辿ると、私たちの行動から生まれたものです」
これは驚いた。まさか、全ての種を明かすつもりだろうか。
有栖ちゃんの言葉を受けて、俺は聞く態勢に入る。
「少し、過去のことをお話ししましょう」
そう前置きをしてから、俺たちと帆波の間で起きた出来事を包み隠さず話し始めた。
入学間もないころの話から始まり、1学期の中間テストや船上試験、そして心が折れてしまったあの日のこと。一之瀬帆波という人間をめぐるイベントを、一つ一つ説明していく……
そして、数分間かけて話し終えた。その間、俺は何とも言えない懐かしさを感じていた。こうして過去のエピソードを振り返ってみるのも、たまにはいいかもしれない。
「ありがとうございました。まだまだ、把握し切れていない部分も多かったようです」
ひよりは突然のことに驚きながらも、内容はしっかりと理解している。
急な展開についていけないが、俺にも一つだけわかったことがある。
有栖ちゃんは、ひよりのことをものすごく気に入っている。
これを前提とすれば、最近の行動や考え方の変容についても合点がいく。
ひよりを評価しているからこそ、それを潰すような方針を取った龍園に失望したのだ。
自分の目は節穴だった。そこまで好んでいない?とんでもない。
……かつて言っていたじゃないか。「ジョーカーになりうる」存在だって。
「ずっと前から、ひよりさんに本気を出してほしいと思っていました。この際、正直に言いましょう……私は、あなたなら帆波さんのクラスを叩き潰せると考えていたのです」
さすがにこれは予想外だったのか、ひよりは驚きを隠せない。
つーか、俺もびっくりだよ。それはそれで面白かったかもなあ……
「そのプランは、あなたを正当に評価できなかった愚か者のせいで消滅してしまいました」
「……さすがに過大評価ですよ」
「過大ではありません。もしあなたがDクラスのリーダーとして活動していれば、今ごろ彼女たちはAクラスから陥落していたと思います。本当に、龍園くんはつまらない人間です。彼に少しでも期待した自分の見る目がなかったと、私は後悔しています」
かなり過激なことを言っている。表に出していなかっただけで、相当怒っていたみたいだ。
よしよしと撫でてやると、ぷうっと膨らませていた頬がしぼんだ。怒り方も可愛いな。
「有栖さんの考え方は、わかりました。ですが……」
「ええ、わかっていますよ。今のひよりさんは、大きく立場が変わってしまいました」
残念そうに、とても残念そうに有栖ちゃんはため息をついた。
今さらどうしようもできないと理解して、ひよりも黙ってしまう。
しばらくの間、やや気まずい時間が続いた。
次に言葉を発したのは、有栖ちゃんだった。
「ここまで言っておいてなんですが、今の状況はそう悪くないとも思えるのです。Dクラスにいる限り、ひよりさんが日の目を見ることはなかったでしょうから」
それは間違いない。ひよりがカースト最下位であるという状態は、環境を変えない限り脱出が難しいものであったからだ。彼女にあそこに溶け込むことは、非現実的であった。
「これも全て、晴翔くんのおかげです。返しきれないほどの恩であると思っています」
「……私の考えの中から、『ひよりさん自身がどう感じるか』という視点が抜け落ちていたことを、林間学校では理解させられました。ですから、これはこれでよかったのです」
そう言って、有栖ちゃんはひよりとの距離を詰めた。
「どうぞ活躍してください。私も晴翔くんも、もうAクラスを止める理由はありません。逆に、どこまで独走するか……その先で何が起きるのか、私は興味があります。今の2年生のようなディストピアが出来上がるのか、学校全体を巻き込んだカルトが生まれるのか。想像もつきません」
やや興奮気味に語る。純粋に、楽しいと思っているのだろう。
ひよりは気圧されながらも、深く頷いた。
(……マジで、帆波の銅像が建つかもしれないな)
帆波教の行く末に興味があるのは、俺も同じだ。理事長には悪いが、今後も特に介入することなく、傍観者として楽しませてもらおうと思う。
こうなったら、もう止められそうにない。帆波に言うことを聞かせることはできても、千尋ちゃんを筆頭とする狂信者の集団をコントロールすることはできない。一つの行動を帆波の勅命で止めたところで、神として扱われている現状を覆すには至らないのだ。いわば、何をやっても対症療法にしかならない状態。
ひよりはきっと活躍するだろう。しかし、彼女の類稀なる洞察力で見つけた「病巣」を治療することは、もはや不可能だと感じた。
「……あんまり、張り切りすぎるなよ」
「えっ?」
「俺は、ひよりが快適な学校生活を送れればそれでいい。多分お前は帆波に染まらないだろうし、あの集団に対して違和感を覚えることもあるだろうが……無理はしないでほしい」
「晴翔くん……」
救われた手前、クラスへ貢献するために頑張ろうと思うのは仕方がないことだ。しかし、そのプレッシャーに押し潰されるようでは、助けた意味がなくなってしまう。
……これは、帆波に釘を刺しておいた方がいいかもしれない。そう俺は思ったのだった。
満場一致試験ぐらいまで行けば、また原作に沿えるかもしれませんが……
しばらくは、ある程度エピソードを拾いながらという形になると思います。