「よし、これでいいや」
俺は教室に、二枚のポスターを貼った。帆波の可愛らしい微笑みが輝いている。
部屋に飾る気は起きないが、だからといって埃を被らせておくのは忍びない。このクラスはAクラスの植民地ということもあるし、ポスターの処理としては最も都合がいいと思った。
何より教室に掲示するのはAクラスでもやっていることだから、ここに貼ったことを批判などすれば異端審問は免れない。誰からも文句は出ないだろう。
ガラガラ、と教室の扉が開いた。今から行われるホームルームのため、真嶋先生が中へ入ってきた。帆波ポスターを見てぎょっとした後、ため息をついてから口を開く。
「……今日は、今月末に行われるイベントについて説明する。これは生徒会が主体となって企画したものだが、学校側としても報酬などの面で協力している」
やはり、南雲が言っていた件のようだ。
イベントという軽い感じの単語に、生徒たちが疑問の声を上げる。
「特別試験とは違うんですか?」
「違う。もちろんこの学校で行われるものである以上、参加者同士で優劣をつける形式となるが……大きく違うのは、自由参加であるという点だ。ルールを聞いた上で納得のいかないものであれば、参加を拒否する権利が与えられている」
これに関しても聞いていた通りの内容であったため、俺と有栖ちゃんに驚きはない。
教室が静かになったのを確認してから、真嶋先生はイベントのルールが記載された冊子を配っていく。おそらく、あの時に南雲が持っていたものの完成版だろう。
それを受け取った俺は、ペラペラとめくりながら内容を読んでいく。
『お年玉イベント』
・各生徒に、3票の賞賛票と1票の批判票を投票する権利が与えられる。
・イベントに参加する意思のある生徒は、規定の投票用紙にそれぞれの投票対象とする生徒の名前を記入し、1月31日までに担任教師へ提出する。
・複数回の投票を行うことはできず、他人の投票用紙を利用することもできない。
・賞賛票・批判票のいずれも自分が所属しているクラスの生徒に投票することはできない。
・不参加者に対する投票は全て無効となる。
要は、好きな生徒3人と嫌いな生徒1人を見つけなさいということだ。
そして後ろの方に、最も大事な部分……イベント報酬が記載されている。
・自分に投じられた賞賛票1つにつき、10万プライベートポイントが報酬として与えられる。
……これはすごい。批判票の数に関わらず、ポイントが支給されるのか。このルールであれば、他クラスの生徒1人と組めば確実に10万は保証されるし、違うクラスの生徒を複数人引き込めばどんどん報酬が増加していく。極端な話、A~Dクラスの生徒1人ずつで4人チームを作れば全員が30万を受け取れる計算になる。お年玉の名に違わぬ大盤振る舞いだ。
これだけでも興味深いイベントだが、今回のメイン報酬は違うところにある。
・さらに、賞賛票から批判票を差し引いた数値(以降、『得点』と記載)に応じて、以下の報酬が与えられる。
①各学年上位10名の『得点』を記録した生徒には、上記とは別に20万プライベートポイントが与えられる。
②学年で最も高い『得点』を記録した生徒には、クラス移動チケットが贈呈される。
南雲が以前語っていた、クラス移動チケットが目を引く。やはり報酬に入れてきた。
チケットの概要が別ページに記されているが、それは俺があの日に見たプリントと同じ内容であった。特に変更を強いられるようなことはなかったらしい。
ここまでは予想通りだが、南雲はただ甘いだけのイベントを企画するような人間ではない。
問題となるのは、最終ページに書かれている内容だ。
・『得点』が学年最下位となった生徒は、2000万プライベートポイントを失う。
たった一行で記された、唯一のペナルティが目に入った。最も嫌われている生徒に課される、シンプルかつ凄まじく重い罰。これをどう捉えるかが、参加の意思に大きく関わってくるだろう。
冊子を読み終わった生徒が増えてきて、雑談の声が大きくなる。それを見た真嶋先生は一度パンと手を叩き、注目を集めた。
「一通り目を通せただろうか。いくつか重要な補足事項があるから、まだ読み終わっていない生徒もいったん話を聞きなさい」
場合によっては莫大なポイントを獲得できるイベントとあって、Bクラスでも関心は高い。珍しく真剣に、真嶋先生の話に聞き入っている。
「このイベントの結果により、クラスポイントおよび個人の生徒評価に影響を及ぼすことは一切無い。当然不参加でもペナルティは発生しないし、成績が芳しくなくともそこに書かれている以上のことは起きない。今から投票用紙を一人一枚配るが、不参加を決めた者は遠慮なく破棄してくれ」
学校側の立場を明確にした。あくまでも生徒が決めたこと、というスタンスなのだろう。
「もし最下位の生徒が2000万ポイントを支払えなかった場合、どうなるのでしょう?」
「それは主催者の判断に委ねられる……おそらく、生徒会長が決定権を持つことになるだろう」
葛城の質問に、真嶋先生はすかさず答えた。
……南雲の考え方として、実力の無い者はこの学校から去るべきだというものがある。最下位になった生徒は、その思想を知らしめるための「生け贄」とさせられる可能性が高い。
つまり、わずかな確率とはいえ退学がかかっているということだ。それをどれだけの生徒が理解しているかはさておき、俺にとっては強烈なインパクトのあるものであった。
何にせよ面白い。こんな楽しそうなイベント、妨害するわけがない。
堀北兄には悪いが、先日の話は聞かなかったことにさせてもらう。
投票用紙をカバンにしまって、俺は席を立った。
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俺たちはさっそく帆波の部屋で、作戦会議を始めることにした。
「とりあえず、俺は参加するつもりだ」
「ほとんどの生徒には、得しかないもんね。私はどうすればいいかな?」
帆波は賞賛票を多く集めるだろうが、組織的な批判票のターゲットにされる可能性が高い生徒でもある。万が一退学にでもなったら、とんでもないジャイアントキリングになるからだ。
……林間学校で2000万ポイントを使用した以上、最下位のペナルティを払えるはずがない。そういう風に、他クラスの生徒は見ているだろう。
「参加するのであれば、Bクラスの生徒を活用して帆波さん自身に賞賛票を集めたほうがいいでしょう。さらに、CクラスとDクラスを結託させない工作も必須です」
有栖ちゃんも、概ね俺と同じ意見を持っているようだ。
「……俺も『アイドルキラー』なんて言われるぐらいだから、知らないうちに恨みを買ってそうな気がする。案外俺が退学になったりしてな」
「そんなことは絶対に起きないから、大丈夫だよ」
半分冗談だったのだが、食い気味に帆波が反応した。圧が強くてちょっと怖い。
「お、おう」
「うちのクラスは、全員が晴翔くんと有栖ちゃんに投票する。もう決めてるの」
そうなると、プラス41点は確定か。仮に俺が誰かから嫌われていたとしても、さすがにそんな大人数ではないだろうし……心配はなさそうだ。
その上、410万ものポイントを獲得できる。100万寄付したのがはした金みたいに思えてくる。
「では、問題は誰に批判票を投じるか……ですね。私としては、CまたはDクラスの生徒一人に集中砲火すべきだと思います。AクラスとBクラスでマイナス80点ですから、受けた生徒がペナルティの対象になる確率は極めて高くなります」
その生徒がイベントに参加している前提ですが、と有栖ちゃんは付け加えた。
この策は、Aクラス連合の生徒たちを守ることにもつながってくる。誰かにマイナスを集めるということは、自分が最下位になる可能性がほぼ無くなるのと同義だ。
「にゃるほど……でも、選ぶのが難しそう。龍園くんみたいな、あからさまに批判票を受けそうな生徒はきっと参加しないよね?」
「そうですね。期限までに、誰が参加するのかを見極めることがポイントかもしれません」
自由参加であること。それ自体にゲーム性があるというわけだ。
リスクがあるとはいえ、得られる報酬はかかる手間に対して破格すぎるもので、誰にとっても魅力的なものである。下位のクラスの生徒であれば、特にそう思うだろう。
Cクラスの戦略も気になるところではある。明日以降、清隆にも話を聞いてみよう。
それにしても、楽しいイベントを企画してくれたと思う。南雲への好感度が少し上がった。
……だからといって、生徒会に入るつもりはないが。